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捨て犬ヨルは人間の夢を見る  作者: 火之香
これからのために
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癒えない業病(カルマ)

「よ、ヨルッ! 大丈夫かっ! 痛むところはないかっ!」


 勝の声が聞こえる。思いっきり抱きしめられ、体の痛みが最高潮に達した。


「わ、ワンッ(い、痛いっ)」


「ヨルが痛がってるじゃない。離してあげなさい、勝」


 勝ママの声が聞こえ、渋々勝は私を離した。それにしても、ここはどこなんだろう? 体を動かそうとすると、とてつもないほどの痛みが全身を襲ってきた。


「ワンッ(痛い……)」


 痛むところをなめると、毛の代わりに不思議な感触が舌に当たった。いったい、何だろう?

 

「ヨル、これから、帰らないといけないんだ。ごめんな。ケガが治るまで、我慢しろよ」


 え? どういうことっ? あせって辺りを見渡すと、確かに、ここは自分の家ではなかった。慣れない匂いが鼻につく。と、同時に勝は、私を籠のようなところに押しこめた。いったい、何するのよっ。置いてかないでっ! けれど、勝たちは私を置いて帰ってしまった。





 何時間たっただろう。ウトウトしていいると、別の声が聞こえてきた。


「キャンッ。(災難だったねえ。高いところから落ちたんだって? まあ、命に別条がなかっただけ、マシなわけか。あたし、トイプードルの、みあってんだ。変な名前でしょ。ま、あんたが退院するまでの間、よろしくっ)」


「……ワンッ(……よろしく)」


 私は一人、というわけではなかった。辺りを見渡すと、他にも籠に入れられた犬たちが何匹もいた。見たところ、皆毛がボロボロだったり、細い布を巻かれていたり、あまり健康そうではなかった。となりのトイプードルのみあも、毛がヨレヨレで、健康そうには見えなかった。ここは、健康じゃない犬が集まるところ、なのかな?

 

「ワンッ(ねえ、ここ、どこ、なの?)」


「キャンッ(動物病院だよ。行ったこと、ないの? あたしは、生まれつき病弱だから、何回も行ったことあるんだ。けれど、最近は病気の力がおっきくなってきて、とうとう入院せざるを得なくなってきたってわけ)」


 トイプードルのみあは、一を聞いたら十を答えてくれるので、いちいち聞いてないことまで言ってしまうところがあるようだった。……それにしても、勝はどうやって私のことを見つけたのだろう? 私、確か知らない山にいたはず……。けど、みあが何かを聞いてきたので、思考は中断されてしまった。


「キャンッ(ところであんたの名前聞いてなかったね。何て名前、もらったの?)」


「ワンッ(ヨル。真っ黒だから、ヨル)」


「キャンッ(……あんたも変な名前もらったんだね。でも、あんた真っ黒じゃないよ。だって、胸元に白い部分があるから)」


 ……そんなの全然知らなかった。と、言うよりも先にみあの言葉は続いた。


「キャンッ(まるで星みたいだよ。由佳が言ってたんだけど、あ、由佳ってあたしのご主人様だよ。その由佳が言うにはね……)」





 とうとう勝は、朝が来ても私を迎えに来なかった。代わりに来たのは見知らぬ男性で、私を籠から出すなり、体を調べ始めた。私は知らない人に触られるのが嫌でたまらない。どうして勝は、私をこんな場所に置き去りにしたのだろう? みあにここはどういうところなのか、後でちゃんと聞いてみないと。


「……内臓が無事だったのが何よりだ。ケガがひどかったら、入院も長引いてしまうからね。これから薬を塗るけど、しみるから我慢してね」


 男性は私に優しく話しかけるが、私は気が気でなかった。いったい、この人は何が目的なんだろう? 男性が薬を塗った手で私の体を触った。


「ワンッ(い、痛いっ!)」


「ごめんね。痛かっただろう。でもこれで終わりだから」


 本当にそれで終わりだった。私は塗られた感触が気持ち悪かったので、舐めとろうとしたけど、細い布を巻かれてしまった。いったい、何なのよ! これはっ! 私は、籠に戻された後も、薬の匂いになれず、すぐそばにあるドッグフードに気が付くのが遅れてしまった。


