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捨て犬ヨルは人間の夢を見る  作者: 火之香
これからのために
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散り行きそうな者たち

 大きめの学生服に袖を通す。中学生になってから、生活環境が変わった勝は、まだ期待と不安がないまぜの状態で日々を過ごしていた。翔太、稔、幸也、孝輔が同じ中学に上がったことは嬉しいことではあった。


 しかし、同様にいじめっ子も同じ中学に通っているのだ。勝が翔太らと一緒にいる時は何もされなかったが、一人になったときのことを考えると、気落ちしてしまった。それ以外にも気がかりなことが一つあった。孝輔のことだった。なぜか、ドッグコンテストの時以来、あまり付き合いたがらなくなってきたのだ。


 翔太、稔、幸也とは喜々として話しているのに、勝がそこに加わろうとすると、途端に口を閉ざすのだ。勝は、どうしてなのか気になったが、翔太に「あまり深追いするな」と言われた以上、どうすることもできなかった。何せ、翔太は人の心が読めるのだから、きっと、孝輔の内面を知って勝に知らせまいとしたのだろう。その心遣いは嬉しかったけれど、今までのような付き合いがなくなるのかと思うと、勝の気分は落ち込んだ。


(……悩んでいても仕方がない。これからのことに集中しないと……)




 勝が中学生というものになってから、私は、勝が少し遠くなっているように感じた。遠い、と言うのは距離のことではなく、ふれあいのことだ。


 私が動物病院から退院した後、ようやく勝と思いっきり遊べると思ったのだけど、勝は中学生になってから帰りが遅くなってきた。それから私の散歩は朝夕とも勝ママが担うようになった。勝と遊びたかった私は、寂しいものを感じた。嫌われている、とまでいかないまでも、お互いの気持ちに距離を感じずにはいられなかった。それに、勝が時折見せる悩んでいる表情を見ると、慰めたいと思ったけれど、きっと受け入れてはくれない、そんな感じがした。もう、前のような関係に戻れないのかな……。





 とある公園、ウサギの遊具がそこかしこにおいてある。私は勝ママに連れられてここに来たのだけど、そこで見覚えのある姿を見た。その姿はどう見ても、動物病院で入院していたトイプードルのみあだった。もしかして、もう退院できたのかな? 


 けれど、辺りを見まわしても、由佳らしき人物がいない。みあが一人だけでここにいたのだ。もしかして、あそこから脱走してきたのだろうと思った私は、みあのところへ近寄ることにした。幸い勝ママは、知り合いと話に夢中になっている。握りしめているリードのひもを手から慎重に外し、私はみあのところへ向かった。




「(あ、ヨル。久しぶりだね。ケガはもう治ったんだったよね。良かった)」


 私はみあに近づいて気がついた。みあの姿はよれよれのまま、それどころか、いつもは漂ってくるはずのみあのニオイがしなかった。どういう、ことなの? 私が戸惑っていることを見透かしたようにみあが言った。


「(ごめん。あたし、ね。もう、あの動物病院から退院できそうもないんだ。だから、少しだけ、あの体から抜け出して、なじみの公園を散歩しようと思ったわけ)」


「……(それって、あなた、もしかして……)」


「(大丈夫だって。あの体はまだ生きてるから。確認したから、大丈夫)」


 明るく振る舞うみあに、私は少し寂しさを感じた。もう、一緒に散歩することもないんだ……。


「(ところで、さ。ヨルは、あたしみたいなのが見える、んだよね?)」


 いったい、何が言いたいのだろう? 私は注意深く聞き返すことにした。


「(どういう意味?)」


「(もうっ、隠さなくてもいいんだよ。あたし、知ってるんだ。ヨルが普通の犬じゃないってこと)」


 !!! え、し、知っていたの?! でもあの時はそういう風なそぶり、一つも見せなかったじゃない……。私が黙ったままでいると、みあは続けた。


「(あたし、小さいころから病弱だって言ったでしょ。だから、ね。生きていないやつらがいつしか見えるようになって、あたしにとってそれが当たり前になってたんだよ。幸い、あの動物病院に生きてない奴らはそんなに見かけないんだけどね)」


「(そう……、だったの)」


「(だから、ね。あんたみたいなあたしと同じような奴がいるって、知ったときはすごくうれしかったんだよ。周りのやつらはどうもあたしみたいに見えてないらしいからね……)」


「ヨル! そんなところで何してるの!」


 後ろから勝ママの声が聞こえる。どうやら、いないことに気がついてしまったらしい。勝ママが近寄ってきたのを見たみあは公園から出ようとした。


「ワン!(どこ行くの!)」


「(動物病院に戻るだけだって。久しぶりにあんたと話せて、良かったよ。じゃあね)」


 みあ……。私も、あなたと話せてよかったよ。


 勝母が、私のリードを手に持つ。そして公園から出ていく時に思った。いつ、みあにまた会えるかわからない。いつ、みあがしんでもおかしくないことを知った以上、勝との約束を破ることになるかもしれないことを……。





