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捨て犬ヨルは人間の夢を見る  作者: 火之香
特訓なんて、してられない
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変な奴

(ん? なんだ、お前は? 勝手に入って来やがって……。今取り込み中なんだよ)


 私の目の前にいた奴。それは、何と言っていいかわからない姿をしていた。頭は確かに猿だ。でも、体は猿ではなく、てんでバラバラな動物を組み合わせたような感じだ。私が驚いて固まったままでいると、そいつは不気味な声で鳴き始めた。


「ヒョー。ヒョー……」


 なんだかヤバい奴に出くわしてしまったかもしれない。そう感じた私は逃げようとした。けれど、とんでもないことに気が付いてしまった。足が、動けない。立とうとしても、足に力が入らないのだ。どうしよう……。


「ぅわっ。なんか変な奴がいる! に、逃げよっ」


 後ろからあの小柄な奴の声がしたかと思うと、その後、走る音が聞こえた。まさか、一人だけ逃げようなんてっ。私は怒りを感じたが、足が動けない以上、どうしようもなかった。しかも、目の前のへんてこな動物は何かをやっているようだった。そいつの足元が、もので隠れていて見えない。けれど、何をしているかなんて想像したくなかった。はやく、はやく立たないとっ。私は震える足を動かそうとした時だった。


(それにしても、お前もおかしな奴だな。人間と暮らしてるなんて。あいつらのどこがそんなにいいんだか……)


 変な動物はそう言うと、前肢を挙げた。それはどう見ても虎の足だった。あんなので、引っ掻かれでもしたら、ひとたまりもないわっ。……それにしても、どうして私が人間と暮らしてるなんてわかるの?


(お前、人間と長く暮らしたせいで人間の匂いが染みついている。本当に忌まわしい匂いだ。俺の気分が悪くならないうちにどこか行けっ)


 そう言うと、そいつは前肢を振り下ろした。その瞬間、グシャッと嫌な音が聞こえた。……もう、逃げないとっ。





 勝は、翔太たちとある古い民家の前に来ていた。家の外観はボロボロで、誰も住んでいるようには見えない。家を眺めつつ、スマホで写真を撮ろうとした翔太を稔が制した。


「別にいいじゃんかよ~。これくらい。もしかして、心霊写真取れるかもしれねえじゃん?」


「別に構わないけど、心霊写真を撮って呪われるかもしれないよ」


「うへっ。それは嫌だな……。わかったよ」


 そう言いつつ、今度は動画をとろうとした(それを見た幸也は顔を真っ青にした)。勝にはあいにくそんな度胸はないが、そもそもスマホがないので、しようとしてもできない。勝はスマホをうらやましそうに眺めながらも古い家を見た。どうしてこんなところに、ヨルが入ったのか、わからない。ここに入る理由など、勝には皆目見当が付かなかった。


「……なあ、本当に、ここにヨルがいるんだよね?」


「ま、間違いないよ。僕が、み、見る夢は映像がはっきりとしてるから」


 勝の質問に、幸也はいつも通りつっかえながら話した。この話し方のせいで、恐怖が感染するとは、勝には思いもよらないことであった。





 私は勢いよく走りだしたせいで、目の前にあった物につまづいて転んでしまった。家の中がこんなに物があふれていなければ走ることができたかもしれないけど、それは無理なことだったみたい。けれど、止まっている暇など私にはない。あの不気味な声の奇妙な生き物から、逃げないといけないのだから。


(……外から変な匂いがする。お前、人間に助けを求めたなっ)


 そう言うと、その妙な生き物は私の前に立ちはだかった。私は恐怖に怯えながらも、その匂いが漂ってくるのを感じた。これは、勝の匂いだ。また、勝が助けに来てくれたんだ。


「ワン!」


 私は、怖いのを我慢してその生き物を飛び超えようとした。


「ヒョー!(逃がさんぞ!)」





「お、おい。聞こえたか? 今の? あれ、絶対犬の鳴き声じゃない、よな?」


 家の中から聞こえてきた不気味な声に勝を含め、みな立ちすくむ。しかし、幸也ほど震えたものはいなかったようだ。


「落ち着くんだ。怖がったところでどうにもならないだろ?」


 稔が幸也を元気づけようとしたが、幸也の怖がりはどうも筋金入りらしく、今度は膝が笑いだしてきた。それを見た翔太はこんなことを言ってきた。


「そんなに怖いなら、ここで待っていてもいいんだぜ?」


「そ、そんなっ」


 幸也の震えが最高潮に達したところで、誰かが勝たちのもとへ駆けよってきた。孝輔と良平だ。良平は体に負担がかからないように走ったせいで、孝輔よりだいぶ遅れてたどり着いた。


