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第十一話 冷静になると

 一夜が明けると冷静になった。昨日のドッヂとのやりとりが思い出される。

 昨日はバジリスクの美しさに心を奪われ、いささか自分を見失ったと反省した。

(まずいな、あのドッヂの様子。勝手に二度も要請を拒否した傲慢な奴と受け取られたら困るな)


 おそらく、父なら、バジリスクをドッヂに譲ってやれと命じただろう。あの場ではガラガラ侯の目があったから、ドッヂは自分を抑えた。だが、ガラガラ侯の目がなければ何を要求してくるか、わからない。


「諦めたほうがいいのかな。でも、バジリスク、もったいないよな」

 ドッヂにやるとなると惜しい気がしてならなかった。また、ここでバジリスクをやると申し出ると、「施しは受けん」とドッヂが怒る可能性もあった。


(タイミングが大事か。ガラガラ侯に言わせれば、僕はタイミングを逸したのかもしれない)

 その日の夕方に食事を終えると、ドッヂの使者のオークがやってきた。


 オークは真剣な顔で質問する。

「ガリュウ殿、遅くに失礼する。明日のご予定はどうなっておりますか?」


 予定はなかった。だが、「何もない」と答えると危険だ、との予感が働いた。

(また、狩りに誘うのか。でも、険悪になった後だからな。面白くも何ともないだろう)


「失礼、明日はデルニエ侯のお屋敷で、朝からデルニエ侯をお待ちします。デルニエ侯が帰ってきたら即、会談を申し込むつもりです」


 オークは真剣な顔のまま尋ねる。

「デルニエ侯と会談ですか。なら、その次の日は空いておりますか?」


(何だろう? これは予定が空くまで、その先を聞き続けるつもりか?)

「デルニエ侯との会談の結果次第ですが、今のところは、空いております」


 オークは眼差しも厳しく頼んだ。

「わかりました、なれば明後日は空けておいてください」


(これは、何か嫌な予感がするぞ)

 本音を隠して平然と訊く。


「いいですが、何の予定ですかな? こっちにも準備があります」

「ガリュウ殿は我が主を侮辱したと、当家では噂が立っております。おそらく、決闘の申し込みでしょう」


「何だって!」と驚いた。

 だが、慌てふためくと、ドッヂの思う壺。また、悔しくもあるので、平静を装う。


「わかりました。ただ、私は微塵もドッヂ殿を侮辱したつもりもありません。また、先日の狩りは楽しい思いをさせていただきました、とお伝えください」


 オークが歯軋(はぎし)りしてガリュウを睨みつける。

(まずいな、これはこちらの真意が逆に伝わるな。火に油だな。でも、言い繕えば、言い繕うほど泥沼になるし、どうしたらいいんだ?)


 ガリュウは困って、何も告げられずにいた。

 すると、見下されたと勘違いしたのか、オークは真っ赤になって「これにて、御免」と大股で出て行った。


 ガリュウは一人になって頭を抱える。

(何で、こうなるんだろうな? 断りはスムーズにいかず、オークの族長の息子とは決闘になる。バジリスクが手に入った状況以外は悪い展開だらけだよ)


 決闘には出るわけにはいかなかった。勝てるかもしれない。だが、ドッヂはガリュウの戦い方を一度は見ている。ラウラ戦の時のようにはいかない。必ず対策を立ててくる。


 それに、「決闘はならん」とガバスに釘を刺されている。決闘に行ったのが知られれば、叱責は当たり前。悪くすれば叱責以上の罰がある。


 デルニエ侯が間に入ってくれればいいが、決闘が明後日では相談が間に合わない。

(ガラガラ侯に間に入ってもらおうか。いや、駄目だ。ガラガラ侯がタダで動くメリットがない)


 ガリュウは、ここに至って気付いた。

「しまった。計られた」


 全てはガラガラ侯の計略だと悟った。狩りにガリュウを誘い出した人物はガラガラ侯と見てよかった。


 ガラガラ侯の麾下は勢子なので予め獲物を用意できる。

 自然の(てい)を装ってドッヂに沼ヒドラを狩らせ、いい気にする。


 そのうえで、ガリュウの気を惹くバジリスクを獲物として用意して見せる。

 乗用バジリスクという美味しそうな餌を、ガリュウに食いつかせ、ドッヂの嫉妬心を煽る。


 ドッヂは決闘を決め、ガリュウはガラガラ侯に泣きつく。そこで、交換条件を出してガリュウの意見を変えさせる気だった。


(僕は何て馬鹿だ。乗用バジリスクの餌で釣られた。しかも、バジリスクの装備一式を貰ったのを、今さら返すわけにもいかない)

