10 新入社員を歓迎しましょう。
「さぁ、ここが貴方の部屋よ」
闇落ち商で購入した邪神君を連れて帰って来ました、我が神殿。
行く前に、私が自分の部屋として使っている場所の隣に、買ってきた闇落ちさん用の部屋を用意しておいたから、まずはそこに案内する。
まぁ、案内と言っても、常に鱗の塊状態をキープしている彼を引きずってくるわけにはいかなかったから、闇落ち商で買った闇落ち移動専用の檻の中に入れて連れて来ているんだけどね。
ちなみに、闇落ち商の人が『檻』と呼んでいたから檻と言っているけれど、実際は掌サイズの丸い水晶玉のようなものだ。
檻の持ち主が中に入れようと思った相手に玉を触れさせて念じると中に吸い込まれるようになっていて、サイズ等は関係なく閉じ込めておけるようになっているらしい。
中はガラスに囲まれた広い空間のようになっていて、外を眺める事も出来り声も聞こえるようだ。反対に外からも中を覗くと様子を見る事が出来る。
無理矢理命令して自力で歩かせるよりは、邪神君の負担も少ないかなと思って購入する事にした。
「今、出すからね」
檻の中でも鱗の塊状態をキープしている邪神君に声を掛けてから『出ろ』と念じると、檻の玉から光のようなものが出て、何もなかった空間に鱗の塊が現れる。
……こうやって、改めて間近で見ると結構大きいな。
下半身の蛇の分部の太さが人間の胴体程あるだけあって、鱗の塊は結構なサイズになる。
闇落ち商に行く前は、どんな闇落ちを買うかしっかりとは決めてなかったから、大型の生き物でも良いように部屋のサイズは大きめにしておいたんだけど……これは丁度良かったと言えるんじゃないだろうか。
過去の私、ナイス判断だ。
「私の名前は壇野絆。一応この世界の創造の神をやってるの」
「……」
「これからは、一応貴方のご主人様って事になるんだけど、よろしくね」
「……」
「私としては、出来れば仲良くしてきたいし、危険な事や誰かを傷つけるような事をしない限りは基本的には命令はあまりしないようにしたいと思ってるから、その点は安心してね」
「……」
「そういえば、貴方の名前ってあるの?何て言うの?」
「……」
「食事はどんなものが好きなのかな?」
「……」
「ここが貴方の部屋って事になるんだけど、足りない物とかある?」
「……」
「ねぇ、あの……」
「……主様、そろそろ諦めてもいいと思いますよ?」
一定の距離を保ちつつ話し掛ける私と、無言を貫き一切反応を示さない邪神君。
自分を買った相手に、このガードの固そうな邪神君がそう簡単に心を開いてくれるわけがない。
そうわかっていても、あまりの無反応さにちょっと心が挫けそうになっていたところで、すかさずフォビナが声を掛けてくる。
「しょ、勝負はまだ始まったばかりだし」
つい拗ねた気分になって唇を尖らせると、フォビナが呆れたように溜め息を吐く。
「一体、貴方は何と戦っているんですか。そんな面倒な事などせずに、命令すればいいでしょう?後、この邪神は名前が空欄になっているので、ご主人様が付けない限り名前はありません」
フォビナの提案に、私は首を横に振る。
「命令はしないよ。それやってたら、いつまで経っても仲良くなれないじゃない」
フォビナの言う通り、命令すれば彼は私の尋ねた事にしっかりと答えてくれるだろう。
……本人の意思に関係なく。
でも、誰だって自分に命令して無理矢理したくもない事を強要する相手を好きにはなれないと思う。
命令するのはとても簡単な事だけど、それは彼との関係を深める上では逆に遠回りになる。
いや、むしろ『仲良くなる』という道を諦めないといけなくなる可能性すらある。
そんなのは絶対に嫌だって思うから、私は極力彼とは命令以外の形で関係を作っていきたい。
「仲良くなる必要なんてありません。主様には私という優秀な使者がいるのですから」
「いやいやいや、今までの自分の行いを思い出してみよう?」
