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捨て犬ヨルは人間の夢を見る  作者: 火之香
囚われた魂
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裏山の不穏な動き

 家に戻ってきたとき、父親と鉢合わせになってしまった。勝は叱られる、と思ったが父親は疲れていてそれどころではなかったようで、勝を見ても早く寝ろよ、と言っただけだった。ホッと安堵しながらも、勝はヨルのことを考えていた。


 家に連れ帰ろうとしたのだが、なぜか断固として拒否したのだ。捨てられたことを根に持っているんだと思った勝は、チクンと胸が痛んだ。無理に連れ帰っても意味がないと思い、近くの公園で別れたのだが、最後に手を舐めてきたのはどういう意味だったのだろうか? 考えても答えが出ないので、早く寝てしまおうと部屋のドアを開けた。


「……あっ。お前らなにしっ」


 思わず大声を出しそうになった勝は口を抑えた。火の玉と子鬼が勝の部屋のものをめちゃくちゃにしていたのだ。今は物を放り投げている最中で、勝が幼い時に遊んでいたおもちゃを放り投げて勝を直撃しそうになった。勝手に家の中に入られた挙句、めちゃめちゃにされたので、勝は真っ赤になりながら火の玉たちの暴動をやめさせようとした。




「止めるなよっ。今遊んでる最中なんだぜっ」


「そうだよ~。日ごろのうっ憤をこうやって発散させてるところさ」


「だからって、俺の物投げるなよっ」


 物を投げようとした子鬼を羽交い絞めにした後、勝は子鬼が持っていたおもちゃを取り上げた。それは幼い時に遊んでいたロボットのおもちゃだ。今ではそういうもので遊ばなくなったとはいえ、思い出として残していたものだ。壊されたらたまったものではない。勝から逃れようと子鬼がジタバタとしていると、子鬼が思いだしたように叫んだ。


「そういや、今日全然親分に会ってないっ! 親分に会いに行こうとしたら、お前が止めたんだよなっ! どういうことなんだよっ!」


 いきなり大声を出された勝が驚きのあまり手を緩めてしまうと、子鬼は勝からスルッと逃げると、ベランダに飛びだした。勝があっけに取られていると、後を追うように火の玉も外に出た。しかし、ふと立ち止まると勝のそばに寄ってきた。


「ああ、そういや言いたいことがあるんだった。……君、ヨルちゃんとより戻したら、痛い目見るどころじゃ済まないよ? 何しろ送り犬だからねえ……。じゃあねっ」




 気が付けば、町は冬の催し物の広告がちらほらと貼られるようになっていた。辺りを見渡せばイルミネーションが飾られていているところもある。ショーウィンドウには冬物の服を着たマネキンが並んでいる。


 もうそんな季節なんだな~と、感心しながらきょろきょろしているのはキツネ耳だった。もっとも、今は耳を帽子で隠しているし、尻尾も見えないようにしてあるので、はたから見れば普通の和服を着た少女だ。けれど、和服を着た女の子が珍しいのか、時々キツネ耳のほうをチラチラと見る人がいる。


 視線に気が付いたキツネ耳は耳を隠すように目深に帽子をかぶり直したが、彼女が見られているのは和服のせいだとは思いもしなかったようだった。


(大丈夫、バレてない、バレてない……)


 キツネ耳が街中を歩いているのは、ある人の動向を探るためだった。紫乃聖人が関わっている会社を調べ上げるために、わざわざ帽子をかぶって街中に繰りだしたのだ。紫乃聖人と天狗が密接に関わっていることを知ってからは、人間社会の些細なことも見逃がせないからだ。




 しばらく道なりに歩いていると、唐突に風が吹いてきた。冷たい北風が吹いたかと思うと、キツネ耳がかぶっていた帽子を吹き飛ばしてしまった。


「あっ! 帽子がっ!」


 手を伸ばそうとしたが、すでに帽子は空高く舞上がっていってしまった。無論、耳もその時に丸出しになってしまった。とっさに手で耳を抑えたが、視線を集めるには十分すぎたようだった。誰かがスマホで彼女の写真を撮ったらしく、シャッター音が聞こえる。


「ねぇ、見てあれ、何のコスプレだと思う? 何のキャラ?」


 こそこそ声も聞こえるが、キツネ耳には何のことだかさっぱりわからなかった。とりあえず身を隠さなければと感じた彼女は、ビルとビルの間に入ったが、それが間違いのもとだったようだった。誰かが彼女の後をつけていったのだ。振り向こうとした時には、催眠薬をしみ込ませたハンカチを口に当てられていた。