「これは、まんまとやられたな」


 オートマンの使者を村に出した段階で、村に馬があまりなく貴重品である状況を、ガラガラ侯は理解していた。そんな村で育ったガリュウに優美なバジリスクを見せれば食いついてくる、との計算を立てたのだろう。


 ガリュウの採れる行動は少ない。

「駄目だな。デルニエ侯がアルベリアンにいない状況だと、僕は孤立無援だ。ここは逃げるしかない」


 難題は今回だけとは限らない。ガリュウがアルベリアンに滞在する限り、ガラガラ侯は何度でもトラップを仕掛けられる。決闘を乗り切っても、いずれは罠に嵌る。


 であるなら、もう、アルベリアンから逃げるしかない。

「バジリスクは惜しいが、仕方ない。ガラガラ侯との約束を破る破目になったが、やむなしだ。今なら、まだ大門が空いている」


 急に帰る事態になりました、と宿屋の主に手紙を書き、荷物を持って外に出る。

 外に出ると、まだ小雨が降っていた。


 閉店間際の市場で急ぎ必要な物を買い、大門まで小走りに駆けてゆく。

 大門まで行くが、門が閉まっていた。


(嘘だろう? 門が閉まるまで、まだ十分はある)

 門衛のトロルにお願いした。


「閉門の時間は、まだのはずです。門を開けてください」

 門衛のトロルが(しか)め面で、詰め所を指さす。


 詰所から傘を差す執事型のオートマンが出てくる。

 執事型オートマンは、ガラガラ侯のオートマンを抱いていた。


 オートマンから、ガラガラ侯の優しい声がする。

「誰かと思えばガリュウ殿ですか。これから暗くなるのに、どこに行くのですか?」


 声の調子は優しいが、声には悪意が滲んでいた。

(読まれていたか。当然といえば当然か。ここで獲物を逃がすような真似はしない。ガラガラ侯にとって、これこそが狩りなんだ)


 言い繕う行為は難しいと悟った。

「ドッヂ殿に決闘を挑まれそうになったので逃げるんです。決闘になったら命が危ない」


 ガラガラ侯のオートマンを見据えて正直に告げた。

 ガラガラ侯は提案する。


「ここで言い争う態度も潔くない。単刀直入に言いましょう。奴隷貿易協定を飲むのならドッヂとの決闘を回避させよう。アルベリアンからの足止めも解除しましょう」


 震えそうになるのを、意思の力で抑えつける。

「断ったら、僕をどうするんですか?」


 ガラガラ侯は軽い調子で意見する。

「どうもしないよ。ただ、ドッヂとの決闘は、勝っても負けても得るものはないよ。だったら、君が態度を変えるほうが賢明だと思うがね」


「僕が態度を変えても、父は態度も変えないでしょう。なら、ガラガラ侯の提案は無意味だ」

 ガラガラ侯のオートマンが頷く。


「君が態度を変える結果はほんの小さな変化かもしれない。だが、大局はこの小さな変化から変わる未来もあるんだよ。僕は小さな変化を大事にする悪魔だ」


 ガラガラ侯に逆らうには勇気がいた。

 決闘からの逃亡はアルベリアンからの退去を意味する。結果として、ガラガラ侯の言いつけも破る。


「僕の使命は奴隷貿易協定のお断りと、生還です。僕は父の言いつけを守ります」

 ガラガラ侯が挑戦的に脅す。


「無事に家まで帰れると思っているのかい?」

「帰って見せます。それに、僕が帰る邪魔をガラガラ侯はしないはずだ」


 ガラガラ侯の手による暗殺はない。それは確信していた。

 だが、暗殺以外の手は使ってくると身構えた。


 ガラガラ侯のオートマンの瞳が冷たく光る。ガラガラ侯が低い声で宣言する。

「なぜ、暗殺はないと断言できる? 族長の息子の首を取るくらいは、造作もない所業だよ」


 はっきりと意見を声に出す。

「今が暗殺のタイミングではないからです」


 数秒の間がある。汗とも雨ともつかない雫が頭から目尻にかけて流れる。

 オートマンのガラスの瞳が、生気なくガリュウを見つめる。


「僕の教えを、よく覚えているね。いいよ。アルベリアンからの退去を認めよう」

 再び喋った時には、ガラガラ侯はいつものフランクな喋りに戻っていた。


 ガラガラ侯の言葉を聞くと、トロルの門衛は渋い顔で大扉を開けた。

 大扉の向こうには、乗れる状態になったバジリスクが待っていた。


 ガラガラ侯が、あっさりとした調子で告げる。

「ガリュウ殿が捕まえたバジリスクだ。これに乗って帰りたまえ」


「ありがとうございます」とガリュウは礼を述べる。

 ガリュウは暗い空の下、バジリスクに乗ってコースト村を目指した。

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