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21.全国に支部が出来ました。

「うわ~、あの人、最近よく話し掛けて来る商人さんだよね?」


寒さに手をさすりながら、私がセスカの冒険者ギルドで働き始めてからずっと借りている宿に戻ってくると、私の借りている部屋のドアの前で見覚えのある人影を発見した。


大きな花束を抱え、薄っすらと笑みを浮かべているその人は、同じ宿に泊まっている、最近『偶然』一緒になる事が多い商人さんだった。


ちなみに、例え『偶然』会う事が多かろうと、話し掛けられる回数が多かろうと、私はその商人さんには塩対応しかしていない。


一応礼儀として、愛想笑いと返事位はするが、一言二言話した後はすぐに用事があるからとその場を立ち去っている。


宿の食堂で一緒になった時も、「今日は急いでいるから」とろくに会話もせずにご飯をかき込んで宿を出た。



……だって、私のヤバい人レーダーにこの人はビンビン引っ掛かっていたから。


そして、今、私の部屋の真ん前で花束を抱えて明らかに誰かを……いや、ここは敢えてはっきり言おう。塩対応のみで全く脈がない『私』を待っているその人物が、私の予想していた通りの存在だった事を確信した。


「何で、あれだけ露骨に避けられているのに、花束と……あれ、明らかに指輪か何かだよね?そんな物を持って人の部屋の前で待ち伏せしてるの?」


これが恋人とかだったら、感動のサプライズだったかもしれない。


場合によっては一生の思い出になる素敵なプロポーズとかだった可能性もある。



……でも、それはあくまで相手が恋人だったらの話だ。


赤の他人で、全く交流を深めていない私からしたら、ただの恐怖体験でしかない。


あれがただご飯に誘いに来ただけとか、告白をしに来ただけとかだったら、その為に花束と指輪を用意している事に対して引く。


見た目のイメージ通り、諸々の過程をすっ飛ばして、あの手にしている指輪でプロポーズしてきたとしたら……正直滅茶苦茶怖いし理解し難い。


きっと裸足で逃げ出す。


だって、私と彼はそんなレベルの関係まで発展していない。


赤の他人に毛が生えた程度。


ギリギリ知り合い。友達未満だ。


それに、まず何の用事で来ているか以前の問題として、女性が一人で借りている宿の部屋に夜押し掛けて、帰るのを待っているという状態自体が駄目だと思う。


本当に私に用事があるのだとしたら、人目のある所で声を掛けたり、手紙を渡したり、お店の人を通して私にアポイントを取って欲しい。


電話やメールのないこの世界では、余程親しい関係の相手以外には大多数の人がそうしている。


常識って凄く大切だと思う。



「一応、お店の人にはこの事伝えて……今日は教会の方にでも泊まろうかな?」


ここであの商人さんに見つかるのは面倒そうだ。


話し掛けるなんて論外。


今まで何度も似たような事を経験し、大変な目にあった事もある私はもう既にその事を学んでいる。


幸い、私にはこんな夜でも確実に泊まれる場所がある。


教皇が、私がジャビを探す為にお忍びで世界を回りたいという話をした時に、全世界の教会に対して必ず神を迎える為の部屋を造るようにと御触れを出したのだ。



……しかも神託扱いで。


言っておくけれど、私はそんな事頼んでいない。


同席したフォビナが「教会は神の為にある所なんだからただで泊まり放題ですよね?」とボソッと呟いたせいだ。


私は創造神だからお金も家も作り放題だし、何もそんな所でケチらなくてもと私は言った。


けれど、フォビナの言葉に『キズナ様が各地の教会にご降臨下さるなんて!!』と感激し涙を流す教皇は全く私の話を聞いてくれず、どんどんと話を進めてしまった。


その時私は「神(私)の言葉よりフォビナの言葉の方が上なのだろうか?」と思ったが、口にはしなかった。



……だって言ったって、興奮MAXの彼はきっとそれすらも聞いていなかっただろうから。


それに、もし聞こえてたら聞こえてたで、あの教皇はきっと「キズナ様のお言葉を1文字でも聞き漏らすなんて私はなんて重罪を……」と顔を真っ青にして自分で死刑台に上ろうとするだろう。


以前に一度、似たような事をされ掛けて慌てて止めた事があるから容易に想像が付く。


そんな大変な事になる位なら、不満を感じつつも口を閉ざした方が良いに決まっている。




結果、教会に私がいつ来ても泊まれるように特別な部屋--『神の宿』が1つ設置される事が義務付けられた。


ただ、泊まるにしても毎回お祭り騒ぎで出迎えられるのだけはどうにか避けたかった為、その事だけはと教皇にお願いした所、神の宿は午前中に教会の人の手によって綺麗に整えられ、午後からは一切立ち入り禁止とされる事になった。


