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13 部下との距離が縮まりした。


「……ジャビ、どうかしたの?」


いつも通りジャビが食べ終えたお弁当箱を回収に来た時の事だ。


なんとなくジャビの様子がおかしい気がする。


明確に何かが違うというわけではないんだけど……何だかそわそわしてる感じがする。


最近は緩んだ尻尾の間から、食器やお弁当箱を回収する私の事を見ている事が多かったのに、今日は何だかいつもより尻尾がしっかりと巻かれている気がする。


しかも、ただガードが堅くなっているというわけではなく、私の視線が逸れるとズリッと小さな音を立てて緩み、視線を戻すとズッと慌てたように素早く締まってしまうのだ。


まるで、だるまさんが転んだをしているような感じ。


更によくよく観察すると、尻尾の先の揺れ方がいつもより落ち着かない。


思いっきり振っているというわけではないんだけど、不規則に早く振られたりギュッと本体の尻尾の塊の中に納められたりと忙しない。


ただ、ジャビの場合、1つ1つの動作自体は今までも多かれ少なかれ見られた。


だから、「おかしい!」と断言は出来ないけれど、総合的にみると落ち着きがなくて違和感を感じるのだ。



「何かあった?」


私の問い掛けに答えず、尻尾をきつく閉じて鱗の塊化していたジャビが、私の2度目の問い掛けでやっと少し鱗を緩めてくれ、その隙間から私へと視線を向けてくれる。


……もちろん、言葉での返答はないけれど。


「もし、困っている事があるのなら、遠慮なく言ってね」


ジャビの言葉での返答は、つい昨日初めて聞いたばかりだ。


それを切っ掛けに話し始めるかと思って期待したけれど、一先ず現段階ではまだあれ以降一言も聞けてはいない。


それでも、何かしらの返答をしてくれるのではないかと、尻尾の隙間からジャビをジッと見つめ返す。


鱗の塊の中で、ジャビがサッと顔を背けた。


……やっぱりだめか。


小さく嘆息して、これ以上聞くのは止めようと、私も視線をジャビからジャビの傍に置いてあるお弁当箱へと移す。


後はこれを回収して……。


ズズズゥゥ……。


ジャビの尻尾の先が、私の方へとお弁当箱を押してくる。


一瞬、早く回収して出てけって事かと思ったんだけど、何か違う感じがする。


視線を再びお弁当箱からジャビに戻すと、鱗の塊の中からこちらをチラチラと見てくるジャビが見えた。


「えっとぉ……」


何だかリアクション待ちされている気がする。


意味がわからない。


わからないけれど、何かを期待されているのだけは感じる。


とりあえず、差し出された空になっているだろうお弁当箱を回収し、蓋を開けてみた。


「……っ!?ジャ、ジャビ、これって……」


中はどうやら洗った後のようで奇麗になっており、そこにまるで黒曜石のようなきらめきを放つ黒い石……否。黒い鱗が3枚程入っていた。


おそらく、ジャビの鱗だ。


しかも、涙型のそれの細くなっている方の先にはちょこっとだけど血が……。


え?何これ。もしかして無理やり抜いて私にくれた感じ?


「えっと……プ、プレゼントって事で良いのかな?」


恐る恐る尋ねる、鱗の塊がズズズズッと動いて、ジャビの体全体が私に背を向ける。


尻尾の先は肯定するように、ペチペチと床を打っているから、これはきっと照れ隠し的なアレだ。


……か、可愛い。


「そっかぁ。私がジャビの鱗が大好きだからプレゼントしてくれたんだね!有難う」


多分だけど、昨日アンとムーが私にプレゼントを渡しているところを見て、何か思うところがあったんだと思う。


だから、こうやって私に私が1番気に入っている物――ジャビの鱗をプレゼントしてくれたんだろう。


その気持ちは嬉しい。


つい先日までは、歩み寄れている感じがほとんどしなかった分、余計にこういったジャビの歩み寄りや気遣い、好意が嬉しい。


嬉しいんだけど……ジャビさんや。このプレゼントは些か自己犠牲的過ぎやしませんか?


お姉さん、つい日本に生きていた時に、封筒に入れて送られてきたストーカーさんの髪の毛を一瞬思い出しちゃったよ。


あの時は、ホラー的な何かを感じてただ捨てるのも呪われそうで怖かったから、近くのお寺で御払いして燃やしてもらったんだっけ。


事情を話した時、お寺の住職さんに凄く心配されたんだよなぁ。


懐かしい思い出だ。


あの時と違って、ジャビのプレゼントからは純粋な好意と一生懸命な思いしか伝わって来ないから、不快感は感じないんだけど……痛かっただろうなぁと思うと、心配にはなってしまう。


