4 職場環境を整えましょう。
「それではまず、基本的な説明をします」
そういうと、フォビナは軽く手を振ってテーブルと椅子を出して私に座るように促した。
急に現れたそれらに戸惑いつつも、私が大人しく椅子に腰かけると彼女は更に手を振って、テーブルにお茶とケーキを出す。
どうやら、ゆっくりとくつろぎながら説明するつもりのようだ。
「主様は創造の神なので基本的に何でも作り出す事が出来ます。山を作ろうと思えば山が、海を作ろうと思えば海が出来ます。動植物も、人間も作る事が出来ます」
優雅に紅茶を飲みながら説明するフォビナ。
私もフォビナの説明を聞きつつ、紅茶へと手を伸ばす。
「こういうと何でも有りのように聞える創造の神ですが、あくまで『創造の神』の管轄に限るので、当然出来ない事も存在します」
「出来ない事?」
何でも出来ると言われても、全く実感は湧いてこない。
むしろ私にとって出来ない事があるの方が当たり前だし、今までの生活では出来ない事の方が多かったと思う。
「創造の神の管轄はあくまで『創造』――新しく作り出す事です。壊れてしまったものと酷似したものを作り出す事は出来ますが、元通りに『戻す』事は出来ません」
う~ん何となくわかるような、わからないような……。
思わず首を傾げると、フォビナが面倒くさそうに溜息を吐く。
……このスマホはとことん主を敬う気はないらしい。
「例えば、ここに死んだ人間がいたとします。主様はこの人間と全く同じ構造の体を新しく生み出す事は出来ますが、本人自身を生き返らせる事は出来ません。あくまで酷似した存在であり、死ぬ前と同じものではないのです。要するに、この人間を生き返らせるとしたら、元の状態に戻す――時間を戻す事が必要になります。しかし、これは創造の神の管轄外になるので行う事ができません」
フォビナの説明に、なるほどと頷く。
要するに、私は新しい物を生み出す事は得意だが、壊れたものを直す事が出来ないし、時間を巻き戻す事も出来ないという事か。
「じゃあ、誰かが怪我をしていても私は治してあげる事は出来ないんだね」
「いえ、それは可能です」
「え?」
新しく生み出す事は出来ても、時間を巻き戻すように直す事は出来ないと言われたから、当然怪我を治す事も出来ないと思ったんだけど違うのだろうか?
「治せるの?」
「治せますよ。復元が出来ないだけで」
「??」
フォビナの言いたい事がわからず首を傾げると、再び溜息を吐かれる。
出来の悪い生徒で申し訳ないんだけど、そこら辺についてはしっかりと聞いておきたいので、敢えて私はフォビナの溜息を無視して説明を求める事にした。
「全くこれだから出来の悪い主人を持つと大変です。……つまり、怪我をした場所を元に戻すのではなく、全く同じ形状の新しいものに置き換えれば良いんですよ。損傷した皮膚や血管を新しい傷のない皮膚や血管に変えれば、それは怪我がなくなった事になります。病気の臓器を新しい臓器にまるっと交換すれば健康体にもなる。まぁ、心や人格等経験を重ねて変わっていくものは、新しくしてしまうと素材はほぼ一緒でも別物になってしまうので、同じとは言い難い別の存在になってしまう事が多いですけど」
怪我したり悪い部分をまるっと交換してしまう……か。
確かにそれなら『治せた』という事になるかもしれない。
ただ、その定義からすると、やはり亡くなってしまった人をその人として生き返らせる事は私には出来ないという事だろう。
体はそっくりでも、その人を形作る人格や記憶が変わってしまったら、それはもう同じとは言いがたいのだから。
「つまり、取り替えが利くものであれば、修理――部品を交換する事は出来るけど、交換が出来ないものは直せないって事だね。……この対象が人間とか動物とかそういう生命も含まれると思うとなんだか末恐ろしい気がするけど」
自分の事ながら、凄いと思う反面、少し怖さも感じる。
これはきっと、まだ自分が人間だという感覚を持っている私にとって、それが神の領域――人間にとって禁忌の領域の事だと感じているからだろう。
「さて、ここまではご理解頂けたようなので……世界創造しましょう」
