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捨て犬ヨルは人間の夢を見る  作者: 火之香
これからのために
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これからのこと

 気が付いた時には、勝は自室のベッドの上だった。枕のそばには卒業証書がある。時計はまだ午後5時を指していた。卒業式のこと、保健室へ行った後のことを思いだす。感動的な場面で勝は一人、その場から逃げだしたかった。腹を下して保健室に行けたときにはホッと一息つけるはずだった。


 けれど、そこで待っていたのは火の玉からの心ない言葉だった。どうして勝がいじめられているとわかったのだろうか。保健室にいたときは火の玉の言葉でイライラさせられていたので気が付かなかったけれど、一人になってようやくそのことに気がついた。


 もしかしたら、勝のそばには、いつもあいつらがいたのかもしれない。そのことを思うと、勝は悔しくなってきた。あいつらは勝がいじめられているのを楽しみながら見ていたと思うと、勝は今までの自分が恥ずかしくなっていった。


(これからは、中学生になるんだ……。今までの自分じゃ、ダメなんだ……。妖怪のこと、忘れなきゃ……)


 枕を思いっきり握りしめる。枕には染みが点々とできていた。





 だれもいなくなった和室で、ひとり残された私は勝たちが帰ってくる気配を感じた。玄関まで向った時、鍵が開ける音が聞こえた。私は勝に向って飛びつこうとしたけれど、勝ママが勝をおぶっているのを見たとき、飛びついてはダメだと感じ、飛びつくのをこらえた。勝ママはとても疲れた息をしていた。私はどうしていいかわからず彼女を見上げる。


「……ごめんね。散歩に連れていきたいんだけど、勝、ちょっと体調がよくないみたいなの。隣のおばさんにヨルの散歩連れていってもらうように頼んだから、ね?」


 彼女はすまなそうに私を撫でた。どうして謝るんだろう? 勝の体調が悪いのは、彼女のせいではないはずなのに……。


 そういうわけで、私は隣のおばさんと一緒に散歩に行く羽目になった。隣のおばさんは知り合いと出会うととても長く話す癖がある。そんなとき、私はすごく待ってないといけなかった。


「……そうなのよ~。卒業式だったのに、本当、残念よね~」


 もうっ、そんなに話しこんだら走れなくなるじゃないっ。私は一度散歩をすっぽかされたことがあるから、散歩ができない辛さは身に応えた。何か、面白いこと、ないかなぁ~。そんなときだった。遠くから、私の知っている人の匂いが漂ってきた。もしかして、この匂いはっ。私はいてもたってもいられず、走りだした。


「ちょっと! ヨルちゃん! 走ったら……」


 勢いよく走ったせいで、私の首につながれたリードがおばさんの手から離れた。おばさんの呼び止める声が聞こえるけども、私の気持ちはもう、その匂いの持ち主のことしか考えられなかった。






 勝はまだ痛む腹をこらえて、下の階に降りる。ドッグコンテストのことを思いだしたのだ。スマホはまだ買ってもらっていないので、家電いえでんでかけることにした。相手は、もちろん良平だ。まだ、検査入院から帰ってきてないらしいので、見に来てもらえるか不安に思ったのだった。


 もしかしたら、翔太にコンテストの様子を動画で映してもらえるかもしれないが、勝としては、実際に見に来てほしいところだ。が、家電を目の前にしてハタと気が付いた。良平のスマホのアドレスは知っていても、家電の番号を全く知らないことを思いだしたのだ。どうしよう……。連絡するのをやめようか悩んだ時だった。


