受け入れられない真実
勝たちは、あの裏山に来ていた。翠川里奈という(翔太が言うようなおっかない女には見えなかった)人が、探し物はそこに現れると言ったのだ。ただし、その後面倒なことに巻き込まれるのでよくよく注意するように、とのことだった。しかし、勝はそんなことには上の空だった。だってようやく会えるのだから。
「おいっ、足元に気をつけろよ! いくらスマホで辺りを照らしてるからって、それで周りがよく見えるようになるんじゃないからな!」
翔太がリーダー気取りで勝に指図しているが、勝はそれをハイハイと受け流すだけだ。勝は翔太は本当は自分のことを心配してくれているとわかっているからだ。
「本当に注意したほうがいいよ。夜中には昼間とは違う妖怪が出てくるんだから」
良平がそう言うと、隣で幸也が激しくうなづいた。本当はこんなところに来たくないという空気が全身からにじみ出ているのか、足取りはとても重い。
「……は、早く見つけたら、さ、佐野君頼むよ」
「心配すんなって! どんな奴が襲いかかってきても、ここからずらかればいいんだろ?」
幸也の不安をよそに孝輔は大きな声を出していた。実は孝輔もこんな山道を歩くのは怖いのだ。
「翠川さんは大きな崖崩れのあるところの下で見つかるって言ってたから、もうすぐそこだね」
稔がそういう先には、大きな崖崩れがあった。
あれは……、勝とほかの人たちと、……稔の匂いがする! 私は横たわっている女性から、離れないようにしながら、精一杯吠えた。
「ワン! ワン!」
稔! 会いたかったわ! 私、あなたに会えてうれしいわ!
「ヨル! 心配したんだぞ! もう、散歩の途中でどっかに行くなよな!」
私が稔に飛びつくよりも前に勝に羽交い絞めにされてしまった。しかし、それでも私は久しぶりに稔の匂いをかぐことができてうれしかった。はぁ~、勝よりも稔の匂い、ずっとかいでいたいわ!
「そうか~。お前も俺に会えてうれしいかっ」
そう言うと勝は私をもっときつく抱きしめた。きっと無意識のうちにしっぽを振っていたからだろう。ちょっと、そんなにきつく抱きしめないでよ。稔のところに行けないじゃないの!
「キャン!」
「おい! 日野! 感動の再会はこれまでにしてもう帰ろうぜ! 小野のやつがマジ、ビビってるぞ!」
翔太がそう言うのも無理はなかった。なぜならもう日はすでに落ちていたからだ。そう言えば、肝心なことを忘れるところだったわ。稔に会えたうれしさで忘れる前にあのことを伝えないと。私はあの女性のもとへと勝を引っ張っていくことにした。
「ぅわっ! ヨル! 急に引っ張ってどうしたんだよ!」
勝たちは互いに目配せしている。幸也はといえば、思った通りのことが起きてしまったといわんばかりの顔になっていた。私が勝たちをあの女性のもとへ連れてきたためだった。
「ね、ねぇ、この人、気絶してるだけだよね? 死んでなんかいないよね?」
幸也がおっかなびっくり稔に聞いた。この人は本当に怖がりなんだわ。あの女性はただ寝ているだけじゃないの。質問された稔は女性に近づき手首を触った。いったい、何してるのだろう?
