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14 視察をしましょう


「主様、ジャビの事もひと段落着いた事ですし、そろそろ一度地上に降りてみませんか?」


私の居住空間のすぐ傍に作った執務室で、精霊達の報告書を読む等の仕事をしていた私に、不意にフォビナがそんな事を言ってきた。


一時期は食事もせず、一日中鱗の塊化していたジャビの事が心配で仕事が手に付かなかったけれど、今は少しずつ環境にも慣れ、コミュニケーションも取れるようになってきたから、私も仕事に割く時間を増やしている。


しかし、まだ神の眠りから目覚めて以降、1度も地上に降りた事はなかった。


忙しかったから……という理由もあるけれど、フォビナが色々とやらかしているらしい地上に行くのには勇気と心の準備が必要だったのだから仕方ない。


でも、確かにそろそろ一度現実を直視しておいた方が良いかもしれない。


フォビナが私が寝ている間に勝手に構築していたせいで、あまり自分の世界という実感はないけど、そうは言ってもここは私の世界で、私は創造の神なのだ。


いつまでも見て見ぬふりはしていられない。


「そう……だね。そろそろ視察位はしとかないと不味いよね」


溜め息混じりにそう答えると、フォビナが当然とでも言うように頷く。


「そうして下さい。主様が目覚めた事を地上の者達に告げたら、会いたい会いたい煩くて……」


フォビナの眉間に皺が寄る。


心底面倒くさそうだ。


フォビナは私と違って、ちょこちょこと地上に降りている。


表面上は視察と言っているけれど、本当の目的は地上で人間達が作り出した美味しい物を食べる為。


実際に、いつも視察は30分程度で終わらせて、その後は半日くらいお忍び観光を楽しんでいる。


実にフォビナらしい『お仕事』だ。


「私に会ったってそんな特別な事はないだろうし、楽しくもないだろうに」


フォビナが言っている私に会いたいと言っている人というのは、主に中央で宗教国家を作っている人達だろう。


聖樹と湖を含む聖域とされている森を囲うように神殿を造り、私を祀ってくれているらしい。


彼等のお陰で宗教が普及して、私の神レベルも上がっているから有難くはあるけれど、基が人間な私は神として崇め奉られていると言われてもあまりピンッとこないし、むしろ騙しているような気分になる。


いや、本当に神だから騙しているわけではない事はわかってるんだけどね。


気持ち的にまだ神になり切れてないから、どうしても違和感と言うか嘘をついているような気分になってしまうのだ。


「彼等にとって主様は信仰の対象そのものですからね。実際に、主様がいなければこの世界は成り立たないのですから、そんな存在に会える事は『特別』以外の何ものでもないでしょう」


まぁ、確かに私が逆の立場だったらそう思うと思う。


わかってはいる。


わかってはいるんだけど、人間的な感性がまだ捨て切れない私は、どうしても違和感を感じてしまうのだ。


それに、私は『転職』した元ただのOLだから、容姿とかも変わっておらず、かなり普通だ。


神様的なオーラは何処を絞り出しても出てこない。


……コウ辺りに頼めば、発光位は出来るかもしれないけど。


絶対、会った瞬間にガッカリされると思うんだよね。



「大丈夫です。主様のお姿はそのまま正確に伝えているので、そういうものだと皆思っています」


「……今、私何も口に出しては言ってなかったよね?」


「凡人な主様が心配しそうな事位はその顔を見れば想像がつきます」


「あんた、もう少し主を敬おうか?」


このスマホは「主様」と私の事を呼んではいても、全く敬う気はないらしい。


今度、おやつを作る時、フォビナの量だけ減らそうと心に決めた。



「まぁでも、自分の世界の住人なんだから、いつまでも会うのを先延ばしにするのも良くないよね。容姿への期待がそこまででもないってのは、正直少しホッとしたかな」


「私の手柄です」


「……」


そうかもしれないけれど、認めたくないものがそこにはある。


「じゃあ、明日あたり行ってみようかな?あ、アポイントとかとって日程を調整してからの方が良いかな?向こうにも都合があるだろうし」


「……貴方は神なのでそれは必要ないかと。むしろ、『いつが降臨するのにご都合がよろしいでしょうか?』と尋ねられた方が地上の民は戸惑うと思います」


アポイントを取ってから日程を決めて降臨する神。


言われてみれば、確かに変かもしれない。


毎年降臨する日が決まっているとか、「この日に降り立ちます」とお告げをするとかだったらまだ格好が付くけれど、「いつ降り立てば良いですか?」と尋ねるのは神としての威厳的に問題があるかもしれない。


