6 過去の職場が気になります。
「疲れたぁぁぁ」
基本的な設定を行い、それを管理してくれる社員(妖精達)も来てくれた事で、無事に『夜』を迎える事が出来た私は、暗くなるとほぼ同時にベッドへとダイブした。
創造神なだけあって、必要な食事も家具も何もかも簡単に作り出す事が出来たのは助かった。
だからこそ、こうやって早めにベッドに入れる。
「……でも、そっかぁ。私、死んじゃったんだぁ。しかも、変なイベント発生して神様に転職とか……あはっ……マジ笑える」
1人になり、慣れない豪華なベッドに仰向けになって真っ暗な天井を見つめる。
笑っているはずなのに、急に胸が苦しくなって、涙が溢れ出した。
「っ……うぅ……」
昼間は色々な事があり過ぎて、やらないといけない事もいっぱいで、しかも変なサポート役が滅茶苦茶な事ばっかり言ってくるせいでゆっくりと考える暇がなかった事が一気に押し寄せてくる。
今こうしてここで五体満足でピンピンしてるっていうのに、自分が死んだなんて受け入れられないし、昨日まで電話したり会ったりしていた家族や友達が、今はもう2度と会うことの出来ない場所にいるのだと言われても納得できないし実感もわかない。
あまりにも現実離れした現状が、「もしかしてこれは悪夢なんじゃないか」って思えてくる。
「皆……どうしてるかな?向こうの私、結局どうなったんだろう?死んじゃってたら……皆悲しんでるかな?」
変な男の人に付きまとわれてばかりの人生だったけれど、家族や友達には恵まれた。
自分なりに大切にしてきたつもりだし、大切にもしてもらってたと思う。
その事が凄く幸せだったと思う一方で、自分が死ねば周りの人は絶対に悲しんでくれるという自信がある分、胸が痛む。
「もう、会えないのも辛いけど、それ以上に皆が心配だよ……」
溢れる涙を瞼の上に乗せた手でギュッと押さえる。
心配していても、もう傍で「大丈夫だよ」という事も慰める事も様子を知る事も出来ない現状が辛くて辛くて仕方ない。
「せめて、皆がどうしているか知りたい……」
例え何かをしてあげる事は出来なくても……。
「なら、見れば良いじゃないですか」
「え?」
誰もいないからと思って、決して叶える事など出来ないだろうと思っていた願いを口にした私に、思わぬ返答が返ってくる。
慌てて瞼に乗せていた手を外し、上体を起こして声のした方を見ると、そこには髪が短くなり胸がなくなって男性っぽさが増したフォビナが立っていた。
「な、な、な、何してるの、フォビナ!?」
「主様が泣いているようでしたので、下僕らしく慰めに参りました。……後、寝る前の私の定位置は主様の枕元です」
しれっと言うフォビナの手には、湯気の上がるマグカップがある。
匂いからして、多分ホットミルクにはちみつを入れたものだと思う。
「定位置って、それってスマホだった時の事だよね!?言っておくけど、今のフォビナは私の枕元に置けるサイズじゃないからね!?それに、フォビナって絶対自分を下僕とか思ってないよね!?ってか、何で男性体!?」
急に現れた驚きと、泣いていた事を知られた恥ずかしさで、捲し立てるように突っ込みを入れてしまう。
そんな私を見て、フォビナはコテリッと首を傾げる。
「私は今も昔もこれからも、スマホであり貴方の使者であり下僕ですよ。その代わり、福利厚生はしっかりとして下さいね。後、ベッドは広いので主様が隅っこに丸くなってくれれば問題ありません」
「それ、私を隅っこに追いやって自分が広くベッド使おうとしてるよね!?下僕のする事じゃないよね!?」
「後、男性体なのは、女性を慰める役はイケメンと決まっているかと思いまして」
「自分でイケメンっていう!?確かに男でも女でも両方でもフォビナは美人さんだけどね!!」
「有り難うございます」
涙でグチャグチャな顔のまま、勢いよく話す私に対してもフォビナは通常営業のまま。
特に表情を変える事もなく近づいてくると、ベッドに腰を下ろして私にホットミルクの入ったマグカップを差し出す。
「ところで主様。ご家族やご自身の後任者の様子、見られますか?見るようでしたら、データを繋ぐのでテレビを出して下さい」
差し出されたホットミルクを無視する事も出来ず、両手で受け取り、口を付けながらフォビナを睨む。
「そんな事、本当に出来るの?」
「私はスマホで主様のサポート役ですので。他の神の世界に干渉する事は出来ませんが、ハッキン……後任者がきちんと仕事をしているかの報告を上げる事は出来ます」
「……今、ハッキングって言おうとしなかった?」
「冗談です。」
ジトッと見つめる私に、フォビナは軽く肩を竦め、「本当ですよ」と言う。
