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16 休憩時間を楽しみます。


「主様、ご準備はよろし……それでは、主様が主様だとバレてしまいますよ?」


「え?」


この際、溜まったストレス思いっきり発散してやろうと、気合いを入れて創造した町娘風のワンピースに着替えた私を、後ろで着替えていたはずのフォビナが駄目出ししてくる。


その言葉の意味がわからず、首を傾げながらフォビナの方を振り返ると……いつの間にか男性バージョンへと変化したフォビナが立っていた。


「主様、主様はこの世界の神です。あちらこちらに主様の姿を模した石像やらなんやらがあるんですよ?その御姿そのままの姿ではすぐに神だとバレて大騒ぎになります」


溜息混じりに告げられた言葉にハッとする。


先程案内された神殿内にも、いくつか私だろう石像や絵画が飾られていた。


フォビナが私の姿をほとんど美化せずそのまま伝えていたせいで、それらは多少デフォルメされてはいるものの、「あ、これ私だ」とわかる程度の再現度を保っていた。


さすがに先程直接私に会った事のある人以外、町娘の格好でその辺をフラフラ歩いている小娘が、神様だと直接結び付ける事はないだろうけど、それでも用心した方が良いのは確かだろう。


「なるほどね。じゃあ、鬘と眼鏡でも……って、フォビナのその男性バージョンはもしかして変装なの?」


「私の姿は女性型以外は地上では見せていないので、とても便利ですよ?」


「……随分、御忍び慣れしていらっしゃるようで」


ほぼ無表情なくせに、何故かドヤ顔だとわかる表情を浮かべるフォビナに、思わず呆れてしまう。


「まぁ、それはさておき、もう少し弄りましょうか」


私の視線に込められた呆れの色を感じ取ったらしいフォビナは、それをサラリッと流して私に椅子に座るよう促す。


「さすがに神がその辺をひょこひょこ歩いてるとは思われないでしょう。髪色を変えて化粧で多少誤魔化せば何とかなると思うので……」


椅子に座った私の後ろに立ったフォビナは私の髪に何か粉のような物を振り掛けた。


その様子を丁度正面に設置されていた鏡で眺めていると、私の髪がみるみる間に黄金色へと変わっていった。


「……その粉は?」


「染粉ですよ。主様の元いた世界と違って、この世界ではある程度魔法というものも発達しているので、こうやって軽く振り掛けるだけで簡単に髪色を変えられる便利アイテムもあるのです」


フォビナは私の問い掛けに答えながら、握っていた粉が見えるように手を差し出してくる。


その手には、私の髪の色と全く同じ色のサラサラとした粉が乗っていた。


なるほど。見た目はただの粉だけど、これには魔法の力が宿っていて、あっという間に髪の色を変えられるというわけか。


「便利な物があるのね」


日本では髪を染めるのはそれなりに手間の掛かる作業だったというのに、世の中便利になったものだ。


思わず感心しながら粉を見つめた後、黄金色へと変わった自分の髪を一房手に取って撫でたり匂いを嗅いだりしてみるが、匂いもしなければ色落ちしそうな感じも全くない。


まるで元からその色だったかのようだ。


……まぁ、見慣れないから違和感は感じるけれど。


「これでこちらの粉を掛けない限りは丸1日この色のままですよ」


そう言って、フォビナは丸い蓋つきの容器を私に手渡す。


中を開けると、透明のキラキラとした粉が入っていた。……どうやら、こっちの粉には魔法を解く効果があるらしい。


「一度見ておけば、主様ならご自身の力で作り出せるでしょう。他にも色々な色があるので、後で街を見ながら専門店にも寄りましょう」


話しながらも、フォビナは私の髪を編み込みを入れたりしながら綺麗なハーフアップしてくれる。


……一体、何処でこんな技能を身に付けたのだろうか?やっぱり、スマホらしく動画サイトか何かかな?


「主様、ボーッとしていないで、瞳の色も変えて下さい」


「え?瞳の色?ど、どうすれば……」


髪を結い終えて、化粧の手直しに取り掛かったフォビナに促され、思わずキョトンとしてしまう。


瞳の色を変える魔法なんて私は知らない。


知っている物を作り出す力はあっても、何かを変化させる事は……。


「……普通にカラーコンタクトをつければ良いでしょう?」


「あっ!」


フォビナが目の前で素敵な魔法アイテムを出してくれたから、ついつい思考がそっち寄りになってしまっていたけれど、よく考えれば魔法なんてなくても日本には簡単に瞳の色を変えられるアイテムがあったわ。


