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第十九話 ガリュウの敗戦

 家に本陣を設置する。村人に外に出るなと命じた。昼に斥候を出した。

 精神支配を施した冒険者を集め、交代で見張り台に上らせた。


 冒険者の数は十八名。それに、ガリュウに爺とバジリスクを加えたのが、全戦力だった。

 昼に斥候に出した冒険者が、深夜になっても帰ってこなかった。


 ガリュウは爺と家で相談する。爺が真剣な表情で告げる。

「斥候に出した冒険者が戻りません。敵に捕縛されたと思います」


 爺の考えは当たっていると予想できた。

「斥候に出した冒険者には、精神支配の仮面を着けて出したか」


「いいえ。捕縛された時に、こちらの魔道具の解析される恐れがあります。なので、仮面は外して外に出しました」


 爺の判断は間違っていなかった。

「そうか。すると、精神支配は()って昼までか」


「昼には精神支配が解けた冒険者から、こちらの全容が伝わると思われます」

 こちらが少数だと分かった時に、敵はどう出るか。


「攻めて来るかな」

 爺が厳しい顔で同意する。


「おそらくは攻めてきます」

「村を維持できると思うか?」


 爺は冷静な顔で静かに意見する。

「不可能でしょう」


 ガリュウも爺と同じ考えだった。問題はここから先どうするか、だった。

「僕と同じ考えだな。わかった。奴隷化した冒険者だけを連れて、今晩中にケルト村を出よう。村は捨てる」


 爺が真剣な表情で確認する。

「ガバス様のご命令はこの村の維持です。ですが、一戦も交えずして退却して、よろしいのですか?」


 村人を奴隷として売るのを拒絶された時から考えていた心の内を語る。

「私は父からこの村を維持せよと命じられた時から疑問に思っていた。この村の人間は奴隷として売って、村を焼き払う方針こそが正しい、と。だが、父は僕の献策を採用しなかった」


 爺は神妙な顔で尋ねる。

「何か心当たりが、あるのですか?」


 爺になら正直に打ち明けてもよいと思った。

「心当たりはない。だが、今ここに至って思う。父は僕に敗戦を味わせたかったのだろう」


「なぜ、そんな無意味な仕打ちを、坊になさる?」

「無意味ではない。全ては勝利と敗北を知り、僕を成長させるためだ」


「全ては坊のため、ですか?」

「勇士は金貨十枚で育つ。だが、名将は金貨千枚を費やしても育たぬ。だから、父上は、あえて村一つを使い、僕を育て上げるために戦を学ばせたのではないかと推し量った」


 爺はガリュウの考えを聞いても否定しなかった。

「であるなら、見事に負けてみせる必要がありますな」


 ガリュウは決意を告げる。

「そうだ。だから、版図に加えたケルトの村から兵を引く」


「そこまでの覚悟があるなら、爺は何も申しません。すぐに出立の準備をします」

 夜がまだ明けぬ内に、ガリュウたちはケルト村の裏門から村を出た。


 奴隷たちは爺に引率させ。先に進ませる。

 ガリュウはバジリスクに乗り、裏の山の上から村を見張った。


 夜が明けると、整然と隊列をなした兵士の軍勢が見えた。

 その数は三百。村を守るガリュウの兵の十倍もの数だった。


(あの場所にいたら、僕は死んでいた。戦わずして僕は負けた。だが、父の命令に固執して戦っていたら、負けた上に死んでいた)


