11 新人が馴れてくれません。
正直に言おう。
私の考えが甘かった。
歓迎会だなんだと言っている場合ではなかった。
それよりもっと根本的で重要な問題があったのだ。
「フォ、フォビナ、どうしよう?ジャビが何も食べてくれない!!」
ジャビが私の所に来た翌日の昼、私は涙目になって鱗の塊の前でフォビナを揺さぶっていた。
「どうしようって、放っておけば良いじゃないですか。邪神はそう簡単に死にません」
迷惑そうに私の手を外すと、フォビナはいともあっさりとそう言い切った。
私がこんなに必死に助けを求めているというのに、安定のクールさだ。
「死ななくたってお腹は空くでしょ?こんな育ち盛りの男の子にひもじい思いをさせるなんて!!」
邪神であるジャビを正しい道に導かないといけないという事は私もわかっているけれど、私はジャビをあくまで仲間として、家族として迎えたいのだ。
来て早々、絶食させるなんて酷いことはしたくない。
虐待禁止!!例え死ななかったとしても、私の中の人間としての感性がそれを良しとしない。
「本人が食べないのですから、仕方ないでしょう。主様は十分過ぎる程の量を……私が頼んでも出してくれないレベルの豪華な食事を出してくれているというのに」
フォビナが恨めしそうに私を見詰める。
確かに、現在ジャビの前には私は思い付く限りの美味しい物を並べてある。
ジャビの好みがわからなかったから、少しでも食べてくれればと思い、あらゆる種類のご馳走を取り揃えてみたのだ。
けれど、結果はご覧の通り。
美味しそうな匂いが部屋に充満しているというのに、ジャビはその固く閉ざされた尻尾を解こうとしない。
時折、尻尾の僅かな隙間から、こちらの様子を窺ってくる視線は感じるのだが、それ以外は生きているのか死んでいるのかわからない位のレベルで微動だにしないのだ。
「フォビナは自分でいつも食べたい物出して食べてるじゃん」
「自分で出すのと、主様に出して頂くのでは質が違うのですよ、質が!」
表情は相変わらずの無表情なのに、何処か不貞腐れた雰囲気を醸し出すフォビナに苦笑が浮かぶ。
「主様、部下差別はいけないと思います」
「これは差別ではなく、区別です!ジャビが空腹でこれ以上グレちゃったらどうするの?ジャビにはこれから美味しい物をたくさん食べてもらって、幸せで悪い事なんてする気が起きないようになってもらわないといけないんだから!!」
その為にも、まずは少しでも良いから食べてもらいたい。
ここに食べたい物や食べられる物がないというなら、何なら食べられるのか、何が食べたいのかを教えて欲しい。
私が知ってるものだったら、すぐに創造するし、知らないものだったら……頑張って調べて作るから。
「ねぇ、ジャビ。この中に食べれそうな物ない?少しだけでも良いから食べよう?私が出した物が不安だっていうなら、私毒見もするよ?」
良いアドバイスをくれるどころか、ジャビにライバル心を燃やして焼き餅を焼き始めたフォビナから、ジャビ自身へと意識の矛先を変えて、尋ねかける。
しかし相変わらず、尻尾の隙間から睨みつけるようにジッとこちらを見つめるだけで、ジャビの返事はない。
「ど、どうすれば良いんだろう?何か一口でも……」
ジャビが食べてくれそうな物、とは言っても元々の情報不足で全く想像がつかない。それでもと思って必死で頭を回転させる。
そして、私の中に1つの答えが浮かんだ。
「……も、もしかして、根本的な考え方が間違ってた?料理じゃなくて……生き餌、マウスとか蛙とかを用意しないといけな……」
バシンッ!!