「何ボケてるんだ」とでも言いたげな視線を向けられ、ハハハッと笑って誤魔化しつつもカラーコンタクトを作り出す。


色は青と紫と緑。


「どの色にしようかなぁ?」


金髪といえば青ってイメージなんだけど、紫のカラーコンタクトとか昔憧れてたんだよね。


後、緑も多分金髪には合う気がする。


この世界の人達は、『黒』は髪も目も珍しいけれど、それ以外の色は普通にいるらしい。


要するに、黒以外ならどんな組み合わせをしても浮かないという事だ。


だからこそ悩むんだけど……うん、紫にしよう。


全ての色を付けて見て、1番しっくりきたのが紫だった。


暗めの色合いで、私本来の色である黒に1番近い色だったというのもあるだろう。


それに何よりも、自分が昔やってみたいと憧れていた色だ。


あの時は「高いし、勿体ない」という気持ちで買う事はなかったけれど、神様になったからにはお金については全く気にしなくて良い。やりたい事をやろう。


「こんなもので良いでしょう。キズナ様に似ているとは言われるかもしれませんが、適当に誤魔化せば誰も本物とは思いません」


私がコンタクトの色に悩んでいる間に化粧も完成させたフォビナが満足そうに頷く。


「今から主様の名前はナズナです。私の名前はフォビウス。全く違う偽名でも良いのですが、主様はボケッとしているので、間違えて本名を呼んだ時に誤魔化しやすい名前にしておきましょう」


「……御配慮感謝します」


何だか少し馬鹿にされているような気もするけど、実際私自身も呼び間違えそうだなぁとか、違う名前を呼ばれても反応出来なそうだなぁとか思っているから、敢えてここは口応えしない。


「それでは、街に繰り出すとしましょう」


フォビナがいつの間に取り出したのか、お金がずっしりと入った巾着を私に見せて歩き出す。


慌てて私も立ち上がって後を追ったのだった。



***




「わぁぁぁ!ファンタジー!!」


教会から出て、外の景色を見た私の第一声はそんな感想だった。



日本と違い、ビルのような高い建物は殆どない。


1番大きいのが、遠くに見える私達がさっきまでいた中央に聳え立つ神殿。


あれだけはこの国の中枢でありシンボルでもある為とても大きいけれど、それ以外の建物はせいぜい2、3階程度の高さしかない。


そのどれもが比較的シンプルな作りになっていて、お店らしき建物の入口には木彫りの看板がつり下げられている。


車なんてものは当然存在しないから、代わりに馬や馬に引かれた木製の簡単な作りの馬車が通っているのがチラホラと見える。


フォビナが転移したのが町外れの教会だった事もあり、周囲に人の姿は少ないけれど、見掛ける人は全員コスプレのような格好をしていた。


まるで、ファンタジー映画の世界に迷い込んでしまったかのようだ。


「まるで異世界に来ちゃったみたい」


今までは、自分の居住空間として作り上げてた空に浮かぶ神殿の中のみが行動範囲だったから、自分がやった事がそのまま反映される自分の知らない場所がない空間に住んでいた。


でも、ここは私の知らないものばかりで、何だか2度目の異世界転移をしてしまったような気分になる。


わくわくする一方で、それが妙に私の中にある不安をかき立て、私は知らぬ間に首から下がっていたジャビが入っている檻を握り締めていた。


そうすると、まるで私の事を気遣うような温もり……ジャビの力のような物を掌に感じて、少しだけ気分がリラックスする。


「何を仰っているんですか。ここは貴方が作り上げた世界。まさにホーム。異世界なんてとんでもない」


「そうよね。私が作り上げた世界だものね……ってあれ?確かに地盤を作ったのは私だけど、地上のほとんどはフォビナが私が寝ている間に勝手に作ってたよね?そう考えると、ここが異世界のように感じるのって、フォビナのせいなんじゃ……」


要するに、私がここを自分の世界のように感じられないのは全てフォビナのせい。


その結論に達して、ジロッとフォビナを見ると、フォビナは無表情のまま舌を出して、自分の頭を軽くコツンッと叩いた。


「てへぺろ」


「おい!」


「……さて、この話はここまでにして、美味しい物でも食べに行きましょう」


恐ろしく似合わない仕草で誤魔化そうとするフォビナを睨み付けると、フォビナはすぐに舌を口の中にしまい、手を下ろして何事もなかったかのように振る舞う。


この動じなさはまさに鋼の精神と言えるだろう。


「それとナズナ様、私の事はフォビウスとお呼び下さい。ここはまだ人通りが少ないので良いですが、これから行く大通りは人も多いのでご用心を」


「あ、そういえばそうだったね。ごめん」


目の前に広がるファンタジー世界に意識を全て持っていかれて、地上での設定の事などすっかり頭から抜けていた事に気付いて、素直に謝る。


でも、言った後でふと気付いた。


呼び方云々以前に、この会話自体がアウトな内容だ。


私だけじゃなくて、フォビナも結構うっかりしてそうな予感。……うん、気を付けよう。



「この世界にはいくつもの国があり、それぞれに発展しています。この国は聖地を守る為の宗教国家であり、各国にとって不可侵の地となっている一方で、神に祈りを捧げたい者であれば誰でも訪れる事を許可されている特別な場所ともなっています」