「……うん、大丈夫。ちゃんと息してる」
そう言うと稔は顔を臥せった。いったい、何かいけないところでもあったのかしら? それを見越したかのように良平が稔を気遣った。
「もう、いいだろ。人の過去なんて見えたところで良いことないもんな」
「え? 稔って物だけじゃなくって誰かを触っても過去が見えちゃうわけ?」
勝が不躾にもそう聞いてしまったが、稔が重苦しくうなずくのを見てこれ以上聞くのはひけたようだった。
その後、この女性をどうするかで話が分断した。
「この人、どうするよ? ずっと目覚まさないぜ?」
翔太が面倒ごとは嫌いだとでも言いたげにそう言った。早く家に帰りたいのが見え見えな態度である。
「どうするったって……。起きてもらわないと困るよ。この人の家、知らないし」
良平がそう言うと、横で幸也がかぶりを振った。それを見た孝輔が不思議に思って聞いた。
「何だよ? お前も言いたいことがあるならはっきり言えよ」
幸也は言いにくそうにしたが、翔太にせかされ、渋々ながらもこう言った。
「……よ、予知夢で、見たんだ。この人を見つけることを。それで……」
「それで、何なの?」
勝は恐々した面持ちで聞いた。これ以上の厄介ごとは御免なのは勝も同じだったのだ。
「……この人は、絶対に目を覚まさない。どうしてだかは、分からないけど……、と、とにかく目を覚まさないんだ。思うんだけど、病院に連れて行ったほうがいいんじゃないかな」
「びょ、病院だって!?」
病院に連絡した後、程なくして救急車が駆けつけた。そこから救急隊員があの女性を担架に乗せようとした時だった。
「……こ、この人はっ! き、君たち、いったいどこでこの人を見つけたんだ?!」
救急隊員の慌てように勝たちは何のことことだかわからないといった顔をした。しかし、しばらくして翔太がしまったとという顔になった。
「お、思いだした! この人、前でニュースでやっていた行方不明の人だ!」
「何だって! マジかよ。真野、これってすごい褒章ものじゃねえか!」
孝輔がなぜかウキウキした感じになって喜びもひとしおといった顔をしたのを見て翔太はなぜか苦い顔をした。行方不明って、その人がどこかへ行ってしまったことを言うのなら、見つかってよかったはずじゃないの? それとも「ほうしょう」とか言うのが問題なのかしら? 私はこの騒ぎの中、一匹取り残された形になっていったのだった。
「……ちょっと皆。人が質問しているのだから答えないと。えっと、ヨルが、いや、この犬があの崖の下でその女性を見つけたんです」
稔にこの犬、と言い直されたのを聞いて私はなぜか胸が疼いた。なぜ私のことをこの犬呼ばわりするのよ……。
「そ、そうか。それはたいしたことだな。」
勝ママは、電話を受け取ったとたん、安堵の表情がにじみ出た。いくら待っても帰って来ないので、ヨルのことはあきらめたほうがいいのではないかと思っていたのだ。
「……それにしても、迷子のヨルがその行方不明になった人を見つけたなんてねぇ。……それはよかった。でも、連絡ぐらい早くにしてくれればよかったのに。……そう、今から迎えに……、え? 友達のお母さんに送っていってもらうですって? そうなの……。それで、ヨルはみんなに迷惑かけてない? ……それならよかったんだけど。それにしても、本当に心配したのよ。勝にもしものことがあったら……。……そう、それじゃ、待ってるからね」
勝母は、受話器を置くと静かに涙を流した。母親というものは本当にわが子の安全をいつでも願っているものなのだろう。
私たちは家につくなり、どっと疲れが押し寄せてきた。まさか行方不明の人を見つけるなんて、思っても見なかったから。でも少し不思議に思っている。あのオフィス街の路地裏を抜けた先であの女性を見つけたことだ。オフィス街の真ん中にあのような草原があるなんて考えられないし、ましてやあそこで出会ったあの犬の言動も変なところがあった。
……私はまだあそこに行ってはいけない、ってどういう意味なのだろう? いったいあそこは何なのだろう? そしてその後のあの犬の行動にはもっと驚いた。あの犬が裏山に返してくれたのだけど、どうやってあそこに行けたのかがどう考えてもわからないのだ。気が付くと私はあの女性と二人きりであの裏山にいたのだ。……あの犬、ただ者じゃないわ。これが、野生の勘ってやつなのかしら。……忘れよう。あの犬のことを思いだしただけで背筋が冷えてしまうのだから。
私は疲れてしまって、ドッグフードを食べる間もなく寝てしまった。夢の中で、どういうわけか私はふわふわと裏山に来ていた。
「どういうことよ! こんなのが私の過去のはずがないわ!」