しかも、施錠までされる念の入れよう。


正直、何もそこまでしなくてもと思ったけれど、私がその事を教えられたのは、全ての教会に神の宿が設置され、フォビナが作ったというどの教会の神の宿のドアも開ける事が出来る特殊な鍵を手渡された時だった。


要するに事後報告。


既に、全ての神の宿のドアにも私の手渡された鍵で開く錠が設置されているのだから、今更作り直してもらうのも申し訳ない。


結果、もう既に決まっていたそのルールに則って、神の宿が運用される事となった。



「出入りの時に見付かると厄介だから、あまり使う事はないんだけど……こういう時には便利よね」


部屋自体は教会の規模にもよって差はあるものの、何処も自分達に出来うる最高のおもてなしをしてくれている感じだ。


見付かった時のリスクや、気を遣う事もあって気楽な一般の宿暮らしをする事の方が多いけれど、たまの贅沢や緊急時の避難場所としてはかなり重宝している。



「今の時間だったら、丁度目立たずに入れるだろうし。……うん、やっぱりそうしよう」


チラッと未だに動こうとしない商人さんを確認し、私は踵を返した。


宿の女将さんに事情を話し、荷物は部屋に残してある為宿代は払うが、今日はこのまま別の宿に泊まると伝えると、女将さんは驚いた顔をした後、私の事を心配してくれた。


「そりゃ、お客と言えどお説教が必要だね!」と言って、胸を叩いて後の事を請け負ってくれた彼女にお礼を言って宿を後にする。


あの宿は、女将さんもご主人も元冒険者で腕にはそれなりに自信のある人達だ。


よく酔っぱらった冒険者達の喧嘩も仲裁したり……力技で強制的に解決している。


あの人達に任せておけば、きっと問題ないだろう。



「ここの教会の部屋使うのは初めてだなぁ。どんな感じだろう?」


建物からこぼれ出る灯りを頼りに、私は少し速足で教会に向かった。




***


教会関係者は朝の礼拝がある為、比較的夜は早めに就寝する事が多い。


既に皆眠っているだろうと思い向かった先は、思っていた通り全ての灯りが消され真っ暗な状態だった。


その事にホッとしつつ、教会の敷地内を見回し、恐らく別棟として建てられているであろう神の宿を探す。


「ここだね」


教会の裏手から続く5m足らずの石畳を進んだ先にあったそれは、すぐに見つかった。


もう1軒併設されている孤児院とは建物の大きさが全く違ったから、迷うこともなかった。


念の為、錠を確認すると私の持つ鍵とセットでフォビナが作った大量生産品の錠と同じデザインの物がついているから間違いない。


この錠は私の持つ鍵と、それぞれの教会に1つずつ与えられた鍵のみ開くようになっている。


ちなみに、教会に与えられている鍵で開けられるのはその教会に設置された神の宿の錠のみ。


他の教会の錠は開かない仕組みになっている。



「さて、今日は疲れたし、さっさとお風呂に入って寝よう。……って、え?」


鍵を取り出し、ドアを開けようとした時、不意に中からすすり泣くような声が聞こえた。


基本、神の宿の中の声はほとんど外に漏れない構造になっている。


だから、近付いてやっと聞き取れる程度のものだったけれど、それは確かに聞こえた。



「この時間には誰も中にいないはずなんだけどな?」


不思議に思い、首を傾げつつも鍵を開けてゆっくりと音を立てないようにドアを開ける。


この世界に存在するもののほとんどは私が造ったものだから怖くないはずなんだけど……正直、人間だった頃の感覚も強く残っている私は「もしかして幽霊とか?」と少しビビっている。


「お邪魔しまぁす。……誰かいるの?」


ドキドキしつつ、真っ暗な室内を覗き込む。


目を細めて泣き声の主を探すと、部屋の片隅からガタンッと物音がした。


やはり誰かいるらしい。


「灯りは……と」


部屋と言うのは使い勝手の問題もあり、大体灯りを付けるスイッチの位置というのは決まっている。


ゆっくりと扉を開け、体を滑り込ませた私はドア脇の比較的灯りのスイッチとなるものが設置されている事が多い辺りの壁を手で探った。


ちなみにこの世界では、科学はそこまで発展していないけれど代わりに魔法の力を使って部屋を明るく出来る装置がある。


所謂、ラノベとかでよく出て来る魔道具とかいうやつだ。


……もちろん、この発展の裏側には私の「魔法っていいよね!」「科学技術は発展するのに時間が掛かりそうだけど何もないと不便だし、魔道具とか発展させたいなぁ」という思いが大いに反映されている。


