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8/22

8 長期休暇はあっという間でした。

「……さぁ、お目覚め下さい主様」


闇に沈んだ意識が急浮上する感覚。


急激に落とされ、急激に持ち上げられる。何だか、遊園地の絶叫アトラクションにでも強制的に乗せられたような気分だ。


「お目覚め下さい、主様。…………早く目覚めないと好き放題しますよ?」


朝目覚める時のようなぼんやりとした感じはなく、妙に冴えた頭にフォビナの不穏な言葉がはっきりと聞こえてくる。


そっか。早く目覚めないと好き放題……。


「……いや、駄目に決まってるでしょ!?」


耳から入って来た言葉が脳に到達した瞬間、反射的に目を開いて起き上がり大声を出していた。


「……ハァ……ハァ……ハァ……」


目覚めてすぐに急に置き上がったせいで、頭痛がする。


心臓はまるで脅かされた後のように早く脈打っている。


乱れた呼吸を何とか整えるようと、私はゆっくりと深呼吸をくり返した。


「フォビナ……」


とんでもない発言をした相手を探すように周囲を見回すと、意識を失う前と変わらず水のベールのような天幕に囲まれたベッドの上に寝かされていた事に気付く。


パッと見える範囲にフォビナの姿はないけれど、水のベールの向こうから人の気配はする。


感覚的にはついさっき意識を失い、すぐに目覚めたって感じなんだけど……なんだろう。周囲の雰囲気がというか肌に感じる空気とかそういったものが意識と失った前と何処か違う気がする。


心臓と息が落ち着いたのを確認し、自分の手を握ったり開いたりしてみるけれど、何処もおかしなところはない。


眠って疲れが取れたという感覚はないけれど、体がこわばっていたり体に力が入りにくいという悪い変化も特にない。


そういえば、意識を失う直前に恐ろしい言葉を聞いたような気がするんだけど……私の勘違いかな?


背中に嫌な汗をかきながら、人の気配がある方――魂の泉の反対側の天幕を捲り、ベッドから足を下ろす。


すると目の前に……


「おはようございます、主様。主様が目覚めるのをこの500年、それなりに待ってました」


……いつもの無表情でゴブレット片手に玉座に座り寛ぐフォビナと、その周囲に侍る美男美女の姿があった。



「……って、何ハーレム作ってんのぉぉぉぉ!?」


思わず全力で突っ込んでしまった私の声が、部屋に木霊した。


「私が神の眠り?とかいうので一生懸命働いている間に、堂々と良い思いしてるんじゃないわよ!!」


怒りに任せて、ベッドから下りるとフォビナに詰め寄り襟元を掴んで思いっきり揺さぶった。


「こっちは、よくわからない眠りにつかされて、不安だっていうのに!何ちゃっかりその間にハーレム作って楽しんでるの!?しかも美男美女のハーレム!!私なんて、今までまともな恋愛すらした事ないのに!!」


どうやら私は混乱しているらしい。


「どうどう。羨ましいのはわかりましたから、落ち着いて下さい。一応500年ぶりに体を動かしてるんですから」


フォビナが私に揺さぶられながら私の手を軽く叩いて落ち着くように宥めてくる。


その周囲では美男美女達がオロオロしたり、目を輝かせたり、様々な反応をしている。


「それに、『それなりに待ってた』って何?せめてそこは心待ちにしてた位言ってくれたって良いでしょ!?ってか、これどういう状況!?私、急に意識失ってあっという間に目が覚めたんだけど!?」


「あっという間ではありませんよ。主様は500年も『あ』と言い続ける事は出来ないでしょう?神の眠りは時間停止のようなものなので、主様がそう感じるだけで、500年過ぎてますよ」