「そうだ。ここはやっぱり、下手に名前を付けて愛着が湧く前に捨ててきましょう。ええ、そうしましょう」
私の言葉をサラッと無視して、フォビナがいい事を思いついたとばかりに私に邪神くんを捨ててくるように勧めてくる。
フォビナの言葉に反応して、今までほんの1㎝すら動こうとしなかった邪神くんの下半身がギシッという僅かな音を立て身じろいだ。
気のせいかもしれないけど、何となく彼が怯えているような気がして、私は彼をフォビナの視線から庇うように立ち、フォビナを睨み付けた。
「フォビナ、そういう酷い事を言うのは止めて。彼はもう家の子なのよ!それに、何かの理由で名前を取り上げられてるとかないかなって思って確認しただけで、本当はもう彼の名前は決めてある!!彼はジャビよ!!良い名前でしょ?」
「……ジャビ。邪神の尻尾ですか?蛇の尻尾ですか?」
フォビナは一瞬何か物言いたげな視線を私に向けたけれど敢えてそれは口にせず、私がずっと考えていた彼の名の方に話題を変えた。
多分だけど、平行線な話を続ける事がないように引いてくれたんだと思う。
「もちろん、蛇の尻尾の方よ。この綺麗な鱗に包まれた尻尾は彼のチャームポイントだからね!!」
「安直な名前の付け方ですね。まぁ、多少捩ってある分、以前より成長したと思うべきでしょうか」
「それ、褒めてないよね?」
「主様のネーミングセンスの何処に褒める要素があるのでしょうか?」
胡乱な視線を向けてくるフォビナから逃げるように顔を背ける。
私的には、『ジャビ』っていうのはかなり良い名前だと思ってるけれど……私にネーミングセンスがあるかないかで言えばないと思う。
私にだってそれ位の自覚はある。
「……じゃあ、フォビナだったらどんな名前にするっていうの?」
「ヤマタノオロチ」
「却下」
「ラミア」
「却下」
「清姫」
「却下。ってか、この子男の子だから!!」
ネーミングセンス以前の問題として、フォビナには真剣に名前を考える気がない事がわかった。
「私はスマホなので男向けの名前とか女向けの名前とか、そういうのはよくわかりません」
「嘘吐くな。明らかにわざとでしょ」
ジロッと睨むと、しれっとした顔で視線を逸らされる。
フォビナは元がスマホだからか、人の感情とかそういった事がいまいちよくわからない事が確かにあるけれど、知識的な事は結構よく知っている。
本人曰く、内蔵されるインターネットで調べられるかららしい。
だから、当然ラミアや清姫が女性の魔物って事もわかっている上でわざと言ってるはずだ。
……全く。お前は陰湿ないじめをするお局か何かか。
パシンッ……パシンッ……。
ジッと睨みつける私に視線を逸らしたまま素知らぬ顔を通すフォビナ。
無言の攻防をしていると鞭を打ちつけるような音が部屋に響いた。
何の音か気になって、音のする方に視線を向ける。
……邪神君の尻尾の先が不満を示すように床に打ちつけられ、床に小さな凹みが出来ていた。
「や、やっと返事をしてくれた!!」
「あれは返事とは言わないでしょう?」
ずっと無反応だった彼の初めての意志表示(?)に感動している私に、呆れた表情でフォビナがツッコミを入れてくる。
「大体、あれは主様の付けた名前への不満でしょう?」
「違うよ!フォビナの考えた名前への不満だよ」
互いに相手のせいだと言い合った後、私達はそれをジャッジしてもらう為に邪神君に向き直った。
「ねぇ、どの名前が良い?」
「……」
再び無言を貫く邪神君。
もしかしてさっきの意思表示は私の勘違いだった……とか?
「ヤマタノオロチ」
少し不安になってきた私の隣で、フォビナがさっき自分で挙げた名前の1つを口にする。
パシンッ。
……良かった。やっぱりあれは彼の不満の表現だったらしい。
「ラミア」
バシンッ!
ヤマタノオロチよりも勢いが強く、床の凹みも大きい。
「清姫」
バシンッ!!バシンッ!!