 ガリュウはバジリスクを反転させると、コースト村に向かった。バジリスクに乗り、爺たちより一足先に村に入った。


 その足で、すぐにガバスに報告に行く。

 ガバスはガリュウの帰りを予期していたのか、待っていた。


「父上、ケルト村で敗北しました。残った手勢は奴隷冒険者が十七名、それに爺です」

 ガバスはガリュウの身なりを指さして指摘する。


「お前はずいぶんと綺麗な格好をしているな。それに、奴隷化した冒険者が十七名も残っている。お前は、戦わずして逃げ帰ったのか?」


 ガリュウはガバスをしっかりと見据えて答える。

「戦わずして逃げるのが最良だと、判断しました」


 ガバスは軽い調子で確認する。

「敵は多かったか?」


「山の上から確認しましたが、三百名はいました」

「なら、敵は強かったか?」


「こちらの斥候が捕まり、消息を絶ちました。なので、敵兵の練度はこちらの冒険者以上でした」

 ガバスは軽く頭を揺らすと、穏やかな口調で告げる。


「そうか、ここまではどうでもいい話よ。ここからが本題だな」

 本題と銘打たれて、背筋が伸びる。


 ガバスは冷静な顔で質問する

「では、お前は村人を手荒く扱ったか。また、拷問などをしたか」


 あまりに些細な内容なので、ガバスの真意が読めなかった。

「村人をですか? いいえ、この村の奴隷と同じように扱いましたが」


 ガバスの問いは続く。

「奴隷冒険者たちの規律は、取れていたか」


「爺が管理したので、問題なく運用できました」

 ガバスは褒めるでも叱るでもなく尋ねる。


「なるほどな。爺に任せたのなら、問題あるまい。それで、お前は爺にどう報いる」

「褒美を取らせたいと思います」


 正直な感想だった。

 ガバスが目を細めて、何かを見定めるかの如く訊く。


「最後に、お前は罰せられるべきだと思うか?」

 来たぞ、と思う。余計な言葉は不要。ただ、思いの丈を語る。


「私は父上の命令に応えられませんでした。罰を受けて当然でしょう」

 ガバスは小首を傾げて、深く追及する。


「だが、敵はお前の十倍以上だ。戦っても勝てまい。それに儂はお前が村人を売れと進言したのに拒否した。その結果が要らぬ敗戦と損失に結び付いたと思わぬか」


「どういった命令を下すかは、父上の采配。それに異を唱えるのは、僕の越権行為です」

 ガバスの顔がわずかに綻ぶ。


(珍しい。父上が僕の答えに喜んでいるのか)

「言うようになったのう、倅よ。それでは、ガリュウよ。お前に罰を下す。デルニエ侯の元に赴き、敗戦の申し開きをしてこい。そこまでやって、初めて敗戦の処理だ」


 小さな罰に、いささか拍子抜けした。

「それだけ、ですか?」


 ガバスは真剣な顔で断言した。

「他は必要ない」


 ガリュウは自分が思い描いた答えが正解か知りたくて、訊いた。

「最後に一つ、よろしいですか。父は僕にわざと負けさせようとしたのですか?」


 ガバスは平然とした顔で教えてくれた。

「この度の戦いは小さい局面で見れば敗北だ。だが、大局から見れば、敗北でも何ともない。わからないなら、わからなくてもよい。いずれわかる」


(何だろう? 父は何を考えて、村人を売るな、村を焼くなと命じたのだろう? あれには、僕を負けさせる以上の意味があったのだろうか?)


 ガリュウは下がって、二日遅れでやってきた爺と合流する。

 爺はガリュウの家に来ると、満足気な顔で報告する。


「坊、奴隷冒険者十七名を無事に村に連れ、帰還できました」

「ありがとう、爺。この度は、世話になったな」


 ガリュウの偽らざる心境だった。

 爺は笑顔で応える。


「いえいえ、坊と一緒に戦えて嬉しゅうございました。それで、ガバス様はこの度の敗戦は、何と?」


「それが、あまり怒っていなかった。罰として、デルニエ侯への申し開きを命じられた。だが、これは軍を率いた僕の責任だから、止むを得ないと思う」


 爺は顎に手をやり、思案顔で持論を述べる。

「でしたら、やはり、戦わなくて正解でしたな」


「でも、父上はおかしな言葉を口にしていた。この度の戦は負けではない、と仰る」

 爺もガリュウの言葉に首を傾げた。


「ガバス様のお考えは、時に我らの想像を超えますからな」

 爺は話が終わり、退出しようとした。なので、呼び止める。


「父上が爺にきちんと褒美をとらせると命じた。少なくてすまないが、この金貨を受け取ってくれ」

 ガリュウは金貨十枚を差し出した。


 爺は少し驚いた。

「これは、お父上から貰った軍資金の全てでしょう」


「それぐらいしか、してやれる褒美がないのだ」

 爺はにっこり笑って金貨を受け取ってくれた。

「わかりました。ならば、このウスサ、喜んで褒美を頂きましょう」

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