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第十話 狩りへの誘い(後編)

 沼ヒドラを仕留めたドッヂは、とても誇らし気だった。

「これが我らの狩り方だ。見事であろう」


 ガラガラ侯もオートマンに拍手させて、賛辞を送る。

「さすが、族長ボンジ・ヤシャル殿のご子息だ。見事な腕前だ。ドークス侯が羨ましい」


「なあに、ガラガラ侯のオートマンの勢子が優秀だから、うまくいったまでですよ」

 現場では人間の死体の後片付けが始まる。


(こういう褒め合いって、何か苦手だな)

 ガラガラ侯が尋ねる。


「仕留めた獲物は、どうします? 我が手のオートマンに運ばせましょうか?」

 ドッチが胸を張って答える。


「心配には及びません。我らは狩りに慣れているゆえ、獲物の処分の仕方は、心得ております」

 見れば、オークたちが人間たちを使って、沼ヒドラの体を大きな荷車に乗せていく。


(沼ヒドラが乗るような荷車を用意していたところを見ると、ドッヂは最初から小型の沼ヒドラ・サイズの獲物を狩猟するつもりだったんだな)


 ガラガラ侯が一通りドッヂを褒めると、ガリュウに向き直る。

「おや、勢子が次なる獲物を見つけたようだ。大蜥蜴だが、ガリュウ殿が狩りますか?」


 大蜥蜴は悪魔王の領内では、どこにでも棲息するモンスターだった。

 成長しても大きさは二mくらいにしかならない。だが、肉は美味いとされている。


(大蜥蜴か。沼ヒドラより格段に弱いし、初めての獲物にしては、こんなものか。あまり、大物を狩って、ドッヂに下手な対抗心を持たれても困る)


「わかりました。次は僕が狩ります。こちらに追い込んでください」

 ドッヂが優越感を滲ませて発言する。


「最初の狩りの獲物にしては妥当。ガリュウ殿のお手並み拝見といこう。無理だと感じたら、遠慮なく助けを求めてくだされ。助力は惜しみません」


 あまりにも馬鹿にした言いようなので、少し頭に来た。

「大蜥蜴ぐらい一人で狩れますよ」


 ガラガラ侯が楽し気に声を掛ける。

「ほら、さっそく来たようですね」


 沼地を、大きな緑色の蜥蜴が走ってくる。蜥蜴は全長が四mはあった。

(大蜥蜴にしては、馬鹿に大きいな。いや、あれは大蜥蜴とは違うぞ。バジリスクだ)


 バジリスクとは、形は大蜥蜴に似ている。だが、大蜥蜴と比べれば遙かに強靭な体を持つ。皮膚は石のように硬く、毒液を吐く。だが、何よりも恐ろしい特技は相手を見つめただけで石化させてしまう石化の視線である。


(まずいな。あれがこっちに来たら、被害は沼ヒドラより大きいぞ)

 ドッヂも獲物がバジリスクと気が付いたのか、緊張した声を上げる。


「各隊、(えん)月の陣形を採れ、こちらに近づけさせるな」

(バジリスクは強敵だが、一体しかいない。これなら、行けるな。被害を出すわけにはいかない)


「大丈夫ですよ。僕が行って仕留めてきます」

 ガリュウは透明化の魔法を唱えながら宙に浮かんだ。透明状態でオークと人間の兵隊を飛び越して、バジリスクに近づく。


 バジリスクは透明になったガリュウに気が付かなった。バジリスクとの距離が二十mまで近づく。

 バジリスクの体は泥に汚れていた。だが、ガリュウはバジリスクを見て、美しいと感じた。


(何て綺麗な生き物だろう。あの、逞しい体、綺麗な瞳、溢れる生命力。馬よりずっと素敵な生き物だ。こんなのを乗り回せたら、どんなに素晴らしいだろう)


 ガリュウは目の前のバジリスクを気に入った。

 ガリュウはバジリスクを自分のものにしたいと強く願った。


 バジリスクの背後をとり透明状態を解除する。

 精神世界から触手を伸ばし、バジリスクの頭に突き刺す。


「お前は下僕だ。僕に従え」

 友だと思い込ませてもよかったし、友だと思わせるほうが下僕と思わせるより簡単だった。


 だが、ガリュウはバジリスクを従わせたかった。なので、あえて、下僕と思い込ませる挑戦をした。


 バジリスクは七秒ほど抵抗したものの、すぐに大人しくなった。

(大きいといっても精神は動物か。思いの他、あっさりと行った)


