17 雲行きが怪しくなってきました。
「やっと買えたぁ……」
フォビナに促されるままに並んだ串焼き屋さんは思っていた以上に混んでいて、買うまでに相当な時間を費やすはめになった。
その間、フォビナは私を列に並ばせて他のお店に買いたい物を買いに行き、戻って来て気が向いたら地上の話ちょこっとして、また「あ、あれも食べたいですね」と言って旅立って行く事を繰り返した。
……普通、逆じゃない?
従者が主の為に主の望む物を買いに行くというなら納得できる。
でも、フォビナはそうじゃない。
主である私に並ばせておいて、自分が思いっきり観光を楽しんでいるのだ。
私はその間、ずっと列に並び続けているわけだから、当然面白くも何ともない。
日本にいた頃だったらスマホを弄って時間潰しをする事も出来たけど……肝心の私のスマホが勝手に遊びに行ってしまっている状態では、ただただ立って順番が来るのを待つだけだ。
別に欲しい物を手に入れる為に並ぶという行動が嫌なわけではないけれど、何だか納得がいかない。
まぁ、だからと言って全く土地勘のない異世界のような場所で1人で出歩くのはちょっと怖いから、置いて行かれたら待つしかないんだけど。
そんな感じで行ったり来たりを繰り返す中、それでもフォビナは少しずつ地上についての話をしてくれた。
例えば、地上に現存する国についてとか、お金についてとか、観光についてとか美味しいお店についてとか…。
観光や美味しいお店についての話はともかく、その他の事については勉強になった。
まず、地上には大国と呼ばれる5つの国があるようだ。
中央には私を祀る神殿や聖地がある神の国『ダンノール』。つまり今いるこの場所の事だ。
この国は、主に人間が治めているけれど、神の国と言っているだけあって開かれた国であり、人間が治めている理由もあくまで最初にこの地を守る役目を与えられたのが人間だったからというだけだ。
住んでいる人は人間に限らず様々な種族の人がいて、差別は許されない。
そして、ダンノールから四方に伸びる外円への通路を保有する4つの大国。
エルフの国『エイフルート』、ドワーフの国『ドノワーレ』、竜人の国『ドラニーク』、獣人の国『アニマーン』。
これらの国々はそれぞれの種族が王族として納めてはいるが、決してその種族だけが生活している国というわけではない。
比率的にはどうしても、それぞれの種族の人が多くはなってしまうが、冒険者なんていうあちこちを旅して生活をしている職種の人もいる為、それなりに他種族との交流があり、中にはその地に定住する人もいる。
ただ、ダンノールと違い、そういった人達への差別が全くないかというとそうではない。
フォビナ曰く、それぞれの種族ごとに後ろ盾となる大国――『母国』がある為、『種族』に対する大々的な迫害は国同士のトラブル防止の為ないが、それでも小さな差別はあるらしい。
ちなみに、大国同士の戦争はここ200年位はないようだ。
大国と言われるダンノールを除く他の国々は、ダンノールへの外円からの通路とも呼べる土地を中心に発展している。
また、国と国との間には内海がある為、戦をする為に他国に行こうと思ったら、中央突破をするかいくつもの中小国を経由して外円の土地を進む、もしくは内海を船で進むしかない。
一番侵攻しやすいのは中央突破だろうが、中央には神の国ダンノールがある為通る事は出来ない。
要するに地形的にとても戦争がし難い状態なのだ。
ただ、これは大国同士の話で、外円に存在する中小国では時々小競り合いのような戦が起きているようだ。
戦争の話が出た時には、思わず眉を顰めてしまったけれど、フォビナ曰く争いを0にする事は神であっても無理だし、この世界は他の世界に比べてかなり少ない方な為、これ以上は仕方がないらしい。
最初に世界の設定を行った時に何となくで決めた地形だったけれど、今のところそれが良い結果に繋がっているのであれば、良かったと思うべきなのだろう。
次はお金について。
ダンノールの貨幣は、どうやら日本とほぼ同じ計算で良いようだ。
フォビナがダンノールの祖先達がお金を作ろうとした際、私が買い物に来た時に少しでも買い物がしやすくなるよう、そう定めさせたらしい。