……全部言う前に怒られた。
いや、怒ったって言っても、顔も出さず尻尾の先で床を思いっきり叩かれただけなんだけどね。
床に蜘蛛の巣状の罅が入っている。
名前の時と同様、相当ご不満なようだ。
……思春期男子(?)難しい。
「主様、間違っております。彼は蛇ではなく邪神です。生き餌にするなら人間か何かでしょう」
「に、人間!?そ、そんな……」
フォビナの言葉に愕然とする。
いくらジャビに何か食べて欲しいと思ったとしても、さすがに人間は私の中の倫理観的に許容できない。
そんな事出来るわけがない。
「邪神は神々の神力を好んで摂取しようとします。魂はまさに神力そのもののような存在。特に人間などの知性の高い生き物の魂はそれだけ神に愛されおり、上質で美味しいらしいです」
真っ青な顔で固まっている私に、フォビナが更に追い打ちを掛けてくる。
一縷の望みを掛けて、ジャビの尻尾が不満を示してくれるのを期待したが……無反応。
特に不満を示すような内容ではないとジャビは判断したらしい。
反対に尻尾を振るとか嬉しそうな表現もないから、好きなのかどうかもわからないけれど、少なくともとも間違いではないという事か……。
私は一体どうすれば……。
頭を抱えて悩みこむ私。
「……まぁ、食べれば闇落ちレベル上昇間違いなしですけど」
そんな私の耳に、フォビナがボソリッと小さな声で呟く声が聞こえた。
食べれば闇落ちレベルが上がるとか、更生目指している今、絶対駄目なやつだよね!?
「……フォビナ?」
呟きに反応して顔を上げた私に、涼しい顔で「何でしょう?」と首を傾げるフォビナ。
まるで「何も言ってません」とでも言うかのように。
……こいつ、今の呟き、わざと小声で言ったな。
理由は間違いなく、ジャビの更生を邪魔する為。
フォビナは初心者神である私のナビゲーション役も務めているから、持っている情報はある程度私に教える義務がある。
だから、敢えて小声で言って義務は果たしたが私がたまたま聞き逃したという状況を作りたかったのだろう。
ギロッと睨むと視線をさり気なく逸らされる。
こういうわかり易い反応を見ていると、本気でそうしたかったのか、冗談的なものも含まれているのか判断に迷う。
でも、どちらにしても多少の悪意はあっただろう。
「フォビナ、今の話し、さっきの呟きの内容も含めてもう少し詳しく教えてくれるよね?」
ニッコリと笑顔でにじり寄れば、フォビナが「チッ」と舌打ちをし、不承不承説明をし始める。
フォビナの説明によると、闇落ちは、大きく分けて2タイプいて、自然発生的に各世界で神の意思とは関係なく突然現れるタイプと、神の部下でありながら多くの罪を犯し闇に染まった元神の僕タイプに分れるらしい。
自然発生的に現れた闇落ちは、神々の神力を与えられずに生まれた存在な為、本能的に神がその神力を込めて創造した存在を、神の愛情が籠った存在を取り込もうとする習性があるようだ。
後発的に闇落ちになったタイプの方は、闇に落ちた事で主である神とは袂を別ったものの、根幹にある神の寵愛を求める性質は魂レベルで刻まれており残り続ける為、やはり神の力や愛情が籠ったものを求めて取り込もうとする。
つまり、理由は多少異なる部分もあるけれど、闇落ちは皆、神の力や愛情を求める性質を持っており、それを他者から奪う――食らうという事で満たされようとするようだ。
だから、彼等にとっての最高の食事は、神が自ら神力を与えて生み出した魂、それもより神の寵愛を受けている存在のもの、という事になる。
生き餌な以上、当然マウスや蛙の中にも魂はあるから食べれなくはないらしいけど、知性が高い程、神の寵愛を受けた魂とされる為、味的には人間に比べてかなり劣るらしい。
それに併せ、人間に近い容姿を持つ闇落ちは個人差はあるものの基本的に美醜や食に関する感覚は人間に近く、マウスや蛙を食事に出されるのは私が嫌な位には嫌らしい。
要するに、人間の魂は私達にとって高級和牛。マウスや蛙の魂はそのままマウスや蛙の肉。食べられはするけど、率先して食べたくはない。そういう感覚というわけだ。
……うん。何だかごめん、ジャビ。
「そして、神々の寵愛が強い魂を持つ存在を食らったり傷つけるという行為、より罪が重い事だとされているので、闇落ちとしてのレベルを上げる上でも最高の食材という事になります」
ジャビの為に出したけれど、ジャビが手を付けないまま冷たくなってしまったオムライスを頬張りながら、フォビナがそう締めくくった。
ジャビにとって美味しい物=私の大切な魂。
これは大問題だ。
「ここにいる皆はもちろん、下界にいる人達を差し出すわけにはいかないし……むしろ、更生目指しているのに差し出したら本末転倒というか……」
つまり、私にはジャビの好物を差し出す事は出来ない。
「ねぇ、フォビナ。じゃあ、他の神様達は闇落ちに何を食べさせているの?」
途方に暮れてしまった私は、縋るような思いでフォビナに尋ねる。
このスマホは時々暴走するけれど、基本的にはとても優秀で頼りになる存在なのだ。
「……ここからは有料のサイトとなります」
「サイトを切り替えて、無料サイトの情報を検索して下さい。というか、神様のサポートをする上で必要な情報だよね、これ」
思わず、心の中で言った「優秀で頼りになる」という言葉を取り下げたくなった。
うん、やっぱりこのスマホはポンコツだ。
「仕方がないですね。既にダウンロード済みの神様サポートハンドブックの情報を提供させて頂きます」
「初めからそうして下さい」
何故、既にダウンロードされている機能で調べられる事を、有料サイトに繋いで調べようとした?