 精神支配が効いているので、そのまま、ゆっくりと背中に乗る。

 服は泥で汚れるが、惜しくはなかった。バジリスクを従えると、そのまま歩かせる。


 バジリスクに乗って進むと、オークも人間もみな驚いた。

 ただ、誰の目にもガリュウがバジリスクを従えている現実が明らかだった。


 なので、人間もオークも道を空ける。

 手を振って、ドッヂとガラガラ侯の前に行く。


 ドッヂは驚愕していた。

「野生のバジリスクが誰かを背に乗せるなど、どうなっているのだ?」


 ガラガラ侯はドッヂの問いに答えず、ガリュウを褒める。

「素晴らしいです。単身バジリスクを襲い、乗りこなすとは、お見事です」


「できれば、このバジリスク連れて帰りたい。連れて帰って、仮面を着けさせて馬代わりにします。一度、このままアルベリアンを離れては駄目でしょうか」


 駄目だと思ったが、念のために聞いておく。

 ガラガラ侯の操るオートマンが微笑む。


「それには及びませんよ。おい、例の物をこれへ」

 ガラガラ侯が命じる。配下のオートマンが布と、大きな鎧櫃(よろいびつ)を持ってきた。


(何だろう? 僕へのプレゼントだろうか?)

 ガリュウはバジリスクから降りた。


 オートマンがバジリスクを綺麗に拭く。

 拭き終わると、鎧櫃からバジリスク用の鞍と仮面、それに手綱を出して装着させてくれた。


 バジリスクに着けた仮面は知っていた。ガリュウの村で作っている精神支配の魔道具だった。

(素晴らしい、これなら、家までバジリスクに乗って帰れるぞ)


 ガリュウの心は華やいだ。馬が欲しいと思っていた。

 だが、期せずして、もっと素晴らしい乗り物が手に入った。


 バジリスクが綺麗になると、ガラガラ侯は明るい声で告げる。

「念のためにバジリスク用の鞍や手綱を用意してきてよかった。これは、初めての狩りを成功させた記念に、私からプレゼントしますよ」


 ガラガラ侯の粋な計らいに感謝した。

「ありがとうございます」


「そうそう、あと、アルベリアンには魔獣用の厩舎があるので、村にお帰りになるまで、預けるといいでしょう。もちろんバジリスクの餌代は私が持ちますよ」


 気前のよいガラガラ侯の申し出に再度、感謝した。

「重ね重ね、ありがとうございます」


 ガリュウは素直に謝辞を述べて喜んだ。

 だが、ドッヂは面白くなさそうな顔をしていた。ドッヂは重い口を開く。


「のう、ガリュウ殿。そのバジリスク、俺に譲ってくれまいか」

(何を言い出すんだ? これは、僕のバジリスクだ。それに、装備はガラガラ侯に貰ったものだ)


「それは、できません。これは僕の初めての狩りの獲物です。それに、僕には自分用の馬がなかった。なので、自分の足代わりにしたいと思います」


 ドッヂは簡単には諦めなかった。

「ならば、訓練された人間の奴隷百人ではどうか」


「駄目です」

「では、金貨千枚ではどうか」


「お譲りできません」

 二度断ると、ドッヂの顔が険しくなる。


「オークの族長の息子たる俺が、こんなに頼んでも、駄目か?」

 ここで負けてはいけないと、強く思った。


 譲れるものと、譲れないものがある。

「駄目ですね」


 そこで雨が降ってきた。

 ガラガラ侯が険悪なる空気の中、のほほんとした口調で提案する。


「おや、雨が降ってきました。幕舎の下に移動しましょう」

 幕舎の中に移動する。だが、雨は止みそうになかった。


 雨に打たれるバジリスクが、不憫に思えた。

 だが、バジリスクは気にする様子はなかった。

 ガラガラ侯が残念がる。


「どうやら、今日の狩りは、ここまでのようですね。この雨では煮炊きも、存分にできない。美味しい料理を、とでも思いましたが、残念。私は転移門を開いて屋敷に帰りますが。ガリュウ殿は、どうします」


 ドッヂとの間が険悪になったので一緒に帰りたかった。

 だが、バジリスクがいるので、雨の中を濡れて帰らねばと思った。


「できれば、ご一緒したいのですか、バジリスクがいるので濡れて帰ります」

 バジリスクに視線が行く。


 ガラガラ侯は気さくな態度で語る。

「いいですよ。バジリスクも一緒に送ってあげます。それで、ドッヂ殿はどうされます?」


 ドッヂは相変わらず不機嫌顔のままだった。

「我々は狩りの後始末があるので、ここでお別れします」


「わかりました。では、また、時間がある時には狩りに行きましょう」

 ガラガラ侯は魔法で転移門を開いた。


 ガリュウはバジリスクに乗ってアルベリアンに帰還した。

 魔獣用厩舎でバジリスクを預ける。

 ガリュウはその日は気分よく風呂に入ってから眠った。

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