ただ、単位については『円』と言ったのが当時のダンノール人には上手く聞き取れなかったようで、「イェン」となってる。
私を気遣ってくれたのは嬉しいけれど……ちょっと公私混同し過ぎな気がして仕方ない。
ダンノール以外の国でもそれぞれの貨幣があるようだけど、「イェン」はどの国でも共通で使えるお金な為1番流通しており、「イェン」を持っていれば何処に行っても基本的には困らないようだ。
「あちらに公園があるので、そちらで食べましょう」
やっと手に入った串焼きと、私を並ばせている間にあちらこちらで買い漁ってきたらしい食べ物の数々を持ったフォビナが、串焼き屋から真っ直ぐ進んだ先にある、緑の生い茂った場所を指差す。
どうやらあそこがフォビナの言う公園のようだ。
公園って聞くと、私の中で真っ先に思い浮かぶのは子供の頃に近所でよく遊んだブランコや滑り台、砂場等の遊具がある公園だけど、ここはどちらかというと広場という感じだ。
中央に芝生のような植物が植えられている広い空間があり、それを囲むようにして木々が生い茂っている。
所々にベンチが設置されており、中央の広い空間では家族連れの人達が子供が走り回るのを楽しそうに眺めながらゆったりと過ごしている。周囲のベンチでは近くの屋台等で食べ物を買い込んできた人達が美味しそうにそれを食べたりお喋りをしている。
「いい場所だね」
穏やかで温かい場所。
暫く自分の神殿に引きこもっていた私にとって、ここはとても懐かしくて心地良い。
妖精や精霊達、フォビナやジャビと過ごす日々も楽しくはあるけれど、ずっと人間の中で過ごしてきた私にとっては、人が多いこの空間はやっぱり少しホッとする。
「主様、私の素晴らしい手腕を褒めて下さるのは良いですが、早く食べましょう。美味しい食事が冷めてしまっては大変です」
心が温かくなる景色を眺めてその雰囲気に浸っていたら、フォビナが私の手を掴んでグイグイと引っ張ってくる。
食べ物が冷めてしまうのを心配するのはわからなくもないけど……私にとっては初めての地上なんだから、少しはゆっくり楽しませて欲しい。
ため息を吐きつつも、もう食べ物の今年か頭にないフォビナに逆らっても意味はなさそうだから、渋々その行動に従う。
まぁ、食べてからもまだ時間はあるだろうし、今日が駄目でもまた来れば良いからね。
今まではフォビナによって原型がわからない程に進化した地上を見るのが怖くて全く来る事がなかった地上だけれど、実際に来てみれば良い場所だというのがよくわかったから、これからは躊躇わずに来れそうだ。
その点に関してだけは、フォビナにも感謝しないといけないね。
「この辺なら人もほとんど来ないし、他の場所から死角にもなるのでゆっくり出来るでしょう」
フォビナに連れて来られたのは、他のベンチより少し離れた所にあり、周囲を背の高い木々に覆われた場所に設置されているベンチだった。
他のベンチより少し離れている分、やや周辺は整備されていない印象だけど、人目を気にせずのんびり食事するには丁度良さそうだ。
「さて、食べましょうか」
お互いベンチの端と端に座り、真ん中に戦利品の食べ物を並べる。
私はただひたすら串焼きの列に並んでいただけだったから、その間にフォビナがどんな物を買ってきたか詳しくは知らなかったけれど……うん、どれも美味しそうだ。ナイスチョイスである。
私が買った串焼きの他に、大判焼きのような見た目の甘い匂いのするお菓子やピザのようなもの。香り的にはカレーっぽい感じがするんだけど何かよくわからない炒め物。何かのジュース。スナック菓子的な位置づけっぽい何かを揚げたもの等。
初めて見る物ばかりだから、「こんな感じの味かな?」というイメージは出来ても実際は何かわからないものばかりだ。
まぁでも、香りや見た目は合格だし、何より食べる事大好きなフォビナのチョイスならまず間違いはないだろう。
「いただきます!」
日本風に手を合わせてから、まず串焼きに手を伸ばす。
自分で並んで買った物だし、やっぱり串焼きは熱い内に食べた方が美味しいだろうからね。
「あ~……」
大きな口を開けて、中に投入しようとした段階でふと手を止める。
いやいやいや、何をやってるんだ、私!
