ピッグ・オア・パーソン症候群1
「ねえねえ知ってる?」「ニュースで見かけたよ」電車の中で女子高生達が会話していた。
僕はスマホを眺めるフリをして会話を聞き続ける。
「何それやばーい」「本当なの?」「そうそう、最近流行ってるんだって」
また最近流行りのアイドルの会話か…と思っていた。
「確かピッグ・オア・プル…なんだっけ」「プルソン?」「そうそう!変な名前だよね」「だよねだよね」
僕は何だそりゃ?と思い、スマホでそのワードを検索してみた。
すると、文字の入力最中に検索候補の中に『ピグ・オー・パーソン症候群』と言う言葉が一番上に出てきたので、これで間違いないだろうと確信してその関連サイトを除いてゆく。
通称POP症候群であるらしい。なんてタイムリー風な感じなのだろう。つい最近になって海外で発症されたのが発見されたらしく、その人は肉を食べられなくなってしまうらしい。
原因を調べようとしたのだが、丁度降りる駅に着いたので、僕は会社へと急いで向かった。
「君は知っているか?」会社に到着して自分の席に着くなり、上司から話しかけてきた。
「何をです?」僕は言い返した。「何をって…`POP症候群だよ」僕は冗談交じりに笑いながら、「今朝、女子高生達も会話してましたよ。最近発見されたんですってね」と答えた。
しかし上司の顔は至って真剣そのものだったので、僕は笑うのを止めた。
「原因は…まだ調べてませんが…」と僕は言いかけると、「原因はまだ判明してないらしいぞ」と上司が即答してきたので、僕はこの時はまだ何も知らなかったんだと思う。
―翌日、日曜日だったので僕はゆっくりと起床し、僕はテレビを付けてコーヒーを淹れていると、テレビからピグ・オー・パーソン症候群について何かが流れていたようだったので、僕はコーヒーカップを持ったままテレビの方へ向かった。
「それでは専門家の方、どうぞ」「はい。よろしくお願いします」「ピグ・オー・パーソン症候群について詳しくよろしくお願いします」
僕は仕事最中はつい忘れてしまっていたのだが、ふと上司の事も相まって気がかりとなり思い出し、そのまま見続ける事にした。
「原因はまだよく分かっていませんが、そうですね…例えるなら麻薬か何かの作用のように、突如として動物が人に見えてしまう幻覚がこの病気なのです」
…動物が人に?なんてバカバカしい幻覚なのだろう。と僕は思った。
「つまり、その動物…例えば発症した人が動物園に行ったとしましょう。
すると動物ではなく人々が檻に閉じ込められているように見えてしまう…と言う感じなのです」
「対処や対策は出来ないのですか?」ニュースキャスターは真剣な表情そのもので尋ねる。
「先ずこういった事例が過去に一切ないだけに、我々もまだ対処できないのです」
「症状の一環として、肉が食べられなくなるとも聞いておりますが、それも理由の一つなのですか?」
「そうです」専門家は頭を頷きながらそう答えて、「ですが、何故食べられなくなってしまうのか、までは判明していませんし、解明もされてません」と言い続けた。
「怖いね」ふと後ろを向くと恋人が起きて居た。「おはよー」僕と恋人は軽くキスをした。
「上司もなんか真剣になって話してたんだよ」と僕は言う。
「貴方のとこの上司さんも?」恋人は冷蔵庫から食パンを取り出しながら言った。
訊いた話しでは、どうやらどこもかしこもその可能性はあるらしく、国が公式認定した治験が各地で行われているらしい。それほど社会的にも国際的にも世界共通の問題として取り上げられていた。
「今日は何処行こうか?」食事を済ました恋人はウキウキしながら尋ねてきたので、
「そうだね。動物園にでも行こうか」と僕は冗談交じりに笑いながら答えた。
僕達二人は映画館へ行った。
