もう、なにも伝わらない
「……なぁ、なんで俺が廊下を歩くたび真野も一緒についてくるんだよ? これじゃ、まるで監視されてるみたいじゃないか」
勝は翔太と一緒に廊下を歩いている。というより、勝がどこかへ行こうとしたところを翔太に見つかって一緒に行こうということになったのだ。
「これでいいんだよ。お前が一人だけになったら、いつボコられるかもしれねえんだぞ? そんなの嫌だろ? だ~か~ら~、俺がお前について行くのは当然の権利なんだよ」
翔太は勝が一人になったら確実にいじめられる、とでも言いたげである。勝は言い返そうと思ったが、確かに翔太の言う通りなので、言い返してもしょうがないことに気づいた。
「でもよぉ、二人連れ立って歩くなんて、まるで女子じゃねえか……。ぅわっ、ちょっと、真野! いきなり止まるなよっ」
勝は話しの途中でいきなり止まった翔太にあやうくぶつかりそうになった。翔太はある方向を一心に見つめている。
「おい、何をそんなに見てんだ?」
「……あいつ、何やってんだ……」
「おい、何やってんだ?」
翔太が声をかけたのは同じクラスの女子生徒だった。とはいえ、この女子生徒とはあまり接点のない勝は、翔太がなぜこの女子生徒に声をかけたのか、まるでわからなかった。
「あ、真野君……。別に何でもないから、気にしないで」
女子生徒は、特に勝をいじめているわけでもないのだが、なぜか勝のほうを見ようともしない。それに気が付いた勝はいささか機嫌が悪くなった。
「気にしないでって言ったんだから、もう行こう……」
「い~や、俺は気になるったら気になる。そこに隠してるのをちょっと見せてくれるだけでいいんだ」
翔太が見ようとした先には、逆さになった段ボール箱があった。なぜ廊下の真ん中に段ボール箱が? と勝が思った瞬間、段ボール箱が震え出した。
「ちょっとっ、静かにしてよっ」
女子生徒は必死に段ボール箱を押さえつけているが、段ボール箱は動くことをやめなかった。段ボール箱に触れた翔太はなるほどね、という顔をした。
「これはまずいのが来たな……」
私は、勝が学校に行った後、こっそりと家を抜け出した。勝がいじめられているのなら、なんとしてでも食い止めないといけない、そう思ったからだ。私が出ていったこと、勝母にばれませんように。
勝に気が付かれないようにするため、勝が学校についたと考えられる頃に家を出たため、通学路に生徒はいなかった。それでも外を歩いている人はいたが、私を知っている人ではなかったため、呼び止められずに済んだ。学校の門の手前まで来てみると、人の気配がたくさんした。
何事かとのぞいてみると、そこにはたくさんの生徒が立ち並んでいた。こんなにたくさんいたら、中に入る前に気づかれちゃう。どうしようかと悩んでいたら、誰かが金属製の台に上り、話し始めた。いわゆる朝礼とか言うやつだ。そういや勝が「校長先生の話はいつもグダグダで何を言いたいのか分からない」って言ってたっけ。ということはあの台に登っているのが「校長先生」なのね。
先生が話し始めると、大抵の生徒は先生のほうを見てはいるけど、真剣な表情にはなっていなかった。中にはこっそりとくるめた紙を渡したり、ひそひそ声で話したりなんかしている子もいた。それでも後ろ、つまり私のほうを向いているような子はいなかったので、一か八か、校庭へ入りこむことにした。校長が前を向いてはいたけど、私のほうを見ていなかった、と思う。とりあえず潜入は成功したわけだ。
建物の中に入りこむと、あることに気がついた。どこに身を隠せばいいんだろう? 部屋の中を見てみたいと思ったが、爪でなかなかドアを開けれそうになかった。それに普段は勝は一体どこにいるんだろう? それがわからなければ、私がここに来た意味がないじゃない。しかし、考えても答えが出そうになかったので、とりあえず隠れられそうなところに隠れることにした。けれど、隠れられそうなところなんて、見当たらない……。
「そこで何してるのよっ」
