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第1話⑤

 ガヤガヤと。

 みすぼらしいテントが並ぶ広場に、人々の話し声がこだましていた。

 ライガは戸惑いながらもクラフトとレナシの後をついて歩く。目覚めたときは制服を着ていたが、今はクラフトの服を借りているので何とかこの場に溶け込めているだろう。


 それは初めて目にする市場であった。


 木とレンガの街並みに囲まれた石畳の広場。

 車が走っていないので歩道も車道もない。

 電信柱もショーウィンドウもなく、頑丈な扉のついた無骨ぶこつな壁と柵に囲まれた広場。そこを埋め尽くす露店の群れの隙間に、街灯が立つだけの街並み。市場に並ぶ野菜や果物だけが鮮やかな色彩を放っている。


 それだけであれば、ノスタルジックな風景ということで話は終わるのだが。


(しかし、まあ)

 ライガがぼんやりと見る先。


 スーツケースに腰かけたままの女性が空を飛んでいた。

 老人の持つ果物の入った大きな籠が、まるで風船のように浮いている。

 品物の数を数える男の顔の横で、空中に浮いた紙とペンが勝手にメモを取る。


(本当に別の世界に来ちまったんだなぁ)


 あの後、ライガはシャワーを借りて汗を流し、軽い食事をもらった。


 その間にクラフトと共有した情報から判断するに、どうやらライガは日本どころか地球ですらない、さらに言えば同じ宇宙なのかも定かでない別世界にきてしまったらしかった。

 というのも、クラフトは日本という国を知らなかったし、見せてもらった世界地図に書かれた大陸は知らないものばかりで、地球のものではなかった。同じ言語を使っているという謎はあるが、パソコン、電話、車など、地球上ならばおよそ知らない人間はいないだろう単語や概念もクラフトには通じなかった。


 さらに魔法の存在である。


 クラフトが魔法バトルもののライトノベルを読んですぐフィクションだと気づかなかったのも、常日頃から魔法の中で暮らしているからこそだったのだろう。


 ライガは別の世界に来てしまった。


 ライガがその考えを伝えると、クラフトもすぐに同意した。

 魔法の存在するこちらの世界にとっても異世界の存在は眉唾まゆつばであったが、ライガが語る元の世界の話はあまりにもさい穿うがつ内容で、クラフトにしてもそれが作り話だとは思えなかったのである。


 そして今。


 二人にとっては見慣れた町での買い物だったが、ライガにとっては初の異世界探訪だった。目に映るものがすべて新鮮に感じる。知っている果物もあれば、まったく使い道のわからない機械も置いてある。見慣れない服に、見慣れない髪の色、瞳の色。

 日本語が通じることが、唯一にして最大の救いだろう。


「オーガとかエルフとかゴブリンとかいないのか?」


 ライガは隣のレナシに声をかける。

 クラフトは露店の主人となにやら交渉中。


「なんですか、それ」


 レナシは首をかしげる。


「知らないか。なんていえばいいのかな、人に似てるんだけど違う種族、みたいなやつらのことなんだけど」


 見渡す限り、そういう姿はない。人種は様々で服装もファンタジー世界のものだが、誰もかれも元の世界にもいるような普通の人間である。


「ああ、ライガさまのことで

「ちがう」


 出会ってから約3時間。早くもこの少女のノリを掴みつつあるライガである。

 レナシの方も慣れたもの。すぐさま言葉を続ける。


「人に似た、というと、猿くらいでしょうか。あとは人型の魔物。わたしたちは魔人と呼びますが。とはいえ魔物が街にいたら大騒ぎですし、猿も街で見ることはほとんどないかと」


(ふむ。エルフはいない。魔物はいる)


 ライガは自分の持つファンタジー世界の知識と、この世界の常識を照らし合わしてみようと考えた。まさかライトノベルの知識が生きる役に立つとは思わなかったが、それまで小説やゲームで触れてきた世界だと思えば不思議と冷静でいられる。

 異世界上等。来てしまったのならしょうがない。信じられないもくそもない。今目の前にある現実がすべてなのだ。


 問題は今後の自分の目標と行動。

 

 元の世界へ帰る方法を探す、というのが普通だろう。

 しかしライガは、それに関してはほとんど諦めていた。

 何しろ手掛かりがなさすぎる。

 こちらの世界で異世界への移動が常識なら帰る方法はあっただろう。しかしクラフトにしても異世界があるというのは初耳だった様子。つまりこちらの世界でもライガに起きたことはイレギュラーであるらしい。

 さらにライガは、自分は一度死んでいるだろうと考えていた。

 ここに来る直前ライガが事故にあい、瀕死の重傷を負ったのは紛れもない事実。事故によって死んだ自分の魂が、異界を彷徨さまよってここにたどり着いたのかもしれない。ともすればここは死後の世界。帰る方法などはなから無いのだ。その場合、ライガの魂に学校の制服とライトノベルが付随ふずいしてきたことになるが。


 何より。


(もし生き返ったら、もうこんな人生は繰り返さない。力を持つ。どんな相手にも屈しない力を持って、助けるべき人間だけを助ける。自分を信じ、悪を滅ぼす。そんな、物語の主人公のような生き方を……)


 自分の最期の願い。


 自分がこうして生きて魔法の世界に迷い込んだのは決して偶然ではない。自分が憧れた主人公。それが描かれたライトノベルとともに自分はここに来た。

 神の存在は信じない。どこかの魔法使いや悪魔の仕業しわざでもないだろう。もっと純粋な、摂理や因果といったものが自分をここに引き寄せたのだ。そしてその発端ほったんは、自分の意思。


 ならば、その意思を全うしなければ嘘だろう。

 ライガは人知れず拳に力を込めた。


「クラフト」


 価格交渉を終えて戻ってきたクラフトを、ライガは真っ直ぐに見据えて言う。

 自分を信じる。自分の可能性を信じる。自分の未来を。自分の役割を。ここに来たのは偶然ではないはずだ。自分の受けた命の意味を知りたい。

 そのためには歩みを止めてはならない。

 悩んでいる暇などない。

 ライガの中で、空想の中の主人公と自分の姿が重なる。これまでのように主人公の姿に自分を重ねるのではない。自分の姿に、主人公が重なる……!


「俺に」


 ライガは無意識に、握りしめた拳を胸の前に掲げていた。


「魔法の使い方を教えてくれ!」


 そう、自分を信じる。それだけなのだ。いまここから自分という物語を始め……


「僕には無理だ」

「お兄さまには無理です」


 赤毛2人が、冷めた目で「無理無理」と手を振る。


 予想外の返しに、ライガは静かに目を閉じた。掲げたままの拳がむなしさをあおる。

 頼河良太らいがりょうた改めライガ、16歳。新たな人生の幕開けであった。

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