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第三十四話 ダルモット侯からの呼び出し

 年末が近づいて来た頃に、ガバスに呼ばれた。

 ガバスが素っ気ない態度で命令する。


(せがれ)や、ダルモット侯がお前に会いたがっている。会いに行ってくれ」

(はて? ダルモット侯とは面識がない。どこで僕の名前を知ったのだろう?)


「行くのは構いませんが、何の用でしょう?」

「それは儂もわからん。だが、今から行けば、年が明ける前に用事は済むだろう」


(年末と年始くらいは家でゆっくりとしたかったな。でも、悪魔貴族からの呼び出しなら、行くべきだな)


「わかりました。明日にでも村を立って、アルベリアンに向かいます」

 アルベリアンには昼に着いた。いつも使っている宿屋に行くと、満室で泊まれなかった。


 代わりに紹介してもらった宿は高い宿だった。

(アルベリアンの宿屋は年末年始も大忙しだな)


 人間とは戦時中ではある。けれども、アルベリアンは年末年始の祝い事に向けて(なご)やかなムードだった。


 ダルモット侯のお屋敷は旧市街にある。屋敷の敷地は一万㎡と悪魔貴族の館の中で最も狭い。屋敷のドアを叩くと、珍しく人間の老執事が出てくる。


「コースト村はガバス・モンの息子ガリュウ・モンです。ダルモット侯爵閣下がお呼びなので、参上しました。面会は可能でしょうか」


 老執事はにこりと微笑む。

「ガリュウ・モン様ですね。お待ちしておりました。どうぞ、こちらへ」


 館のロビーに通される。ロビーは百㎡ほどの広さがあった。ロビーにはブラウンのソファーとテーブルがあった。


 壁には調度品の代わりに、ドアほどの大きさがある鏡が十二枚も備え付けてあった。また、小さい鏡もいくつもあった。


「ダルモット侯爵閣下のお屋敷は鏡の館と呼ばれていると聞きました。なるほど、これがその理由ですか」


「はい、当館には大小合わせて五百枚以上の鏡がございます」

 ガリュウはソファーに座ってダルモット侯を待つ。


 執事は廊下の奥に消え、戻ってくると、ハーブティを出してくれた。

 お茶を飲む終わるころに、執事に呼ばれた。


「ガリュウ・モン様。主がお戻りになりました、こちらへ」

 執事にはロビーにあった大鏡の前に進む。執事が鏡に触れると、鏡が虹色に輝いた。


 そのまま、執事が鏡の中に入って行った。

(鏡が別の部屋に繋がる通路になっているのか)


 ガリュウも執事に続いて鏡を潜った。出た先には執事はおらず、悪魔が一人立っていた。

 悪魔の服装は上が襞襟の付いたカラフルなプール・ポアン。下はタイツの上から綿の詰め物した膨らんだ半ズボン。靴は木の靴を履いていた。


 悪魔の首から下は人間だが、顔は男性の顔が三つに女性の顔が二つ、円になって乗っていた。

 悪魔が革張りの椅子を勧めて挨拶する。


「ガリュウくん。お初にお目に掛かる。悪魔貴族が一人。ダルモット侯爵だ」

「ダルモット侯爵閣下。ガバス・モンの息子。ガリュウ・モンです」


 正面にある顔が一つ右にずれて、老人の顔がガリュウを見つめる。

 ダルモット侯の顔は穏やかだった。


「本当なら、当館自慢のサングリアでも振舞って談笑したいところ。だが、年末でこちらも忙しい。さっそくだが、本題に入ろう」


 ダルモット侯が椅子に座ったので、ガリュウも着席する。

 ダルモットが真面目な顔して尋ねる。


「君はマンドレイク兵を改良して、マンドラゴラ兵を造ったね」

(これは、マンドラゴラ兵の売却ビジネスに横やりが入るのかな?)