「は?500年?500年ってそんなまさか!」


嫌な予感を感じつつも「あり得ない」と言放とうとして言葉が止まった。


私達を取り囲む美男美女の視線が、痛ましいものを見るような、憐れむようなそれだったから。


その反応に、私の嫌な予感が確証に変わりサーッと血が引いていくのを感じた。


「……冗談……だよね?」


「いえ、本当です」


藁にも縋る思いでフォビナに尋ねれば、フォビナは私の思いなどお構いなしにあっさりと言い切る。


500年……500年……マジか。


凄い混乱と焦りが襲ってくるのに、実感は全くない。


だって、私には本当に一瞬意識を失っただけという感覚だけしかないから。


今いる部屋もベッドも意識を失う前と全く変わりないし、フォビナにだって変化はない。


これで納得しろと言われても、納得出来るわけがないだろう。



「み、皆は?妖精達はどうしてるの?」


混乱している頭で、この世界で私がフォビナ以外で唯一意思疎通出来る存在を思い出し尋ねる。


そんな私に対して、フォビナは不思議そうに首を傾げた。


「目の前にいるじゃないですか」


「は?何処に?」


「ここに」


その言葉の意味がわからず眉間に皺を寄せる私に、フォビナは斜め後ろに立っている黒髪の美青年を指差した。


「私は妖精達の事を聞いてるんだけど?」


「彼らは主様が寝ている間に進化して精霊になりました」


「……」


フォビナが指差す美青年に再び視線を向ける。


彼は私が見ている事に気付くと、スッと両手を広げた。


「ご主人様……ムー……大きくなった。胸貸す?そうしたら……もう寝ない?」


……うん。確かに彼はムーだ。間違いない。


その妖精時代と変わらぬ言動に、妙に納得してしまった。


フォビナを取り囲む美男美女集団が妖精達の成長した姿なんだと認識して、改めて視線を向けていくと、確かに皆妖精時代の面影がある。


……500年……500年……本当に経っちゃってたんだ。


一瞬、テレビを出して日本の様子を確認しようと思って……止めた。


それはもう、自分を傷つける事にしかならないってわかっているから。



神にとっての500年ならまだしも、人間としての500年はあまりにも長く重過ぎるから。


それなら、このまま……このまま深く考えずにいる事も、自分を守る為に必要な手段だろう。


今のこの状況だけを見れば、何かの設定の都合で急激に周りの諸々が進化しちゃった~程度の感覚で済む。


500年経って進化したものはあっても失ったものはないから、辛さを感じずに済む。


……うん、私は500年も寝てない。


周りが急に進化しただけ。


そういう事にしておこう。


深く考えたら自分の首を絞める事になる。



「ねぇ、ご主人様。もう動いても良い?」


私が現実を受け入れるのを放棄していたその時、美女その1――おそらくコウだと思われる女性が眉尻を下げて尋ねてくる。


「え?別にいつでも動いて良いけど?むしろ、なんで皆でジッとフォビナのハーレム作ってるの?」


そもそも何で皆その配置で私が目覚めるのを待ってたのかを訊きたい。


「だって、フォビナ様がこうやってポーズを決めて出迎えて欲しいってご主人様に頼まれたって……」


「何か意味があるんじゃないの?」


私の言葉に目をパチパチとさせて驚いた表情をしているコウの言葉を継ぐように、サンも首を傾げながら訊ねてくる。


戸惑う2人の美人はとても目の保養になるけれど……すみません。私そんなアホなお願いした覚えはほんの少しもありません。


むしろ、1日2日寝て起きる程度の感覚で引き受けてたから、そんな事を考えている余裕どころか、自分自身の気持ちの準備すら出来ずに眠りにつかされたし。


つまり要するにこの状況を作り出した犯人は……。


妖精達……じゃなかった、精霊達に囲まれてゆったりと座っているフォビナを睨みつける。



「……普通に出迎えるのも味気ないと思いまして、ちょっと茶目っ気を出してみました」


悪びれもせずに言ってのけるその様子に、私の中の何かがブチッと音を立てて切れた。




「フォビナァァァァァァァ!!!!」


私の怒りの咆哮が神殿内に響き渡る。


本当に500年経ったというのなら、もう少しフォビナも成長してくれても良いんじゃないかと思うのは私だけだろうか?



***



「そんな感じで、地上は主様の希望通り進化しています」


「いや、そこまで進化が進む前に起こしてよ」


フォビナに丸一日説教を食らわせた後、現状についての報告を受けたんだけど……思ってた以上にフォビナはやらかしていた。


神の領域――私達が住んでいる空飛ぶ神殿やこの世界の基本的な設定等に関しては、妖精が精霊に進化した程度しか大きな変わりはなく、特に問題はなかった。


しかし地上の方は……最早、異世界かというレベルで様変わりしていた。


私が眠る前の500年前には、何にもなかったそこには大量の人間や動植物が存在し、大小様々な国まで出来ているようだ。


文化水準的には、私の生きていた現代日本程までは進んでいないけれど、剣や魔法を使える人がそれなりにいて、ギルドなんてものもあるらしい。


フォビナ曰く「主様が好きなオンライン小説を参考にしてみました」との事。


……私はお話としてファンタジーな世界を楽しむのが好きなだけで、実際にそこに住みたかったわけでは決してない。


神の眠りで眠らされてさえいなかったら、フォビナの暴走を止められていたのに。


過去の自分の迂闊さを悔やまずにはいられない。



「何で、必要な数の魂のストックが出来た時点で起こしてくれなかったの?」


私は元々、必要な分の魂のストックが溜まったら起きて、『自分で』生命を創っていくつもりだった。


それが、実際起きてみたらこのありさま。


確かに世界を運営するのに必要な魂のストックは堪ったみたいだけど、その魂は既に運用されており、地上の生き物達の基盤がもう作り上げられてしまっている。


こんなの予想外過ぎるし、なんてもっと早くに起こしてくれなかったのかと恨み言だって言いたくなる。


「必要な魂のストックというのは、地上全体に一定数の生命が存在し、それらが誕生と死亡を繰り返しつつも上手く循環していくだけの量という事です。また、主様の神レベルが起きている状態で壊れた分の魂の補填が十分できるだけの神力を得られる状態になっている事も必須だと考えられます」


