第三話 余計なお節介
一度、コースト村に戻る。父親に会わないように、家でこそこそと過ごす。
翌朝に旅支度を調え、路銀を持って家を出た。
コースト村から悪魔王が棲む王都アルベリアンまでは、馬を飛ばしても、三日か四日は掛かる。
馬はコースト村にもいる。だが、貴重なので、村長であるガバスの許可がないと使えない。
当然、許可が下りていないので徒歩で向かう。
(僕も自分の馬とか欲しいけど、馬は高いしな)
村からは、アルベリアンに行く道は整備されていない。途中で危険なモンスターが棲む湿地帯の間をくねる道を進まなければならない。
だが、マインド・コントローラーたるガリュウには沼ヒドラとの遭遇を除けばそれほど危険な行程ではなかった。
七日を掛けて、アルベリアンに到着する。アルベリアンは平原に建つ人口四万人の大きな街だった。種族構成は悪魔族が一万名に、その他の種族が三万名ほど住む。
アルベリアンは三百年前まで人間の街だった。だが、人間が悪魔王を呼び出して従わせようとして失敗してから、悪魔族の街になっていた。
街は同心円状に二重の城壁を持つ。壁の高さは二十五mあり、厚さは五mあった。
街は新市街と旧市街があり、城壁で分かれている。悪魔貴族たちの屋敷は、城に近い旧市街にあった。
幅二十mの大通りを歩く。街の通りはスケルトンにより巡回清掃が行われているので、常に綺麗だった。
デルニエ侯の屋敷は二階建ての赤い屋敷だった。敷地は三万㎡。庭と屋敷が半分ずつで占められている。庭に常に何かしらの赤い花が咲いているので赤のお屋敷と呼ばれていた。
二十六人いる悪魔貴族の屋敷としてはデルニエ侯の屋敷は小さい。
だが、悪魔貴族の格は屋敷の大きさに比例しない。屋敷の広さは主の好みであり、デルニエ侯がコンパクトな屋敷を好んでいるに過ぎない。
デルニエ候の屋敷の門を叩いた。山羊の頭を持つ悪魔の執事に面会をお願いする。
「コースト村、マインド・コントローラー族の族長ガバスの息子ガリュウ・モンです。デルニエ侯爵閣下にお頼みしたい儀があって参上しました」
執事はガリュウを待たせると庭に行き、すぐに戻ってきた。
「我が主は中庭でお寛ぎ中ですが、お会いになってもよいとのことです。ただし、十五分後には次の面会客のご予定が入っているので手短にお願いします」
「心得ました。要点を簡潔に伝えます」
執事に連れられて中庭の一角にある場所へと向かう。
中庭に少し開けた芝生の場所があった。芝生の上に赤い敷物を敷いてデルニエ侯は胡坐を掻いて座っていた。
悪魔貴族デルニエ侯は身長が百六十㎝と、悪魔族の中では低い。顔は目鼻が付いた玉葱である。手足は人間のようにあるが、草に似た緑色の毛を生やし、ツタを伸ばしている。
恰好は裾が波型にカットされた黒の半ズボンに白い半袖シャツを着ていた。
敷物の前まで行くと、デルニエ侯が自分の正面を手で指し示す。
靴を脱いで、デルニエ侯の前に胡坐を掻いて座る。
「この度は貴重な時間を割いていただき、ありがとうございました」
デルニエ侯はそっけない態度で命じる。
「堅苦しい挨拶はいいから、用件を言って。今日は忙しいから」
「実は――」とダーク・エルフと揉めている問題を伝え、ラウラに金貨を足元に放り投げられたところまでを話す。
デルニエ侯はふむふむと訊き、ガリュウが話し終えると苦い顔をする。
「なるほどね。それは、早い段階で私に相談しに来てくれて正解だね。土地問題に体面が絡むと面倒な事態に発展する事例も多い。しかも、相手は不死の王に次ぐ大派閥のダーク・エルフだ。マインド・コントローラーだけで打開するのは辛いだろう」
(よかった話がわかるお方で、さすがマインド・コントローラーの守護者だ)
「でしたら、デルニエ侯から、人間を引き渡すようにダーク・エルフに要求していただけますか」