「ようっ! 日野! 部活どこにするか、決めたか? 俺はサッカー部にしたんだっ。お前は?」


 翔太が明るい声で勝に話しかけてきた。勝のテンションがいまいちなのに対して、翔太が底抜けの明るさで話しかけてくるものだから、はたから見たら本当に仲がいいのか怪しまれそうな感じだ。しかし、翔太はそんなことを意に介していないようだ。翔太の笑顔に呆れながらも、勝は答えた。


「……どこにするかなんて全然決めてないな……(あんまり目立ちたくないし、地味な部活にでも入ろうかな……)」


「だったら、俺と一緒のサッカー部に入らないか?」


「えぇ!? で、でも……」


 勝は、できるだけ、いじめっ子に出くわさないようなところに入りたいと考えていたのだ。それなのに知ってか知らずか、一緒にサッカー部に入ろうだなんて、何を考えているのやら……。


「お前が、目立たない部活に入りたいのはよくわかる。けどな。それでもいいのか?」


「どういうこと?」


「確かに、地味な部活に入ることで目立たなくするのもありかもしれない。けど、それだと、いつまでたっても自分に自信が持てないぞ」


「自信……」


「そうだ。たとえば、小野を見てみろよ。あいつはいつもおどおどしているけど、いじめられているところなんて、見たことがない。なんでかわかるか?」


 確かに勝は、幸也がいじめられているところに出くわしたことなんて、これっぽっちも見たことがなかった。けど……。


「それは、真野が見えないところで助けているからじゃないのか?」


「違うな」


 それだけ言うとスマホの画面を見せてきた。すぐそばにいるのに……。


『あいつが、予知夢でいじめられそうな時を知ってそれで対策を打ってるんだ』


「なんだ……。そうだったのか……」


「だろ? あいつは自分でいじめられやすいほうだって自覚しているからな」


 そう言われた勝は、以前、幸也の姉に、何かあったら相談して、みたいなことを言われたことを思いだした。勝の考えていることに気が付いた翔太はこんなことも付け加えてきた。


「……ああ、そう言えば、小野の姉貴も小野がいじめられないように助言してるんだったな。相談相手がいるのと、いないのとでは全然違うからな」


 今まで、このことを相談するなんて、思いもしなかった勝は、相談することは何ら恥ずべきことじゃないと思えた。





 誰かがポケットからスマホをとりだした。よどみない動きでスマホをタップする。手はせわしなく動いているのに、表情からは何もよみとれない。ようやく手の動きを止めたころにやっと口元をほころばせた。


「……これでよし、と」


「何が『これでよし』なんだ?」


 スマホに集中しすぎたせいで周りが見えなかったようだった。スマホをいじっていた人は慌ててスマホを隠そうとするが、相手のほうが素早かったようだった。


「返せよ! お前に関係ないだろ!」


「……ああ、言われなくても返すよ。ほら」


 そう言うと、スマホを放り投げた。慌ててキャッチしたその誰かは冷や汗をかいていた。


「お、おい。スマホの画面を見てないだろうな、海野っ」


「ああ、もちろん。見てないよ。でも、その慌てっぷりからすると、悪巧みでもしてるんじゃないかって思っちゃうな……」


「し、してるわけないだろ……。ただちょっと、スマホアプリで遊んでただけだ」


「ふ~ん。……まあそれだったら、かまわないか。ま、先生に見つかんないようにね」


「うるせっ。今度、俺らのグループに楯突いたら、その時はただじゃおかないからなっ」


 ぶつくさ言いながら、相手はどこかへと行った。それを見送った稔は怪訝そうな顔をした。


(やっぱり、か。あのスマホから、日野に対する悪意の記憶がしみこんでる……。日野にいうべき、か?)




 家に帰るころ、もうすでにおなかがすいていた。小さかった頃と比べ、自分の食欲が増えたのは成長の証かもしれない。が、勝ママは、私の動きを見るなりこう行った。


「あら、ヨルってば、少し太ったんじゃない? これから、食事制限しないとね」


 な、なんですって! 勝から言われるのはともかく、同じ女である、勝ママに太っただなんて、言われたくないっ。撤回してよ! 私は怒ったような目で彼女を見上げた。すると、勝母は、私の気持ちに気が付いたのか、慌ててこう言った。


「ご、ごめんね。太っただなんて、言うべきじゃなかったよね」


 そう言うと、彼女は私の頭を撫でた。もう、これからは絶対、ぜったいにっ、太ったなんて言わせないんだからねっ。


「でも、食事制限はするつもりだからね。覚えておいてね」


 そ、そんなのひどいっ。おなかすいてるのに~! 