ジャビを放置して先に食べていたらジャビが可哀想じゃないか!!
私の首から下がっている玉――ジャビの入っている檻へと視線を下ろす。
もちろん、のぞき込まないと中の様子なんて見れないから、それだけじゃジャビがどんな表情をしているかはわからない。
でも、こっちから見えないだけで、ジャビからはきっと見えているだろう。
「主様、串焼き食べないなら私が食べて差し上げますよ」
私がジャビの事を思って手を止めている間に、自分用に買った2本の串焼きをペロリッと食べきったフォビナがベンチに置かれたままになっている私用のもう1本の串焼きに手を伸ばしてくる。
「駄目。これはジャビと私の分」
伸びた手をペシッとたたき落としてキッと睨むと、フォビナが残念そうにその手をスライドして別の食べ物へと矛先を変える。
全く油断も隙もあったものではない。
「ジャビ、これ美味しそうだよ?食べる?」
私は檻の玉を手にして中をのぞき込み、ジャビと視線を合わせてから串焼きが見えるように玉に向かって見せる。
ジャビはこっちをジッと見てはいるけれど、全く反応しない。
「フォビナのおすすめなんだって」
食べるのか食べないのか、その意思表示がなかった為、周囲に人がいないのを確認して、檻に向かって串焼きを突っ込んで見る。
傍目から見ると、玉に串焼きが刺さっている不思議な光景だ。
「……」
無言のままプイッとされてしまった。
「いらないの?」
そういえば、ジャビは警戒心が強いんだった。
ご飯だって最初の頃、全く食べなかったしね。
最近は私に対しては大分なついてくれて、私が作った物だったら躊躇いなく何でも食べてくれてくれてたから、大丈夫だって勝手に思い込んでた。
「ん~、どうしよう」
単純に食べたくないなら別に良いけど、食べたくても不安で食べれないなら可哀想だ。
「あ、そうだ!ねぇ、ジャビ見ててね」
私の言葉に反応して、ジャビが視線を再び私に戻す。
それを確認してから、私は再び大きな口を開けて、手に持っていた串焼きを口の中に投入した。
「あ~ん。ん~~~、美味しい!!」
香ばしい香りに甘塩っぱいタレ。
何の肉かはわからないけれど、口の中に臭みがほとんどない上質な肉汁が広がる。
最後にほんの少しだけピリッとした香辛料の香りがくる事で、しつこ過ぎずすっきりと食べられる感じもまた良い。
「ジャビ、これ凄く美味しいよ!それに見て?食べた私もピンピンしてるし大丈夫。怪しい物も入ってないよ?」
笑顔でジャビに訴える。
出された食べ物が大丈夫な物か不安なら、目の前で毒味(味見?)をしてあげれば少しは食べやすくなるかもと考えたのだ。
それが功を奏したのか、ジャビは私が食べた焼き串をジーッと見つめている。
「ジャビも食べて見てよ」
そう言って、私の食べかけの串焼きを再び檻の中に入れる。
「はい、あ~ん」
私が再び差し出した串焼きを、ジャビは今度はそっぽを向かず凝視し、私の顔と串焼きを見比べた後、少し思案した後、パクリッと食べた。
「どう?美味しいでしょう?」
ジャビがもぐもぐと口を動かしている間に、焼き串を引き抜き私もパクリッともう一口食べて、再び檻に戻す。
ジャビは今度は躊躇いなく口を開けて食べた。
心なしか頬に赤みが差している気がする。よっぽど美味しかったんだろう。
「……間接キスからのあ~んですか。主様も罪な方ですね」
「え?フォビナ何か言った?」