「ク~ン(薬、痛かったでしょ? 大丈夫?)」


 私が籠に戻ってくるなり、みあが聞いてきた。痛みのあまり話す気になれなかったけれど、無視するのも悪いので、答えた。


「ワンッ(それほどでもないから、大丈夫。それよりも、ここ、どういうところなの? 皆あまり元気がないみたいだけど……)」


「キャンッ(昨日も言った通り、ここは動物病院だよ。ケガや病気の犬や猫を預かって治すところなんだって。……でも、私は長いことここにいるけど、あまり元気になった気はしないんだけどね)」


「……(……そう、なの)」


 ケガが治ったら、ここから出られるってことなんだ。でも、だとしたら……。みあは長いこと動物病院にいるのに、治ってないってことになるじゃないの……。





 勝はヨルを動物病院に預けた後、ヨルがなぜケガをしたかについて、思いをめぐらせていた。ヨルが送り犬と言う妖怪なのは間違いない。だから、霊魂をあの世に送る際に反撃をくらってケガをしたのかもしれなかった。


 ヨルは元気があり余ってるからありえなくないな、と思った矢先、スマホの間の抜けた『ライン♪』という声が聞こえた。勝は、ドッグコンテストが始まるつい先日にスマホを買いかえてもらったばかりなのだ。だからか、聞かなくなった声にギョッとしてしまった。スマホを見てみると、相手は稔だった。どうやら、話しておきたいことがあるらしかった。勝は真っ先にスマホを手に取ると、稔にラインを返した。





『話したいことって? もしかして、ヨルのこと? まさる』


『実は、飯野のことなんだ みのる』


『ようやく退院できたんだ? まさる』


『あれは検査入院だって言ってただろ。それで、見つかったんだ みのる』




 見つかった。その言葉に何か得体の知れない嫌な感じを受けた勝は、すぐに返信するのをためらった。ただでさえ、ヨルのケガのことも心配なのに……。けれど、気になった勝は、聞いてみることにした。


『見つかったってまさか飯野、病気なのか? まさる』


『ああ、聞いたところによると小児がんらしい。白血病だって みのる』




 嫌な予感は当たってしまった。良平は体が弱いと思っていたけれど、まさか本当に病気なんて。勝はうすら寒いものを感じ、返信するのを忘れてしまった。それを察したのか、稔からまたラインが来た。




『けど、心配ないって。今の医療はすごく発達してるから、完治する確率が高いんだって みのる』


 意気消沈していた勝は、ホッと胸をなでおろした。医療の発達、恐るべし。


『な、なんだ。心配したじゃないか。驚かせるなよ まさる』


『ごめんって。今度、皆で飯野のところにお見舞いに行こうな みのる』


『ああ、わかってるて! あいつの好きなもの持って行こうな! まさる』





 勝は、このラインのやり取りで、立て続けに起きた嫌なことをいくばくか忘れることができた。ヨルにも何か好きなもの持って行ってやろうと心に決めながら勝は、久々のラインのやり取りを楽しんだ。




 勝が来たのは、次の日の昼過ぎになってからだった。私は、ようやくここから出られる、と思ったけど、違った。


「ヨル、ケガの調子は大丈夫か? 今日もつれて帰れないんだ。ごめんな」


 ま、勝が来たから、期待しちゃったじゃないっ。どうして家に戻っちゃだめなのよ! これぐらいのケガなら、家で治せるでしょ! 私は、早く帰りたいという気持ちを分からせるため、立ち上がって歩いて見せた(といっても、狭い籠の中だから、歩くスペースは限られていた)。


 けれど、勝は、私の気持ちに気が付いてないらしい。私を一通り撫でると、帰るそぶりを見せた。ちょっと! 私を置いて行かないでよ! ここから連れだしてよ! 


