第三十二話 マンドラゴラ兵
アルベリアンにある魔道具専門店にガリュウは行く。
魔道具専門店は新市街にある三階建ての黒い大きな建物だった。敷地面積だけでも二万㎡あり、敷地には大きな倉庫と店舗が建っている。
店舗に入って店員に魔法生物用の材料を買いに来たと伝える。
苔むした石人間の男性店員が出てくる。
ガリュウは必要な品を告げ、品物を見せてもらう。
店員が丁寧な態度で訊く。
「お客様はベルモット侯のお知り合いですか? ベルモット侯からの紹介ですと、割り引きがありますが?」
「いいえ、ベルモット侯とは会った経験もありません」
「でも、注文された品を見ると、素人ではないご様子。どこで、魔法生物の製造法を学ばれたのですか?」
「独学みたいものですよ。ですから、もし、見落としがあるなら教えてください」
「畏まりました。では、こちらの品はいかがでしょう」
店員はガリュウが買おうとしていた品より二ランク良い物を勧めてきた。
(これは高価格帯の品を進めてきたね)
品物が良い状況はサラマンドラの知識が教えてくれる。だが、値段もそれなりに良い。店員の勧めるままに買うと、値段は金貨二千枚にもなった。
ガリュウは当初マンドレイク兵を金貨二百五十枚で作る予定だった。作ったマンドレイク兵を金貨五百枚で売る。売った利益を設備投資に回して、もう一種類、何か魔法生物を造って、金貨五百枚でラウラに売る予定だった。
(店員のお勧めに従ったら、完全に予算オーバーだな。でも、サラマンドラの知識が告げる。ここで金貨二千枚を払えば、マンドレイク兵より上のマンドラゴラ兵ができる)
マンドラゴラ兵はマンドレイク兵の上位種であり。マンドレイク兵より強い。
また、サラマンドラの知識を使えば、初期魔法がいくつか使えるマンドラゴラ兵に育つ可能性があった。
ガリュウが迷ったのには理由があった。マンドレイク兵とマンドラゴラ兵では初期投資の費用は大きく違う。だが、一体ごとの栽培費用はそう変わらない。
(どうする? 当初の予定通りに、安価な戦力であるマンドレイク兵にするか? それとも、上位種を狙ってマンドラゴラ兵にするか?)
ガリュウは悩んだ。マンドラゴラ兵を栽培しようとした場合には失敗もある。その場合は、資金がまるまる消える未来もあり得た。
(金貨二千枚の消失は痛いな。ラウラから金を回収できないし、父にも申し訳が立たない。でもなあ、挑戦したいな)
成功する自信もある。だが、成功しても、予算は超過する。今後もダーク・エルフがマインド・コントローラーからマンドラゴラ兵を買ってくれるならいい。
または、ダーク・エルフからの評判を聞いて他の種族が買いに来てくれるなら、問題ない。だが、全ては希望的観測に過ぎない。
「お客様、どういたしますか?」
「よし、決めました。お勧めの品を買います。品はコースト村に運んでください」
ガリュウは銀行に行く。金貨二千枚の手形を振り出してもらい、魔道具専門店に払った。
アルベリアンから帰る。小麦の収穫が終わった畑で、耕作が始まっていた。
近くにいた男の奴隷に尋ねる。
「まだ、春まで時間がある。何をやっているんだ?」
「ガバス様の指示です。ガリュウ様が種を撒くから畑を準備しろ、との指示でした」
(マンドラゴラ兵を植えるのに村の畑を使わせてくれるのか。ありがたい)
ガバスの家に行き報告する。
「父上。必要な品をアルベリアンで買い付けてきました。ただ、その、当初に作る予定だったマンドレイク兵ではなく、マンドラゴラ兵を作りたく思いました」
ガバスは素っ気なく応じる。
「マンドラゴラ兵を造るか。では、高く付いただろう?」
「費用が当初に予定の八倍になり、金貨にして二千枚を使いました」
ガバスは怒るかと思った。だが、怒らなかった。
「魔法生物の製造とは高く付くものよ。マンドラゴラ兵なら金貨二千枚は行くだろうな。して、投資した資金の回収の見込みはあるのか?」
「全くございません。完成して、ダーク・エルフが使って評判が広がるのを願うばかりです」
ガバスは平然とした態度で告げる。
「そうか。なら、期待して待とう」
「それだけですか? お叱りにならないのですか?」
「ガリュウに魔法生物の製造を任せた人物は私だ。私はやる前からできないと諦めるマインド・コントローラーは嫌いだ。だが、行動した者を、結果が出る前から叱ったりはしない」
(これは裏を返せば、失敗の結果が出た時点でお叱りがあるんだろうな)
数日後、ガリュウの注文した品が届いた。
ガリュウはさっそく、植物の育成スピードを急速に上昇させる魔法を駆使して、マンドラゴラ兵の製造に取り掛かった。
オタネニンジンのような小さなマンドレイクを、身長百五十㎝の人型のマンドレイク兵に成長させる。マンドレイク兵を造るところまでも簡単に行った。
だが、マンドレイク兵はどこまで研究しても、マンドレイク兵しかにならない。
目当てのマンドラゴラ兵には、ならなかった。
「駄目だ。また失敗だ」
季節が冬の頭になる。コースト村や魔の森では冬でも雪が降る日が少ない。だが、雪が降らず、農繁期でもない状況は人間にとっては絶好の戦争日和だった。
魔の森に人間が前以上にやって来る。魔の森では苦しい戦いが繰り広げられていると、報告が入ってくる。ラウラからも魔法生物の完成はまだかと催促が入り始めていた。
試作品としてできたマンドレイク兵を送ってみた。けれども、「これでは使えない」とのクレームが入っていた。
(まずい、まずいよ。これ、僕は、とんでもない失敗をしたかもしれない)
ガリュウは焦った。だが、研究は止められない段階に来ていた。
転機は突如として訪れた。
幾世代も交配と実験を繰り返すうちに、真っ赤な種を実に着けるマンドレイクができた。
真っ赤な種を畑に植えて植物を急生長する魔法を唱える。
マンドレイク兵に似た、黒い体を持つマンドラゴラ兵ができた。
最初、マンドラゴラ兵ができた時、ガリュウはどうしてマンドラゴラ兵ができたのか、わからなかった。
真っ赤な種を付けるマンドレイクの種を増やして栽培する。されど、できた魔法生物はマンドレイク兵だった。
(何だ? 成功例と失敗例の違いは、何だ? ただ単に、赤いマンドレイクの種を植えるだけでは駄目なのか? 植えるだけではマンドラゴラ兵はできない。どうすればいい?)
水や肥料を変えても、マンドレイク兵にしかならなかった。ガリュウは頭を悩ませた。
だが、ある日、再びマンドラゴラ兵が誕生する。マンドラゴラ兵ができた土を採取して細かく調べると、奴隷が食べたリンゴの種が見つかった。
もしやと思い、マンドレイクの赤い種をリンゴの皮を肥料にして育てる。すると、マンドラゴラ兵になることが判明した。
「できた、マンドラゴラ兵の完成だ」




