第一話 思わぬ展開
四人の冒険者が畑でモンスターと対峙している。一人は革鎧に長剣を武器とする剣士の男。一人は胸当てに弓を武器とするレンジャーの男。一人は鎖鎧に鎚を持つ僧侶の男。
最後の一人は厚手の服に魔力を帯びた杖を持つ小柄な魔術師の女性。四人はモンスターと遭遇していた。
モンスターは異形。肌は紅梅のような濃い赤。クリオネのように二本の角がある膨らんだ頭。目はぎょろりと大きく三つ。頭髪は白い髪がわずかにある。額には短い棘状の触手を四本生やしている。口元には短い髭を生やしている。手は老人のように皺だらけ。身長は百六十㎝と小さい。
恰好は人間が着るような茶の野良着を着て、手には小ぶりな捩じれたワンドを持っている。マインド・コントローラーと呼ばれるモンスターだった。名はガリュウ・モン。
この物語の主人公は四人の人間ではない。これはガリュウの物語である。
遭遇は偶然であった。ガリュウは村から離れた場所にこっそり畑を作っていた。その畑の収穫物を取りにきて、ばったり冒険者に遭ったのが切っ掛けだった。
ガリュウは軽く一歩後方に踏み出す。ガリュウは足場の不利をなくすべく十㎝の高さに浮かんだ。
マインド・コントローラーは高くは飛べないが、空を飛べる。だが、相手に弓や魔法を武器にする冒険者がいる以上は飛んで逃げる選択肢は有り得なかった。
位置取りを確認する。敵の四人は菱形の陣形を採っており、先頭が剣士。右サイドがレンジャーで、左サイドは僧侶。後方に女魔術師だった。距離は剣士までが十五m。最後尾の女魔術師までが三十mあった。
(最後尾の女魔術師までが三十mか。僕の精神支配が届く限界かな)
ガリュウは女魔術師の視界に入れて精神支配を試みる。額の周りにある一本の触手がゆれる。すると、精神世界を通じて見えない触手が、ガリュウから伸びてゆく。
女魔術師の頭に触手が刺さる。マインド・コントローラーに備わった、恐るべき特技の精神支配だ。
ガリュウは額にある触手と同じ数の四人の精神を支配できる。
女魔術師の精神に働き掛ける。
(お前は僕の仲間だ。僕たちは敵を挟み撃ちにしている。お前の前方の二人を眠らせろ)
「わかりました」と触手を通して念が帰って来る。
(よし、敵の女魔術師は、こちらの手に落ちた)
女魔術師が魔法を唱え出した。支援を受けられると思ったのか、剣士が飛び出す。
剣士を援護するために、レンジャーが矢を射ってきた。
僧侶も祝福の魔法を剣士に掛ける。
ガリュウは冷静に矢を躱す。近づく剣士に恐怖の魔法を掛けた。
突進してきた剣士が恐怖に足が竦み、動きが止まる。
精神を支配された女魔術師が眠りの魔法を完成させる。魔法により弓使いが倒れる。
僧侶は女魔術師の魔法に耐えた。異変を察知した僧侶が、魔術師の精神支配の解除を試みるために背を向けた。
ガリュウの別の触手が揺れる。猛スピードで精神世界を通って触手が僧侶の頭に刺さる。
「お前は僕の仲間だ。戦闘は終わった」
僧侶はガリュウの精神支配に逆らい、頭を掻き毟る。
精神世界を通じて僧侶の頭に刺さった触手が抜ける。
(この僧侶は先ほどの魔術師の眠りの呪文に抵抗した。僕の触手からも逃れた。これは精神的に壊すしかないな。残念)
ガリュウは精神崩壊の魔法を掛ける。
「あが」っと叫ぶと、僧侶は膝を突いた。だが、僧侶は意思の力が強く、耐える。
(おや、壊れなかった。もう一回、試してみるか)
そこに、女魔術師の魔力の矢が飛んできて僧侶を射抜く。
肉体的に精神的にと痛めつけたところで再度、精神支配を試みる。
「従え」と命じると、今度はうまくいって、僧侶は棒立ちになった。
「うっ、うつ」と戦士が涙と涎を垂らしながら、震える手で剣を構える
「恐怖に抵抗する気か、今、楽にしてあげるよ」
三本目の触手が、精神世界を通して戦士に突き刺させる。
「大人しくしろ」と命じるが、戦士は頭を振って抵抗した。
「恐怖の魔法が強く効きすぎたか。僕の精神支配が上手くいかないや」