「それなら、向こうが予定の調整がしやすいように、少し先に延ばして1週間後あたりにしようか?」


ちなみに、1週間とか1月とか1年とかの概念は、私が把握しやすいように日本と同じように設定してあるから、来週というのはそのまま7日後という意味だ。


「わかりました。ではそのようにお告げをしておきます」


「よろしく」


話しが決まった所で、不意に腹部に軽い圧力を感じて視線を下ろす。


「それにしても主様、よくその邪神を懐かせましたね」


フォビナが私が視線を下ろすのと同時に、呆れたような声で呟く。


私の腹部には、ジャビの腕が絡みつき、彼は表情の乏しい顔で何かを訴えるようにジッと私を見上げていた。


「ジャビ、どうしたの?」


私の座る椅子を囲うようにとぐろを巻いていたジャビは、私のお腹に顔を埋めるようにして抱きついている。


最近のジャビの定位置は、彼の部屋の一角ではなく、私の足元へと進化していた。


相変わらず、ほとんど無言だし、表情の変化も乏しい。


私の以外の人に対しては、一切無視。


私がいない所では、ここに来た当初と変わらず鱗の塊化しているようだけど、私にだけは少し心を開いてくれているのだと思う。


若干、執着じみたものも感じる事もあるけれど、彼は周囲から敵視される事が当たり前の邪神だ。


今は『調教中』という立場で守られている部分があるとはいえ、彼から見たら敵かもしれない相手に囲まれている今の環境は決して安心できるものではないだろう。


そんな状況であれば、少しでも安心できる相手と一緒にいたがるのは当然なんじゃないかと思う。


それに、私は彼が白くなった自分の鱗をとても大切にしていて、それがもっと増えるように……私の従属神に早くなれるように努力しようとしているのを知っている。


私の傍で、自らお手伝いしようとしてくれたり、私が見ていないタイミングを見計らってしっかりと生え揃った白の鱗を布で磨いたりしているのだって気付いている。


ただ、彼はちょっとシャイ過ぎて、なかなか自ら率先して動くという事が出来ないから、必然的に私が頼んで彼が無言で渋々を装ってやってくれているという事が多くはなっちゃっているけど。


でも、そんな様子すら可愛らしく思えるから不思議だ。


そんなジャビが、こんな風に露骨に私にしがみ付いてくるなんて珍しい。


一体、どうしたというのだろうか?


「……行く」


フォビナには聞こえない位の小さな声で呟いたジャビ。


行くって何処にだろう?


その言葉の意味がわからなくて、首を傾げると私のお腹に回っている腕の力が一層強くなった。


まるで、離れたくないとでもいうように。


……あ、そっか。そういう事か。


「ジャビも一緒に視察に付いて来てくれるの?」


ジャビの控えめな主張に、思わず頬を緩めてその長く艶やかな黒髪を撫でながら尋ねると、彼はほんの僅かな動きだったけれど、しっかりと頷いた。


「まだ、邪神のままの貴方がついて言ったら大騒ぎになります」


ジャビからの珍しいおねだりにちょっと喜びを感じて返事をまだしていなかった私に代わり、フォビナがバッサリと切り捨てる。


それはもう何の躊躇いもなく。


でも、今回は多分、フォビナが正しい。


連れてってあげたいという気持ちはあるけれど、ジャビの下半身は目立つし、何より彼の種族としての特性がどう作用するかわからない。


地上の人達はここに住んでいる者達より弱い存在だから、ジャビの意志に関係なく、周囲に影響や恐怖を与えてしまう可能性があるのだ。


そう考えると、ちょっと可哀想な気もするけど、ジャビにはお留守番をしていてもらった方が良いだろう。


結論は出ているのに、どうすればジャビを悲しませずにその事を伝えられるかと悩んでいる私を見て、ジャビは何かを察したのか、私の執務机の引き出しを開けて、そこから小さな玉を取り出して私に手渡してきた。


反射的に受け取ってしまった玉を改めて見る。


それはジャビをここに連れてくる時に使った檻だった。


どうやら、以前私がそこに檻をしまっていたところを見ていて覚えていたようだ。


「これ……」


掌に転がる檻とジャビを交互に見る。


ジャビは何処か期待するような瞳でジーッと私を見つめてきた。


視界の端に映る、彼の尻尾も彼の期待する気持ちに反応してか小さく揺れ動いている。



……これに入れていけという事かな?


確かに檻に入れて行けば、ジャビの姿は見られないだろう。


元々凶暴な闇落ちを閉じ込めておく為のものだから、邪心としての影響力もなくなると思う。


私的には、それなら大丈夫かなと思うけど……。



「……フォビナ?」


確認を取るようにフォビナの名前を呼ぶ。


私はまだ新米の神で知らない事も多いから、念の為に知識だけは持っているフォビナへの確認は必須だ。



「それなら問題はありません」


まるで「そこまでして行きたいの?」とでも言うかのような呆れた視線をジャビに向けつつも、フォビナは小さく嘆息して許可をしてくれた。


「良かった。じゃあ、ちょっと窮屈かもしれないけど、これに入って行こうね」


フォビナ返答にホッとして、檻を握っていない方の手でジャビの頭を撫でる。


長い黒髪の間から私を見上げたジャビが小さく頷く。


いつもはほとんど表情か変わらない彼が、ほんの少し口元を緩めたような気がして、ちょっとドキッとした。




美少年の微笑みは、笑ったかどうかわからない程僅かなものでも、破壊力は大きいらしい。



***



それからの1週間はあっという間だった。


精霊達の報告書を読んだり、相談に乗ったり、ジャビのご飯を作ったり、皆に振る舞うお菓子を焼いたり、フォビナの暴走を止めたり、フォビナの発言にイラついたり……要するにいつも通り過ごしていたら、すぐに1週間が経っていた。