大判焼きっぽい物を食べていたフォビナがボソッと何かを呟いた気がして振り返ると、フォビナは呆れ顔で私の事をジッと見ていた。
何故そんな顔をされているんだろう?よくわからない。
「いえ、主様はご自身では危険な男性に対するアンテナと対応がしっかりしていると思っていらっしゃるようですが、その邪神にだけは無防備だなと思いまして」
「え?……あっ!」
一瞬、何の事を言われたのかわからなかったけれど、フォビナの顔、手の中の串焼き、ジャビへと視線を順に向けていき、フォビナが何を言いたいのか察して、頬が赤くなる。
思春期(?)の多感な男の子に対して、自分の食べかけを差し出すなんて、何をやっているんだろう私。
何となく気まずさを感じつつも、檻の中のジャビの様子を窺うと、ジャビは顔を真っ赤にしながらプイッと顔を背けた。
心なしか尻尾が恥ずかしそうにウネウネと動いている気がする。
でもまぁ、恥ずかしがってはいても凄く不快に感じてるという事はなさそうだ。
その事に少しホッとしつつも、顔を赤くする無垢なジャビの事をちょっと可愛いななんて思ってしまう。
「ジャビは良いのよ。特別。大体、ジャビは危ない人じゃないしね」
「邪神でそれだけ執着心があれば、十分危険なヤンデレ予備軍な気がしますけど?」
フォビナの言葉に、改めてジャビについて考えてみる。
よくよく考えると、ジャビは確かに危うさのようなものを抱えてはいると思う。
でも、何故かそれに対して私の中のヤバい男センサーは反応しない。
それは何故か?
それは……
「う~ん。ジャビが私に対して好意を持ってくれるかどうかは別として、ジャビは確かに邪神だけど、私の所に来てからは悪さは一切してないじゃない。それに、ジャビは今までの男の人達と違って自分の気持ちを私に押し付けようとはしないと思う。私を喜ばせようと優しさで動いてくれる事はあっても、嫌がる事は絶対にしない気がするんだよね。間違える事はあるかもしれないけど、止めたらやめてくれる気がするから安心して接する事が出来るんだと思う」
自分の中に当たり前のようにあった安心感の正体を一つずつ言葉にしてみると、何だか凄くすっきりした感じがする。
ジャビは今は更生中の身であり、更生が済めば私の従属神になってもらう予定だ。
常に私が上でジャビが下の関係。
だからこそ暴走した時にコントロールしやすくて安心できるっていう気持ちも0ではないと思う。
でも、私がジャビに抱く安心感はもうそれだけではないのだ。
『彼だから』、『彼だったら』と思えるだけの安心感が確かに私の中に根付いている。
「ここまで主様に言わせたのであれば、もう裏切りは許されませんよ、ジャビ」
フォビナが私から私の手の中にあるジャビの檻へと視線を移す。
ジャビは、檻の中で鱗の塊化していたけれど、「わかってる」とでも言いたげに、尻尾の先でバシバシと強く床を叩いていた。
その素直でない反応に、私は思わずクスリッと笑ってしまった。
ほんわかした気分になっていると、不意に強い風が吹いた。
「わわっ!」
慌てて広げてある食べ物達が飛ばされないように手で押さえる。
そんな私の様子をフォビナは微笑みながら見ていた。
「……まぁ、初めから裏切りは許す気はないですけどね」
「え?」
風で聞き取れなかったフォビナの小さな呟き。
聞き直しても「何でもないです」としか答えてくれなかったけれど、その瞳には普段のやる気のないフォビナからは到底感じられない程の意思の強さのようなものを感じた。