「よっ! 皆いるな! 良平を連れてきたぞ!」


 孝輔はその場の雰囲気に気がつきもせず、朗らかにあいさつした。その態度に翔太がムッとしたらしく、つっけんどんにこう言い放った。


「お前さぁ、その態度何とかなんねぇのか? ヨルを助けなきゃいけないって時に?」


「は? 何言ってんだよ。俺は暗い空気が大嫌いなの。嫌なことがあって暗くなるぐらいなら、明るくしてたいんだよっ」


「ちょ、ちょっとやめるんだ。二人ともっ」


「そうだよ。今はそんなことしてる場合じゃない」


 勝と良平が止めに入り、二人ともケンカをするのをやめたようだが、ピリピリした空気は残ったままだった。


「……いいか? 誰か来たら、合図するからね?」


 稔の問いかけに皆うなずく。門番役の稔をのぞいた皆が、良平特性の薬草入り袋を持って、家の中に入った。





 私はずぶぬれになっていた。というのも、あの奇妙な生き物がある人を連れてきて、その人が家の中に雨を降らせたからだ。


「でも、いいのかしら? これじゃ、家の中で溺れちゃうわよ」


(これでいい。こいつから人間臭を消さなくてはいけないのだっ。お前の雨を降らす力でこの匂いを消してやれ)


「あら、これでも私、昔は人間だったのよ。傷ついちゃうわ」


(雨女が、何を言うか。今はお前も立派な妖怪だ)


「いいえっ。私は幽霊ですっ。ただ雨を降らせられるというだけ……」


(それを妖怪というのだ。分からん奴だな)


「貴方ってひどい妖怪ねっ。さすがぬえというだけあるわ……」


(そう言いながら俺の頼みは聞いてくれるじゃないか。俺のこと好きなんだろ)


「まったく、もうっ」


 私はなす術もなくずぶぬれになりながら話を聞いていた。もう冬だというのに、びしょ濡れになって風邪を引いてしまいそうだった。


 ガチャッ。


(あ、しまったっ! こんなことしている場合ではなかった!)





「うわっ! 家の中が洪水みたいになってるぞ! どうなってるんだ!」


「これじゃあ、薬草の効果が薄れてきてしまうな……」


「服を濡らしたら、母さんに怒られる……」


「は、はやく、よ、ヨルを助けてここから離れよっ。こ、ここにいたくないっ」


「お前は本当、どうしようもなく怖がりだな。俺だけで行ってやってもいいぞ。RPGでいう勇者だっ」


 勝たちは家に入ってくるなり、口々にぼやいた。何よっ! 私を助けに来ておいて文句を言うなんてっ。私は早くも寒さで体が震えてきてまともに立てなくなってきていた。


(くそ、忌まわしい人間の声を聞いただけでむかっ腹が立ってくるっ。俺はもう帰るっ)


「私を呼んでおいて、もう帰るなんてことがあっていいのっ」


 ぬえと呼ばれた妖怪は、本当に気分を損ねたらしく、家の窓から姿をくらましてしまった。残された雨女はあろうことか、泣きだしてしまい、家の中の雨を土砂降りにしてしまった。


「み、皆、これを着てから、中に入ろうっ。こ、これじゃ、風邪を引いてしまうからっ」


 そう言うなり、幸也は大きなリュックから五人分のレインコートを出した。その頃には家の中には、雨水がこれでもかというぐらいに増水していた。これでは、レインコートを着ていたって服はすぐに濡れてしまうだろう。しかしぜいたくを言ってる暇はないのか、皆無言でそれを着た。が……、孝輔だけは何かいいたいことがあるようだった。


「なぁ、お前さ。これぐらい予知できるんだったらなぁ。服の着替えぐらい持ってきてもよかっただろっ」


 孝輔がそう言うと翔太が手で思いっきりつねった。


「いったっ」


「まったく、それを言いだしたらキリがないぞ。それを言うんだったら、お前のほうこそ自分ができることを考えたらどうなんだっ」


 翔太はたまにまともなことを言うので、同じ人物なのかと疑いたくなる。……そうだ。私もここで待っているだけじゃいけない。雨女さんを慰めなきゃ、この雨は収まらないはず。……けど、どうやって慰めればいいだろう? 雨女さんの泣き方はこれ以上ないぐらい、激しいものになっていたのだ。


「……ヒック、ヒック。あの妖怪ってば、ひどすぎるっ。ヒック。私も同じ妖怪だなんてっ。ど、どういう神経してるのよっ。あなただってそう思うでしょっ? あのぬえは、何でも思ったこと言いたい放題なんだからっ。ヒック」