帰る前に飲食店に寄ろうとしたところ、丁度その時に恋人の電話が鳴り、両親に問題が発生したらしい。
僕も折角なのでついて行こうとしたのだが、半分青ざめたような顔つきで「ただのケガみたいだから問題ないよ。それに明日ツバサは仕事あるでしょ?」などと言われて急遽僕を置いて実家に帰って行ってしまった。
仕方なく一人寂しく町をブラブラしていると、男が走ってきた。酷く慌てている様子で案の定、僕と彼はぶつかった。舌打ちをしようとしたが「すみません」と直ぐ謝ってきたので、「いえ」と答えて、その場を離れようとしたところ、「あれ…ツバサじゃないか?」とその男が言ってきたので、僕は振り向き、ようやくその男の顔を思い出した。
彼は高校生の時の同級生、通称ハヤブサだった。彼は忍者のように速く走れる…と言う事から由来しているニックネームなのだが、運動出来るだけで勉強はまるでダメな奴で、いつも不味いと言われてた給食は完食し、好き嫌いもなく、勉強以外ならありとあらゆる事をこなせる人間だった。
あらゆる記憶が鮮明によみがえり、その思い出について振り返って会話していると、いきなりハヤブサは声のトーンを落として、「ところでさ」
「お前はPOP症候群って知ってる?」と話題を変えて訊いてきた。
僕は一瞬頭の中がはてなマークだらけになったのだが、ふと思い出し、「ああ、知ってるよ」と答えた。
「どのくらい知ってる?」
「ピッグ・オア・パーソンって名称と肉が食えなくなるぐらいしか」
「それだけ知ってれば十分だけど…」
僕は彼が真剣に話しかけてきたので、なんとなく察した。
「ハヤブサ…まさか、そうなのか?」
「そうだ。僕もPOP症候群持ちらしい」
唖然としてしまった。何故なら、ハヤブサは学生時代の時に関しては食べ物に対して好き嫌いはなかったからだ。あえてその事は触れず、「なんでそうなったんだ?」と率直に尋ねた。
「効能が切れたらしい」と答えたのだが、その返答が意外にも感じた。効能とは何の事なのだろう、僕には理解出来ない。
「効能ってなんだよ」ハッキリと言い放った。
「とにかく…この症状は単刀直入に言おう。治せないんじゃない、僕は治さないんだ」
ますます訳が分からなくなった。ハヤブサの言う事が理解できない。
「治せるなら治した方が良いんじゃないのか?」
「そういう事じゃない」ハヤブサは困ったような表情で答えた。
暫く沈黙が続いた。そりゃそうだ。話しが噛み合ってない気がするし、かといってこれ以上尋ねても同じ答えしか返ってきそうになかったからだ。
「そういえばPOP症候群ってさ」沈黙が続くなか、耐えきれなくなった僕は尋ねる。「どういう症状を以て、自覚するようなものなんだ?わざわざ動物園にまで行って確認する訳じゃないだろ?」僕はそう疑問をぶつける。
「最初は・・・」ハヤブサは辺りを見回しながら、「そうだな、先ずは肉が生臭く感じるようになる」などと教えてくれた。
「生臭い?」
「そう、なんていうか…生臭いにおいがする。そして病院へ行くと、医師から指定されたけい留所に行くように指示される。すると、そこには・・・」と言いかけて止めた。
「人間が並んでいた・・・って訳か」僕は些か疑問を感じながら言い放った。
「そうなんだ」ハヤブサは青ざめながら答える。
再び沈黙が始まる。僕は僕でいろいろと考えてみる。何故わざわざ医師がけい留所行くように推奨するのだろう?と疑問抱いていたからだ。そこで、
「その医師が言ったけい留所とやらに今から行ってみないか?」正直、僕は少し興味沸いていた。
「なんで?」ハヤブサが訊き返してくる。
「もしそこがヤブ医者だとしたら、そのけい留所自体が怪しいものじゃないか。
理由までは分からないが、お前を精神的な苦痛を与える為に、もし人間が実際に閉じ込められていたとしたら?」