「ジャビ、素敵なプレゼント有難う。……でもね、私、ジャビにはあまり痛い思いはして欲しくないから、自分の体の一部をくれるってのはもうなしね?」


折角のジャビの好意。


本当は思う所があっても敢えて口には出さず、喜びだけ返した方が良いのかもしれない。


でも、それだと……この子はまた同じ事を繰り返す。


そんな予感がして、私はこれ以上ジャビが自分を傷つけないように、敢えて思っている事を伝える事にした。


……パタンッ。


私が喜んだ事で、機嫌良さそうに振られていた尻尾がしょんぼりとした様子で床に落ちた。


顔は見えないけれど、鱗の塊も心なしか元気がなくなった気がする。


「ジャビ、私は別に怒ってるわけじゃないよ?プレゼントも、ジャビがそれを私にくれようと思ってくれた気持も凄く嬉しい。でも、私はジャビが大事だから傷ついて欲しくないんだ」


ジャビの傍らに膝をついて、拒否られない事を確認しつつその体……尻尾をソッと撫でて、誤解されないように私なりに一生懸命言葉を紡ぐ。


「大切な人に傷ついて欲しくない。痛い思いをして欲しくない。この気持ちはわかるでしょ?」


ジャビはあくまで邪神だ。


もしかしたら、わからないのかもしれないけれど、わかって欲しいという気持ちも込めてそう伝える。


するとジャビは少し悩むように尻尾の先を左右に揺らめかせてから、ズズズッと鱗を動かして鱗の隙間から顔を覗かせると私の表情を窺うように上目遣いに見てきた。


尻尾の間から見えるその顔は、無表情に近いのに何故だか不安そうに見えた。


「……怒ってない?」


小さな小さなジャビの2回目の言葉。


戸惑いと不安の滲むそれに、私は満面の笑みを浮かべて「もちろん!!」と答えて、ジャビの体に抱きつく。


腕の中のジャビの蛇の体がズズッと身じろぐように動いたのを、触れた腕や頬から感じる。


「本当にプレゼントは嬉しかったんだよ?貰ったものは大切にするね!でも、鱗を抜いた部分の傷は心配だから見せてくれる?」


ジャビの不安が少しでも取り払われるように、優しい声を意識して語り掛ける。


ジャビは少し悩むような様子を見せてから、少し後退して私の腕から離れ、ゆっくりと尻尾を解いてくれた。


ここに来てから初めて目にした彼の上半身は、闇落ち商で見た時と変わらず神々しいまでに美しい。


少年から青年へと移り変わる時期特有の危うい色香のようなものを醸し出す彼に、思わずゴクリッと喉がなる。


そうだよね。神様って本来こういう独特の侵し難さとか美しさとか威厳とかあるもんだよね。


……私と違って。


長い黒髪の間から覗く深紅の瞳が私を捉えるのと同時に、心臓がドクッと小さく跳ねた。


まるでその瞳に引き込まれてしまいそうな錯覚を覚える。


もしかして、これも彼の邪神としての特性なのかなぁなんて考えていたその時、彼の瞳の奥にある不安に行きついてハッとする。


いけない、いけない。


ジャビの可愛さや美しさを愛でている場合ではなかった。


今はジャビの傷を見る事の方が優先だ。


「何処?」


私に初めて近くで上半身を晒した事でビクビクしているジャビに、ニッコリと微笑み掛ける。


すると、ジャビが横を向き床に手をついて蛇化している脇腹より少し下……丁度人間でいう骨盤がある辺りをやや突き出し視線で私に示す。


「は、禿げてる!!」


一部分だけ見事に鱗がない上に、血が滲んでいる。


私にくれた鱗は3枚だったけど、5枚位は抜いていそうだ。


チラッと視線を床に向けると、ジャビがとぐろを巻いていた場所に、割れて形が歪になった鱗が2枚程落ちていた。


きっと抜くのに失敗したのだろう。


「こんな無茶して。痛かったでしょ」


眉間に皺を寄せながら、神としての力を使って、日本にいた頃、自宅に常備していた傷薬を創造する。


掌に現れたチューブ型の薬を開けて、直径5、6センチ程度の皮膚が露出している部分にソッと薬を塗っていく。


「……あれ?これって……新しい鱗?」


一見ただの禿げている空間にしか見えないそこ。


でも薬を塗る指先に、何か硬いものを感じて凝視する。


「……白い鱗?」


ジャビは蛇の下半身や髪は漆黒だけど、人間の上半身である部分の肌は透き通るように白い。


それは鱗の抜けた地肌部分も同じで、分かりにくかったけれど、そこには確かに小さな白銀の鱗が生え始めていた。


「……?」


ジャビが私の言葉を聞いて、不思議そうに斜めになっていた上半身を起こして鱗の抜けた部分をジッと凝視した。


「それはきっと調教が進んで、邪悪なるものから聖なるものへと変わってきている事で起こった変化でしょうね」


「「っ!?」」


突然何の前触れもなく後ろから掛けられた声に、私とジャビが同時にビクッと体を震わせる。


ジャビはその驚きのまま鱗の塊に戻り、私はバッと背後を振り返る。


「フォ、フォビナ!いつのに!?」


私の後ろには、いつの間に現れたのかわからないが、フォビナが立っていた。


……全く気配を感じなかった。


「嫌ですね、主様。スマホはいつも主様の傍にあるものです」


「スマホは勝手に動かないものです!!」


「そこは神の持ち物ですから、特別です。後、私は今日は主様のポケットでずっと過ごしていたので、移動距離は寝床から主様の服の中までで、それ以降は主様が勝手に連れ回しただけです」


