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3 初出勤です。


転職先の職場に初出勤して最初にしないといけない事はなんだろうか?


私はその答えはきっと挨拶なんじゃないかと思う。


『始めまして。お世話になります、檀野絆です。これからよろしくお願いします』


転職早々、完璧な仕事なんて出来ないけれど、だからこそ挨拶ぐらいはちゃんとしておかないといけないと思う。


だから、当然不本意な形であったとしても新しい職場(?)に行ったら、そんな挨拶から新しい生活が始まるんだって思ってた。


そう思ってたんだけど……



「……挨拶出来る相手すらいないって酷くない?」


スマホの導き(?)に従い、神(創造)に転職して、初めて意識を取り戻した私の目の前に広がったのは何もない土地。


そう。何にもないのだ。


挨拶出来る相手はおろか、川や海とかの水系統も、山や谷等の大地の凹凸も全く存在しない。


太陽も月も、雲もない。


あるのは何処までも続く、硬そうな地面のみ。


後はどういう原理かはわからないけれど、何もない空が白くぼんやりと輝いてはいる。


目覚めたらいきなり真っ暗な空間に浮かんでたとかよりはましだけど……って、よく考えたら刺されてから転職するまでの私の状態がそれだったわ。


いや、とにかく、そんな事よりも問題なのは今目の前に広がっている、新しい職場環境の劣悪さだ。



「普通、例え転生したのが神様だったとしても、それなりの世界が既に構築されているもんなんじゃないの!?」


人類が存在するかしないかは、この際、転生先の世界観の問題だと諦めよう。


でも、せめて基本的な太陽とか水系統とか草木とかは存在していて欲しかった。


これはあんまり過ぎる。


ピロリロリン♪


あまりの光景に茫然と立ち尽くしていると、唯一の私の持ち物であるスマホが鳴った。


その音にハッとして、縋るような思いでスマホの画面を見る。


『いや、だって貴方が「神(創造)」ですし(笑)』


「初っ端からツッコミかよ!新人には優しく!!」


『(笑)』


何か新しいアナウンスを期待して視線を向けた先に表示された言葉に、ガックリと項垂れる。


このスマホが私の唯一のサポート役だと思うと先が思いやられる。


「これから私はどうしたらいいんだろう?」


『ひとまず、私に名前を付けて下さい。付けて下さったら会話が出来るようになるので。正直、画面通して話すのめんどいです。……貴方、字を読むの遅いですし』


「今度は文句!?私、そんなに字を読むの遅くないはずだよ!?」


『良いからさっさと名前を付けて下さい。行動も遅い方ですね』


更に文句を付けられた上に、溜息の絵文字までデカデカと表示される。


……ヤバい、本当に心が折れそうだ。


「名前……スマホじゃ駄目なの」

『駄目です」


間髪を入れずに画面に拒否の言葉が表示される。


「ケータイ」

『却下』

「ナビ」

『却下』

「案内役」

『舐めてるんですか?拒否』

「サポート」

『それ、本気で言ってます?あぁ、手があったら殴りたい』

「……」


思い付く名前を挙げたら、全て拒否された。


しかも、徐々にスマホさんがイラついているのが伝わってくる。


というか、最後のコメントはイラつき通り越して、既に攻撃的になってきている。


「じゃあ、何だったらいいのよ!?」

『え?今の冗談ではなく本気で言ってたんですか?……ネーミングセンス皆無なんですね』


冗談って……。


しかも、これは文字でもわかる。本気で驚いているリアクションだ。


これでも私、頑張って考えてたのに。


思わず頭を抱えて蹲る。


今、切実に名前事典が欲しい。



ピロリロリン♪


頭を抱えるのに忙しくてスマホ画面から視線を外していると、まるで「こっちを見ろ」とでも促すかのようにスマホが鳴った。


現実逃避したくなる気持ちを抑えてスマホに視線を戻すと、『せめて、そのままの言葉を使うのではなく、少し捻って下さい』と表示されている。


心なしかスマホさんが優しくなった気がする。


……若干、諦めの境地に達している気がしなくもないけど、気にしないでおこう。


「少し捻る……かぁ。スマートフォン……スマー……マート……フォン……ナビゲーション……ナビル……ナビーナ……ナビエル……。あ、そういえば、スマホさんって性別は?」


よく考えたら、名前を付ける上で重要な情報が1つ抜けていた事に気付く。


『貴方は馬鹿ですか?スマホに性別があるわけがないしょう?』


「え?性別ないの?」


いや、私だってスマホに性別がないのくらいはわかるよ?