フォビナの話によると、私のように突然転職した人間の中には自分の後任者や元の職場の様子を気にする者も多く、何があっても元の職場には干渉は出来ないという事をしっかりと伝えた上でなら、サポート役が前の職場の様子を見せても良いと決められているらしい。
「どうされます?」
改めて訊ねられて、私は一瞬躊躇した。
何があっても手は出せない。
そう決まっている上で、元の世界の様子や私だった存在の様子を見ても、冷静でいられるだろうかと。
それならいっその事、見ずにいて『皆はきっと幸せになってくれた』と思った方が……
「……見たい。皆がどうしているか、知りたい」
悩んで悩んで断ろうかと思っていたはずなのに、気付けばそう呟いていた。
見る事が辛い現実がそこにあるかもしれなくても、それでも私はやはり少しでも良いから家族や友達の姿が見たかった。
これはきっと、私が皆とお別れする為に必要な事なんだと思う。
突然訪れた別れを受け入れる為に必要な、気持ちの整理をする為に必要な、そんな儀式のようなものなんだと思う。
「それでは主様、さっさとテレビを出して下さい」
突然の男性型フォビナの登場に驚いて一時的に止まっていた涙が再び溢れだす。
それをフォビナは指先で拭い、「最近のスマホは水にも強いのです」と呟きながら私にテレビを出すように促す。
私はそれに小さく頷いて、自宅で使っていたのと同じテレビをイメージしてその場に作り出した。
「それでは、繋ぎますよ」
ベッドから2、3メートル先に家で使っていたテレビと同じ物を創り出す。
テレビ台とセットで現れたそれに視線を向け、フォビナが僅かに目を細める。
すると、真っ暗で何も映していなかった画面が一瞬ザザッと砂嵐のように揺れ、次の瞬間には鮮明な映像を映し出した。
そこには病室のベッドに横たわり、たくさんの機械に繋がれて眠る私と、そんな私の手を握り少しやつれた顔で私を見つめるお母さんの姿があった。
「……早く元気になってね、絆」
目に薄らと涙を浮かべつつも、何処か少しホッとした様子で私を見ているお母さんの顔に、胸がギュッと締め付けられる。
まだ、最後に会ってからそんなに日は経ってはいない。
声なら昨日聞いたばかりだ。
今まで、もっともっと長い間、声も聞かず、顔も見ずにいた事がたくさんあったけれど、独り暮らしを始めてからはそれが当たり前で特に気にする事なんてなかった。
それなのに……今は無性にその声が、姿が懐かしくて恋しくて仕方ない。
「お母さん……」
ベッドから降り、フラフラとテレビの方へと歩き、その目の前で座り込んで画面に映るお母さんに触れる。
もう2度と本物のお母さん自身には触れる事が出来ないんだと思うと、悲しくて、辛くて、仕方ない。
私を殺したあの勘違い野郎に対する怒りだって湧いてくる。
もっと生きたかった。
友達と遊んだり、親孝行だってもっともっとたくさんしたかった。
やりたい事だってたくさんあった。
変な男の人なんかじゃなくて、自分が心の底から愛せる人と付き合ってみたかった。
それが全て一瞬にして奪われた。
今となっては、こうして画面を通してしか皆を見る事が出来ない。
悔しくて悔しくて辛くて辛くて……悲しい。
思わず口から嵐のように噴出してしまいそうな怨嗟を唇を噛んで飲み込む。
……もし吐き出してしまえば、私の心はそれに引きずられ真っ黒に染まってしまいそうな気がしたから。
目の前で傷ついた私を大切に見守ってくれているお母さんを見て、それだけは絶対にしたくないと思った。
今までどんなに嫌な事があっても、人間不信になったり相手を憎んで傷つけたりせず、ギリギリの所で踏み止まり、変に曲がらずに生きてこれたのはお母さんやお父さん、他の私を支えてくれた人達が私を……私の心を守ってくれたからだ。
皆が守ってくれたものを、私はここで失う事はしたくなかった。
もちろん自分を殺した相手を全く憎まずにいられる程私は出来た人間ではないけれど、憎しみだけに囚われて自分という存在を見失う事や、前に進めなくなる事だけは絶対にしないようにしようと思う。
「……フォビナ、私の後任ってどうなったの?」
自分の中の真っ黒な感情の嵐が治まり、何とかまともに息が出来るようになった頃、私はゆっくりとした口調でフォビナに尋ねた。
画面の向こうはもう深夜になっており、昏々と眠り続けている私はもちろんの事、お母さんも私のベッドに上体を預けるようにして眠っている。
「主様の前職には、『孤独な闇の王』が着任しました」
「孤独な闇の王!?」
思わず大きな声を出してしまい、慌てて口を押さえて画面の向こうで眠るお母さんを見る。
……よく考えたら、向こうの声はこっちに聞こえても、こっちの声は向こうに聞こえないんだから、大声を出しても問題ないんだった。
「何でそんな強そうな人が『死に掛けのOL』なんかに……」