わざとか?いや、わざととしか考えられないよね!?
ジトーッとした目でフォビナを見れば、フォビナはそんな事お構いなしにオムライスを完食して、隣にあったステーキへと手を伸ばしていた。
……これ、ジャビのご飯なんだけどな。まぁ、もう冷めちゃったから、いいけど。
もし、ジャビが食べてくれるのなら、ここに来て最初のご飯くらいは作りたての温かくて美味しい物にしてあげたい。
私の持つ、創造の力ならあっという間に作れるしね。
「他の方々も、主様と変わらないですよ。適当に料理を出して食べさせる。ただそれだけです」
どうやっているのか、ステーキの皿を宙に浮かせて、ナイフとフォークで切り分けながら凄い勢いで食べていくフォビナ。
よくあのペースで食べながら話せるなぁと感心してしまう。
「でも、ジャビ食べてくれないよ?」
「それは、闇落ち全体の問題ではなくその邪神自身の問題です。本来、神々が作り出した物には多かれ少なかれ神力が混ざります。神が手ずから生み出したものならば愛情も多少は入っているでしょう。つまり、主様自身がその邪神の事を思ってその邪神の為だけに創造の力で作り出したこの食事は、人間の魂程ではなくても豪華なご馳走という事です」
フォビナが2皿平らげてもまだたくさん残っている料理の数々。
私の精一杯の豪華ディナーだったけど、本来ならジャビにとってもそうだったらしい。
それにも一切手を付けないジャビに対して、基本的に食に貪欲なフォビナは不満げだ。
まぁ、自分が食べたい食事が目の前にあり、それを出された本人が一切手を付けようとしないのだから、そうなっても仕方ないかもしれない。
「……フォビナ、何か食べる?少しだったら出そうか?」
ちょっとだけ可哀想になって声を掛けると、フォビナが目をパチパチとした後、フンと横を向いた。
「ここにある分で結構です。勿体ないですから。どうせその邪神には温かい物を振舞いたいのでしょう?私はこの冷めたのを向こうで温めて食べます」
言葉はあっさりしているのに、何だか嬉しそう。
無表情だけど、嬉しそう。
「いいの?じゃあ、そうしてくれる?」
「主様の出した食事に罪はありませんし、このまま捨てられるのは可哀想ですから」
フォビナが珍しく優しい。
でも、出来ればその「可哀想」という感情を、少しだけでも良いからジャビにも向けてあげて欲しい。
フォビナは「そうと決まれば」と言って、手を翳して給仕用の大型ワゴンを作り出すとその上にどんどんと冷えてしまった料理を置いていく。
置いていくと言っても、手で乗せるのではなく料理が宙に浮いてワゴンに自動的に乗っていく形だから、全て乗せ終えるまでにはそう時間は掛からなかった。
「それでは、私はこれで……」
「あ、ちょっと待って!」
料理を乗せ終えたワゴンを押して退室しようとするフォビナを呼び止める。
さすがにジャビが食べ残した物(と言っても手すら付けてないけど)だけでは申し訳ない。
私は以前友人の結婚式で食べた某有名一流ホテルのウエディングケーキをワゴンに乗った状態をイメージして作り出した。
しっかりと、フォビナに対する感謝の気持ちを込めて。
「これも持って行って、お茶の時間にでも皆で食べて」
「1人で食べて良いんですか?」
「皆でって言ったけど?」
「これは私の為に作られた物です。私の物です。間違いありません。だから私が食べて良いんです」
私が出したケーキから一切視線を外さずに、フォビナが主張する。
さっき以上に嬉しそう。
表情はあまり変わらないけれど、雰囲気でわかる。
きっと、尻尾があったらブンブンと凄い勢いで振っている事だろう。
そんなフォビナの様子を見て、神である私が相手の事を思って作る物は、本当にご馳走になるのだというのを痛感した。
今まではあまり意識しないで出したり、フォビナに任せて出してもらったりして皆に振る舞っていたけれど、これからはなるべく私自身が気持ちを込めて食事を出すようにしよう。
