第十八話 村の価値と奴隷の価値
コースト村から次の日も、次の日も奴隷が食料を運んできた。
食料のほとんどが、野菜ペーストとショート・パスタだけ。
だが、村人は喜んで口にした。
(何を食わされるか不安だったが、よく知ったものと知って、安心したか)
病人の治療も進み、村は生産活動を少しずつ再開できる状態になった。
家でガバスに宛てた報告書を書いていると、冒険者がやって来る。
「ガリュウ様。ダーク・エルフのラウラなる者が面会を求めてやって来ました」
(ラウラか? 何の用だろう? 厄介事じゃなきゃ、いいけど)
「そうか。なら、家に連れてきてくれ。用件を聞く」
家の窓から、五名からなるダーク・エルフの一団が見えた。
ダーク・エルフの中には、ラウラとオルランドがいた。
ラウラは三名のダーク・エルフを家の外に待たせ、オルランドだけを伴って家に入ってきた。
ラウラは家の中に入ると、開口一番に不平を述べる。
「汚くて、それに狭い家ね」
ラウラの嫌味は気にしない。挨拶のようなものだと、軽く受け流した。
「元は人間の家だからね。それで、用件は何? 近くに寄ったから来ただけでも歓迎するけど」
ラウラは、むっとした顔で告げる。
「近くに来ても、ガリュウの家だけには寄りたくないわ」
オルランドがすぐにラウラを宥める。
「あまり喧嘩腰にならないでください。今日は交渉に来たわけですから」
ラウラとオルランドに席を勧める。
ラウラは座ると、見下した視線で命じるように告げる。
「さっそく用事を済ませて、この汚い家からおさらばするに限るわ。ガリュウ、この村の人間を、ダーク・エルフに奴隷として売りなさい」
「どんな人間でもいいの?」
ラウラが、きっと目を吊り上げる。
「駄目に決まっているでしょう。病人なんか掴まされたら、いい迷惑よ。連れて行く奴隷は、こちらで選ぶわ」
「それって、精神支配を受けている冒険者を含むのかい?」
「調教された冒険者なら一人に付き金貨十枚。非調教の一般人奴隷なら、金貨一枚よ」
(これは、相場の半額以下だね。こちらが人間を大量に手に入れたから、安く買い叩くつもりだな)
悪魔王の領内では人間売買は一般的であり、相場もある。
調教された冒険者は便利だから金貨二十枚。強ければさらに価格は高い。一般人奴隷でも、金貨四枚が相場だった。
ガリュウはざっくりと計算する。
(冒険者が二十名で、金貨四百枚。一般人が百名だから、金貨四百枚。合計で、金貨八百枚。これに、割引率の七掛けで金貨五百六十枚。調教費用と今まで掛かった餌代と治療費が金貨二百六十枚としても、金貨三百枚の儲けか)
金貨にして三百枚の儲けなら、ガバスが飲むかもしれないと思った。
「提示価格については、そのままでは飲むわけにはいきませんね。ですが、魅力的なお話なので父に諮ってみたいと思います」
「そう。なら、いい返事を期待しているわ」
ラウラは値段面で折り合えば、人間を売ってもらえると思ったようだった。
ラウラはガリュウの家を機嫌よく後にした。
その日の晩に、ガリュウの家のドアを叩くものがいた。
誰かと思い扉を開けると、アランが立っていた。
アランが気取って挨拶する。
「こんばんはガリュウ殿。夜分遅くに、すいません。なにぶん夜しか動けない身ゆえ、ご勘弁お願いします」
アランを家の中に招き入れて、挨拶する。
「知らぬ仲ではないですし、いいですよ。して、ご用件は何でしょう?」
アランはガリュウを褒め称えた。
「まずは、損害を出さず、与えず、村を支配した手並み、見事としかいいようがない」
「いやいや、これでも苦労があったんですよ」
照れはしたが、用心する。
(愛敬を振り撒くだけなら、タダだ。魂胆は何だ?)
アランは微笑んで、饒舌に会話を続ける。
「でも、苦労に見合うだけの見返りはあった。特に新鮮な生きた人間を大量に手に入れた状況は、羨ましい限りだ。我が軍勢ではこうはうまくいかない」
(バンパイアは人の生き血を吸うからな。食料として人間を分けて欲しいと申し込みにきたわけか。詰まるところ、狙いはダーク・エルフと一緒か)
アランは笑顔で頼む。
「高価な冒険者の奴隷は要らない。一般人の奴隷を売ってほしい。そう、百人を金貨二百枚でどうでしょう」
ガリュウは頭の中で計算を巡らせる。
(一般人百人を金貨二百枚か。それなら、金貨百六十枚の儲けか。ダーク・エルフに売るより、儲けは少ない。だけど、冒険者の奴隷は今後必要になるから、アランの申し出のほうがいいのかな)
ガリュウは即答を避けた。
「魅力的な申し出ですが、生憎、ダーク・エルフから奴隷を買いたいと申し出を昼に受けたばかりなのです。父には諮っては見ますが、優先順位は落ちるかもしれません」
アランは澄ました顔で言い放つ。
「ダーク・エルフの頼みなど、捨てておきなさい。ダーク・エルフなど信用できない」
(ダーク・エルフが信用できない、なんて示しておいて、ダーク・エルフにはマインド・コントローラーは嘘吐きだって、中傷しているかもしれんから用心だな)
ガリュウは微笑みを浮かべる努力をして、回答を曖昧にしておく。
「そうもいかないでしょう。ダーク・エルフが先に申し込んできました。それに、向こうは、お隣さんですから」
アランが、にっこりと牙を見せて笑う。
「付き合いが大事でしたら、このアランとも、懇意にしていただきたいものですな」
「もちろん、アランさんは、僕が困った時に加勢の申し出を下くださった方、邪険にはしませんよ。ですが、これは、族長たる父の意向が絡む話ですから」
アランは交渉を粘らなかった。アランはすんなりと引き下がった。
「それは、残念。では、強欲なダーク・エルフとの交渉が上手く行かなかった時は、また声を懸けてください」
「その時は、よろしくお願いします」
アランは帰っていった。
(人間の価値が上がっているのかな。でも、いい流れだ。これは、村の人間を奴隷として売り飛ばして、村を焼く時だな。そうすれば、デルニエ侯にも顔が立つ。父にも顔向けができる。僕も村に帰れる)
翌朝、村にやって来た食料補給部隊にガバス宛の手紙を持たせる。
手紙には、ラウラとアランが人間の奴隷を買いたいと申し出てきた、と書いておいた。
ガリュウはてっきりラウラかアランに人間を売れ、との指示が来るものだとばかり思っていた。
四日後、父から手紙が届く。
内容は『どちらにも奴隷は売るな。村を維持しろ』との内容だった。
ガリュウは不満だった。だが、父の決定なので従わざるを得なかった。
父の代わりに、書きたくもない断りの手紙をラウラとアランに書き、送った。
その七日後、爺が家にやって来る。
爺が厳しい顔で告げる。
「村の見張り台にいた冒険者から、敵の斥候を見たとの報告がありました」
「遂に人間がこの村を取り返しに来る日が来たか」
村の防衛設備からいって、十や二十なら防げる自信があった。
だが、五十を超えると危険であり、百を超えると防ぎようがない状況は明白だった。