「そうだねぇ……て、ちょっと!!世界創造ってそんなに簡単に始められる事なの!?」
「大丈夫です。ここは主様の世界。外の世界では何も出来ない上に、神様レベル1しかない主様でも、ここでは今のところ最強です。魔王とかそういった神の敵的なものが発生するまでは無敵と言っても過言ではありません。好き勝手やってOKです。失敗したら創り直せばいいだけです。ちょっと天変地異が起こったり、世界が崩壊したりするだけです。そんなに気負わなくて大丈夫ですから、ちゃっちゃとやって下さい」
今までの無表情が嘘のような満面の笑みを浮かべるフォビナ。
笑顔なのに嬉しそうな雰囲気が全く感じられないそれはかなり胡散臭い。
いや、待て。フォビナの胡散臭い笑顔に思わず目を奪われてしまったけれど、問題はそこじゃない。
フォビナの表情以上に、言っている事の方が問題だ。
「いやいやいや!天変地異も世界崩壊も大問題だよね!?凄いたくさんの命が失われるよね!?」
「大丈夫です。1から作り直す面倒はありますが、神に寿命はないので、気長にやれば良いのです。それに、体は作り直さなくてはいけないかもしれませんが、生命の核……魂は壊れてないのを回収してリサイクルすれば良いので、最初に創った時程大変ではありません」
フォビナが一瞬で笑顔を元の無表情に戻し、更に駄々っ子をあやすように言葉を紡ぐ。
ただ……私を説得しようとして言ってることは、元人間の私の感性からしたら最低な事この上ないんだけど。
少なくともこれで、「そっかぁ。それなら安全だね!」と能天気に言える程、私は人でなしではない。
……まぁ、実際はもう人じゃないんだけど。
「駄目!命は大切に!!自分の我儘の為の大量殺戮反対!!」
勢いよく首を横に振ると、フォビナが「え~」と不満の声を漏らす。
でも、ここだけはしっかりと言っておかないと……何かの拍子にこのスマホはとんでもない事を何の躊躇いもなく仕出かしそうで怖い。
「命は大切に!寿命とかその人の運命とかはあるだろうけど、安易に奪ったりはしない事!……約束して」
私はギッと正面の美しい顔を睨み付けて、一言一言区切ってはっきりとした口調で告げた。
またすぐに不満の声を上げるかと思っていたフォビナは、暫く無言で私の目を見返した後、小さく嘆息しコクリッと頷いた。
ピロリロン♪
「神の使者規約を更新しました」
何処かから計画な音が鳴って、フォビナがフォビナ自身の口調よりももっと機械的な口調で告げる。
「『神の使者規約』?」
突然告げられた耳慣れない言葉に首を傾げる。
「私達使者の規則というやつです。『神を仇なしてはいけない』等、初期設定で組み込まれているものもありますが、仕える神の考え方により更新する事が可能です。しかし、無理に設定する必要はありません。無理に設定する必要はありません」
……何故最後と2回同じ事を言った?
いや、理由はわかってる。
というか、フォビナから「面倒くさそうな規約は設定するなよ」オーラが出ているからわからざるを得なかった。
まぁ、必要最低限のお願い事はするかもしれないけれど、規約で雁字搦めにする気はないからいいんだけど……ここは敢えて頷かず、流しておこうと思う。
「ところで、さっき言ってた神の敵的なものって何?」
少し前に聞き流しかけていた、気になるワードについての説明を求める。
フォビナは「頷いて下さい」と小さく不満は漏らしたものの、私が無言でニッコリ微笑むと一口紅茶を飲んで、渋々次の話題について話し始める。
「ある程度世界が創造出来ると、何処からともなく湧いてくる事がある害虫みたいなものです。一度に大量に発生する事はありませんが、たまにやたらと強くて厄介なのが発生する事があるので、その場合は外部に駆除を委託したり、自前で駆除に必要な人材を作ったりします。所謂、勇者召喚とか勇者誕生とかいうアレです」
「なるほど……って、勇者の扱いが何だか害虫駆除の専門員のようになってるんだけど!?」
「まさに、その通りです。本当は殺虫剤を撒くと楽なんですけど……他の草木や生命体も死滅してしまうので……」
フォビナがチラッと私に視線を向ける。
え、駄目だよ!?駄目に決まってるでしょ!!
