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捨て犬ヨルは人間の夢を見る  作者: 火之香
ヨルの正体
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ヨルの本性?

「早く、勝! ここから逃げなさい!」


 勝ママの目の前にいたのは、得体の知れない黒い物体だった。何やら呪詛のようなものを吐いていた。


「……あいつを、コロさないといけない……。あいつを、コロさなきゃ……。ヨルはどこ? ヨルを出しなさい!」


 勝は腰が抜けてしまったらしく、口も聞くことができない状態だった。勝ママは、そんな状態の勝を見かねて、勝をおんぶした。


「待て! あいつをヤらなきゃイケないっ! 協力してくれるまで、逃がさないっ」


 勝ママは、黒い物体に恐れをなしたのか、慌ててドアノブをつかんだ。しかし、恐ろしいことに気が付いてしまった。


「ど、ドアがっ! ドアが開かないっ!? こんな時にドアが開かないなんてっ!」


「あなたは邪魔よ。寝てもらう」


 その言葉が終わらないうちに勝ママは、ドアの前で意識を失ってしまった。しかし、勝は腰に力が入らないのか、どうすることもできない。が、何とかして口を開いた。


「や、やめて……。ふわふわ……。何があった……」


 ようやく口から振り絞った声は、とても微かなもので、今はもうどす黒い物体と化したふわふわには聞こえなかった。


「早く! あいつをコロさないと! ヨルをツレてきなさい!」






「お前、よっぽど階段が好きなんだな」


 私が何とかして、上にあがろうとしているとき、後ろから声がした。何か聞き覚えのある声だけど、誰だっけ?


「小野からラインが来てよ~。日野が大変な目に遭ってるから助けに行けってうるせぇからよ、夕食切り上げてきたんだよ。母ちゃんにばれずに来るの大変だったんだぜ。ところで、日野はどこにいるんだ?」


 声の正体は孝輔だった。ドアには鍵がかかってるはずなのに、どうして入れたのかしら? でも、助けが入ったことには違いないわっ。なんとかして勝を助けてもらわないとっ。私は孝輔に勝は二階にいることを伝えようと、上を向いた。


「ワンワン!(勝は上にいるの!)」


「はいはいっ、わかってるってっ。日野が二階にいるのは知ってる」


 な、なんですってっ?! じ、じゃあ、聞かないでよ! まったく、翔太もだけど、孝輔もあんまり好きになれないわ……。孝輔は私が怒ったことに感づいたのか、慌ててこう言った。


「わりぃわりぃっ、そんな怒んなよっ。ただ聞いてみただけだって。それに、何の準備もなしにいきなりあそこに行くのはよくないからな」


 そう言うと、孝輔は懐からあの独特な匂いのする薬草の入ってる袋をとりだした。もしかしてそれって……。


「実は、ここに来る前に飯野のところへ行ってこれを借りてきたんだ。ま、ちょっとぐらい、いいだろ」


 なんか、その言い方だと、無断で持ってきた感じがするんだけど……。っていうか、よく、ばれずに持ってこれたわね。……もうばれてるかもしれないけど。それより、早く勝たちを助けてよ! 


「ワン!(はやくして!)」


「あぁ、そう焦るなって。二階に行けばいいんだろ?」


 その時だった。上の階からものすごく大きな音がしたのだ。





「やめるんだっ。何があったか知らないけど、とりあえず落ち着けよっ」


 勝は頭を撫でさすりながら叫んだ。先ほどの大きな音は勝が吹っ飛ばされ、ドアにぶつかったときの音だったのだ。頭がじんじん痛むのか、ひっきりなしに頭をこすっている。


「私の子ども、アイツに殺された! アイツに生きる希望をつぶされた! アイツさえ、アイツさえいなければ!」


 ふわふわの言っていることはとにもかくにも勝にはさっぱりわからなかった。それにしてもどうやって、ふわふわを落ち着かせたらよいのだろうか。勝は手あたり次第何か声をかけてみることにした。


「なぁ、人をころしたところで、何になるんだ? そりゃ、ふわふわの気が収まるかもしれない。けど、ころされる方にも家族が……」


「私の子をコロされておいて、我慢しろというのっ!? そんなの許せないっ」


「で、でも、他に解決方法は……」


「そうやって我慢しているうちにもアイツはっ、自分好みの世界を作るために邪魔者を排除するつもりなのよ! そんなことさせないためにもっ。ヨルが必要なのよっ」


 どうして憎い奴をころすためにヨルが必要なのか、勝にはさっぱりわからなかった。どう返答しようか迷った時、ドアの向こうからノックする音がした。


「おいっ、日野! 大丈夫かっ?! 今入るからっ」


 孝輔の声に気が付いた勝は、今入ってはいけないと、とっさに思った。今ほかの誰かが入ると、ふわふわの機嫌をそれまで以上に損ねると思ったのだ。


「ちょっと、待っ……」


 ガチャガチャッ。


「あれ? 開かねぇな……。このドア、鍵はないはずなのに……」


「ヨル以外誰も入らせないからっ。そこにいる奴っ。ヨルをここにツレてきなさいよっ」


 やはり、ふわふわは孝輔が来たことによって今よりさらに気を悪くしてしまったようだった。勝は、この状態のふわふわに何を言っても無駄だと気がつき、どうしようかと呆然とした。だが、この状況をさらにひどいものにするような言葉が孝輔の口から出てきてしまった。