 プルルルルッ。プルルルルッ。


 突然鳴り響く家電。いったい誰なんだろう……。とろうか迷っているうちに、そばに母親が来る気配を感じた。そして、なり続ける家電の受話器を取った。


「はい、もしもし~。どちら様ですか? ……え? 勝なら、いますけど……。ええ、わかりました……。……勝、代わってちょうだい」


 不思議そうな顔で家電の受話器を勝に渡す母親。受話器を手渡す手に少し緊張が走っている。それを見た勝は、少し嫌な予感がした……。


「……もしもし。代わりましたけど? 誰ですか?」


『……お前が、日野勝だな』


 見知らぬ男性の声に、思わず背筋がゾクッとした。脂汗が出るのを感じながら、勝は、聞き返した。


「そうですけど、何か用ですか」


『単刀直入に言おう。三日後のドッグコンテスト。出ると後悔する羽目になるぞ』


「っ! な、なんなんだよっ。いったい、何の筋合いがあってそんなっ……」


『忠告はしたからな。せいぜい、おまえのかわいい黒犬、見張っておくんだな』


 プッ。ツーツーツー。


「なんなんだよっ。いったいっ」


「どうしたの? 何か、言われたの?」


 怒りながら受話器を戻す勝に母親は心配そうに聞いた。勝は、ピリピリしていたが、母親にあたらないよう気をつけながら、何とか声を振り絞った。


「……だ、大丈夫。ドッグコンテストのことで、何か言われただけだから……」


「そ、そう? それにしても、さっきの人、勝の知ってる人だったの? 名前聞かなかったけど……」


「……ま、まぁな……」


 そう言ったものの、勝には声の主が誰なのか、検討が付かなかった。どうして、ドッグコンテストに勝が出るのを知っているのか、どうしてヨルのことを知っているのかさえわからずじまいなのだ。勝は、モヤモヤした気分を押しのけようと、良平にどうやって連絡を取るか考えることにした。






「ちょ、ちょっとっ。やめてってばっ!」


 手が伸びて来て私を体の上から降ろす。久しぶりに会えてうれしいのに、そんな塩対応、しなくてもいいでしょっ。私は後から来たおばさんに抑えられながら、久しぶりに出会った稔に何とか近づこうとしていた。


「ほらっ、ヨルちゃん、この子が困ってるから、やめておこう、ね?」


 いやっ、まだ稔のそばにいたいのっ。私が稔のそばに近づこうとした時、稔は立ち上がった。え、もうさよならするつもり? もうちょっと一緒にいたっていいでしょっ。


「おばさん、ヨルの散歩、代わりましょうか?」


「え? もしかして日野さんの知り合い? でも、悪いわ……」


「いいんです。ちょっと、日野君のところに用事を思いだしたので、ちょうどいいです」


「ならいいんだけど……。それじゃ、後はお願いするわ」


 そう言うとおばさんは、リードを稔の手に渡した。も、もしかして、稔、ついに私のこと、好きになってくれたのねっ? 稔、あなたとなら良い家族になれそうっ♡ 


「……それじゃ、日野のところへ戻ろうか」


 ??? え? 一緒に遊んでくれるんじゃないの? どうして戻ろうなんて言うのよっ。稔と遊びたい気持ちとは裏腹に、稔はそのまま私の家がある方向へっと歩きだした。こんなにも近くにいるのに、一緒に遊べないなんて、あんまりよっ。





 私たちが家につくころ、ちょうど勝は玄関のそばにいたらしく、インターホンが鳴らされたと同時にすぐにドアが開いた。


「う、海野っ。どうしてお前がヨルを連れてるんだ?」


「ちょうど、おばさんがヨルを散歩させてるところに出くわしたんだよ。ところで、お腹の様子、大丈夫?」


「ど、どうしてそれを……、あ……。そうだった。ヨルに触れてわかったんだろ……」


「まあ、ね」


 勝はどう言うわけか顔を赤くしていた。恥ずかしいことでもばれちゃったのね……。


「あの、さ」


「ん? 何?」


「来てもらって悪いんだけど、スマホ、貸してもらえないか?」


「? いいけど、どうして?」


「三日後にドッグコンテストあるんだけどさ、飯野のやつ、見に来てもらえるかと思ってさ」


 その言葉を聞いた稔はふと考え込むしぐさを見せた。どうしたのかな? ややあって、稔が口を開いた。


「あいつ、まだ、検査入院から帰ってきてなかったんだよな。その途中で抜け出せるかな……」


「そう、だよな……」


「でも、一度連絡してみるよ。もしかしたら次の日には退院できてるかもしれないからね」





「ほら、ヨル。ハイタッチだっ」


 そう言うと、勝は手を高く掲げた。私は何をして良いかわからず、勝の掲げた手を見つめる。そんな私を見た勝は、じれったそうに指示し直した。


「だ~か~ら~、ハイタッチって言ったら、手に触ってくれなきゃ! もう一度! ハイタッチだよっ」


 そういうことだったのね。私は立ち上がり、後ろ脚でバランスを取り、鼻先を勝の手に当てた。これでいいでしょ? 


「もういい加減にしろよっ。ハイタッチって言うのはっ、手と手を合わせるんだよっ。あ、俺の手とヨルの肢を、だった。まあいいや。今度こそちゃんとやれよ。ハイタッチッ!」


 もう一度私は立ち上がり、勝の手に私の肢を合わせた。今度は勝の顔に嬉しそうな笑みが広がった。


「よし、よくやったっ。やればできるじゃないかっ」


 やったっ。勝にほめてもらったっ。私って、やればできるのねっ。ほめられるって気持ちいいっ。私はもっと勝にほめてもらおうと、もう一度ハイタッチしようとしたが、勝がどこかに行ってしまったため、私の後ろ脚立ちは無駄になってしまった。ちょっとっ、どこへいくのよっ。けれど、勝は何かを取りに行ってただけだったようで、すぐに戻ってきた。あれ、何だろう?