フォビナの言葉を聞いて、そういえば今の自分の神レベルってどれ位になってるんだろう?と思ってを確認してみると、寝ている間に一気にアップしてレベル128になっていた。


そうなると、1時間に得られる神力は128。


これが一般的な創造の神的に多いのか少ないのかはわからないけれど、壊れてリサイクル出来なくなった分の魂を補填するには十分なレベルという事だろう。


「主様が、魂を問題なく補填出来るだけの神力を得られるレベルに到達するには、いくら神の眠りを使って大量の魂創造を行い続けていたとしても莫大な時間が掛かります。それならば、同時に地上の生命を増やし、地上の生物達に主様への信仰を深めさせた方が早くレベルアップすると考えました」


フォビナの説明を聞いて、私の眉間に皺が寄る。


フォビナの言っている事は確かに筋が通っているし、効率を考えるとそうした方が良いのもわかる。


でも、何か釈然としない。


そう思ったんならそう思ったで、私が眠りに着く前に説明してくれても良かったんじゃないかって思う。


或いは、その方針で進めようと思った段階で一度私を起こして相談するとか、他にも色々とやりようはあたんじゃないかって思わずにはいられない。


「それに、そろそろ既製品に飽きたので、少しでも早く人間達がその発想力で発展させた食事等が欲しかったので」


フォビナのいう既製品とは、私の知識を基に創造した物……要するに私が食べたり見たりした事のあるものの事だろう。


創造するには具体的なイメージが必要だから、食べた事や見た事のない物を生み出す事は難しく、どうしても発展性に乏しい。


その為、フォビナは私の乏しい知識で得られるものだけでは満足出来なかったのだろう。


「って、結局自分の欲望の為!?」


怒りたいけど納得のいく理由もあるし……と悶々としていた私が馬鹿みたいだ。


ちゃんとした建前はあったとしても、そこはフォビナ。やっぱり自分の気持ちが最優先の理由だったらしい。


「ねぇねぇ、主様」


フォビナの言動に怒りを通り越して脱力してしまった私に、サンが声を掛けてくる。


ちなみに、今私の傍にいる精霊はコウとサンだけだ。


私が眠っていた500年の間に、私が魂を作る為に神の眠りについた事で地上の生物を逆恨みして虐殺しようとしたアンを宥めたり、いじけて仕事放棄しようとしたムーを叱ったり、他の精霊達の面倒を細々見たりしている内に、何となくコウとサンが精霊達のリーダー的存在になったみたいだったから、2にだけ残ってもらって他の子達には解散してもらった。


アンとムーは最後まで抵抗したけれど、丁度時間帯が夜になる頃だったから、コウとサンに仕事を言い付けられ強制的に追い出された。


「どうしたの、サン?」


フワフワと私の目の間に仲良く飛んでくるサンとコウ。


さっきは私を驚かせる為に人間サイズになっていたみたいだけど、かさ張るからという理由で普段は以前と同じ妖精サイズで過ごす事の方が多いらしい。今も妖精の時のサイズに戻っている。


「私、思うんです。フォビナ様を野放しにしたらいけないって!」


うん、私もそれは以前から思ってたよ。


フォビナな余計な事を言うなって視線でサン達を見ているけれど、私もサン達も無視をする。


「主様が眠ってる間は、フォビナ様の暴走を止めるの大変でしたぁ」


溜息混じりに言うコウに申し訳なさを感じるけれど、私も好きであんなに長期間寝てたわけじゃないって事だけはわかって欲しい。


「でも、私達だけじゃ文句は言えてもフォビナ様を止める事は出来ないんです!!」


「フォビナ様の方が上位の存在だから、いくら頑張っても限界があるのぉ!!」


「ご、ごめんね、2人とも」


2人の抗議はとても耳に痛い。


私、社長。フォビナ、駄目上司。精霊達、駄目上司に困らされる部下の図だね。


社長不在の時に駄目上司に暴走されたら一応遠回しな注意は出来ても暴走を止め切る事は出来ないよね。


……上司だから。



「私達、ご主人様が悪いわけじゃないのはわかってるの!」


「ご主人様1人じゃ、フォビナ様を監視し続けるのには無理があるのもわかってるしぃ。また今回みたいな事もあるかもしれないしぃ」


「「だ・か・ら!!」」


2人がまるで打ち合わせでもしてたかのように、ピッタリと声を合わせてニッコリと笑う。


その様子を見て、フォビナがハッとしたように2人を止めに入ろうとするけれど、それを軽く手を挙げて制止する。


「「もう1人神の使者を置くか、従属神様を置いて下さい!!」」


真剣な顔で私に訴えてくるサンとコウ。


舌打ちするフォビナ。


それを見ただけで、サンとコウが凄く良い提案をしてくれた事がわかる。


「サン、コウ、その話、もっと詳しく教えてくれる?」


渋い顔をするフォビナを横目に、私はサンとコウに満面の笑みを浮かべた。




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