第二十三話 呼び出しと書状
次の日、爺が家にやってくる。
「坊、ガバス様のご命令で、村に防衛施設を作る運びとなりました。つきましては、奴隷の四名をお貸しください」
(人間が近くまで来た以上は、戦争に備えないとな)
「マインド・コントローラーの義務として、奴隷の労務提供は望むところ。それで、何を造るつもりなんだ?」
「今ある、村を囲うレンガ造りの塀を高くします。また、見張り台を設置します。あとは弓と矢を量産します」
マインド・コントローラーの村には、レンガ造りの塀はある。だが、塀は歩兵の侵入を阻むものではない。塀は獣除けのものであり、高さは五mしかなかった。
十mまで高くすれば騎兵の侵入を防げる。だが、歩兵を防ぐためには、もっと高くしなければいけない。
戦争を見越すなら強固な石壁が欲しかった。されど、このあたりには石材を切り出せる石切り場がなかった。遠くから石材を運んで強固な壁を作るとなると、一年は掛かる。
「レンガの塀でもないよりはいいか。人間が現れた件からすると、不安だな」
村ではレンガ工房が増築され、多くのレンガが焼かれる。また、鍜治場では塀を補強するための鉄筋も製造される。
鉄筋を組み入れたレンガの塀は日増しに厚く、高くなっていった。
人間たちによる攻勢の情報は商人たちより入ってくる。
人間たちは木材の入手と沼地の測量に力を入れていた。
ウゴールはガバスと面会した後も、手土産を持って二回、訪れた。二回に亘って行われた会談には、ガリュウは入れてもらえなかった。なので、ガバスとウゴールの間で何が話し合われたのかは不明だった。
(父上の性格だから、種族を滅ぼすような決断はしないだろう。だが、人間が村に出入りしているところを他種族に見られたりしたら、大事だぞ)
ただ、ウゴールたちを除けば、マインド・コントローラーの支配地域に人間が入ってくる展開はなかった。なので、マインド・コントローラーの村は平穏だった。
そんなある日、ガバスに呼ばれた。ガバスが穏やかな顔で頼む。
「倅や。デルニエ侯の元に書状を届けてくれ」
「よろしいですが、どんな書状ですか?」
ガバスは平然と重要な事実を告知した。
「我らが人間と通じて裏切るのでは、との噂が流れている。その件で申し開きをせよとデルニエ侯に命じられた」
(嫌な予感が、当たった。アルベリアンで噂になるとは危険だぞ。これは下手をすると、マインド・コントローラーの存続の危機だ)
ガリュウはガバスに文句の一つも言いたかった。だが堪える。
「やはり、こうなりましたか。それで、どう申し開きをしてくればいいのですか?」
「我らに二心はなし。それだけ伝えて、書状を見せよ。さすれば、デルニエ侯はわかってくれる」
(そんなに簡単に行くかな? 噂が立ったとするなら、噂の元がある。リザードマンならまだしも、ダーク・エルフなら何か証拠を掴んでいるのかも)
正直に言ってやりたくなかった。むしろ、この事態を招いたガバスにこそ、釈明に行って欲しかった。
「この役目、僕には重とうございます。父上が行かれたらではどうですか?」
駄目元で断ってみた。
ガバスは素っ気ない態度で言い放つ。
「儂は儂で、やる仕事がある。お前が行け。これは族長命令だ」
ガリュウは暗い気分で、心の中で嘆いた。
(来たよ、族長命令)
「命令とあれば、拒否権はありません。お役目、見事に達成してご覧に入れましょう」
ガリュウは封のされた書状を受け取ると、村を出た。
アルベリアンには昼に着いたので、面会を申し込みにデルニエ侯の屋敷に赴く。
「デルニエ侯爵閣下にお目通りをお願いしたく、参上しました。いつごろなら都合がよろしいでしょうか」
執事は屋敷の扉を開いた。
「では、ご案内します。こちらへ」
(面会場所は、いつもの庭とは違うのか。何か、ちょっと嫌な予感がするな)
通されたのは、屋敷の奥にある、二十㎡しかない小さな部屋だった。
部屋には椅子はなく、赤い絨毯だけが敷いてあった。
「靴を脱いで、この上でお待ちください」
「わかりました。待たせてもらいます」
指示された通りに、靴を脱いで赤絨毯の上で待った。
扉が閉まると、赤絨毯から浮き上がるようにデルニエ侯が現れた。
デルニエ侯は胡坐を掻いて、どっしりと構える。
デルニエ侯の表情はいつもと違い、厳しかった。
「私はガバスを呼んだのだが、どうしてガリュウ殿が来るのかね?」
頭を下げて詫びる。