「これは、小さい子ども用のバスケットゴールだ。今度はボールをくわえて、このゴールにボールを入れてくれ。わかったな?」


 勝は手に持った小さいバスケットゴールを私の目の前におく。そして、ポケットからやわらかい布でできたボールを差し出した。私はそれをくわえ、ゴールに入れた。


「いいぞっ。今度はちょっと高くしてみるからなっ」


 私と勝の訓練は夕食後も続くのだった(最終的には勝はゴールを机の上にのせようとして、母親に叱られちゃった)。





「……ねえ、どうしてあなたが来るの? 良平が来るはずだったんだけど?」


 草花が芽吹き始めた裏山で、地縛霊のまりいは目の前の人物にとげとげしく聞いた。顔には不満がありありと浮かんでいた。冷たい対応を受けた長い髪をカールさせたゆるふわファッションが売りの翠川里奈はひるむ様子を見せなかった。むしろ笑みを浮かべている。


「まぁ、そんなにカリカリしないでよ。あなたの良平君はちょっと気分がすぐれないだけだから、心配しないで。それより、あなたに知らせたいことがあって来たの」


「そんなのいらないっ。ふわふわが戻ってこなくなってきたこと、あなただって知らないはずないでしょっ。きっと、あの男がなにかしたんだわ……」


「実はそいつについてわかったことがあるんだけど……」


 その言葉を聞いた途端、まりいの顔からとげとげしさがなくなった。食ってかからんばかりの勢いで里奈に聞き始めた。


「なにっ? もしかしてそいつがシんだとか?!」


「落ち着いてっ。……そうじゃないんだけど、相手の正体がわかったかもしれないの」


 それを聞いた瞬間、まりいの顔から笑みが消えた。どれだけ喜怒哀楽が激しいんだか。


「……やつがとんでもないきょーそ様だってことぐらい、知ってるんだけど?」


「それは確かにそうなんだけど、ね……」


「え? 他に何か、あるの?」


 緊張感が二人の間にピリッと流れる。が、周りの小鳥はそんなことには無関心で、きれいにさえずっていた。


「あいつの背後に、トンデモない奴がいるらしいの」





 私は、今檻の中にいる。猿ぐつわをかまされて、縄で縛られている。それは、まるで私が生霊じゃないかのようだ。病院で、横たわっている私。牢獄のような檻の中で横になっている私。いったい、どれが本当の私なんだろう? 


 でも、考えるまでもない。おなかがすかず、蹴られても全く血が出なかったせいで、今、ここにいる私は本物の私じゃないことがはっきりしたのだから。……だから、私がどんなに助けを求めようとしても、誰も、気が付かない。それを考えるだけで、胸の奥が心底冷えた。生霊である私を救えるのは、あの子しかいない……。幽霊や妖怪が見える良平しか……。


 私はあの子の話をもっとマジメに聞かなかったことを悔やんだ。もう、会えないとなれば、どうやってここから抜け出せばいいのだろう?


 檻の向こう側から足音が聞こえる。私はその足音を響かせた、紫乃聖人を思いっきりにらんでやった。


「檻の中に入れられて反省しているかと思えば、その態度を見ている限りでは反省していないようだ。簡単な手伝いをするだけだというのに……」


(あんたの犯罪の手伝いなんて、してやらないんだからっ)


 私は、奴が向こうへ行ってくれないかと思ったが、奴はなかなか立ちさらなかった。あいつの顔を見ているだけで反吐が出そうなのに……。


「……どうやら、君は私のことで勘違いしているようだ」


(はぁっ?! まりいのことを棚にあげておきながらよくもそんなこと……。)


「私のやっていることは、ひいては、この社会の役に立つようなことなのだ。この世にはびこるけがれを掃除しているのだよ。それを、君は犯罪としか見てないようだがね」


(……も、もしかしてこいつのやってることって……。まさか……)


 肝が冷える思いでそいつの足元を眺める。こいつの言ってること、まんま犯罪じゃないっ。それもよくもぬけぬけとはったりが言えたもんだわ……。私は猿ぐつわをかまされたことをうっかり忘れ、ののしりそうになった、が、紫乃聖人が先手を打ってきた。


「君にはこの仕事の高尚さがわからないみたいだ。しかし、これからじっくり、わかってもらうことにしようか……」

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