更に勢いが増した上に、2回も打ちつけた。
どうやら、清姫は余程嫌だったようだ。
まぁ、男の子で『姫』は確かに嫌だろうと思う。
「……チッ」
自分の出した名前全てに文句を言われたフォビナが舌打ちをする。
その結果に私は少し満足しつつ、ドキドキしながら今度は自分が考えた名前をジャッジしてもらうべく口を開いた。
「……ジャビ」
………………パタンッ。
打ちつける為に持ち上げられた尻尾の先が、何か葛藤するように暫くその状態をキープしていたけれど、やがて諦めたように力なく下ろされた。
ピロリンッ♪
彼の尻尾が床に着くと同時に、軽快な音と共に目の前に画面が生じる。
『登録情報が更新されました。
種族:邪神 名前:ジャビ 年齢:1680歳 状態:調教中』
「……やったぁぁぁ!!」
思わず拳を天へと突き出して、喜びの雄叫びを上げる。
「ジャビ!ジャビ!やっぱり良い名前だよね?気に入ってくれて嬉しい!!」
「……いえ、あれはどうみても究極の選択した上での諦めですよね?」
「そんな事ないから!気に入ってくれたから受け入れてくれたの!!フフフ……、今日から貴方はジャビだからね!何だか少し仲良くなれたみたいで嬉しい。これからよろしくね、ジャ……」
「シューッ……シューッ……」
喜び勇んで、彼の鱗を撫でようと近付いて行った私の動きが止まる。
「主様、滅茶苦茶威嚇されてますよ?」
「……」
どうやら彼との距離を縮めるにはまだまだ時間が掛かりそうだ。
しょんぼりと項垂れて、踏み出し掛けた足を元に戻し後退する。
威嚇音が止んだ。
彼が許容してくれる距離はこの距離なんだね。
うん、覚えた。ここからどれだけ近付けるようになるかが最初の課題だ。
「ところでフォビナ。私まだジャビの威嚇音しか聞いてないんだけど……根本的な問題として、彼、話せるのかな?」
自分とジャビの温度差から生じた気まずさを誤魔化すようにフォビナに話し掛ける。
フォビナは軽く手を振って、目の前に画面を表示させた。
「彼の持っている技能の一覧に『共通言語(万能)』があるので話せるはずです。実際に、反応はほとんど示しませんが、こちらの言っている事は理解出来ていますしね」
フォビナが指差した画面の1ヶ所を見ると、確かに『共通言語(万能)』と書いてある。
その画面には他にもたくさんの技能が箇条書きにされていて、凄く興味が惹かれたけれど、それは追々見て良くことにしよう。
「それじゃあ、喋ってくれるかどうかはジャビが話す気になってくれるかどうかという事だね」
「まぁ、そうでしょうね」
そういう事なら、それは今考えるべき問題じゃないな。
なんて言ったってジャビの気分次第なんだから。
話しても良い、話がしたいって思ってくれるまで待つしかないだろう。
今はそれよりも……
「じゃあ、今考えるべきは今晩のジャビの歓迎会をどうするかって事かな?」
「この状態でやる気ですか?」
フォビナに指差されて、再びジャビに視線を向ける。
不満をアピールする為に出ていた尻尾も、今や鱗の塊の中に収まっていて、一切綻びのない塊になっている。
その状況を見てしまうと、少し躊躇い浮かんでくるけど……やっぱり初めてここに来た日位はしっかりとお祝いしたい。
少し慣れてきてからって考え方もなくはないけれど、こういうのはタイミングを外すと流れてしまう事もあるしね。
ただ……
「う~ん、まだ慣れてないのにあんまり大人数で歓迎会っていうのは負担になるかな?」
独り言のように呟いて、ジャビの様子を横目で見る。
聞こえてはいると思うんだけど、彼は相変わらず自分の尻尾の中に閉じ籠ったまま一切反応を返してくれない。
「……今日は、ジャビも疲れてるだろうし、夕飯をちょっと豪華なものにする位にしておこうか」
「……」
ジャビの返事は相変わらず返って来ないけれど、何度も何度も尋ね続けるのもしつこい気がして、私は自分の中で結論を出して頷く。
「私は今日はすき焼きが良いと思います」
「さて、ジャビは何が好きかなぁ」なんて考えていると、すかさずフォビナが自己主張を始める。
……この積極性の半分……いや、10分の1でもジャビにあったらなぁなんて、考えても仕方ない事を考えつつ、敢えてフォビナの主張はスルーする。
私もすき焼きは好きだし、もしかしたらジャビも好きかもしれないけれど、今のこの状態で1つの鍋を囲んでジャビが一緒に食べれる気がしない。
むしろ、ジャビが何が好きで何が嫌いかわからない状況の今なら、メイン料理をドンッと出すよりは、少しずつ色々な物を出して、品数を増やすことで彼が食べれるものを探っていく方が無難だろう。
……どうせ創造の神の力があれば、願うだけで料理を出せるから作る手間は掛からないだろうしね。
「ご飯の準備が出来たら呼びに来るから、それまではゆっくり休んでいてね」
無言を貫き続ける頑なな鱗の塊に一声掛けて、私はフォビナと共にジャビの部屋を出た。
夕飯までにもう少しだけでも、打ち解けてくれる気になってくれたら良いけど……無理だろうな。
新しく家に来てくれた彼と少しでも早く仲良くなりたい気持ちを抑えられず、気が急いてしまっている自分に、思わず苦笑が零れた。