「明日も、見まいに来るからそんなに怒るなよ……」


 う、嘘でしょ? 私に会うだけ会ってそれで帰っちゃうなんてっ。私、家に帰って勝と遊びたいし、稔に告白もしたいのに! 勝は、私のケガに薬を塗ったあの男性から、私の状態を聞いていて、私の抗議を聞いてはいなかった。勝ってば、私の気持ちに全然気が付かないのねっ!

 

「……じゃあ、来週には帰れるんですか? よかった~。ヨル、来週には家に戻れるらしいぞ。よかったな」


 ……らいしゅうって、何よ? 私は今すぐ帰りたいの! こんなケガなんて何ともないからっ。私をここから連れて帰ってよ! 勝は、話が終わったと見るや、私に手をふり、帰っていってしまった。なんでよ~!


「キャンッ(あまり怒ったらケガに障るよっ)」


 怒った私を見かね、みあがなだめてくれたけれど、私は勝に置いて行かれたショックが響き、しばらく呆然としてしまった。勝、どうしてなのよ……。




「ねえねえ。話ぐらい聞いてくれたっていいじゃない~」


「(うるさい、黙れ口軽鬼火め)」


「親分機嫌悪いから話しかけったって無理だぜ」


「(お前も静かにしろ。気が散る)」


「え~。なんでだよ~」


「ワン!(うるさい!)」


「ちぇ……」


 とあるアパートの一室。生活感満載、あまり物が片付いていない部屋にバカでかい送り犬のよみが寝そべっていた。そばには話を聞いてもらいたそうにしている火の玉と子鬼のような妖怪がいた。どうやら、ここが送り犬たちの住まいらしい。三者三様に部屋でまったりしていた。なぜアパートに妖怪が住んでいるかというと、彼らの同居人のせいだった。


「……そういえばさ。薫君のことなんだけどさ」


「ウ゛~(あいつのことを話すな。話すとお前の火の体、消し去ってやる)」


「え~。いいじゃない。確かによみの体の傷は薫君のせいだけどさ。あの子に悪気があったわけじゃないんだよ。嫌ならこの部屋から出ていけばいいわけだし」


「(やつがシぬところを見るまでここを出る気はない)」


「親分、本当にあいつのこと憎いのか? 俺はどうでもいいけどよ……」


「(お前には話してもわからんだろうな。食い意地の張った業突く張りだからな)」


「そ、そんな言い方はないぜっ。親分っ」


「(黙れ)」


「……」


 彼らが話している、「薫君」というのが、この部屋の主らしい。そして、その人こそが彼らをこの部屋に住まわせている張本人、というわけである。


「ところで、さ」


 火の玉がまためげずに話しかけた。バカでかい黒犬と比べるととても小さい。しかし、火の玉の態度は全く媚びてる様子はない。案外神経が図太いのかもしれない。


「(黙れと言ったはずだ)」


「薫君のことじゃないよ。里奈のことだよ」


「(……何?)」




 火の玉が里奈のことを持ち出した瞬間、空気が変わった。黒犬が里奈に気があるせいかもしれないし、そうでないかもしれない。とにかく黒犬からさっきまでの殺気立ったムードは消えていた。


「このままでいいのかと思ってさ。そりゃ、よみが薫君だけでなく、人間を憎むのは勝手だし、僕がとやかく言うことじゃない。人間たちを困らせるのって楽しいんだけどね……」