声がしたほうを振り向くと、そこにはあのふわふわがいた。何の用なんだろう? 私を勝から引き離すのはあきらめるって言ってなかったけ? 私が疑問に思う間もなくふわふわがこう言った。
「勝がいじめられないか見張っておきたいのでしょ? まったくあなたの勝に対する執念は断ち切れそうもないわね……。あなたはここからひき返したくないでしょうから、隠れるためのもの、用意してあげるわ。でも、最後まで隠れられる保証はないけどね……」
そう言ってふわふわが何かを出現させた。それは勝のベッドの下にあるもう使わないおもちゃをしまっていた穴の開いたボロボロの段ボールだった。ということは、つまり勝のおもちゃは今、部屋の中で散らかっているということなのだろう。勝、御愁傷さま。とりあえず、私はこの段ボールの中に隠れることとなったのだった。
「ちょっと、もしかしてこれって……」
勝の不安げな声が聞こえる。「これ」というのはきっと私の隠れた段ボール箱のことだろう。
「それじゃ、開けるぞ~」
「っちょっと、待ってっ……」
段ボール箱をいきなり取り上げられたせいで、まぶしい光が一気に射しこんできたので私の目はくらんでしまった。
「こいつ、ここまで来るなんて、よっぽどお前のこと好きなんだな」
あ~あ、とうとうばれてしまったわ。でも、さっきの女の子はどこに行ったのかしら? どこにも見当たらないけど……。まぁ、いいわ。勝が無事なこと確認できたわけだし。
「ヨルっ! 学校に来ちゃだめだろっ。皆にばれないうちに帰るんだっ」
え? どうしてそんなことを言うの? 私はただ……。そうこうしているうちに遠くのほうから大勢の人の足音がこっちに近づいてくるのが聞こえた。
「おい、やばいぞ、日野。さっきのやつ、お前がヨルを連れてきたとか言いふらしたに行ったんだ……」
「な、なんでなんだよ! どうして……。とりあえず、ヨル、皆に見つからないように帰ってっ」
どうして勝は怒ってるの? 私、何かいけないことをしたの? 私は勝のことが心配なだけ……。私は勝の怒った声を尻目にここから出ていかないといけないことになってしまった。
遠くから怒号が聞こえる。その声はどれもが勝をなじるものだった。この時、私は自分がしたことが勝を追い詰めていたことに気が付かされた。私は勝を助けに行きたかったものの、そんなことをしたらきっと勝はもっとひどい目に遭わされてしまう。隣にいた翔太も勝をかばおうとしていたみたいだけど、大ぜいを前にしては自称覚は全然意味をなさなかった。学校での二人の立場は急速に下降していく一方だった。
私はトボトボと家へ帰ると、勝ママが私を探していたらしく、私を見つけると安堵した表情になった。
「もう、どこへ行っていたのよ。行方をくらまして勝を悲しませるようなことをしたらいけないじゃないの」
勝ママは最初こそ私を家に迎えることを反対していたけども、長く一緒に住んでいると情が湧くものらしく、得に勝ママは私がいなくなることに対してちょっと過敏になっていたらしい。帰ってきた私をすぐさま家の中に入れると、さっそくケガはないかチェックし始めた。私はそうしてくれることは嬉しかったものの、勝のことを思うと、素直に喜べなかった。私の好意は勝にとっては迷惑だったなんて……。
勝たちがどうしようもない状況に置かれていたときのことだった。二人を責め苛んでいた言葉の数々はガラスの割れる音で中断された。いったい何事かと、音のした方向に気を取られていたとき、得体のしれない何かが学校の中に飛び込んできたのだった。それは勝の家に忍び込んだ火の玉と、小柄な人間だった。
「ちょっと、これはまずいんじゃないの? あの鳥の言ったこと、忘れたわけじゃないでしょ?」
大きめの火の玉があきれ果てて小柄な人間の悪行を見守りつつぼやいた。それに対してその小さい奴はあくまでも知らんぷりである。
「おいおい、お前それでも、妖怪か? 俺はあいつに言われてむしゃくしゃしてるんだ! 止められる謂れなんてねぇよ!」