多少、デザインから女性向け男性向けってのはあるだろうけど、携帯会社の店員さんに「このスマホは男ですか?女ですか?」と聞いたら怪訝な顔をされる事は間違いないだろう。


でも、こうやって話しが出来る状態だと何となく性別があるんじゃないかって気がしてた。


性別がないなら、女っぽくとか男っぽくとか考えずに決めても大丈夫そうかな?


「えっと、じゃあ……フォビナ……なんてどうかな?」


『ナビ』するスマート『フォ』ンを縮めて逆から読んだ感じ。


私にしたら、結構頑張った方だと思うんだけど……。


『…………まぁ、及第点という事にしましょう』


たっぷりと間をおいた後、スマホさん――フォビナからお許しの言葉が出た。


よかった。本当に。


やっと決める事の出来た名前にホッと胸を撫で下ろしてしている間に、スマホの画面が切り替わり『管理者メニュー』という画面が表示される。


『そこの使者名設定のところに、フォビナと入力して下さい。使者――サポート役の名前は主である神が入力するのが決まりになってるので』


「わかった」


フォビナの指示に従って、使者名を『フォビナ』に設定し、『使者名を「フォビナ」に設定しますか?』の質問にOKのボタンを押す。


ちなみに、使者名は一度設定すると変更が出来ないという注意書きも書かれていた。


……ついつい転職先決定の時も、これ位丁寧な確認作業が欲しかったと思ってしまった事は仕方ない事だと思う。


『使者名が「フォビナ」に設定されました。これにより、フォビナは神「キズナ」の使者としての能力を解放する事が出来ます』


フォビナ自身の口調とは何処かちょっと違う印象の案内文が表示されたと思ったら、私のスマホが白く輝き出した。


「うわっ!眩しい!!」


思わず目を瞑ると、手の中のスマホが何かに引っ張られるようにして私の手から離れていく。


「え?何?どういう事?」


私が戸惑っている内に、視界を染め上げていた白い光が徐々に収束していき、私から2、3m離れたところに光の塊……薄らと光る繭のようなものへとなった。そして、それが次第に人の形へと変わっていく。


やがて、光は徐々に弱まっていき、最後には白銀の真っ直ぐな長髪を靡かせた、知的で何処か中性的な美しい女性が立っていた。


「……まぁ、こんなもんでしょうか?」


「え?え!?もしかして、スマホさん……あ、じゃなくって、フォビナ?」


思わず今までのくせでスマホさんと呼んでしまったら、目の前の美人さんに睨まれた。


知的クールビューティーって感じで、表情が乏しいくせに、不満だけはしっかりと伝えてくるこの感じ。


うん。彼女がフォビナで間違いないだろう。


でも……


「フォビナって性別ないって言ってなかった?」


目の前のフォビナはクリスタルが散りばめられ、裾に花柄の綺麗な刺繍が入った細身のロングワンピースを身に纏っている。


どう見ても女性物の服だし……胸が私よりも大きい。


「ええ、私に性別はありませんよ?男にも女にもなれますし、両方を兼ね備えた存在にもなれます」


「両方!?」


思わず視線がたわわに実った胸から下へと下がっていきそうになったのを慌てて止める。


深くは考えてはいけない。フォビナはフォビナ。


男でも女でも両方でも、どっちでも良い。


今がどの状態なのかとか、安易に興味本位で探りを入れるのは失礼以外の何ものでもないだろう。


「フォ、フォビナはそういう綺麗で可愛い感じの格好が好きなんだね」


何となく気まずさを感じて、フォビナの性別が女性なのではと疑う切っ掛けとなった服装に話題を移す。


「……何を言ってらっしゃるんですか。これは貴方が私に着せていたものですよ」


「私が着せていた?」


フォビナの言っている言葉の意味がわからず、首を傾げながらもう一度彼女の服に視線を向ける。


う~ん、確かに言われてみれば何処かで見た事があるようなデザインだけど……こうして人の姿をしたフォビナに会ったのは今が初めてのはずなんだけど……あっ!!