 思ったことをはっきりと言うのは、いけないことなの……。そう言えば、あの妖怪、私にも何か言ってた……。確か、何で人間なんかと住んでるんだって。でも、犬だったら誰しも人間と仲良くなりたいと思うはず。どうして人間なんかと住んでるんだって言われなきゃならないのかしら? ……今はこういうこと考えてる場合じゃないわ。雨女さんの涙をどうにかしないと。





 しかし、雨女さんの涙はすさまじかった。私がペロペロなめてもてこでも泣き止まない。私は途方に暮れて、勝たちに助けを求めることにした。……が、勝たちは雨でてこずっていてこっちに来るのに、相当苦労しているようだった。しかし、その中で、良平だけは体力を温存するため無駄にあがいてないせいか、目の前の私たちの状況に気が付いたようだった。


「ちょっと、ここで待ってて。この家に降っている雨を止ませる方法を思いついたから」


「え? でも、一人だけで大丈夫なわけ? すごい雨だぞ」


 勝が止めようとしたけど、良平はそのまま洪水の中を歩いて行った。よく見ると手には傘を持っていて、それを使って踏ん張りながら歩いている。足取りはとてもゆっくりしていたが、とうとう私たちのところへたどり着いた。


「久しぶり。紫雨しぐれさん」





 それが雨女さんの名前だということがわかるのにしばらくかかった。他の皆は目を丸くしてキョトンとしてる。一体どこに話しかけてるんだという顔をして。やっぱりみんなの目には雨女さんの姿は見えてないんだ……。だから、良平が名乗りをあげたわけなんだ。他の皆には見えてないから。幽霊を慰めようとしても、見えなきゃ意味ないもんね。 


 それからしばらく経って、雨女さんの涙が収まるにつれ、家の中の雨が小雨になってきた。さすが良平。妖怪だけでなく、幽霊の扱い方もうまかった。雨女さんの涙が収まり、雨が止むころには、皆すっかり冷え切っていた。けれど、雨がやんだおかげで、皆安堵の表情を浮かべていた。


「……それじゃ、また何かあったら相談しに来てよ。俺の体調がいい時だけに限るけどね」


「あ、ありがとう……。まったく今まで泣いていたのが恥ずかしいくらいだわ。それじゃ、私もう行くわね。それじゃ」


 そう言うと、雨女さんの姿は徐々に薄くなっていった。あの人、本当に幽霊なんだ……。





 あの時以来、私の気持ちは安らいでいた。あの時、というのは私が何か得体のしれない不安に襲われ裏山に行ったときのことだ。あそこで一羽の尾の長いしゃべる小鳥に出会った。私の気分がこれ以上悪くならずに済んだのは、あの小鳥に会ったおかげだといってよかった。

 

 とはいえ、あれから何の進展もなかった。お母さんは暇を見つけては病院に行って私の体の看病をしてるし、時々、会社から形ばかりの見まいをしに来る人がやってくるだけだった。私は、といえばまだベッドに横たわっている私自身を見る勇気が持てないでいた。

 

 もしただの幽体離脱だったら、私があの体の中に入れば済む話かもしれない。けれど、私はただの生霊で、そんなことをしても何の意味もないことはわかっていた。もしこれが、夢だったら、単なる長い夢を見ているだけなのだとしたら、私は今までの親不孝を挽回したかもしれない。私の体が目覚めないのは、何かきっとほかに理由があるからに違いなかった。






「真里衣……。これは、あなたからの罰なの? 私があなたを見つけに行かなかったから?」


「いやぁ~。君のその不安げな顔はいつ見ても、いいねぇ~」


 声がしたほうを振り返ると、そこにいたのは青白い鬼火だった。


「な、何なの……。今度は火の玉がしゃべった……」


「火の玉とは失礼だなぁ~。僕には『ナキメ』という立派な名前があるのにぃ~」


「そんなの知らない……」


 私はその火の玉のしゃべり方がムカついたのでイラッとしながら答えたが、火の玉はそんなことを気にも留めてないようだった。まったく、嫌な奴っ。


「ところでさ。君に知らせることがあって来たんだよね~」


 ナキメと名乗った火の玉が含みを持たせて言った。こいつ、何考えてるの? 私はいけないと思いつつ聞いてみることにした。


「……知らせることって、何?」


「ふふっ」


 不敵な笑みをしてそうな笑い方だ。私は少し肝が冷えてくるのを感じないわけにはいかなかった。


「実はね……。君は……」






 私はその言葉の後を聞いた後、頭が真っ白になった。まったく、わけのわからない奴の言うことなんて、聞かなきゃよかった……。


「あれ~? もしかして驚きすぎて何も言えなくなってる? でも、これは本当のことだから、悪く思わないでよねっ」

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