その間に、多少地上についての説明をフォビナから聞いたりもしたけれど、ほとんどが美味しいお店の話で役に立たなかった。


ただ、地上に行ったら食べてみたいものリストだけは日に日に増えていった事は言うまでもないだろう。


うん、あれもこれもそれも、全部フォビナのせいだ。



「さて、行きますか」


「え?もう!?」


丁度朝ご飯を食べ終えて寛いでいた私とジャビの所に現れたフォビナが、まるで近くのコンビニにでも行くかのようなノリで声を掛けてくる。


今日が地上の視察日というのがわかっていた事だけど、時間は聞いてなかったから、行く前に「そろそろ準備してね~」的な声がけをしてもらえると思っていただけに、急に行くと言われて焦った。


大体、今日は早めに朝食を食べたから、時間だってまだ朝の7時前だ。


移動時間が掛かるのであれば、早めに出るというのはわかるけれど、ここから地上の聖地までは直通で行ける。


時間にして3秒も掛からない。


いくらなんでも、人様の所に訪問するには早過ぎるというものだろう。


「今日は朝市がやっている日なので、これでも遅めです。朝市は早くいかないと良いものが売り切れてしまうんですよ」


「って、初っ端から目的が変わってる!?教育のは地上の神殿であって、朝市ではないよね!?」


「朝市は大事です。新鮮な魚料理が食べられます。美味しくて変わった果物もたくさんあります」


「誰もそんな事は聞いていません」


よくよく話を聞いてみると、フォビナは元から朝市に行ってからのんびりと神殿の人と会うつもりだったらしく、神殿の人との約束は10時に設定していたようだ。


もちろんそんなフォビナの計画は綺麗さっぱりと無視して、神殿の人との約束通り10時に向こうに着けるよう、10時少し前に出る事にした。


そして、それに合わせて準備に取り掛かる。


「フォビナ、神殿にはどんな格好で行けば良い?」


「別にどんなのでもいいですよ。……はぁ、朝市」


「何か持って行った方が良い物とかある?」


「別に。……新鮮な魚介類」


「神殿の人ってどんな感じ?」


「神を崇めている人たちです。……美味しい果物」


「……」


初めての地上降臨で不安な部分がたくさんあるけど、もうフォビナをあてにするのは止めにしようと思う。


「ジャビ、早く私の従属神になって、フォビナの暴走を止めるの手伝ってね」


「……」


手を握って「君が頼りだ」と言うと、ジャビは何も返事はしなかったけれど、尻尾を大きく振ってくれた。


うん。何とも頼もしい限りだ。


「さて、そろそろ時間かな?」


朝市に行かなかった事で、完璧に拗ねてしまったフォビナを放置して、自分なりに身なりを整えた所で鏡で最終確認を済ませて、時間を確認する。


ちなみに、色々考えた結果無難にファンタジー小説とか漫画とかによく出てくる定番の西洋風女神様の格好を真似た衣装にする事にした。


……想像力の乏しい私に、凝った衣装を考える事は無理だったのだから仕方ない。


「ほら、フォビナ、ジャビ、行くよ~」


怨みの籠った視線を向けてくるフォビナと、私の格好に合わせた衣装に着替えたジャビに声を掛けて、魂の泉がある部屋へと移動する。


フォビナ曰く、あそこが一番地上に降りるのに良い場所なんだとか。


魂の泉のある部屋に着くと、ジャビには檻に入ってもらう。


自ら私に檻の玉を手渡してきただけあって、特に抵抗する事なく、自ら私が入れやすいように近寄ってきてくれた。


私はジャビの入った玉を覗き込んで、彼が中で問題なく過ごせているいる事を確認した後、創造の力で檻の玉がネックレスになるように玉を傷付けないよう意識して装飾を施し、チェーンを付けた。


そしてそれをなくさないようにしっかりと、首に掛ける。


これでもう準備は完成。


「いつまでも拗ねてないで行くよ、フォビナ」


「拗ねるなという方が無理です。私のたまの楽しみだったのに」


「貴方、いつも何だかんだで食べてばっかでしょ」


「それはそれ、これはこれです」


いつまで経っても機嫌の直らないフォビナに、仕方がないから視察が終わったら少し町で食べ歩きする事を約束した。


これに関しては、私も元々仕事が終わったら地上のグルメを楽しむつもりだったから、特に問題ない。



「それでは、さっさと終わらせましょう」


「そうだね。堅苦しいのは私も苦手だし、早く済ませちゃおう」


見事に立ち直ったフォビナに苦笑しながらも、私は初めての地上へと向かったのだった。



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