第十三話 金貨十枚の価値
コースト村に帰ったガリュウはガバスと会う。爺もいたので好都合だと思った。
「父上、デルニエ侯より命令が下りました。人間のケルト村を落とせ、との下知にございます」
ガリュウの言葉を聞いた爺は表情を険しくする。
「人間との戦闘ですか。いつかは悪魔王陛下の手から土地を奪い返しに来ると思っていましたが、遂に来ましたか」
「父上、戦の支度をしましょう」
「うん」とガバスは軽く口にして財布を取り出す。
ガバスは財布から金貨十枚を取り出して、ガリュウに渡す。
ガリュウにはガバスの渡した金貨の意図がわからなかったので、質問する。
「父上、この金貨十枚は何でしょう? いたって普通の金貨に見えますが」
ガバスは、しれっとした顔で、平然と言ってのける。
「軍資金だ。好きに使え。余っても、返さなくていいぞ」
「何を仰っているのですか?」
ガバスが少しばかり不快な表情をする。
「わからぬか? それだけで、ケルト村を落とせと命じたのだ」
ガバスがこんな時に冗談を言う性格ではないとガリュウは知っていた。
だが、ガバスの命令は、あまりにも無茶に思えた。
「御冗談、ですよね?」
「本気だが」とガバスは真顔で答えた。
「無理ですよ。金貨十枚で村一つを落とすなど」
ガバスが渋い顔で嘆いた。
「情けない倅だな。だが、これは初陣だ。どれ、供の者を一人、付けてやろう。爺よ、この倅を助けてやってくれ」
爺は畏まって承知した。
「ははっ。このウスサ、非力ながら、ガリュウ殿にお力添えをします」
一人で村を落とせと命じられるのより、いい。だが、爺が加わっただけでは無理に思えた。
できない戦をできると口にして、できなかったら大変なので、異議を申し立てる。
「父上、金貨十枚と爺の力だけで人間の村を落とすなど、無理であります」
ガバスはむっとした顔で怒った。
「やる前から、何を決めつけておる。お前はそれでも私の倅か。まずは、やってみせろ。それでも駄目なら、考えてやる」
ガバスの顔は本気だった。
(何かまた、えらい事態になったぞ)
爺と一緒にガリュウの家に行き、まずは爺に詫びる。
「すまない。とんでもない事態に爺を巻き込んでしまった」
爺は嫌な顔を一つしなかった。
「いえいえ、この爺。坊の初陣にご一緒でき、幸せでございます」
ガリュウは覚悟を決めて発言した。
「この度の戦、死ぬかもしれんぞ」
爺はあまり心配した様子もなく、さらりと言ってのける。
「死ぬ、はないでしょう」
(何て楽観主義なんだ。これは、小さくても人間との戦なんだぞ)
ガリュウは、いささかむっとした。
爺に当然の指摘をする
「なぜ、死なぬ、と言い切れる? 落とす場所は人間の村。当然、村を守る兵もいる」
爺は穏やかな顔で教えてくれた。
「ガバス様はできない戦をやれと命じないからです」
嘘だと思った。だが、ガバスはガリュウに不可能だったダーク・エルフとの交渉を纏めた実績がある。
疑い半分で尋ねる。
「何と、父なら金貨十枚と供一人で村を落とせるのか」
「できるのでしょうな。だからこそ、坊にもやってほしいのでしょう」
爺は完全にガバスを信じ切っていた。
(何か、えらく期待されたな。だけど、これに応えるほうは大変だぞ)
「わかった。とりあえず、ここでぐちぐちと話していても始まらない。さっそく攻略対象のケルト村を見に行こう」
翌朝、バジリスクに乗って村を出る。
地図を頼りに、沼地と森の間をくねる湿原の細い道を進む。
湿原を抜けて草原に出た場所で一晩、夜営をする。そのまま、草原を進むと標高二百mほどの小さい山があるので、山の上に立つ。朝日を浴びるケルト村が見えた。
ケルト村は家が二十軒にテントが四十ほどで構成されていた。だが、厄介なことに、村を囲むように高さ四mの木の板が塀として張り巡らされていた。
(我らが村からバジリスクで二日のところに、もうこんな形になった入植地ができているとは、驚きだ。人間は侮り難しだな。もっと、近くに行ってみたい。でも、あまりに近づくと危険だ。さて、どうする?)
爺が精神支配を施した烏を連れて戻ってきた。
「空からの情報が必要と思い。森の烏を捕まえてきました。眷属の魔法を掛けて眷属化するのがよろしいでしょう。眷属化できれば感覚を共有できます」
「ナイスだ、爺。それなら、危険なく村の情報を探れる」
爺に勧められ通りに烏に眷属の魔法を掛ける。
爺が精神支配を切ると、烏はガリュウに従った。
さっそく、空から村の様子を窺う。
村は男性が多く、女性や子供は少ない。木の塀に綻びはなく、村の周囲を隈なく覆っている。門は表門と裏門があり、ガリュウたちがいる山側は裏門になる。
表門にも裏門に見張りが立っていた。だが、問題は武装した人間だった。
冒険者と思われる人間が最低、二十人いた。
(やはり、二人で攻めるには、厳しいな)
ガリュウが見た情報を爺に伝える。爺は真剣な顔をして意見する。
「てっきりできたばかりの村で、板塀もなければ、冒険者がいても数人だと思っていました。ですが、これは正攻法で落とすとなると、一手間が掛かるかもしれませんな」
「どのくらいの兵力があればいい?」
爺が難しい顔して計算する。
「堅実なオークの指揮官なら百名で臨むでしょうな」
「オーク一人の雇用料って、いくらだ?」
爺が眉間に皺を寄せて教えてくれた。
「この程度の小さな村を襲う戦であれば、傭兵一名につき、金貨一枚でしょうか」
「手持ちの試験じゃ、雇えて十名か。十名じゃ落とせないな」
何か村に弱点はないかと探すと、人間の弓兵と烏の目が合った。
ガリュウは烏を逃がそうとした。だが、烏は弓兵に射殺された。
感覚を共有していたので、体の中央にわずかに痛みを感じた。
「よし、状況は、わかった。ここで、二人で考えていても始まらない。かといって、考えなしに突っ込めば、無駄死にだ。一度、村に戻って対策を立てよう」
爺は表情を曇らせて、何か言いたそうな顔をしていた。
「どうした? 何か意見があるなら、遠慮なく進言してくれ」
「いいえ、何もございません」
(これは父上に「あまり口出しするな」と釘を刺されたか。さっきの烏の献策が限界だったんだな。でも、無理なものを無理と告げるのも将たる務め、と書物で読んだからな。これは正直に、できないと父に詫びよう)