「そうか、それなら発症してないお前もそのけい留所には人間が見えるって訳か…。
でも、病院と言っても一件周っただけじゃないし、3件行って全て同じ答えだったぞ…」
「行ってみなきゃ分からないだろ?」僕は心のどこかではワクワクしながら言った。
ハヤブサは行く気なさそうに「分かった」と承諾した。僕は僕で、人間がそこにいたとしたら、警察に通報する気もあったし、何より先ずそもそも警察が動かないのはおかしいとも同時に思えた。何より行ってみなきゃ分からない、のである。
やがて僕とハヤブサは医師が指定されたと言われるけい留所までとやって来た。
解体する所まではさすがに見れないが、そのけい留所は休憩中の動物達を外から見れるように、一般公開されている。
しかし、僕がそこで見たものは動物だった。見渡す限り豚、牛、豚・・・。動物のスタッフだろうか、動物の検査している姿も垣間見れた。
ハヤブサの様子を見ると、彼の顔は青ざめていた。今にもぶっ倒れてしまうんじゃないかと心配したが、よくよく周りを見ると、青ざめた人々の姿も結構見れたので、この人達もおそらく例の症候群にかかっているのだろうか。
しかし、僕にはどう見ても動物なのである。姿かたちも、鳴き声も、何から何まで。検査してるのはもちろん人ではあるが、どこをどう見たって動物である。これから加工されるのを考えるとさすがに気の毒ではあったが…。
ともかく、この場にこのまま居続けるのは危険かもしれないと思い、僕はハヤブサを連れて近くにあったスーパーにまでやって来た。
「どうだった?」僕はおそるおそる尋ねてみる。
「やはり…人間だった。人が人に一人々々検査されてた…俺はどうにかなっちまいそうだ」
ハヤブサの言っている事は本当の出来事のようにも感じる。だがしかし、僕には動物にしか見えなかった。車で運ばれてきた動物達も、やはり中にいたのは動物たちであったし、もし仮に僕も発症したとしたら、食肉加工されてる時を見たら間違いなく人間の解体ショーとなる訳で、おう吐してしまうだろう。
しかし、僕が見たのは紛れもなく動物だった。けれど、ハヤブサの目には人間に見えた…考えただけでも理解出来なくともおぞましいものである。その後、僕とハヤブサは軽く会釈して別れた。正直気がかりでもあったのだが…。
翌日。僕は会社へと向かった。
満員電車の中、雑踏とする都会、照り付ける太陽…。当分の間はハヤブサの顔つきを忘れる事は出来ないだろう。このときに恋人から送られてきたメッセージアプリで知ったのだが、恋人の両親もPOP症候群である事が判明した。医師から指定されたけい留所にまで行く事はなかったそうだが、それから月日が流れた。
あれから比べると病状もだいぶ解明されつつある。幼い頃の予防接種に原因があるとかないとか。僕と彼女は未だにその症候群にかかってはおらず、また、両親も両親で肉も少量ではあるが食べれるレベルにまで回復したらしい。学会の発表でも遺伝性に関しては一切関係ない事も証明された。
たまにハヤブサと出会う事もあるが、依然としてPOP症候群を治さず、結果的には菜食主義となった。
僕は一生涯この病気にかかるような事はなかった。その事が不幸中の幸いと言うべきなのか、それともあるいはそれが幸福なのであるかまでは分からない。POP症候群の人々は年々増え続けているなか、僕のように一切かからない人もいれば、自分含め一切そういった人にすら関わらない人ですらいる。かかった人たちは大半は治さない人の方が多いらしく、もちろん生活に支障きたす場合もあるので、治す事だけに専念する人もいるらしい。時間さえかければ、決して治らない訳ではない。
不幸中の幸いなのか、それともあるいはそれが幸福なのであるかは分からない。