つまり、それが使えるように基礎となりそうなものを創造したのは私というわけだ。


ただ、そこから人々が色々と研究開発を進め、当初はなかった便利アイテムも次々世に誕生している。


その一つが部屋の灯りだ。


魔石という特別な石を使った魔道具とそれと対になるスイッチを設置する事で、灯りが付き部屋を明るくしてくれる。


私がかつて住んでいた日本の電気と同じ役目を果してはいるけれど、電気より明るくはなく何処か優しい灯りだ。


「あ、これだ」


手に触れたつるんとした石のようなそれに触れるとすぐに部屋に設置されていた灯り用の魔道具が部屋を照らす。


先程物音がした方を見ると……



「……男の子?」


金髪の男の子が怯えたように体を縮こまらせていた。


私の来訪に驚いているのか、長めの前髪の隙間から見える鮮やかなエメラルドグリーンの瞳が大きく見開かれ、私の方を凝視していた。


「ねぇ君、何でこんな所にいるの?」


これ以上驚かせたり怯えさせないようになるべく優し気な声になるよう意識して尋ねかける。


「あ……あ……あ……僕……僕……」


一生懸命私の問いに答えようとするけれど、パニックになり掛けているのか、彼は一層膝を強く抱え込み、体を小さくして何も答えられない。


何度も口をパクパクと開閉している彼をこれ以上焦らせないように、私は笑顔で首を傾げてひたすら彼が落ち着いてちゃんと言葉を紡げるまで待つ。


その間に彼を観察して、私は大体の予測を立てていた。


彼の服装は決して良い物ではないし、使い込まれている感じはあるけれど平民のそれよりもちょっと質が悪いな程度のものできちんと洗濯はされている感じがする。


そして、ここが孤児院併設の教会である事から、彼は教会の運営する孤児院で生活する子供の内の1人なのだろう。


ただ気になるのは、彼の体が以前見た孤児院の子供より痩せていて、体の目立ちにくい所に何か所か痣があった事だ。


それに加えて、彼は本来午後から立ち入り禁止の建物に一人取り残され泣いていた。


ドアには施錠もされていて、私の持つ鍵かこの教会に渡されている鍵でしか中からでも開ける事が出来ない状態だ。


要するに中に閉じ込められて泣いていたという事なんだけど……問題は彼が何らかの理由で偶発的に閉じ込められてしまったのか、他の人にわざと閉じ込められたかだ。


前者なら、「今度は気を付けてね」と言って送り出せば良い。


後者なら……。



「ご、ごめんなさい。女神様。僕……僕……悪気はなくて。お掃除が終わって出ようと思ったら外から鍵を閉められちゃって……」


……やっぱり閉じ込められてたか。


「あの……やっぱり僕は神罰を……」


思案していると、彼の目から一度は驚きで止まっていた涙が溢れ出し、ガタガタと震え出した。


しまった。いけない、いけない。


彼をこんな状態にして最初に泣かせた犯人への怯えとは別に、今は自分の意思とは関係なく規則を破ってしまった事で私に罰せられる事に彼は怯えている。


私が色々と考え込んで黙っていては余計に怖い思いをさせるだろう。



「大丈夫、大丈夫。わざとじゃないんでしょ?それなら罰したりしないから!」


大体、午後に部屋にいたら罰するってルールは私ではなく、教皇とフォビナが勝手に決めたものだ。


元々私に罰する気はない。


「……ほ、本当ですか?」


「本当よ」


彼に近寄り、視線を合わせるようにしゃがみ込んでソッと彼の頭を撫でる。


「うぇ……でも……僕、約束……」


私の言葉にホッとしたのか余計に涙が溢れ出す彼に、私はニッコリと微笑み掛ける。


「私はキズナ。貴方のお名前は?」


「……セ、セイ」


私が敢えて神として呼ばれている本名の方を名乗ると、彼は「……やっぱり」と小さく呟いた後、恐る恐る自分の名前を名乗った。


その怯えつつも私に対して少しだけ歩み寄ってくれた様子が妙に可愛くて、ちょっとだけ胸がキュンとした。


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