恐怖の魔法を一旦解除する。剣士の瞳に光が戻る。
だが、すぐに触手が頭に刺さり、大人しくなる。
最後に、眠っているレンジャーの頭に触手を指す。
精神支配は眠っているような無防備な状態ほど、成功しやすい。
逆に、興奮したり過度に怯えていたりすると、支配が難しかったりする。
こうして、冒険者四人のパーティはガリュウの前に敗北した。
ガリュウは冒険者たちの記憶を改竄して、お前たちは奴隷だと思い込ませる。
四人を支配下に置いたガリュウは自分の畑を見渡す。
畑は収穫しようと思っていた、南瓜、キュウリ、トマト、茄子が持って行かれていた。
(冒険者がキュウリやトマトを持っていくとは思えないけど、一応、聞くか)
「お前たちがやったのか?」
「違います」と四人から返事がある。だが、喰いかけの作物が放置されていないところから、獣の仕業だとは思えなかった。ガリュウはがっくりきた。
「せっかく収穫だと喜んだのに、がっかりだよ。でも、やったのは人間だし、やっかいな事態になったな」
ガリュウの畑から半径五㎞に人間の村はない。
ガリュウの棲む村の支配地域は、湿地と魔の森に挟まれた細長い平原である。
隣の湿地に住むリザードマンは野菜を食べない。湿地にはアンデッドがいるが、これも野菜を食べない。
魔の森に住むダーク・エルフは野菜を食べる。だが、彼らは金持ちであり、同時にプライドが高い。こんな野菜泥棒のような真似はしない。
もちろん、ダーク・エルフの子供が遊び半分で畑を荒らす状況はあるかもしれない。
だが、今回は作物がごっそり持っていかれている。子供の遊びではない。
「とすると、ダーク・エルフが飼っている人間の奴隷の仕業か」
ガリュウたちがいる悪魔王の領内では人間の奴隷が存在する。ダーク・エルフの人間の奴隷の扱いは雑で、食糧事情が特に悪いと聞いていた。常に飢えに苦しむ奴隷なら、生で食えるキュウリやトマトを盗む可能性は、おおいにあった。
「まいったな。噂以上に人間の食糧事情が悪かったんだな。軽い気持ちで始めた趣味が、ダーク・エルフとの隣人トラブルか」
畑は父親の村長に正式に許可を貰ったものではない。ただ、勝手に作った畑でも、ダーク・エルフの奴隷がマインド・コントローラーの支配地域を荒らしたのなら、黙っていたら舐められる。
かといって、ダーク・エルフに抗議しても紛争になる可能性がある。どちらにしても、いい結果にはならない。ガリュウは沈んだ気持ちで、人間を連れて村に帰った。
マインド・コントローラーの村の名はコースト村。コースト村は獣除けの木の柵に覆われた村であり、建物はレンガを焼いて作っている。
レンガを焼いたり、道具を作ったりは、精神を支配する仮面の魔道具を着けられた人間の奴隷がやっている。村人はマインド・コントローラーが百名に奴隷三百名が、暮らしていた。
ガリュウが帰る。オレンジ色の肌をして六本の触手を生やした、黒髪のマインド・コントローラーがやってくる。名はウスサ。ガリュウは爺と呼んでいる。
「村の外れで捕まえた奴隷です。仮面を着けて飼い慣らしてください」
爺は渋面を浮かべ、精神支配の仮面を冒険者に着けながら小言を述べる。
「坊。かってに奴隷を増やしてはいけません。お父上のガバス様が困ります」
暗い気持ちで打ち明ける。
「それと、問題が起きました。村から外れた場所に畑を作ったのですが、ダーク・エルフの奴隷に荒らされました」
爺はさらなる渋面で小言を続ける。
「なんですと? ダーク・エルフといざこざを抱えたのですか。それに、勝手に畑を村の外に作ったですって。もう、なんでそんな真似を」
「なんか、人間の真似事をしたくなって」
爺はむっとした顔で怒った。
「我々は崇高なるマインド・コントローラーです。支配者です。人間の真似事なんて止めてください」
「今回の失態は素直に反省します」
「わかりました。一緒に行ってあげますから、ガバス様に報告です」
ガリュウは気が重いが、父親の家に向かった。