 冷たい風のせいで、傷口がじんじん痛む。体が痛むせいで早く動けることができなくなってしまった。人間だということを思いだした私は、犬の体に閉じ込められているという思いを強くしていたが、体の傷が私の体が犬であることをいや応なくつきつけていた。


 夜も明けて、寝ていたベンチから降りると、一匹の猫が目についた。私と同じように真っ黒のその猫は、私のことを見張っているようなしぐさをした。途端に警戒心がわいた私は、その猫を避けるように公園から出ようとしたが、その猫も私の後をついてきた。


 いったい、何の用だろう? 気が付いた時には私は体が痛むのも忘れて駆けていた。後から猫がつけてくる音がする。私は思いっきり走ったつもりでいたけれど、体の痛みのせいで速く走ることができず、立ち止まるとその猫が私の横まで来ていた。


「ワンッワンッ(一体何なのっ。ついてこないでよっ)」


「……」


 威嚇してみたが、猫は一向もひるむ様子もなく私のほうを見ている。猫は一声も発さず私のほうを見ているせいで気味が悪くなって来た。


「ワンッ(用がないなら帰ってよっ)」


「……(これだから犬はうるさくて困る。静かに吠えられないものかね。それに、用ならある。お前に話があってね。ここだと、カラスどもに話を聞かれる。あそこで話をしよう)」


 猫がそう言って示したのは、路地裏だった。朝なのに薄暗く、日の光も入って来そうにない。私はついて行きたくなかったが、断りでもして変なことをふっかけられたりしたらそれこそマズい、と思い直し、猫の誘いを受け入れることにした。


「ワンッ(じゃ、じゃあ、ほんの少しだけ……)」


 そう答えるやいなや、猫はすぐさま路地裏に向っていった。不躾な態度にイラッとしたが、私は遅れないようにその猫の後をついて行った。猫が路地裏に入っていく。私もその路地裏に入ろうとした……、が。


「ワンッ(ちょっと、狭すぎるじゃないのっ)」


 路地裏に入ろうとしたが、狭すぎるらしく、あろうことか路地裏と電柱の間に挟まってしまった。猫は呆れたように私のほうを見ている。


「……(お前、デカすぎ)」




 とある屋敷の中。広い和室の中で目覚めたキツネ耳は立ち上がるなり、辺りを見渡した。まだ催眠薬が効いているせいか、頭がボーっとしているものの、自分がとらえられているという認識が彼女を突き動かしていた。


 意識を集中して、ここがどこなのか探っていると、障子が開いた。黒い和服を着た線の細い男性が入ってきた。猫を思わせる目つきのその男は、キツネ耳が起きても無関心のようだった。隣に誰かいるらしく、目配せをした。障子がさっきより開いたかと思うと、キツネ耳はアッと声を出した。


「ワンッ、ワンッ(猫が人間に変身したから驚いたわよっ)」


 ヨルがしっぽを振ってキツネ耳にすり寄ってじゃれてきた。あっけにとられていると、猫目の男はさっさとどこかに行ってしまっていたらしく、障子はいつの間にか閉じていた。しばらくヨルはじゃれついていたが、誰の気配もしなくなったと見るや、さっきまでの興奮ぶりはなりを潜め、キツネ耳の前でお座りをした。


「どうしてここに……」


 オロオロしているキツネ耳を尻目にヨルはキツネ耳をまっすぐ見据えた。何かを確信したかのような、そんな目だ。


「ワンッ(猫がここに連れてきたの。説明は一切なかったけど、きっと何かたくらんでると思う。あいつ、きっと紫乃聖人の仲間よ)」


「……っ! どうして、それを?」


「ワンッ(信じられないかもしれないけど、私が紫乃和沙だからよ。生霊の私はもう私の中に戻ったの。その時に、生霊の私が見てきたことを私も知ることになったってわけよ)」


「そう……、だったの……」


 紫乃和沙の本物の魂がどこかにいるかもしれないことは緑の小鳥の、迦陵頻伽かりょうびんがから聞いてはいたが、いざこうして目の前にすると、事態はとてつもなく悪い方向に向かっていることに思い至らざるを得なかった。


 人間の魂が妖怪の体をまとってるなど、あってはならないことなのだ。しかし、病院で見た和沙本人は、確かに生きていた。けれど、日々弱ってきていることは確実だった。一刻も早く和沙の魂が元の体に戻らない限り、和沙は死んでしまうだろう。キツネ耳は考えたくない現実からそむけるように振り絞ってこう言った。