そう言うや小柄な奴はまたほかのものを壊し回った。ここに居合わせた人達は何が起きているのか訳がわからず、口々に思うことを言っていた。なにしろ火の玉と小柄な奴は妖怪なので、人間の目には見えないのだ。
「き、急にガラスが割れて窓が壊れたぞ! どうなってるんだ!」
「これって、学校が老朽化してるんじゃないの?」
「もしかしてこれは、ポルターガイストってやつじゃ……。地震じゃないもんな」
勝と翔太は目の前で何が起こっているのかしばらくの間、合点がいかなかったが、翔太は次の瞬間、「しまった」という顔になった。
「忘れてたっ! 今朝小野からラインが来てたんだよ。俺の学校で妖怪が乱入してくるから気をつけろって言われてたんだよっ!」
「ええっ。いまさらそんなこと言わないでよ!」
「いや~、朝早くに来てたからな~」
「それ、ただ単に寝坊したんじゃないの……」
勝が呆れていると、ガラスの割れが激しくなった。それを見たほかの生徒たちは他ただ事ではないと感じたらしく、誰かが先生を呼びに行ったのをきっかけにガラスの破片から逃げるようにどこかへ立ち去ってしまった。
「とりあえず、ここにいたらケガするかもしれないから、離れようっ。ああ、飯野のやつがここにいたらな……」
翔太の言う通り、ガラスの割れ方はすさまじくなっていたため、いつ何時ケガしてもおかしくない状況になっていた。そんなわけで、勝たちはこの場を離れることにした。
「(……どういうことだ。お前の考えてることと来たら……、全く理屈に合わんではないか)」
狼をしのぐほどの大きさの黒犬は少女が出した答え、とやらを聞いて呆れていた。
「だって、あなたが手を下してくれないんだったら、こっちが手を出すまでよ。あの男に利用される前にあの子犬を殺してしまえば、あの男は何もできなくなるわっ」
「(それで、あいつをそそのかしたのか)」
少女は黒犬の鋭い視線に耐えきれず、目を下に向けてしまった。これでは弱みを見せていることと同じだと気づいたが、もう手遅れだ。少女は言い返そうとしたが、心なしか言い訳がましさがにじみ出ていた。
「そ、そそのかしてなんか、ない……。ただ、ただっ」
感情が高ぶり言葉がつっかえて出てこない。それでも少女は負けじと口を開いた。だが、黒犬がそれを制した。
「(お前の考えていることは浅はかにもほどがある。俺はお前のことをいつもどこか足りていないと思っていたが、……見当違いではなかったな。お前が地縛霊でなかったら、はやくにあの世に連れていけたものを)」
私は夢を見た。何かを必死になって探している夢。私の知らない部屋で何かを探す夢。どこを探しても全くそれらしいものが見当たらずいらいらしてしまう、そんな夢。
「いったい、どこで落としたんだろ……」
記憶の中を探ってみるも、なかなか思いだせなかった。それにしても今私は何を探しているのだろう? そんなに私にとって必要なものなのだろうか? それでも夢の中の私はとても焦っている。そして、何かを思い立ったかのように外に出る。きっと外で落としたに違いない。駆けだそうとした時、目の前に知っている人が意気消沈した様子で歩いてくるのが見えた。
「お、お母さん! 私のスマホ、知らない? おかあさ……」
お母さんと呼びかけた人物は私の横を素通りしていく。私の声など聞こえなかったかのように。そうだ、私、誰からも見向きされてないんだった。そんな言葉が頭の中に浮かんだ。余りにも無視され過ぎていて、悲しい感情さえもわかなくなっていた。私は、無視されて当然なんだ……。
「また、あの山にいこっかな……」
私は夢を見る。皆に無視されすぎて、辛いという感情がわかなくなった夢。最初、この夢を見たときはとても辛い気持ちで起きたのだけど、何度も見てるから、もう、慣れっちゃったんだよね。こんなことに、本当は慣れるべきじゃないんだろうけど。
けれど、私には夢がある。本当に幸せいっぱいの夢が見れるようになることだ。好きな人と一緒になれる、そんな夢が、私は見たい。




