第二十話 マインド・コントローラーの噂
ガリュウは帰ってきてから、重い風邪を引いた。良くなるまでに二週間も要した。
早くデルニエ侯に会わねばと思う。だが、風邪を移してはいけないし、長旅は無理だった。
ガバスは釈明に行くのが遅くなると、手紙を書いた。なので、ある程度の遅れは許されそうだった。
風邪がよくなって出立の日、ガバスが見送りに来る。
「倅よ、お前が寝込んでいる間に状況が変わった。デルニエ侯への釈明が終わっても、すぐには村に帰って来るな」
何をさせられるのか不安だったので訊く。
「何か、アルベリアンでやらねばいけない仕事が、あるのですか?」
「アルベリアンは王都だ。おのずと情報が集まる。そこで情報を集めて村に送れ。戦局を見極めるのだ」
(特段に難しい仕事ではないな)
「畏まりました」
父から多めの路銀を貰い、アルベリアンに向かった。
三日半を掛けてアルベリアンに着く。到着した時には陽も暮れていた。
翌日、デルニエ侯の屋敷に行く。デルニエ侯は多忙のため、面会は二日後が設定された。
二日ほど、街の酒場で噂話を聞いたり、瓦版を買い集めたりして、情報を集める。
人間側が村を取り返しに出た。人間が他種族の村を襲った。戦のニュースで、アルベリアンは賑わっていた。ガリュウは戦果を集計する。
(人間が取り返した村が四つ、人間に襲われた村が五つ、か。人間の攻勢が激しいな。今までに、こんな短時間に連続で戦いが起きた過去はなかった)
面会日にデルニエ侯の屋敷に行くと、いつもの庭に通される。
デルニエ侯の機嫌は悪くなかった。
正面の席を勧められたので、席に着く。
ガリュウは頭を下げて詫びた。
「ケルト村の件ですが、一時は村を制圧しました。ですが、すぐに人間に村を奪い返されてしまいました。全くもって申し訳ありませんでした」
デルニエ侯が澄ました顔で告げる。
「アルベリアンでもマインド・コントローラーについては噂になっている。もちろん、悪い噂だよ」
(やはり、叱られるのかな?)
マインド・コントローラーの噂については、ガリュウの耳に入っていなかった。
当然に、自分の種族に関する噂なので、気にもなる。
「どのような噂でしょうか? 差し支えなければ、教えていただけないでしょうか?」
デルニエ侯が冷たい顔で突き放すように言う。
「マインド・コントローラーは最も遅くに村を落としたのに、最も早くに村を奪い返された。真に戦が下手な種族だ、とね」
当事者としては、金貨十枚しか与えられない状況でどうしろ、と愚痴りたい。
だが、やれと命じたのは父であり、族長であるガバスである。ガバスを非難はできない
デルニエ侯が冷めた目で見る。
「どうしたね? 感想を聞きたいな。あれば、だけど」
正確な日数を測ったわけではない。だが、噂はあながち間違いでもないので、嘘ですとも叫べない
(戦争が下手な種族ってイメージが付いたか。人間側に弱いってイメージが伝わったら、攻勢に遭うのかな)
ガリュウは平身低頭の態度で謝った。
「噂については往々にして事実ゆえ、返す言葉もありません。庇護者たるデルニエ侯爵閣下には、ご迷惑をお掛けしたでしょうか?」
デルニエ侯は気を悪くした様子もなかった。
「いいよ。別に。マインド・コントローラーだけが村を取り返されたわけでもなし。マインド・コントローラーが気にしないなら、咎めはしない」
(お咎めなしとは、助かった。これで、罰もなかったも同然だ。是が非でも村を落とせと再度、命じられたら、総力を挙げて人間に挑まなければならなかった)
デルニエ侯の屋敷を出て情報を集める。
戦況と纏めると、人間側がかなり優勢だった。リザードマンが治める湿地。死の王が治める荒れ地。オークが治める平原。これらでの戦闘が激しかった。人間の今回の戦いに五万もの兵を投入しているとの話も出ていた。
(五万人の人間か。だとすると、僕が遭遇した人間の兵力は一%以下だったんだな)
毎日、各地の戦争の話が入ってくると不安になる。もうそろそろ、情報集めは充分だと考えた。
村に帰っていいか、手紙を出した。けれども、返事はなかった。
便りがないまま、二十日が過ぎた。ガリュウの住むコースト村の隣にはリザードマンのドドンゴ村がある。ドドンゴ村が人間に襲われた、との噂が立った。
(ドドンゴ村とコースト村は一日と離れていない。まさか、手紙が来ないのもコースト村が攻撃に遭ったからか?)
不安は日増しに強くなる。コースト村の情報は入ってこなかった。
さらに十日が過ぎた頃に、居ても立ってもいられなくなった。
連絡が付かなくなったコースト村が心配で、ガリュウは村にバジリスクを走らせ、帰った。
村は無事だった。ドドンゴ村が襲われた情報についても、村人は誰も知らなかった。
(あれ、変だぞ? 何でドドンゴ村が襲われた情報を、誰も知らないんだ? 隣の村だろう)
村人と話していると、ガバスに呼ばれた。
家に行くと、ガバスは飄々とした態度で訊く。
「倅よ。儂はいつアルベリアンから帰ってこいと命じた」
「隣のリザードマンのドドンゴ村が襲われたと聞きました。それで、安否を尋ねる手紙を父上に何度も出したのに、なぜ、返事をくださらないのですか」
「倅や、手紙は確かに便利なものではある。だが、届かない事態もあれば、消えてしまう状況もある。ましてや、戦場ともなれば、情報は錯綜し、偽情報も出回るものだ」
ガリュウは、ここに来て、ガバスの真意が読めた。
「まさか、父上は僕が偽情報に惑わされるか、試したのですか?」
「いいや。儂も、そこまで暇ではない」
ガバスは否定した。だが、小さいとはいえコースト村の情報はアルベリアンに入らなかった。
さらに、ドドンゴ村については偽情報まで流れたとなると、誰かの力が働いた気がしてならなかった。




