第二十一話 思わぬ来客(前編)
ガリュウの集めてきた情報は村で共有される。また、村に来ていた商人からの情報と突き合わせると、ドドンゴ村とコースト村が落ちた以外の情報は,当たっていた。
人間が悪魔王の住むアルベリアンに向かうには、四つのルートがある。
一つ、西回りで龍が棲む渓谷を通るルート。ただし、ここには悪魔王より強いと評される神話の龍が棲んでおり、道幅も狭く、進軍には不向きだった。
一つ、ダーク・エルフが支配する魔の森を進むルート。森の中を突っ切って進むルートは非常に困難で、馬も使えない。また、魔の森には恐ろしい魔法の罠がいくつもあるので簡単には進めない。魔の森は邪悪な妖精たちの住処でもある。むろん、ここを通るならダーク・エルフが死に物狂いで攻撃してくる。
一つ、湿原を進むルート。距離的には少し長く、水中には危険な水中生物や毒蛭が棲息している。安全に渡るには船と、座礁させない水先案内人が必要である。リザードマンが支配しており、一部は死の王の領地でもあるのでアンデッドも出る。
一つ、東回りで平原を進むルート。距離的には一番長い。だが、利点である馬が使える。
オーク、ゴブリン、ケンタウロス、トロル、オーガなどの村が点在しているのでもっとも戦闘は多いと思われる。また、アルベリアンに向かう途中には、城塞都市のマモンティがあるので、マモンティを落とさないと先に進めない。
ガリュウは情報を整理する。
(どのルートを通っても、アルベリアンには簡単に着けない。でも、人間たちの戦闘痕を見ると、今回はガドルの街を出て平原を進んで行くルートだな。これは多くの血が流れるぞ)
小麦を村に売りに来たゴブリンの商人と会話する。
「どうですか、商売のほうは?」
ゴブリンの商人は冴えない顔で語る。
「食料品を買うのなら、今の内がいいかもしれません。戦争で穀物の値段が上がりそうです」
「ダーク・エルフの村の情報が、入ってきていませんか?」
「仲間内の話です。人間が魔の森の近くに製材所を作って、積極的に木を伐りに来ているそうですよ」
「リザードマンの村では、どうです?」
「あっちは人間が大勢でやって来て湿原を捜索しています。どうやら、歩いて渡れる場所を探って、地図を作っているそうです」
(そうか。うちは支配領域が小さいから、数名の冒険者が来ただけ。でも、他の種族は、もっと直接的にぶつかっているんだな)
ガリュウは心配している内容があった。
実は人間たちが通る四つのルートの他に、第五のルートが存在した。第五のルートは魔の森と湿地の間を縫う細い道を進む。そのまま、マインド・コントローラーの村を突っ切って、アルベリアンに向かう道だった。
片側が魔の森で、もう片方が湿原。なので、この道を進めば最悪、森からダーク・エルフ、湿原からリザードマンと、両側から待ち伏せ受ける。
また、曲がりくねった細い道なので、退路を断つ作戦も可能。道が細いので前方に戦力を集中もできない。いわば戦略的に通行ができない道だった。
だが、何かの拍子に大軍の侵攻を許せば、最も被害が少なくアルベリアンに到達できる。
有望なルートを持つ意味では、マインド・コントローラーは支配領域が小さくてもアルベリアン攻略の近道を握っていた。
ガリュウは地図を見ながら、不安に思う。
(この道、人間たちが気付かなければいいんだけどな)
「大変だ。人間だ。人間がやって来たぞ」
村で叫び声がした。慌てて外に出ると、村人が息を切らして、へたっていた。
「人間が来たって? 数は、何人ですか?」
「敵は、六人です。坊の畑の辺りにいます」
「すぐ、父上に連絡を。僕と冒険者の奴隷で、時間を稼ぎます。お前たち、来い」
ガリュウはワンドを手にする。四人の冒険者奴隷を率いて村を飛び出した。
四十分ほどで畑に到達する。畑には六人の冒険者がいた。
ガリュウがワンドを握ると、先頭の男が声を上げる。
「待て、待ってくれ! 俺はウゴール。話がしたい」
ウゴールは金髪で、ひょろっと背の高い、二十代後半の男性だった。ウゴールは革鎧を着て短槍を持っている。バック・パックとベルト・ポーチと、恰好はいかにも冒険者風だった。
いきなりの呼び掛けに戸惑った。
ウゴールは後ろの五人に指示を出す。
「武器を向けるな、仕舞え、仕舞うんだ」
五人の冒険者は険しい顔をした。
だが、ウゴールの指示に従って、渋々の態度で武器を向けるのを止めた。
(ウゴールがこいつらのリーダーか。でも、何だ、こいつ? 人間は、僕たちを見たら真っ先に襲ってくる種族なのに)
ウゴールは愛想のよい顔で切り出した。
「なあ、あんた、俺たちの言葉がわかるんだよな? ここは話し合おう」
思わぬ展開に、ガリュウは不安でドキドキした。
だが、馬鹿にされたくないので、偉丈夫に構える。
「人間が、我らの領域を荒らして、生きて帰れると思っているのか」
ウゴールが砕けた口調で謝る。
「領域に勝手に足を踏み入れた経緯は詫びよう。でも、話し合うには、こうして顔を合わさないと不可能だろう」
(こいつ、何をほざいているんだ? 馬鹿なのか? それとも、こっちの隙を突くつもりか?)
