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捨て犬ヨルは人間の夢を見る  作者: 火之香
ヨルのとばり
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信じられそうにないこと

 私は見知らぬ僕っ娘に撫でまわされていた。この人の周りには火の玉が浮いてたり、人間のニオイがしない小柄人間がいるというのに、この人は一向に気にしている様子はない。


 それどころか、普通に会話しているのを見て私は困惑してしまった。いったいこの人は何なんだろう? 良平以外に妖怪が見える人なんて、始めて見た……。私の当惑をよそに、僕っ娘はあっけらかんとした口調でこう言った。


「まったくよみも、この子ぐらい素直だったらよかったのになぁ~」


「何言ってるのさ。よみが素直だったら、全くつまらなくなってるよ。僕はつまらないよみなんて、見たくないよ?」


「そうだぜ。親分が素直だったら、俺はそんな親分について行きたいと思わないぜ」


「そうかな~」


 そう言いながら僕っ娘は私を撫で続ける。それにしてもこの人、私と同じ犬っぽい匂いが付いてるわ。きっとよみというのもこの人と一緒に住んでる犬のことに違いないわ。そうでなければこの人に犬の匂いが付いてるはずがないものね。




「ところで、君、野良?」


 散々撫でまわされた挙句、逃げづらくなっていた私は、唐突な火の玉の一言が私に向けられたものであるということに気が付かなった。だからか、僕っ娘は私の代わりにこう答えた。


「……たしかに、首輪してないなぁ。誰の犬なんだろ?」


「ワン! ワン!(勝のところにいたけど、お前なんかもう家族じゃないって言われた。どういう意味かな?)」


「勝ってどこの勝だよwww。薫、この犬、どうやら捨てられたらしいねぇ~。 勝ってやつに家族じゃないって言われたってさwww」


 火の玉が捨てられたという言葉を面白おかしく言ったのに気が付かないわけにはいかなかった。ちょっと、バカにしないで、と言おうとした時、小柄人間もその言葉に乗っかってきた。


「捨てられた、ねぇ~。ま、人間なんて所詮そんなもんだろっ。末永いお付き合いなんて、嘘っぱちっ、だもんなっ」


 あまりにもバカにした物言いに、私はほとんど我を忘れかけそうになったとき、僕っ娘が声を張り上げた。


「ちょっと! そんなこと言わはりなやっ! そんなん言うたら、僕らの付き合いはなんやったん! 嘘っぱちやって言いたいんか!?」


 僕っ娘のあまりの剣幕にビビった火の玉と小柄人間は口裏を合わせ始めた。


「ちょ、ちょっと、そんなに怒らなくてもいいじゃないかっ。ちょっと面白おかしく言っただけっ。ね?」


「そ、そ、そ、そうだぜっ! 何も俺達はお前との付き合いがこれっぽっちも嘘だなんて思ってもいないぜっ。なぁっ?」


「まったく、これ以上、そんなこと言ったら許さないからねっ」


「「はぁ~いっ」」


 呆れた……。まったく、こいつ等、いったい何さまよ……。





 裏山に戻ったのは、ほとんど日が落ちかけたころになっていた。裏山に戻ると、みあが待ちかねていたように駆けよってきた。


「先に戻っててごめんねっ。家の子には会えたっ?!」


「ワン! ワンワン!(誰もいなかった……。勝、私に会うつもりないのかもしれない……)」


「そっか……。でも、また会えるんでしょ? 一回ダメだったからって、落ち込まないのっ」


 みあの無邪気過ぎる陽気さは、もしかしたらそうかも、と思えてくるから不思議だ。たまにしゃべるなって、言いたくなるけど……。裏山を登ろうとした時、みあが何かを見つけたらしく、指をさした。


「あれ、何かな?」


 それは、あの橋のある河原で見たような、石を積み上げた何かだった。





 幸也を外に出すことができずに、勝たちはおいとますることになった。火照ってている勝も、幸也が出てきそうにないことを気にしないわけにはいかなかった。しかしその横でかなり渋い顔をしている稔を見て勝は、何があったのかと尋ねた。


「……幸也がよこしたあのヨルの毛……。いや、やっぱりいいや」


「なんだよ。気になるじゃないか」


 勝は、ヨルが勝のいないとき何をしていたか気になっていたのだ。何かやってはいけないことをヨルがしていたのなら、ちゃんとそれを知っておきたいとも思ったからだった。翔太がもうよせ、と言いかけようとした時、稔は仕方がない、という風に言いきった。


