第十二話 デルニエ侯の下知
村に帰って厩舎に行く。
村の厩舎を預かるマインド・コントローラーは、バジリスクを見ると驚いた。
「坊、見事な乗用バジリスクですな。どうしました?、」
「ガラガラ侯に気に入られていただきました。村で飼えますか?」
「バジリスクの飼育は容易です。ですが、一応お父上の許可を貰ってください」
「わかりました。報告事項もあるので父の家に行ってきます」
バジリスクを奴隷に預ける。身ぎれいにして父親の家に行く。
奴隷貿易協定を断る任務に成功した。されど、オーク族の息子ドッヂと決闘になりかけた展開を、正直に報告する。
ガバスは決闘になりかけた展開を怒ると思った。だが、澄ました顔で聞いていた。
「種族の評判を落とす行為は、避けてもらいたい。だが、決闘に行くより、ずっといい。勤め大儀であったな。今日はゆっくりと休め」
(お咎めは、なしか。決闘の場に行かなかったから、お怒りは回避だな。それとも今日は機嫌がよいのかな?)
「父上、ガラガラ侯から乗用バジリスクを貰ったのですが、私の乗り物としても良いでしょうか?」
父親は顎に手をやり思案する。
「いいだろう。ちと、過分な気もするが。大役を務めた褒美だ。飼育を認めよう」
「ありがとうございます。バジリスクがあれば、アルベリアンへの旅もずっと楽になります」
父親は素っ気ない態度で命じた。
「そうか。なら、戻ってきたところ悪いが、明日にでもアルベリアンに戻ってくれ」
あまりに急なので何かの問題の発生を疑った。
「まさか、ガラガラ侯が何か問題を持ち込んだのですか?」
「違う。デルニエ侯がお呼びなのだ。私は研究が忙しい。なので、私の名代だ。それくらい、できるだろう」
(デルニエ侯なら、よく知っているから心配ないか。バジリスクを村で飼うことを認めてくれたし、父上に媚を売っておくか)
「わかりました。必ずや。やり遂げてみせます」
父親の家から出ると、ガリュウの家に爺がやって来る。
「以前に坊が連れてきた奴隷の調教が終わりました。父上は新たに坊の奴隷として四名を坊の麾下に加えることを認めてくださいました。これで、坊も七人持ちですな」
マインド・コントローラーにとって所有する奴隷の数はステータスである。奴隷を七人も持つとなれば、社会でそれ相応の地位を認められた状況を意味する。
(乗用バジリスクの件といい、奴隷の加増といい、父は何やかんや言っても僕を認めてくれているんだな)
ガリュウは気分よく提案する。
「そうですか。なら、村の周りで動物を狩らせましょう。肉が必要になりましたから」
爺は小首を傾げる。
マインド・コントローラーは肉を食わない。マインド・コントローラーの食事はトマトや野菜をペースト状に保管して、少量の塩を加えてスープにして食べる。
奴隷たる人間は野菜スープだけでは必要なカロリーが取れない。なので、スープにショート・パスタを加えていた。
だが、肉はオークなどの他種族が来たときに人間の奴隷に狩らせるのが一般的だ。肉のための定期的な狩猟はしない。
「ガラガラ侯から乗用バジリスクを、いただいたのです。バジリスク用の餌です」
爺は得心がいったのか頷く。
「バジリスクは特殊な石と、石化の視線で石にした肉を食べると聞きます。バジリスクの餌係とは、ちょうどよい。さっそく、肉の調達の仕事をさせましょう」
「でも、明日からアルベリアンにまた行かねばならないのです。なので、狩に出すのは帰ってきてからでいいでしょう。それまでは奴隷たちは村での労役に就かせてください」
マインド・コントローラーの社会に税金の概念は薄い。代わりに奴隷を多く持つマインド・コントローラーは村を維持するために労働力として、自分の奴隷を村に無償で貸し出す。
労働力の提供こそが税であり、この提供ができないと村での肩身は狭かった
「心得えました。では、気を付けて行ってらっしゃいませ」
翌日、朝早くにコースト村を出る。バジリスクは馬より遅い。だが、走れる時間が馬よりは長い。また、悪路でも馬より影響を受けない。なので、馬に乗るのより少し早くアルベリアンに着いた。
バジリスクを魔物用の厩舎に預けて、デルニエ侯爵の屋敷に行った。
屋敷に行くと、すぐに執事に庭に通された。
デルニエ侯は庭に敷物を敷いて寛いでいた。
(デルニエ侯って会う時は雨の時以外はほとんど庭だな。庭が好きなんだな)
「よくこられた、ガリュウ殿。ささ、座られよ」
デルニエ侯の正面に座る。
デルニエ侯が澄ました顔で教えてくれた。
「時にガリュウ殿。貴殿がオーク族長ドッヂとの決闘から逃げた、と都で笑いものになっているぞ」
(これは、お叱りなのかな? でも、決闘を受ける、受けない、は本人に任せてもらいたい)
ガリュウは深々と頭を下げて詫びた。
「私が笑い者になるのは構いません。ですが、そのことでデルニエ侯にご迷惑をおかけしたのでしょうか、であるなら深く謝罪したい」
デルニエ侯は澄ました顔のままで語る
「マインド・コントローラーが気にしていないなら、別に、いいよ。今日、呼んだのは別の用事だ。最近、人間たちの動きが活発になった」
心当たりがあった。本来なら人間が来ないような場所にガリュウの畑はあった。だが、人間たちは、やって来た。
(あれは、単なる偶然ではなかったのか。何かの調査だったのかもしれない)
デルニエ侯はちょっとだけ表情を曇らせて語る。
「人間たちは国境のガドルの街を出て、我が悪魔王陛下が治める領地に入植を初めた。いずれ、人間とは大きな戦争になる」
(人間の入植か、村の近くで人を見たのなら、争いは避けられないな。これから村で防衛施設を建設しなければいけないのかな)
デルニエ侯は真剣な顔で命令を下す
「戦争に先立ち、人間たちの村と支配地域が接する種族には、悪魔王陛下から命令が下りた。新たに入植地としてできた人間の村を落とせ」
(いきなり、戦争か。相手は、たかが人間。されど人間だ。人間の強さはピンからキリ。これから攻める村を守る人間は、どれほどの強さなのだろう)
デルニエ侯はびしっとガリュウを見て厳しく命ずる。
「悪魔貴族デルニエの名で命ずる。マインド・コントローラーよ。ケルト村を襲うのだ」
「畏まりました。すぐに帰って攻略に懸かります」
デルニエ侯は執事を見る。執事は一枚の地図をガリュウに渡した。
地図はおおまかなもので、ガリュウたちの棲むコースト村からケルト村までの地図だった。
ガリュウはバジリスクを飛ばして村に帰る。
(戦争か。父上は、どうやって村を落とすんだろう)