「コースト村の特産品として他の種族に売ろうと思っています。何か、売却がまずかったでしょうか?」


「売却は問題ない。マンドレイク兵なら、魔法生物の知識がなくても栽培できる。だが、マンドラゴラ兵は、魔法生物の知識がないと作れない」


「ごもっともです。私もマンドラゴラ兵に品種改良するのに苦労しました」

 ベルモット侯が眉を(ひそ)める。


「では、尋ねよう。いったい誰に魔法生物の技術を習ったのかね? 魔法生物の製造は私が秘蔵している技術だ。一般に出回るものではない」


(そういえば、ラウラも秘蔵の技術だと仄めかしていたな)

「父から貰った賢者サラマンドラの頭蓋骨の中にありました」


 嘘を吐く選択肢はなかった。

 悪魔貴族は往々にして危険であり、下手をすればガリュウなどいつでも消せる。


 ダルモット侯は不快感も露わに、眉間に皺を寄せる。

「何だと? 賢者サラマンドラの頭蓋骨からだと? どうして賢者サラマンドラの頭蓋骨を持っている?」


「父から貰った品で、詳しい出所については知りません」

 ダルモットが悔しさを滲ませて語る。


「ガバスのやつめ。やりおったな」

(これ何か、まずいかな? 父上は正規のルートではない場所から賢者サラマンドラの頭蓋骨を入手したな。最悪、盗品とか略奪品か? 褒美くらい、ちゃんとした品を渡してくれよ)


「あの、何かご不快にさせる内容がありましたでしょうか?」

 ダルモット侯は膨れっ面で言い放つ。


「いや、いい。知らずに貰ったガリュウには責任はない。ただ、これだけは言っておく。私は秘蔵の技術が流出した事態を快く思っていない」


(だろうね。当然の反応だな)

「わかりました。では、コースト村では今後、マンドラゴラ兵以外の研究はしないので、お怒りを鎮めてはください」


「私は、不快だから研究を止めろと脅すほど狭量(きょうりょう)な悪魔ではない」

(そうなのか? とりあえず、今回は僕を呼んでの叱責だけで済むのか?)


 ダルモット侯は澄ました顔で依頼した。

「ここで一つ提案がある。我が派閥に入れ。そうすれば、もっと本格的に魔法生物の知識をやろう。もちろん、構成員としての債務は負う。だが、債務といっても小さなものだ」


 ガリュウはベルモット侯爵の申し出も快く思わなかった。

(派閥か。面倒な事態になるな。そういう政治って、一度でも足を突っ込むと面倒だからな)


 悪魔貴族たちには派閥がある。派閥間や派閥内でも駆け引きがある。現在、マインド・コントローラーはデルニエ侯の庇護下にある。ここでガリュウだけがダルモット侯の派閥に入れば、面倒な事態になる未来は明白だった。


(種族を二分する。父上と敵対する。スパイを命じられる。部族内で孤立する。どれも、ありそうな展開だな)


 断ると、どうなるかわからない。

 だが、ダルモット侯は紳士的に話し合いを持っている悪魔貴族なので、期待してみた。


 ガリュウはできるだけ丁寧な口調で断った。

「申し訳ありません。ダルモット侯爵閣下。まだ、私は父と違う道を行くとは決められない、未熟者です」


 ダルモットの顔がまた一つ右に動き、今度は女性の顔になる。

 ダルモット侯が澄ました顔で冷たく告げる。


「わかりました。残念です。ですが、勧誘があった事実は覚えておいてください」

 ダルモットがテーブルの上のチャイムを鳴らすと、大鏡の中から執事が現れる。


「お客様のお帰りよ」

(ほっ、よかった。解放された)


 翌日、ガリュウは無事にアルベリアンを出た。

 家に帰ってガバスに報告に行く。ガバスにダルモット侯とのやり取りを教える。


 ガバスは平然と話を聞いていた。ガバスは最後まで報告を聞くと、真面目な顔をしてアドバイスする。


「倅よ。一つ教えておく。もし、万一お前に行きたい道ができたのなら、遠慮はするな。必要だと思えば、私と違う道を行きなさい」


 ガバスはそれだけ教えると、また研究に戻って行った。

(父と違う道を行く、か。そんな日は、来るのだろうか?)

 ガリュウにはガバスの告げた言葉にそれほど実感が持てなかった。

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