「実は、こんなことは信じられないだけど、ヨルに別の人間の記憶が混ざってるんだ」





 これ、なんなのかしら? みあが指さした方向にあった石を積んだ何かは以前からそこにあったようで、ところどころ苔が生えていた。


「あ、これ見て! 人間のお菓子だ! あたし、食べたかったのに、由佳ってば食べさせてくれなかったんだよねっ」


 そう言ってみあは積まれた石の前におかれていたと思われるお菓子の袋をつまみ上げた。袋はどこからどう見てもボロボロで、最近置かれたようには見えなかった。


「これって、食べられるかな? 匂いがしないからわかんないや」


「ワン!(開けてみればいいじゃないっ!)」


 私は当然みあが開けるものと思っていたので、差し出されたときには唖然とした。


「ワン!(どうしたのよっ)」


「……開け方わかんない。ヨルが開けてよっ」


 みあは人間の姿になったとはいえ、ついこの間まで犬として暮らしていたのだ。開け方を知っているほうがおかしいことにようやく気が付いた。


「ワンッ、ワンッ(でも私が開けようとして咬んだら、中身がどうなるかわかんないよっ)」


「それもそうか~。でも、食べてみたいな~」


 食べ物への執着は人間の姿になっても変わらないのか、みあはお菓子袋を悔しそうに眺めた。その時、誰かが私たちのそばに近寄ってきた。





「そんなの食べようとしてるわけ? 消費期限、とっくに過ぎてるわよっ」


 そばに来たのは、まりいだった。相変わらず、足音が聞こえないうえ、匂いがしない。そばに寄られても、下を向いてたらわからないわ。


「しょうひきげん? 何それ?」


 キョトンとした顔でみあが尋ねる。まりいはやれやれといった感じでこう言った。


「味が落ちて食べられたもんじゃないってことよっ。……それに、あんた犬耳のくせに人間の食べ物を食べようとしてるわけ?」


「あ~! また犬耳って言った~! あたしの名前はみあだって言ったじゃん!」


 みあがふくれっ面になって怒る。そんなこともお構いなしにまりいは言葉を続ける。


「そんなのどうだっていいじゃない。あと、それとあんたが崩したその石、ちゃんと立て直して」


 確かに、みあの足元でそばの積んであったはずの石が崩れていた。


「なんでよ? ただの石じゃないっ」


 みあが駄々をこねてなかなか石を積もうとしないので、まりいは語気を荒げた。


「あのねっ! この石は私のために積み上げられた石なのっ! えぇっと、むえんぼとけって言うんだっけ? まあなんでもいいわ、この石はね、少なくとも私のことを思ってくれてる人がいるって言う証なのよっ!」


 あまりに大声で怒ったので、私の耳はつんざきそうになった。それにしても、そんなに怒ったらみあが泣いちゃうんじゃないかしら? けれど、みあはまたしてもキョトンとした顔でこう言った。


「……え、でもお姉ちゃんさっき、このお菓子食べられないって言ったよね? この石を積んだ人は食べられないものをお姉ちゃんにあげたの?」


「……っそ、それはっ、ちょ、ちょっと私のところに来れなくなった用事があってお菓子を供えられなくなったのよっ」


 まりいの顔が赤いところを見ると、どうやらここしばらく石を積んだ人が来ていないのは明白だった。


「つくおみは、そんな人じゃないもん……。ただ、何か訳があったんだ……」


 私はまりいがいたたまれなくなったので、裏山で一夜を明かすのはやめ、別のところに行くことにした。勝とよく遊んだ公園にでも行こう……。




「それって、ヨルが俺の知らないうちに別の人と出会ってたってこと?」


 勝は、どんな悪いことでも聞かないより今聞いた方がいいと思ったのか、稔の言った言葉に間髪いれずに疑問を差し挟んだ。翔太はあきらめるような顔になっていた。勝の聞きたい、という思いはてこでも動かないのは明らかだからだ。


「……いや、違う。なんて言ったらいいのかな……。見えた記憶が人間のものでないと説明できないと思ったんだ」


 勝だけでなく、翔太も言っている意味がわからなかったようだ。どこからどう見てもヨルは犬なのに(ただし送り犬と言う妖怪だが)、いつの間に人間に変身できる能力を身につけたのだろうか? 