大した手間ではないのだから、皆が喜んでくれるならそっちの方が良いに決まっている。
「う~ん、でもそんなに食べたらお腹壊すよ」
「私の容量を舐めないで下さい」
「じゃあ、ご飯の方は食べたいって言った子には食べさせてあげてね?」
「わかりました」
そしてフォビナは意気揚揚と2つのワゴンを1つは前で押して、1つは後ろで引きながら器用に持って行った。
「さて、ジャビのご飯、どうしようか」
昨晩から置きっ放しになっていた料理が片付いてスッキリした室内。
片付けたからと言って、ジャビの食事問題が解決したわけではない。
次の食事を用意しないといけないのだ。
尻尾の間からジーッと私を見てくるジャビ。
無言を貫いてはいるけれど、さっきのフォビナとの話はずっと聞いていたのだろう。
この後の私の行動を注意深く観察している感じだ。
「ねぇ、ジャビ。少しでも良いから食べない?」
自分が食べたかった、某和食チェーン店の生姜焼き定食を出してジャビの前に試しに置いてみる。
ズズズーッ。
尻尾の先で押し返された。
「……嫌か。あ~でも、ちゃんと反応はしてくれたんだね」
今まで微動だにしなかったのに、拒否という形ではあってもちゃんと反応を返してくれた事に進歩を感じる。
本当に微々たる進歩だけど。
「う~ん、何だったら食べてくれるんだろう?やっぱり人の魂?でもそれは駄目だし。神力……神の寵愛……愛情……」
再び頭を抱え込む。
愛情……愛情……愛情の籠った食事……
「……そうだ!愛妻弁当だ!!」
パッと思い付いた瞬間、もうそれしかないと思った。
うん。きっと、この時、私は色々悩み過ぎて可笑しくなってたんだと思う。
後から思った。『愛妻』弁当ってなんでだよって。
「ジャビ、ちょっと待っててね!あ、もしお腹空いたらそれ食べてても良いから!!」
そう言って、私はジャビの部屋の壁際に行きシステムキッチンを創造した。
部屋が大きいから作っても手狭感はないけれど、人の部屋に勝手にキッチンを作るのは我ながらどうかと思う。
でも、その時は一刻も早く愛妻弁当を作ってジャビのお腹を満たさないといけないという焦りの気持ちでいっぱいだったのだ。
後から、別の部屋で作って持ってくれば良かったんじゃないかと気付いたけれど、それは冷静になってからの話だ。
「料理はそんなに得意ではないけど、普通の物だったらそれなりに出来るはず」
エプロンと食材を出して、腕まくりをする。
ちなみにエプロンは白のフリル付きだ。
愛妻という言葉から、これしか思い浮かばず気付けばこれが出ていた。
可愛い女の子が着れば似合うけど、私が着ても……と思わなくもないけれど、今はエプロンにこだわるよりも料理を作る方が先だ。
育ち盛りの男の子がひもじい思いをして蹲って……とぐろを巻いている。
私の母性が早く助けてあげろと言っている。
「愛妻弁当と言えばやっぱりご飯に桜でんぶのハートかな?後は、肉じゃがに……ハートのケチャップのハンバーグ?」
我ながら、かなり偏ったイメージだと思う。
でも、肉じゃがとハンバーグ悪くないだろう。美味しいし。
「桜でんぶだけより、3色弁当みたいにした方が華やかで美味しそうだよね」
この辺は単純に私の好みの問題もあるんだけど、やっぱり育ち盛りの子には栄養のある物をいっぱい食べて欲しい。
「後、個人的にはやっぱりお弁当にはたこさんウィンナーは外せないな。後は彩りも考えて……」
今まで変な男性に追いかけ回される事はあっても、彼氏がいた事なんてない私だ。
自分のお弁当を作る事はあっても、誰かの為に作る事なんてなかった。
ついでに言うと、自分の為のお弁当はいつも適当だ。
職場の友達がキャラ弁とか作って来た事もあったけれど、自分の為にそこまで頑張るだけの気力は私にはなかったから、「凄いね~」と言うだけで自分がチャレンジしようとは思わなかった。
だから、正直、どんなお弁当なら喜んでもらえるかはわからない。