「……あんたに協力して、何になるの?」


 大きめの石にこしかけたまりいが挑発的に答える。不機嫌そうな顔で里奈をにらむ。あんたに何ができるの、と言いたげだ。けれど、里奈はひるむ様子もなくまりいを眺めた。


「確かに、あなたはもうすでにしんでるものね。私に協力したところで、何の得にもならないかもしれない」


「じゃあ、協力しない」


 まりいは話が済んだとばかりに立ち上がった。


「待って! 話は終ってない!」


「……何。さっさと話してよ。私だって暇じゃないの」


「飯野良平って知ってる?」


 里奈が持ち出した名前に立ち止まるまりい。しめた、と思った里奈はさらにたたみかけた。


「時折この裏山に来ていた、その良平君が入院中なの。ほら、妖怪や幽霊と話せるあの子。あなたも見かけたこと、あるでしょ? あの子が入院してしまったから、ここにいる妖怪たちが、不平を漏らしているの」


 妖怪たちが不平を漏らしている、というのは嘘だった。しかし、口から出た出まかせを、取り消すわけにもいかない。すべては、まりいを協力させるためなのだ。


「知ってるけど、それとこれと、どう関係するの。まさか妖怪たちを束ねて、正義のヒーロー集団を作ろうってわけじゃないでしょ? それに、あいつらの考えは人間とは違うんだから、そんなのやっても無駄じゃない」


 地縛霊になってから妖怪が見えるようになったまりいは、里奈の口から出た妖怪という言葉に驚きもせず淡々と答えた。どうやら、まりいも裏山に棲む妖怪については了解済みらしい。


「そう、だけど、まずはあなたの協力が必要なの。紫乃聖人と、不運にも関わってしまったあなたの協力が」


 里奈の口から出た言葉に、うなだれるまりい。もしかしたら気に障ったことを言ったかな? と思った矢先、まりいがぽつりとつぶやいた。


「……らないくせに」


「……え?」


「私がどうやってあいつにコロされたか、知らないくせに勝手なこと言わないでよ! 出てって! そしてこの裏山にもう二度と来ないでよ!」


 まりいの気迫に押された里奈は帰らざるを得なかった。もしかしたら答えをせかしすぎたのかもしれない。里奈だって紫乃聖人が犯人なのか、まだ判断を決めかねていたのだから。けれど、まりいの答えがすべてを語っていたのは明白だ。そいつがどんなことを考えているにせよ、良くないことを考えているのはまりいの激怒が物語っていたのだから。





「だからさ~。僕は何にも言ってないって~」


 青白い火の玉が弁解している相手は緑色の小鳥(良平が『かりょうさん』と呼んでいる鳥)だった。火の玉の弁解を聞きながら、イライラを隠せない小鳥は、きつく言った。


(お前さんが、何も言ってないのなら、なぜよみは姿をくらませたままなんだ? 今のあ奴を放っておいてよいことは何もないことはわかっているはず)


 叱られているのに、全く悪びれる様子もない火の玉は口調を変えずに答えた。


「別に~? そこら辺を浮いてる浮遊霊をいたぶったり、どこかの生き物をヤッてしまったりしようが、僕には関係ないね~」


 この火の玉の口ぶりは小鳥をさらにいら立たせたが、火の玉はあえてそれをやっている、つまり楽しんでいた。話がかみ合うのは、これから先もないだろう。二人がいがみ合っている? なか、子鬼っぽい妖怪が口出しした。


「俺は親分が帰ってこないのは、やっぱり嫌だぜ」


「そりゃそうだね。君はなんてったって、金魚の糞のようによみについて回るのが好きだからね~」


「な、お前ってホント、嫌な奴だな!」


「嫌な奴でなければ、妖怪なんてやってられないよ?」


(もう、それぐらいにせんかっ。もうよい。私一人であいつを探す)


 火の玉の嫌らしさにほとほとあきれ果てた小鳥は、帰ろうと背を向けた。


「……どうしてあいつの事気にするのさ? あいつは冥界にとっても、天上界にとっても厄介者なんでしょ?」





 唐突な火の玉の質問に立ち止まる小鳥。その問いかけに足を止めた小鳥は、くちばしを開かず、だまったままだった。それにも関わらず、火の玉の言葉は続いた。


「何であいつのこと心配するのか分からないな~。だって、あいつ、いつ消えてもおかしくないんだから、放っておいてもいいでしょ。別に」


「お、お前! 親分のことをそんな風に思ってたのか! どうなんだ!」


 子鬼にキーキー怒鳴られているのに、たいしたことでもないといった感じの火の玉は小鳥の答えを平静に待った。だが、やはり小鳥は答えそうもなかった。しびれを切らすふうでもなく、火の玉は残念そうに言った。


「やっぱり、天に遣える迦陵頻伽かりょうびんがのことだけあって、天にそむくものは許せないわけだ。……でも、いいのかな。そんなに口だしして」


(……何?)


 思わず振り返った小鳥は、しまったという顔をした。相手の言葉にのせられるとは、あってはならないことだと感じたのだ。しかし、行動はとり消せない。相手の言葉を待った。


「だから、よみのことをつっつきすぎたら、あいつ、どうなるかな~、と思ってさ。我慢の限界に達してしまったら、……ねえ?」


 小鳥は、体の中に冷たいものが下りるのを感じた。それに対して火の玉は楽しそうだ。もう、これ以上妖怪と会うのは勘弁だ、と小鳥が思ったのは、意外でも何でもなかった。

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