デルニエ侯は知的な顔で慎重に意見を述べる。
「いいよ、と請け合ってあげたいところだが、待ちなさい。ダーク・エルフが金貨を投げてきた以上はダーク・エルフにも顔がある」
正直に思うところを告げる。
「でも、金貨三枚を投げて寄越す態度は酷いですよ。あまりにも、こちらを馬鹿にしています」
デルニエ侯はガリュウを宥めた。
「でも、ここは私の顔に免じて怒りを収めてほしい。ただ、金貨三枚はさすがにないから、金貨百枚を要求するってところで、どうだろう?」
(金貨が百枚か。奴隷にして二十五人分か)
盗まれた野菜の量からして、盗みを働いた人間は二十五人もいないと思われた。
(十人分もあれば額としては問題ない。デルニエ侯に半分をお礼で納めるとしても、賠償金として金貨五十枚も取れれば、父さんは納得してくれるだろうな)
「わかりました。ただ、向こうが悪かったとの意思表示のために、名目は賠償金としてください」
デルニエ侯は澄ました顔で許諾した。
「どんな名目であれ、金貨は金貨だと思うがね。でも、マインド・コントローラーたちが拘るのなら、いいだろう。賠償金の名目で払わせよう」
(ふう、何とか話が纏まりそうだ。デルニエ侯に話を持ってきて正解だった)
「ありがとうございます。それで差し出がましいですが、ダーク・エルフからの回答は、いつくらいになるんでしょうか?」
「そんなに掛からんよ。今夜、ダーク・エルフの庇護者であるフェニック侯と会うから、話してあげるよ。頭の固いフェニック侯でも、さすがに今回は、非と無礼を認めるだろう。そうだな、一週間以内に、何らかの回答があるだろう」
「わかりました。それでは宿屋で待たせてもらいます」
「そうしてくれたまえ」
王都にあまり来た経験はなかった。一週間は観光気分で街でも見て歩けばいいと、軽く考えていた。
だが、翌朝宿屋で朝食を食べ終わると、デルニエ侯からの使者が来た。
「当屋敷まで、すぐにお越しください」
嫌な予感がしたので尋ねる。
「何か、あったんでしょうか?」
使者は素っ気ない態度で告げる。
「それは当屋敷に来たときにお伝えします」
屋敷に行くと、昨日と同じ中庭に通された。
デルニエ侯はとても怒っていた。
ガリュウが席に座ると、デルニエ侯は怒りをぶちまける。
「全く、フェニックス侯があそこまで偏屈だと思わなかったよ」
ダーク・エルフとの交渉が暗礁に乗り上げた予感が、びんびんした。
(これ、まずいな。デルニエ侯を動かしたのが裏目に出たか)
「どうなったんですか? ダーク・エルフは何て言ってきたんですか?」
「ダーク・エルフに非はないと主張してきた」
「そんな。それじゃあ、こっちの立つ瀬がない」
デルニエ侯が自慢する顔で力強く発言する。
「安心したまえ。だから言ってやったさ、よろしい、ならば決闘だ、と」
(えっ、何を余計な方向に話を持って行くの? そんなの、頼んでないよ)
ガリュウが面喰らっていると、デルニエ侯がぷんすかした顔で命じる。
「そういう事態だから、是非とも勝って、種族の名誉を回復してくれ」
予想だにしない言葉を懸けられた。
「僕が決闘をするんですか?」
デルニエ侯は当然の顔をする。
「そうだよ。君以外に誰がいるんだよ。それで、決闘は早いほうがいい、ってなった。そんで明日、運よく決闘場が空いていたから、決闘は明日だから」
(何が、運がいいだよ。運が悪いよ。種族の名誉を懸けての決闘だなんて、大変な事態になったぞ。ダーク・エルフも種族の名誉が懸かっているなら、手加減はなしだ。これ、負けたら、死ぬな)
決闘なんてしたくはなった。だが、デルニエ侯が言い出したのなら、ガリュウから取り下げは申し込めない。ガバスに判断を仰ぎたいところだが、今日の明日では返事は間に合わない。
ガリュウは人生初の決闘に臨む展開になった。