「ちょっ、おいぃぃぃ!!」


ああ言えばこう言う。


しかも、今日ずっとストーカー紛いの行動をしていたという事を、何の悪びれもなく言ってのけやがった。


私が睨んでも、全く動じすらしない。


ジャビなんて、突然フォビナが現れた事で怯え……いや、怒ってるね。シューシューと威嚇音が聞こえてくるし、尻尾の間から深紅の瞳が睨みつけているよ。


フォビナもその事に気付いたのか、ジャビの方に視線を向ける。


「そんな事をして良いんですか?今の状態で神の使者である私に攻撃なんてすれば、折角、主様の御蔭で邪悪なる者から聖なる存在へと変容してきているというのに、また元に戻ってしまいますよ」


フォビナがジャビを見下ろし、フフンッと鼻で笑う。


「……じゃあ、私がフォビナにお仕置きするのは問題ないよね?」


「弱い者苛めは良くないと思います、主様」


「お前が言うな!」


現状ではまだ立場の弱いジャビに対して弱い者苛めをしようとしていたくせに、私が前に出た途端、掌を返したように文句を言ってくるフォビナに思わずツッコミを入れてしまう。


相変わらず、フォビナと話すと疲れる。


これ以上この会話を続けても時間の無駄だから、大きな溜息を1つ吐き出して、話題を切り替える事にしよう。


「それよりもフォビナ、邪悪なるものから聖なるものへとってどういう事?」


登場の仕方はどうかと思うけれど、フォビナが私に与えてくれた情報はとても大切なもののような気がする。


ここはうやむやにはせずしっかりと聞いておくべきだろう。


ジャビもその話は気になったのか、威嚇音を発するのを止め、私達の話へと耳を傾け始めた。


「どういう事ってそのままの意味ですよ。主様は邪神を購入され、自分の従属神にする為に調教なさっている。……まぁ、調教というよりも餌付けに近い気もしますけど。闇堕ちは基本的には闇に堕ちた時に黒く染まります。そして、改心して元の清い状態に戻ればその色も元に戻る」


その言葉にジャビの漆黒の鱗に視線を向ける。


「しかし、中には元から黒い色を持つ存在……陰に属する者もいます。邪神や闇の精霊、月の精霊等がそれにあたります」


「え!?ムーやアンは闇落ちだったの?」


フォビナの説明を聞いて、その可能性に辿りつき、驚きの声を上げる。


しかし、そんな私に対するフォビナの視線は冷たかった。


「そんなわけないでしょう。だったら彼等はここにはいないはずです」


「あはは……、そうだよね~」


フォビナの出来の悪い生徒を見るようなその呆れを含んだ視線に気まずさを感じ、愛想笑いを浮かべて視線を逸らす。


「陰の者全てが闇落ちというわけではありません。陰の者は性質上、多少闇に引き摺られやすい傾向はありますが、ただ陰に属する性質と黒い色を持っているというだけで、例外を除いてほぼ全てが清き存在です」


なるほど。


闇堕ちすると黒く染まる事が多いけど、闇堕ち意外にも黒を持つ存在はいるし、それらが絶対に悪い存在というわけでもないという事か。


まぁ、確かに黒を持つもの全部闇堕ちって事になったら、純日本人で髪もそこそこ黒い色をしている私だって闇堕ちって事になりかねない。


「そして、その例外にあたるのがジャビのような邪神です。邪神は生まれた時から黒を身に纏い、邪悪な性質を持っています。邪神が清き存在になる時には種族は基よりその存在の定義自体が変わります。おそらくですが、その白い鱗はその変化の一つなのでしょう。きっとこれから良い行いをすれば、徐々に白さが増し、悪い行いをすれば元に戻る。完璧に改心した所で、ジャビは邪神から主様の従属神という新しい存在に完璧に変わる事になるでしょう」


元から黒を持つ存在が闇堕ちになった場合、本来なら改心しても黒のままだけど、邪神は種族が変わらないと改心した事にならないから、色も……場合によったら姿や形まで変わっちゃう可能性があるって事?


そして、ジャビのこの白い鱗がその兆し……


「ジャビ、やったね!!ジャビがいい子だって事が認められたって事だよ!!」


鱗の塊の中でジッとフォビナの話を聞いたまま固まっているジャビにギュッと抱きつく。


ジャビは無言を貫いていたけれど、私は尻尾の隙間から中を覗いた時に見てしまった。


今はまだ生え始めの白い鱗を、彼が躊躇いがちにソッと優しく撫でているところを。


「ジャビ、これからも一緒に頑張って幸せになろうね!!」


ジャビは私の視線に気付いて、プイッと横を向いてしまったけれど、鱗の塊から出ている尻尾の先はゆらゆらと機嫌良さそうに左右に揺れていた。

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