「その服って、私のスマホケースとデザインが一緒だ!!」


透明感のある白に、綺麗な花が右下に描かれ、所々に小さなスワロフスキーが埋め込まれたスマホケース。


派手過ぎず、綺麗で可愛くもあるそのデザインに一目ぼれして、ちょっとお高めではあったけれど買ってしまったそのデザインに、今フォビナが来ているワンピースはよく似ていた。


「そうです。これからは自分の意思で着替える事も出来ますが、最初に人の姿を取る時は、主である神が与えた服で使者は顕現するんですよ。所謂、初期設定的なあれです」


フォビナはスカートの裾を軽く摘んで見せつつそう説明した。


そっか。なるほど。そう言えば、フォビナの髪の色は私のスマホ本体の色によく似ているし、フォビナの本体は間違いなく私のスマホだという事なんだろうな。


ん?そういえば、フォビナは私が使ってたスマホケースがあったからこの格好で出てきてるけど……


「ねぇ、フォビナ。最近は、スマホケース使わなかったりスマホリングのみ使ってる人も多いけれど、その場合って……」


「いやですね、主様。そんな事、私に言わせないで下さい」


「……」


頬に手をあて、恥しそうな素振りで話しているフォビナだけれど、頬は相変わらず白いままで少しも赤みを帯びてはいないし、表情の変化もない。


これは明らかに恥ずかしがってるんじゃないくて、私をからかってるんだと思う。


でも、この口振りからして、その場合の使者の格好は……うん、考えるのを止めよう。


ケースを何も使ってない場合も問題だけど、スマホリングだけもかなりアレな感じがするし、これは深く追求してはいけない話題だ。


「主様、新品だった私を買って、その後乱暴に扱い傷物にしたのは主様なんですから、責任とってこれからはしっかり働いて私を贅沢させて下さいね」


「ちょっと!何だか言い方に悪意を感じるんだけど!?」


確かに、新品だったスマホを買って、落したりぶつけたりして傷を付けちゃった事はある。


それは認めるけど、無表情のまま、何処からかハンカチを取り出して目元を拭う仕草をするフォビナの仕草には、わざと私を悪い男に見たてようとするようなそんな意図を感じる。


「……何だかフォビナと喋ってると疲れるな」


「私は文字で会話するより喋ってる方が楽です」


「そういう意味じゃないんだけど……」


しれっとした顔で言ってのけるフォビナに、もう溜息しか出ない。


これからずっとこの人……このスマホ兼案内役と生活してくのか。


大丈夫かな?……主に私の胃。


ここに来るまで大変な事がたくさんあったはずなのに、フォビナと話しているとそこを悩んでいる暇がない。


否。多分、今はまだ実感出来てないだけなんだろうな。


それが良い事なのか悪い事なのかはよくわからないけど。


「さて、主様。そろそろ初仕事の方、初めて下さいませんか?」


再び「はぁぁぁ……」と大きな溜息を吐いた所で、自分の髪の毛を指先に絡めながらだるそうな様子でフォビナが私の事を促してくる。


……こいつ、とことんやる気なさそうだな。


「初仕事って何をやれば良いの?」


「見てわかりませんか?ここ、何もないですよね?このままじゃ、私が優雅に暮らせませんよね?」


「ここが何もないのは同意するし、ここを何とかしないといけないってのもわかるんだけど……目的はあくまで貴方の優雅な生活の為なの!?」


思わず突っ込んでしまうと、フォビナがコテンッと首を傾げ「他に何かありますか?」というような表情を浮かべる。


……駄目だこいつ。心底駄目な奴だ。


「何だか今、凄く私に失礼な事を考えたような気がしますが……そこはまぁ良いです。それよりも、早くここの環境を何とかして下さい。このままでは、今日はこの土の床で寝る……貴方の上で私は寝ないといけなくなってしまいます」


「ちょっと待て!そこで何故主を敷物代わりにしようと考えた!?」


「貴方より私の方が身長が高いので足が出てしまいますし……横幅も狭くて寝にくいですよね。困りました」


「困るのは下に敷かれる私の方ですけど!?」


「そうならないように、早く住環境を整えて下さい」


正当な文句を言う私に対して、フォビナは「やれやれ」といった様子で肩を竦めた。


……もう何だか怒るのも突っ込むのも疲れてきたな。


思わず遠い目をしてしまった後、私はフォビナの促しで職場の環境調節を始める事にしたのだった。


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