でも、自分の精一杯で作ろう。
愛情……神の寵愛もしっかりと込めて込めて込めまくって。
静かな室内に、カッカッカッという私が包丁を振るう音や、鍋がグツグツと煮える音が響く。
いつもは「食べれれば良い」で適当にやっている所も、丁寧に見栄えがよくなるように頑張る。
「……誰かの為の料理って楽しいかも」
独り暮らしが長くなると、どうしても料理がただの『作業』になりがちだった。
「どうせ食べるのは自分だけ」という思いがそうさせてたんだと思う。
実家にいた時は、お母さんがいつもご飯を作ってくれてたから、あんまり自分では作る事がなかったけれど、たまに家族の為に作った時は「美味しいって言ってくれるかな?」と思いながら作る事が楽しかった。
そんな事を考えながら、ジャビに少しでも美味しく食べてもらいたくて、いつもより多く味見をしながら料理をする。
味を見ては直してを繰り返し、自分のベストを探していく。
そうしている内に、段々と集中して周りが見えなくなっていたのだろう。
ふと、顔を上げた時に……尻尾から顔を出して、覗き込むように私の手元を見ようとしていたジャビと目が合った。
「ジャビ!」
ここに来てから初めて顔を出してくれたジャビに嬉しくなって、満面の笑みで手を振る。
ジャビは私の反応にビクッと体を震わせて、慌てて尻尾の中へと戻っていった。
その反応がちょっと可愛くて、その後、私の頬は緩みっぱなしだった。
「さて、出来上がり!」
完成したお弁当を見て、我ながら良い感じではないかと自画自賛する。
「どうか、ジャビが美味しく食べてくれますように」
最後に、念の押しとばかりにお弁当に向って手を合わせた。
……何か、一瞬キラキラした光の粒のようなものがお弁当に降り注いだような気がするけど……うん、気のせいだ。
お弁当の蓋を閉じて、箸を添えてお弁当袋に入れる。
ついでにタンプラーにお茶を入れて添えてみた。
それを手にジャビの許へと行くと、彼はビクッと体を震わせ、ズズズッと音を立てて尻尾の巻きを強くした。
ただ、多分だけど、警戒はしてても拒否はしてない気がする。
現に彼は私の持つお弁当が気になるのか、尻尾の間から私の顔とお弁当を交互に見つめている。
「これ、ジャビの為に作ってみたの。食べてみてくれない?」
ジャビの今までにない反応に、ちょっと期待しつつお弁当とタンプラーをジャビの前に置く。
……反応はない。
ただ、彼の目が私のお弁当を凝視している。
その後、10分程一方的に話し掛けながら様子を見たけれど、やっぱり彼はお弁当を受け取ってはくれなかった。
……まぁ、仕方ないか。
心の中で嘆息する。
ちょっと期待していただけあって切ないけれど、こればかりはジャビの気持ちもあるから仕方ない。
もちろん、諦める気はないけれど……ひとまず、次の手を考える為にもこの場を一旦離れよう。
ジャビだって、私がずっと張り付いていたんじゃ、息も抜けずに疲れてしまうだろうし。
「お弁当だから、冷めても食べれるからね。気が向いたら食べてね」
お弁当の残りを自分の遅めの昼食にしようと思って新しく作ったワゴンに乗せる。
肉じゃがは結構な量があったから、鍋ごと持っていき誰か他に食べたいという人がいたら食べてもらう事にした。
そして、退室しようとドアを開いて一歩踏み出した時だった。
ズズズズッ……。
背後で尻尾の動く音が聞こえて、反射的に振り返ると……お弁当とタンプラーがなくなっていた。
「……あっ」
思わず喜びの声を上げそうになって、慌てて口を閉じる。
本当は駆け寄って声を掛けたいところだけど、このタイミングでお弁当を回収していくという事があまりその事に触れて欲しくないという意思表示だろう。
「ジャビ、有難う」
小さな声でお礼を言うと、「さっさとあっち行け」とでも言うように、尻尾の先が持ち上がってピッピッと数回前後に素早く振られた。
私はその仕草に頬を緩めつつ、静かに部屋を後にした。