なぜか人語をしゃべってふわふわと会話をしている。私はふわふわに見せられた映像を見て激高していた。
「いいえ。これがあなたの過去よ! あなたは何も覚えてないから、そんなことが平気で言えるのよ! 認めなさいよ、あなたの親戚は人○しだってね!」
最後の部分がよく聞こえなかったが、私が見せられていた映像と合致するものであったことは確かだ。
「……そ、そんなはずないっ! それじゃ、私、勝の家で暮らしていく価値なんて……」
「そんなの最初っからないに決まってるじゃないの! 本当にあなたは大バカものなのね! 勝のことを守りたいなら、あの家から出ていきなさい!」
ふわふわは私に詰め寄りそう吐き捨てる。私は自分の見たことや聞いたことが信じられなくなっていた。
「いや……。いやよ。勝の家から出ていきたくない! あそこは初めて得られた安心できる場所なの!」
ふわふわは冷淡な口調でこう言った。
「気づいてる? あなたってものすごく自己中心的なのよ。あなたの下した判断が、どれだけ多くの人を傷つけるか、気にも留めないなんて、あなたはとんだ外道者ね」
解き放たれた言葉が私の心を躊躇なくえぐる。いったいどうして? なぜ、勝の家で暮らしてはいけないの? 私はただ、勝の家で楽しく暮らしたいだけなのに。
とある山奥、ある妖怪が鼻の高い赤ら顔、つまり天狗と何やら話しこんでいた。真夜中で、なおかつ山の中なので気温は格段に低いのだが、天狗たちは一向に気にする様子はない。それよりも話している内容に夢中だった。
「……それは真か」
天狗は静かに言った。しかし、その一言だけで、周りを従わせてしまうような威圧的な雰囲気を漂わせている。
「さようで。まったく、あいつらの物わかりの悪さには辟易しているところですよ」
毛深い妖怪は天狗に対しても臆面もなく発言している。烏天狗ならば、天狗の言うことには絶対なのだが、この妖怪は家臣というのでも、何でもないのでそのことに気を遣う様子はさらさらないようだ。しかし、そんな態度をとられている天狗のほうもそのことを気にしている様子はなかった。
「ふむ……。では、あやつらはまだ、これから某が起こそうとしていることには気が付いてないのだな?」
「……実はそのことなんですが、もしかしたら気が付いてるかもしれません。ですが、相手は無力も等しい。だから気にし……」
「いや、相手が無力だろうが、問題は問題だ。潰さねばどうにもならん。……ところで、あの女が見つかったそうだ」
「……え。それは……」
相手が戸惑っているのも関係なしに天狗は続けた。
「しかし、安心せよ。あいつは目覚めることはない。……何か不満でもあるのか?」
「いえ、ただ……。それでは何のために、……あの女を利用したのですか?」
「それは、だな……」
私は三日後に自分の母親について行けばわかると少年に言われたのでその通りにした。母が駆けこんだ先は病院だったのだ。まさか母親に病気が見つかったとか? 私は不安になったが、母の顔色は悪いもののどこかが悪いようには見えなかった。手をよく見てみると震えている。一体どうしたっていうの? 私は母を落ち着かせるため抱きしめたが、母はどういうわけか私のしたことに気づくそぶりも見せず青い顔をしたままだった。しばらく待っていると、受付から呼びだしがあった。
「紫乃さ~ん。紫乃道子さん、4番受付までどうぞ~」
母親が、よろめきながら病室に向かっていく。暗く沈痛な表情。母は何も言わないため、何が起きたのか分からなかったが、もしかすると父親が倒れたのかもしれなかった。しかし、病室の札を見て私は一瞬気が遠のきそうになった。
『紫乃和沙』
ど、どういうことなの? どうして私の名前がここにあるの? 何かの間違い、そうよ。私はまだ悪夢を見続けてるんだ。だが、母親がドアを開けると、そこには、確かに私がベッドに横になっていた。母親はベッドに駆けより、嗚咽を漏らす。何よ……。こっちだって泣きたい気分なのよ! 散々無視されてその挙句の果てがこれなんて! でも、これがもし現実だとしたら少なくとも私は生きている……。しかし、それはたいした慰めにはならなかった。私はベッドの上に眠る自分を見たくなくて、病室を飛びだした。そしてこらえていたものが一気にあふれだし、涙がこぼれ出た。
「何よ……。いったい私が何か悪いことをしたって言うのよ! もういやっ。こんなのあんまりよ‼ 理不尽よ!」
私が大声で泣いているのにもかかわらず、誰もが私が泣いているのにも気が付かないかのように素通りしていく。病室からも、母親の泣き叫ぶ声がもれていた。