「誰だか知らねえけど、何で俺がそんなことしないといけないんだよっ。頼み方ってものがあるだろっ。それにっ、開けないならこっちには手段があるからなっ」





 私は、勝を助けたい一心だったけど、階段を上るのはあきらめていた。かといって孝輔に任せきりでもいけないと思い、私は外に出て誰かに助けを呼ぼうとした。が、玄関は鍵がかけてあるせいで開かなかった。本当に孝輔はどうやって入ったんだろう? ……そんなこと考えてる場合じゃなかったっ。なんとかして勝を助ける方法を考えないとっ。でも、いくら考えても良い方法が思いつかなかった。……どうしよう……。


「うぁっ! なんだあれっ!」


 孝輔の叫び声が聞こえたかと思うと、部屋から飛びだしてきた。とても焦った顔をしている。ちょっとっ! 勝は放っておくつもりなの? 


「ま、まじであれはやべぇっ! お前ちょっとあいつをなだめて来いよっ」


 そう言ったかと思うと、孝輔はいつのまにか私の横にいた。私は驚きのあまり、孝輔をまじまじと見た。


「そんな変な目で見るなよ……。あれを落ち着かせるにはお前が必要らしいからな」


 いつもの孝輔からは考えられないくらいまじめな口調で言ったものだから、私は孝輔に抱きかかえられても、反応できないでいた。そして、気が付いた時には私が生きたくても行けなかった勝の部屋にいた。


 私の目の前で勝は腰を抜かしているし、勝ママは気を失っていた。そして勝のベッドの上には何か得体の知れない、不気味な丸いものが漂っていた。私はそれを見た瞬間、これはこの世にいるべき者じゃない、と感じた。なぜそのような考えが浮かんだのか分からなかった。けれど、何をしようとしているのか自分でも分からないままその黒い物体の前に歩み出た。私が目の前に来るのに気がついた黒い物体はすぐさましゃべりだした。


「ヨルっ、私はアンタの助けが必要なのっ。私の子をコロしたシノセイトをコロしてほしいのよっ。アンタなら、できるはず……」


 いや、違う。今すぐあの世に行くべきなのは……。


「よ、ヨルっ? 何をしようとしてるんだ?」


 あなたのほうよっ。





「……すみません。かりょうさん。もっとあなたに早くお知らせしたほうが良かったみたいです」


 良平はベッドの上で誰かに話しかけている。ベッド脇には誰もいない。良平が話しかけていたのは、窓枠にとまっている一羽の尾の長い緑の小鳥だった。その小鳥は神妙な顔をしたかと思うと、首をかしげた。


(気に病むでない。あの者は、現世に留まりすぎたのだ。本来ならば、死者はまっすぐあの世へと行かねばならないのだが……。あの者にとって自分の子は全世界と等しいものだった。ああなってしまうのは、悲しいことだが、必定だったのだ)


「助けることは……、できないんですか? 浄化とかなんとか……」


 小鳥は悲しそうな顔をしてうつむいた。


(本来ならば、妖孤という種族には、霊性が備わっておる故、そのようなことは必要ないのだが……、あの者は思いが強すぎた。故に、現世に留まってお前さんがふわふわと呼んでいる姿になった……。それがすべての過ち……)


「そんな……」


 しばらく沈黙した後、小鳥はようやく重々しく言葉を続けた。


(……今頃、ヨルは己の持つ能力に気が付いてしまったに違いないな……)


「えっ。……ヨルに何かあるんですか? あの犬は、ただ、俺のように妖怪や幽霊が見えるだけなんじゃ?」


(あれは、普通の犬じゃない)


「それはわかってます……」


(わかってはおらぬ。お前さんは……。いや、お前さんの友達全員があの犬の本性を見落としておる)


「……え? どういう、意味ですか? ほ、本性って?」


(……お前さんは私をどう思っとる)


 質問に質問で返すなんて、と思ったが、言い返すのは相手によくないと思い、良平は率直に答えた。


「……カリョウビンガっていう伝説の鳥です」


(違うな)


「へっ? で、でも……」


(確かに、私はその名で知られておる。だが、それはあくまでも名前でしかない。お前さんがヨルのことを、ラブラドールレトリーバーだというようなものだ)