「なるほど」


フォビナに案内されて大通りへと向かう途中、行き交う人の量が多くなって来たのを見ながら、フォビナがそんな説明を始める。


言われてみれば、確かに行き交う人々に人種の一貫性はない。


否。人種どころか生き物としての種族すらバラバラだと言えよう。


1番多いのは人間。


肌の色も髪の色も多種多様で、顔立ちも異なる人が皆楽しそうに話している。


しかしそれ以外にも、所謂獣人と呼ばれる容姿の人もチラホラといるし、ハ虫類系の……竜人なのかな?って感じの人も、耳の尖ったエルフっぽい人もいる。


そんな人達が、皆楽しそうに……あまり良い雰囲気ではなかったとしても、適度な距離を取りつつ、揉めることなく過ごしている。


フォビナや精霊、妖精達の報告でそういった種族の存在が地上にはたくさんいる事は知識としては知っていたけれど、実際に目にするととても不思議な光景のように思える。


「さっき行った神殿にはこんなに色々な種族の人はいなかったよね?」


私を出迎えてくれた人達は教皇含め、パッと見た感じ人間ばかりだった。


大聖堂にいた人達は……フォビナのフラッシュ効果のせいで見えにくかったし、何より私がテンパってたからどんな人達がいたのかまではわからなかった。


「神殿の管理は最初に聖地の管理を任せた一族が中心になってやっているので、必然的に人間が多いんですよ。もちろん、種族差別をさせているわけではないので、人間以外の者もいるのですが……折角キズナ様にお目通り願えるのなら、少しでも近い姿でありたいと皆人化していたようですね。あれです。アイドルのコンサートにコスプレしていくような、そんな感じのやつです」


「……アイドルのコンサートにコスプレ」


いや、何だか物凄く違う気がする。


違う……よね?


先ほどの熱過ぎる視線を私に向けてくれていた聖職者の皆さんが、私の名前が書かれデコレーションされたうちわを握りしている光景が一瞬頭に浮かび掛け……慌てて振り払うように首を振った。


神様業だけで手一杯なのに、アイドル活動なんて私には出来ません。


むしろ神様業も引退して、普通の女の子に戻りたいです。



「いろんな種族の者達が集まって、働いたり生活したりする場合、それぞれの決まりや習慣、習性等があるので必然的に揉め事は多くなるのですが、この国の民やこの国に訪れる者のほとんどが女神キズナ様という共通の信仰対象の存在によって繋がっているので、この中でだけは何とか譲り合う事が出来ています」


そっか、女神キズナ様、凄いね。


……名前だけが勝手に歩き出してる気がして仕方ない。


「まぁ、聖地の傍で揉め事を起こすと天罰があたるという言い伝えがありますし、実際に何人か私から罰を受けた者がいるので、余計に真実味があるのでしょう」


違った。名前が勝手に一人歩きしてるんじゃなくて、フォビナが思いっきり名前を引っ張って歩いていた。


揉め事が少ないのは良い事なんだけど、自分がやってない事が自分がやった事のように広まるのは何だか納得がいかない。



「まぁ、そんな事はどうでも良いのです。重要なのはこの国はとても治安が良くて、色々な国の人が出入りしている分、いろんな国の美味しい物や特産品が集まっているという事なのですよ!!さぁ、時間は有限です。話題のお菓子屋も、人が並ぶほど美味しい串焼き屋も回る所は山程あるのですからさっさと行きますよ!!」


「珍しく比較的真面目に説明してると思ったら、最終的に言いたかったのはそこなの!?」


私がこの国に来るのが初めてだから、この国の特色について説明してくれているのかと思ったのに、思いっきり違った。


言いたかったのはあくまで、この国で色々な国の美味しい物が食べれる理由だ。


はっ!まさか、フォビナが各国の美味しい物を食べれるようにする為に今のこの国のあり方が決められたなんて事は……ないよね?


ないって言って!!じゃないと、この世界の責任者という立場上怖すぎるから!!



「さぁ、まずは串焼きから行きましょう。列に並びますよ」


「私に選択肢は!?」


「ありません。気が向いたら並んでいる間の時間潰しに色々と説明して差し上げましょう」


「そこは気が向かなくてもしてくれるかな!?」


「……」


「返事は!?」


「はぁぁ……面倒くさい」


「ちょっと!」


……このスマホ、絶対私の事を主と思ってない。


うん、結構前から知ってた。


「あ、ここの串焼き屋、1人2本までなんで、2本ずつ買ってナズナ様が買った内の1本を私に下さい」


「人の分まで食べようとしないでくれる!?」


「ケチですね」


「そういう問題じゃないから!!」


いや、もしかしたら前より扱いが酷くなってたりするのかな?


そんな事ないと思いたい。


あぁ、折角の観光だけど、私、楽しめるのかな?

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