「……だったら、はやく、ここから逃げださないとね……」




 勝がヨルと和解し、紫乃聖人に立ち向かおうと決めたときと同じころ、ヨルが住んでいた裏山にも動きがあった。それにまず気が付いたのはまりいだった。幽霊だからか、寒さも気にせず裏山を散策しているときのことだ。


 いつもだったら何かしらの妖怪に出くわすはずなのだが、今日は誰もがどこかへ行ってしまったかのように出会わなかった。気配すら感じられない。樹々に水をやってる木霊こだまや、ヨルちゃんヨルちゃんとうるさいぬっぺふほふですらいなかった。


 いつもだったら出会うたびに、何らかのひと悶着があるのだが、その相手が出てくる気配がないせいである種の不気味さを感じないわけにはいかなかった。冬鳥などの小鳥のさえずりは聞こえるものの、妖怪の気配がふっつりと消えてしまったのだ。


「……いったい、皆どこへ行ったっていうのよ?」


 その問いかけに答える相手は無論いない。冷たい北風がひとしきり吹いているだけだ。うす気味悪さを感じたまりいは、裏山全体を探し回ってみたが、妖怪という妖怪はみんな裏山から出て行った様だった。


 しばらく歩いていたが、探すのをあきらめたまりいは、頂上に戻ることにした。戻ったからといって誰かに会えるはずもないのだが。しかし、そのまさかだった。頂上にはいないはずの者がまりいを待っていた。




「話があるから来たのに、ずいぶん待たせるじゃないの」


「か、カラスがしゃべった……」


 頂上で待っていたのは三本足のヤタガラスだった。寒いせいか、フクラスズメみたいに羽根を膨らませている。


「カラスじゃなくて、ヤタガラスよ。神の遣いのね。そんなことより話があるのよ。あなた、ここでの異変にもう気がついてるでしょ?」


 三本足のへんてこなカラスは脅威じゃない、とわかったのか、まりいは緊張した表情を解いた。それもこれもヤタガラスが丸くてかわいく見えたせいだ。


「……妖怪がいない、です」


「そのことなんだけど、ね……。やっぱりここに移り住んで正解だったみたいね」


「え……?」


 訳が分からずキョトンとするまりい。何かあったのだろうか。


「ここに住んだのには訳があってね。ここの妖怪の動向を見張るためなの。ここ以外にも妖怪がいるのは知ってるわ。けどね、この裏山に棲む妖怪、紫乃聖人という人物と深い関わりがあることがわかったの」


「う、嘘でしょっ。そんなはず……」


「残念だけど、そうなのよ。あなたのかたきの紫乃聖人が、この裏山の妖怪を買収して、一つの拠点にしてるわ。人間を監視するためにね」




 ひときわ目立つイルミネーションを施したツリーの下に一人物憂げに立っている人がいる。マフラーを巻いているせいか表情が見えづらいが、目の色はクリスマスムードの街とは正反対に浮かない様子だ。しきりにスマホを見ているが、見ては溜息を吐いている。どうやら相手と連絡が取れないようで、スマホのラインには、既読の文字は一切ついてない。


『実は折り入ってあなたに話したいことがあります。あなたの受け持つ怪談特集に関係あることですが、時間あります? 小野絵里奈』


『仕事で忙しいんですか? 返事だけでもほしいです』


『どうしたんですか? なにかあったんですか?』


 さっきからラインの未読スルーが激しいのでツリーの下で待っている江里菜はふさぎ気味だ。返事があれば探しに行けるものの、それがないので探しに行きようがない。けれど、待っている相手は彼氏ではなかった。男友達ですらない。それは送ったラインの内容からもわかる。二時間ほど待ったというときに、ようやく相手から返信が来た。


『今用事がとりこんでいて、会いに行くことはできません。またの機会にしてください 白山薫』


 文脈を見ても相手が何の用事で忙しいのか分からない。が、江里菜は僕っ娘記者の薫と会おうとしていたようだ。薫が記者で、怪談特集をしているらしいと里奈から聞いた江里菜は、自分と弟の持つ予知夢について薫に話すつもりでいたのだ。そのために里奈から薫のスマホのアドレスを聞いておいたのに、ラインを見て大きく溜息をついた江里菜はようやくツリーの下を立ち去った。


(……私の見た夢、人間と妖怪が争う夢だった。こんなこと信用してくれるのは里奈しかいないのに、ほかの誰かに伝えるとなると、こんなにも難しいなんて……。こんな能力、なければよかった……)


 空は、江里菜の気持ちと同じくらいの曇天どんてんだった。けれど、事態は江里菜が思ってるより、別の意味で悪くなっていた。これから起こりうる争いは、ただの争いではないことに江里菜は気が付いていなかったのだ。


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