「??? じゃあ、本性って言うのは……」


 答えを言おうか迷った小鳥だったが、あえて答えることにした。


(……それはその者を、その者足らしめている本質的なもの、ということだ)


「……わかるような、わからないような……」


(今はわからなくとも、いずれそのことを考える時に直面してくる。そのことで、悩まされる時が来ることは間違いない。特に、勝は……)


 そこまで言うと、小鳥は押し黙ってしまった。良平は小鳥が何が言いたかったのか、わかるような気がした。きっと、ヨルはなにかヨル自身も気が付いていないような何かを持っているに違いないということ、そしてそれが、自分たちの関係を壊しかねない、ということも。


(……ところで、お前さんの体調はどうかな?)


「へっ? あ、まずまずといったところです。風邪もだいぶよくなってきたし……」


(……そうか。それは何よりだ。……今ある生をお前さんは誰よりも大事にせんとな)


「……はい」


 小鳥が何か言おうとして、隠したことに良平は感づいていた。しかし、自称さとりの、翔太でもない限り、小鳥が何を言おうとしたのか、わからないままだ。けれど、それが、今後のことに関わってくることなのではないかと思わざるを得ないのだった。






「よ、ヨル……。お前、どこへ行ってきたんだ? それに、あのふわふわはどうした?」


 勝は、驚きを隠せない顔で聞いてきた。それは孝輔も同じだった。一体何が起きたのか分からないといった感じだ。けれど、私にはわかっていた。私のしたことは、孝輔がしたことと同じではないということに。だからなのか、私はもしかしたら勝に嫌われてしまうのではないかと恐れを感じていた。私は申し訳なさそうに下を向いたが、勝には伝わったのだろうか。


「……ヨル、もしかしてお前、やっぱり宇宙人? そう、そうなんだな! そうだよ! ヨルはやっぱり宇宙人だったんだ!」


 !? 勝、な、何を言ってるの? わ、私はふわふわをあの世送りに……。けれど、勝の顔はどこか無理をしているように見えた。きっと、ふわふわのことが気になっていたに違いなかった。


 ……私は、私はふわふわの思いを無視してあの世へ送ってしまった。それなのに、勝ってば、それに気が付いてないふりをしてるんじゃないの? 孝輔のほうはというと、目の前で起きたことが信じられないのか、私のことを穴が開くのではないかと思うくらいに見つめていた。私は、そんな目で見られることに、嫌な感触を受けた。きっと、孝輔も私が何なのか気が付いてる……。


「じ、じゃあ、俺はもう家に帰るから……。い、今見たことは誰にも言わねぇからっ。じゃあなっ」


 そう言うと、孝輔は微妙な空気の中、どこかへと消えていった。たぶん家に戻ったんだ……。もう、孝輔には嫌われてるんだわ。私は孝輔のことはあまり好きではなかったけれど、嫌われたかも知れないと思うと、胸が痛んだ。……私、このままここにいてもいいのかな……。ふわふわの言った通りになってしまったから……。





「……確かに、君の言った通りかもしれないね。否定はしないよ」


 私の目の前にいる叔父こと、紫乃聖人は紅茶を飲みながら、ゆったりと言った。私の目の前にも同じものが出されているが、むろん手をつけたりはしなかった。


「……本当に、否定しないんですか。まりいのこと。まりいがいなくなってしまったことをっ」


「否定はしないさ。私がやったことは、正しいと確信しているからね」


「なっ」


 どうして、そんなことが言えるのっ? まりいは今も裏山で地縛霊として苦しんでるのにっ?!


「それに君は気が付いてるはずだ。今の自分はもう、普通の状態ではないことを」


「何が、言いたいんですか」


「このままにしてもいいのかと聞いてるんだ。このままだと君の体の状態は、危うくなることぐらいわかってるんじゃないか?」


「そ、それを、あなたが言えた義理ですか?! あなたは、自分のしたことを正当かしておいて、よくも、そんな口をっ」


 言った瞬間、後悔した。何かどす黒い瘴気のようなものが叔父の周りをまとったような気がしたからだ。私は、思わず後ろに身を引いてしまった。


「私は、理想郷を築くためにここにいる。邪魔者にはいなくなってもらうだけだ」


「あ、あなたは、自分のしていることがわかってるんですかっ?」


 膝が笑ってしまうのを何とかこらえ、私は聞いた。こんなことになるとわかっていながら敵地に乗りこむなんて、浅はかもいいところだ。一体どう切り抜けよう?


「わかっているとも。……さて、ここまで来た君には申し訳ないが、償いをしてもらおう。何、今すぐ消えろとは言わない。ここにいて、私の要求したことを手伝ってくれるだけでいい」


 その時叔父が浮かべた笑みほど空恐ろしいものはなかった。

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