「話し合うだと、面白い。何を話し合うのだ?」
ウゴールは控えめな態度で頼む。
「できれば、その、お宅たちのリーダー? 族長? ボス? とにかく、そう、偉い奴と話がしたい」
「お前にそれだけの価値があるのか? そうは見えないな」
「いやいやいや、俺の身分は、そんなに低くない。俺はウゴール・アントロポフ。ケルト村の次期領主だ」
(ケルト村の領主? 前回に行った時に、村長はいた。だけど、領主はいなかったぞ)
「嘘を吐くな。ケルト村に領主はいない、確認済みだ」
ガリュウがワンドを向けると、ウゴールは両手を前に出して制止する。
「待て待て待て、だから、次期領主だって。この戦争が終わったら、俺は所領として、ケルト村を国王から貰う予定なんだ」
「今は無関係ってことだろう」
ウゴールは穏やかな顔で宥める。
「そう、カリカリするなよ。いちおう、俺はこれでも騎士だ。ケルト村に帰れば、従者も三人いる、家来も十人いる。まあ、従者は年喰った爺さんで、家来は歩兵だけどな」
ガリュウは突っ込んで訊く。
「じゃあ、何で連れているのが家来じゃなくて、冒険者なんだ? 怪しいだろう」
ウゴールは丁寧な態度で説明する。
「俺の従者は、鍛冶仕事や飯炊きは得意。そんでもって、俺の家来は、農作業と槍捌きが自慢。でも、探索は慣れていないんだって。ましてや、異種族との交渉事なんて不得意。すぐに喧嘩になっちまう」
(ぺらぺらとよく喋る男だ)
「それで、その騎士様が何の用だ?」
「だから、それは、ボスと会わせてくれたら話すって、大事な話だからな」
「そうやって、会談の場に行って族長を暗殺する気か」
ウゴールが自信のある態度で提案した。
「だから、違うって。本当に話がしたいだけだって。よし、なら、こうしよう、交渉には俺一人で行く。何なら、縄で縛ってくれても構わない」
ウゴールが襲ってきたのなら、躊躇なく殺していた。
だが、このよく喋る男がガバスにどんな話をするのか、興味が湧いた。
(村で話を聞いたあと、始末すればいいか)
「命の保証は、しない。それでもよければ、連れて行ってやる」
ウゴールが軽い調子で冒険者に頼む。
「そういうわけで、ちょっと行ってくる」
ちょっときつめの顔をした若い女性冒険者が声を上げる。
女性冒険者は革鎧に胸当てをして、兜を被っていた。武器は一般的な長剣だった
「待ちなさい。ウゴール。私も一緒に行くわ」
ウゴールが困った顔をする。
「イリーナ、一緒に来てくれる対応は嬉しい。だが、危険すぎる」
イリーナが、きっとウゴールを見据える。
「私には行かなければいけない理由が、あるのよ」
ウゴールが息を吐いて下を向く。
「わかった。なら、一緒に来い」
冒険者がウゴールとイリーナに縄を掛ける。奴隷冒険者が縄を引く形で村に戻った。