自分の事だからあまり貶しはしたくないけれど、『死に掛けのOL』なんて職業は普通だったら絶対に就きたくない職業だと思う。
それを選んだって事は相当変わっている人か、或いは……
「孤独な闇の王は長い生に飽き飽きしていらっしゃったようです。皆に嫌われ孤独の中で長い時を過ごし続けていらしたので……もういい加減最期を迎えたい、出来れば人の温もりのある場所でただの人として……と思われたようです」
「思っていた以上に切ない理由だった……」
死に掛けの人を選ぶ位だから、自殺志願者かとは思ってたけれど、孤独な闇の王の願いはちょっと切なくて重過ぎるものだった。
単純に「死んじゃ駄目!」「生きて!」とは言い難い、それだけのものをその短い説明だけでも感じる。
「出来れば、このまま死ぬんじゃなくて幸せになって欲しいんだけどな……」
私の周りの人は皆優しくて心が温かい人達だ。
多少口調がきつかったり、癖が強い人もいるけれど、最終的には何だかんだ言って私に手を差し伸べてくれるような、そんな人ばかりだ。
そんな人達だから、孤独な闇の王の事もそう簡単に孤独にはしないと思うんだけどなぁ。
孤独な闇の王の為にも、私を心配してくれる皆の為にも、そして私自身の為にも……私が私自身ではなくても、私という存在だけは生き続けて欲しいと願う。
……孤独な闇の王が相当壊滅的で最低な性格でない限りは。
「大丈夫です。孤独な闇の王の生命力はとても強いので……むしろそのせいでご本人は苦しんでいた位なので、このまま亡くなる事はないはずです。人格的にも……多少死にたがりでネガティブ思考で人見知りで臆病なだけで、特に大きな問題もない人物という報告が上がってきています」
「今、問題のある部分しか挙げなかったよね!?」
「他者との接触が極端にない人物でしたので、情報が少ないのです。あ、でも、『皆を怖がらせちゃいけないから、私はここから出ないようにしないと』とご自身の住み家に1000年以上引きこもる位には周囲を気遣って下さる優しい方のようです」
「その優しさ、切な過ぎる!!」
うん、やっぱり後任の孤独な闇の王には幸せになってもらいたいです。
……せめて引きこもりにならなくてもよくて、いろんな人や物と接する自由を得る位の幸せは必要だと思う。
「幸せになって欲しい。それが『私』として生きる中でっていうのは何だか微妙な気分だけどね」
自分という存在が他者に乗っ取られると思うと凄く複雑で、思わず苦笑が浮かんでしまうけれど、そこがもう戻れない場所なんだと思えば気持ちの整理もつくだろう。
否。時間を掛けてでもつけていかないといけない。
この世界では色々な事が出来る私でも、向こうの世界に対して出来る事は何もないし、いくら戻りたくても戻れない場所なのだから。
「主様、あちらの様子はいつでもお見せしますのでそろそろ寝ませんか?」
画面の向こうでまだ目を覚まさない『私』を見つめいた私に、フォビナが欠伸をしながら声を掛けてくる。
……スマホって欠伸するんだね。
「私、そろそろ充電が切れそうです」
「え?充電ってどうすれば良いの?充電器なんて持ってないよ。作ればいいのかな?」
少し名残り惜しい気もするけれど、いつでも見れるならと思い、テレビから視線を外してベッドに座っているフォビナを振り向く。
「しっかりとした睡眠と美味しい食べ物を与えて下されば大丈夫です。活動の為のエネルギーは直接主となる神から供給される仕組みになってますので、勝手に主様から吸い取らせて頂いてます」
「……それ、睡眠と食べ物、活動に必要なエネルギーとは関係ないって事だよね?私から勝手に供給されてるって事は、何も与えなくても私が生きてる限り半永久的に動けるって事だよね!?」
「睡眠と食べ物は心のエネルギーとして大切です。私の心が枯れてしまうので」
「スマホに心ってあるの?」
「主様が酷い事を言います。これはもう訴えても良いレベルですよね?」
「何処に訴える気よ……」
呆れて溜息を吐くと、フォビナがよくわからない部署名を挙げてきたから、「はいはい寝るよ~」と言って強制的に話をストップして布団に入った。
「……フォビナ、そこで本当に寝るつもり?」
「当然です。私の寝る際の定位置はここですから」
私のベッドで私以上に寛いで寝転がるフォビナに顔を引き攣らせる。
現在のフォビナの姿は成人男性。
フォビナの性格を知っているせいで、ほんの少しもときめかないけれど、一応男性体。
この状況は絶対によろしくないと思う。
その後、暫く言い合った挙げ句、最後はもう1つフォビナ用のベッドを作り出し、私のベッドに対してL字型になるように配置するという事で決着をつけた。
この際、フォビナのベッドをやたら大きくて豪華な物にさせられたけれど、創造の神である私には特に大変な事でもないので、もうそれで良い事にした。