「それってヨルが実は人間だってことか?」


 翔太の問いかけに勝が反論をした。


「それはないよ。だってヨルが本当に人間だったらずっと長いこと犬に変身してたことになるよ。生まれて一か月経ってないぐらいの時にヨルを拾ったんだから。それに、俺が学校に行ってる間、いつもお母さんがヨルのそばにいたはずだから、元の姿に戻る暇だってないし、人間に戻って誰かのところに行くことだってできないよ」


「正直、俺も見えたものが本物の記憶か疑った。でも、生々しい記憶で、とても偽ものの記憶とは思えない」


「ところで、その見えた記憶って、何? まだ聞いてないけど」


 肝心なところを聞いてないと言わんばかりに勝は稔に聞いた。


「……誰かが、おっかないおじさんと言い争っている記憶」


「でも、ヨルがそれを見ていたってことじゃ……」


「それはない」


「どうして言いきれるんだよ?」


 翔太の横やりはもっともだ。たとえ記憶が生々しくとも、見たのは稔だから、二人はそれを聞くだけなのだ。


「触れた物がもし生き物の一部だった場合、例えば毛とか、爪とか。それを触ったら、その生き物の目線が記憶として流れてくるんだ。ヨルは犬だから、目線が俺たちを超えることは絶対ない。後ろ脚で立ち上がらない限りはね。けど、ヨルの毛の記憶から見えた目線は人間のものだった。それに、その目線のそばから、手が出てくるのも見えた。相手を殴るためにね」




 今にも擦り切れて、血を滴らせた足をかばいながら、あの図体のでかい黒犬は裏山の頂上に戻ろうとしていたまりいを食い止めていた。体のあちこちにも傷があるため、ふらふらになりながらの食い止めだった。


「なによっ! 私は戻らないといけないの! そこを通してよ!」


「(ダメだ。今度こそお前にはあの世に逝ってもらう)」


「いやっ! 私はずっとここにいる! あいつが生きてる限りそのまま逝けるわけないでしょっ!」


 まりいの必死の抵抗もあって、黒犬は彼女を捕らえることができないでいる。それでも黒犬はあきらめきれないようだった。


「(……アイツをころせばお前はあの世に逝くんだな?)」


「で、でもあんたのその体じゃ、無理よ。私が何とかするからっ。私があいつをやっつける!」


「(裏山から出ることのできないお前が、どうやって奴をころせるものか)」


「そ、それは……、あいつをここにおびき寄せるとか……」


「(無理だな。裏山から出られないのに、どうやっておびき寄せるつもりだ)」


 黒犬の返答にぐうの音も出ないまりい。よほどあの世いきが嫌なのか、木にしがみついている。


「……つくおみ兄ちゃんだったら、あいつをやっつけてくれたかもしれないのにっ」





 まりいの放った一言に、黒犬の体の動きが止まった。そして、どういうわけか座りこんでしまった。


「(お前、『つくおみ』というやつが、どんな奴かわかって言ってるのか?)」


 黒犬の言葉はまりいの機嫌を逆なでしたようだった。次の瞬間にはまりいは激高したからだ。


「……もしかして、あんたがつくおみ兄ちゃんをころしたのっ?! だから、つくおみ兄ちゃんが私のところに来ないのねっ?!」


 まりいは激怒して黒犬に殴りかかった。が、普通なら幽霊が殴りかかってもその手はすり抜けてしまうところだが、どう言うわけか、その手は黒犬の脇腹を直撃した。そして、黒犬の口から血が流れ出た。


「(……お前がどう思おうと勝手だが、お前の大事に思ってる『つくおみ』とやらは、そんなにたいしたやつではない)」


「あんたに何がわかるのよっ! つくおみ兄ちゃんは、私が小さい時から知り合いで、私が紫乃聖人に連れ去られた後も、必死に探してくれたっ! それに、ころされたと知った後も、私のためにむえんぼとけを作ってくれたのよ! 冷たいあんたなんかと大違いよ!」


「(その『つくおみ』が、その紫乃聖人を憎んでるとしたら?)」


「何が言いたいのよ……」


「(お前の誤解が甚だしいようだから言っておく。奴の内面は紫乃聖人への恨みでいっぱいだった。なぜなら、奴は決して恵まれなかったからだ。住む家にも恵まれず、家族の中でも不幸で、そんな奴は、人恋しさから自分の弟と同じぐらいだったお前に近づいた。妹ができてさぞかし嬉しかったろうが、昔の傷は癒えなかった。お前がいなくなった後、紫乃聖人が絡んでると知って、やけを起こしてヒトゴロシしたからな)」


 黒犬の言葉に気を失いかけたまりいは、気を取り戻そうとして強気に言い放った。


「つくおみ兄ちゃんはそんなことする人じゃない! そんなのあんたの勝手な妄想じゃない!」


 しかし、黒犬はそれには答えず、こう言っただけだった。


「(……俺はもうじきこの世から去る。そうなる前にやつを抹殺しておきたい。お前はそれが望みなんだろう?)」

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