「なんだよ。お前、何で急にいい子ぶりやがるんだよ? サイコナキメ君じゃなかったのか?」


「それで、どう思うの? 里奈のこと。あの子のこと、好きなんでしょ」


 子鬼の冷やかしをガン無視したナキメこと火の玉は、ありえないくらいストレートに直球で核心を突いてきた。黒犬は痛いところを突かれたのか黙ったままだ。


「あの子のことが好きだから、今まで人をコロさなかったんでしょ? 人が憎くて仕方がない君としては、これしか理由がないでしょ」


「(……何を言ってる)」


「だって、さ。あの子を前にしたときの君の顔、薫君を前にしたときより優しくなってるから。だから、紫乃聖人のことも、コロさないんでしょ。送り犬なのにもったいないよねぇ~」


 もう、限界だと思ったのか、黒犬は立ち上がった。黒犬が立ち上がると、狭い部屋が余計狭く感じる。体が弱っているのか、後ろ脚を引きずりながら部屋を出ていく。残された火の玉と子鬼は、黙って黒犬を見送るしかなかった。なぜなら、彼の人間に対する憎しみは業病カルマのようなもので、言われてどうにかなるものではなかったから。




「お前、そんなところにいたのか。この時間はもう仕事終わったんじゃないのか?」


 里奈の兄、翠川賢志が公園でとある人物に話しかけている。その人物は何をするでもなく池を眺めていて心ここにあらず、という感じだった。しかし、話しかけられたことに気が付くと、おもむろに振り向いた。


「……まあ、そうなんだけど、な。ただ、ちょっとぼうっとしてただけ」


「深刻そうな顔しているのに、ぼうっとしていたなんてあるか。よみのことで悩んでいたんだろ?」


「なっ、そ、そんなわけあらへんしっ。これは僕の問題やっ」


 この人は関西出身のせいか、焦ると唐突に訛りが出てしまうらしい。顔が真っ赤になっているあたり、普段は訛りを出さないようにしていることがうかがえる。


「なあ、白山。もうそろそろ、自分を責めるのやめたらどうなんだ?」


「……で、でも、よみは……」


「よみは白山のせいで人間を憎んでいるんじゃない。これはもっと根本的な問題だ。よみが生まれるずっと前、別の送り犬として生きていたよみがあることで人間を怨むようになったらしい」


「……どういうこと?」


 白山と呼ばれた人は、何だか訳がわからなさそうにしている。よくわからないといった顔で賢志を見上げる。白山は賢志より少し低いので、どうしても見上げる体勢になってしまう。


「よみの恨みは、天狗が絡んでいるらしい」


「えっ。で、でも……」


「あいつがそんなことをするはずがない、と言いたいんだろ。けど、人間と妖怪の思考は勝手が違うっていうのは忘れないほうがいい。天狗は、人間が森を切り倒すのを快く思っていない。その時、人間を滅ぼそうと考えたそうだ。そのとき起きたのが、飢饉というわけだ」


「で、でも、それとこれとどういう関係が……」


「飢饉を起こしたのはよみだと、人間が解釈したら、どうなる?」


「……」


「当然、よみを葬り去ろうとするものが出てくるだろうな。それ以前にも、よみは送り犬として恐れられていたわけだから、これを機会にヤッてしまおうと、人々は考えたわけだ」


「……」


 白山はまだ黙ったままだ。よみにこんな過去があったなんて、思いもしなかったのだろう。顔が若干青ざめている。


「で、でも、それじゃ、よみは、どうやったら……」


「どうにもならないだろうな。過去のことは取り消しようがない」


「っ! そ、そんな……」


「あとひとつ。言っておきたいことがある」


「……何?」


 白山の愕然とした顔に、躊躇することなく賢志は言い続ける。


「よみに似た黒犬を飼っている少年がいるそうだ」


「それで?」


「里奈が言うには、どうも、その犬にはどこかからか流れてきた人間の魂が宿っているらしい。本当かどうかわからないが、これが事実だとすると、その魂は、よみから染み出た業病カルマに囚われたってことになる」


「……よみの、そのカルマってのは、他の人を巻き込むほどひどいってこと?」


 暗く冷たい空気が二人の頬を撫でる。問いかけられた賢志は言いよどんだが、口を開いた。


「……そうだ」

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