「父は多忙に付き、予定が付きませんでした。また、予定が空くまでデルニエ侯爵閣下をお待たせするわけには行かず、こうして私がやって来ました」
デルニエ侯の表情は冷めていた。
「この私の呼びつけより重要な用事が、気に懸かる。まさか、人間絡みかな?」
「すいません、父は詳しく教えてくれませんでした」
デルニエ侯はむっとした顔で言葉を続ける。
「そうか。不快な答えだが我慢しよう。今日こうして呼んだのは他でもない。マインド・コントローラーが悪魔王陛下の陣営を離れ、人間に味方するのでは、と噂が立っている」
堂々たる態度で答える。
「噂は噂です。我らの忠誠はデルニエ侯爵閣下と悪魔王陛下に捧げられたものです」
デルニエ侯は表情も厳しく問い質す。
「では、聞く。ダーク・エルフもリザードマンも人間に攻められている。なのに、なぜ、ダーク・エルフとリザードマンの間にいるマインド・コントローラーの支配領域は攻めらないのかな?」
これはガリュウも疑問に思っていた。正直に答えれば、ガバスの努力の賜物なのだろう。
だが、正直に答えれば、努力とは何かとの問いに行きつく。そこで人間の存在を匂わせれば危機に陥る。
ガリュウは偽らざる心境を語った。
「私は人間ではないので、わかりかねます」
「全く理解不能だと答えるのかね」
「推測でいいなら、お答えできます。人間にとって我が支配領域は、あまり価値がない。ないしは、マインド・コントローラーなぞ、いつでも倒せると人間は思っているのでしょう」
教科書的な回答で乗り切ろうとした。
だが、当然にデルニエ侯は懐疑的な顔で指摘する。
「そうだろうか? マインド・コントローラーの村を抜ければ、アルベリアンまで徒歩で七日。さしたる障害もない。人間がこの利点に気付かないわけがない」
再度、模範的回答で答える。
「我が村に軍を進めるとなると、ダーク・エルフとリザードマンに挟撃される恐れがあります。また、道は進みづらく、退きにくい。容易には軍を進められません」
「理屈は立つ。だが、本当に進みにくいから攻めないのであろうか? もしや、人間との間に密約があるのではあるまいな?」
(来たぞ。ここでおかしな内容を答えれば、僕は無事に村に帰れない)
「密約なぞ、私は知りません」
嘘ではなかった。
デルニエ侯は険しい顔で問う。
「ダーク・エルフやリザードマンの中には、マインド・コントローラーの支配領域で何度も人間を見たとする報告もあるぞ」
デルニエ侯がどの程度まで証拠を掴んでいるか、わからない。だが、言い逃れできない証拠ではないと感じた。
(こういう時は嘘を吐かず。ぼかしたほうがいい)
「ダーク・エルフやリザードマンから、人間が近くにいると忠告を受けた覚えはありません。でも、見たのであるなら、巡回を強化して防備に力を入れます」
これも嘘ではなかった。ダーク・エルフやリザードマンから糾弾を受けた記憶はない。
デルニエ侯は、じっとガリュウを見据えて確認する。
「では、人間との交流はないのだな?」
はっきりと宣言した。
「人間は敵です」
デルニエ侯の表情が少し和らいだ。
「ほう、言うのう」
ここぞとばかりに、ガバスに渡された書状を取り出す。
「父から書状を預かってきました。書状をご覧にいただければ、よくおわかりになります」
デルニエ侯は封印を破って、中身を読もうとした。
ガリュウは、ここで任務の九割は果たしたと安堵した。
(頭の良い父のことだ、一分の隙もない反論が書いてあるのだろう)
デルニエ侯が不機嫌に書状をガリュウに見せる。
書状には何も記載されていなかった。
「ガリュウ殿、書状は白紙ぞ。これは何の真似だ?」
ガリュウは血の気が引いた。倒れたい気分だが、思い留まる。
「父がデルニエ侯爵閣下に宛てた書状を、私が勝手に見る訳にいきません」
デルニエ侯が目を見開いて睨む。
「では、この白紙の書状を前にして、どう申し開きをするのだ!」
どうにでもなれと、背筋を伸ばして宣言する。
「白紙であるなら、そこにどう内容を書いていただいても、構いません」
デルニエ侯が真剣な顔で確認する。
「では、人間と通じていると書いてもいいのだな?」
「お任せします」
デルニエ侯爵が真面目な顔で命じる。
「ガバス殿の考えは、わかった。私も紙切れ一つで相手を信用するほど馬鹿ではない。悪魔貴族デルニエ侯爵の名で命ずる。今日より五十日の猶予を与える。その間に人間の首を百、取ってこい」
「必ずや、やり遂げてみせます」