私はそれに対して慌てて首を振った。
「勇者万歳!殺虫剤反対!ついでに聖女様も付けちゃうから、もしもの時は頑張ってもらおう!!」
大変な仕事を頼むのは申し訳ないけど、背に腹は代えられない。
私にやれる限りのお手伝いはするから、その時には頑張ってもらう事にしよう。
「主様は我儘ですね」
「フォビナだけには言われたくない」
思わず即座に真顔で返してしまった。
「色々と不安な部分はあるし、フォビナの言葉に従うのもどうかと思うけど……実際問題このまま何もしないってわけにもいかないよね。生命的なものは後回しにするとして、土台を創り始めようか」
本当は、土台だろうとなんだろうと、『世界を創る』という責任を考えるとやりたくない気持ちでいっぱいなんだけど、創造の神になってしまった以上は腹を括ろう。
私がやらなくちゃ、やる人がいない。
私が手を付けないとここはこのまま、いつまでも何もない大地だ。
やらずに0のままにしておくよりも、例え失敗したとしても頑張って1でも2でも良い方に変えていった方が良いに決まってる。
「ねぇ、フォビナ。世界を創るって具体的にはどうすれば良いの?」
「貴方は創造の神なので、イメージしてそうしようと念じれば出来ます。ちなみに、私も『創る』まではいかなくても、主様が作ったものを多少『修正する』事は出来ます」
「イメージして……念じる?」
正直、出来る気がしなかった。
しなかったんだけど、やってみない事には始まらないので、フォビナの説明通りに少し離れた所に山を作ってみようと思い、イメージして念じたら……出来てしまった。
神の力偉大。
そして、ちょっと怖い。
ただ、1つ救いだったのは、山を作り出す直前に目の前に『山を創りますか?YES/NO』という確認画面が発生した事だ。
これなら、「その気はなかったのに間違えて山とか河を作っちゃった」なんていう、洒落にならない状況に陥る事はないだろう。
「成程。こうやって創ってくんだね」
「他にも私を通して設定する事も可能です」
フォビナが私に掌を向け軽く振ると、目の前にスマホの画面のようなものがパソコン画面位のサイズで表示された。
なるほど。普段の会話は声でやり取りした方が楽だけど、こういうのは図とかを見ながらの方が楽だから、画面表示にしてもらった方が良いね。
出してもらった画面を確認すると、四角い白い画面が表示されていて中央に幾重かになった丸のようなものが記されている。
まだほとんど何もないからわかりにくいけど、きっとこれは地図のようなものなんだろう。
「この右上の神力ってのは何なの?」
画面の右上に小さく長方形で囲まれて表示されている『神力:101』の文字について訊ねる。
神力……文字的に神の力って意味なのはわかるけれど、その使用方法とか用途がいまいちわからない。
「神力とは、それぞれの神がレベル毎に与えられる力です。何の神かによって使用できる内容は変わってきます。主様は創造の神なので、命あるもの……この場合は草木も含まれますが、それらを創る際等にその内容に応じて消費されます。神時間1時間毎にレベル数の分だけ増えます。主様はレベル1なので、1時間毎に1増えます」
神時間1時間に1ずつかぁ。
フォビナの説明によると、この神時間というのは日本での1時間とほぼ同じ位らしい。
ただ、世界によっては100分が1時間になる場合や10分が1時間になる場合もあるらしく、統一する為に『神時間』という形で設定されてるらしい。
「後、この神力は神様市場ではお金の代わりとして使用されますので、たくさん集めておくと色々とお得な物が買えます」
「神様市場?」
「世界と世界の狭間にある市場で、色々な物が売っています。ただ、ひとまず主様はこの状況を何とかする事が先決だと思うので、それについてはまた今度にしましょう。……早く寝心地の良い場所を作って下さい。疲れました」
神様市場……凄く気になるんだけど、確かに今はお出かけよりもそっちの方が優先か。
フォビナに敷かれるのは真っ平ごめんだし。
「わかった。ひとまず、今はまだこの世界はまっさらな状態だから、色々と試しつつ土台となる地形を作ってみるね」
生き物がいない今の状況なら、地形をどんなに変えても被害は生じない。
それに、山とか海とかの配置ってそれ程重要じゃない気がするし。
地球の生き物達だって、そこに存在する地形に合わせて生活を作り上げてったわけで、地形を操作してどうこうしたわけじゃないしね。
「よし、まずはこの辺に河を設定してみよう」
設定出来る内容や設定の仕方等を確認しながら作業を進める。
「この記号みたいなのを置いて、最後にYESを押せば……よし、設置完成。次は……」
一通りやってみると、意外に簡単な上にちょっと楽しい。
何にもない分、見通しも良いからその場で出来たものを目視できる事も多いし、神様なだけあってボタン1つで行きたい場所に移動できるし、見たいものも見れる。
便利だ。
便利なんだけど……
「……はぁ、まだこれしか出来てないのか。先は長いな……」
最初は楽しかった作業もあまりに設定する内容が多過ぎて、次第にうんざりし始めてしまう。
これ、本当に全部作りあげられるのかな?
「主様」
「……どうしたの?フォビナ」
1時間位して、画面を見るのに目が疲れてきた頃、傍らでティータイムを楽しみつつ、何処から取り出したのか雑誌を見ていたフォビナが私を呼んだ。
「初心者の創造の神は初回限定で、ベテラン創造神達監修のスターターセットが神力50で購入できますよ?」
「……は?」
「最初からの世界創造は初心者神にはあまりにも大変過ぎるとの声をありまして、基本となる世界がいくつかの設定を行うだけで簡単に作れるものが初回限定に限り格安で購入できるようになっています」
雑誌を見る手を止めて、私の方を向いてフォビナが軽く手を振ると今まで使っていた設定画面が切り替わり、画面上に大きく『創造神基本セットA』『創造神基本セットB』……と10個程縦に並んで表示される。
創造神基本セット……要するに、これを使えば、ほぼ基本的な世界は完成するという事。
しかも、ベテラン創造神が監修って事は、高確率で私が1から設定した土台より質が良いだろう。
…………。
「何故それを早く言わない?」
「主様が基本的な機能の使い方の確認や練習がしたいのかなと思いまして」
「それなら一通りのやり方確認が終わった時点で言えばいいよね?」
「無駄な努力をしている主様が面白かったので、つい」
「それが本心かぁぁぁ!!」
私の怒りの叫びが辺りに木霊した。