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第1話④

 頼河らいがはベッドの上に胡坐あぐらをかき、神妙な顔で腕を組んでいる。

 赤毛の二人はゆかに正座。

 なぜそうなったのか、詳細は不明である。


「あんたらに聞きたいことは山ほどある」


 こめかみに青筋を立てた頼河らいがが重々しく言う。


「そうだよね!僕らもだよ!君は一体どこから……」「その服はなんですか!?見たことないお着物です!漆黒の瞳と髪、外国の方なので……」


 黙れ。


「「……」」


 正座させられてなお、興奮冷めやらぬ様子の2人が捲し立てるのを、頼河らいが眼力めぢからだけで制した。黙ったものの2人の鼻息はまだ荒く、おあずけを食らう犬のようにキラキラした目でこちらを見ている。

 めんどくさそうな奴らだなぁ、と頼河らいがは冷や汗を一筋ひとすじ


「とりあえず、なんで人工呼吸した」


 頼河らいがの言葉を待っていたかのように、少女がふところから本を取り出す。


「これに書いてあったので!」


 それは頼河らいがの持っていたライトノベルであった。そういえば海に遊びに行ったときに誰かがおぼれて、人工呼吸をするかしないか、みたいなシーンがあったような気がする。


「だが俺は息をしていた」


「はい!ですからその息の根を!」


 力強くこぶしを握って立ち上がった少女の言葉が、一瞬止まる。3人の間に流れる、刹那せつなの沈黙。

 ……息の根を?


つなごうと!」


「初めて聞いたわそんな言い回し!!!!」


 頼河らいが恫喝どうかつに、少女はシュンとして下を向き、再び正座。


「ははは、申し訳ない。僕らは人工呼吸なんて知らなかったもんだから」


 今度は青年のほうが口を開く。

 知らないもんを初対面の気絶した人間にやるな、と言おうとした頼河らいがは、はたと気づく。


「いまどき人工呼吸も知らないのか?学校で習うだろ?」


 自分も小学生の時にやった気がする。義務教育の行き渡った日本で子供の知識に差が出るようなカリキュラムがまかり通るとは、ここは日本の中でも相当な田舎いなかなのだろうか。というかそもそも日本なのか。

 と、混乱が強まる頼河らいがに青年が言う。


「僕ら、まだ学校には行ってないんだよ」


 なんと。そんな人間がまだ日本に。

 たしかにこの住み家を見ても、裕福な家庭とは言い難い。しかし15、6にもなって小学校すら行っていないというのだろうか。頼河らいがは特に学校を楽しいと思ったことはなかったが、こうして未就学みしゅうがくの子をの当たりにしてしまうと、労せずしてまなに行ける自分の幸福さを感じずにはいられない。


「それは、悪いこと言ったな……。すまん」


 思わぬ謝罪に顔を見合わせる赤毛の2人。

 頼河らいがもばつが悪くなり、思わず頭を掻く。


「しかしまあ、人工呼吸も知らないとは。というか、今は人工呼吸はしないんだぞ。呼吸と脈が無くても胸骨圧迫きょうこつあっぱくだけやるんだと教わった気がする」


 と頼河らいがが言うが早いか、2人が立ち上がる。


「「どこを圧迫あっぱくすればいい(んだい)(ですか)!?!?」」


「今じゃない!!!!」


 2名、再び正座。


「というかそんなことよりもだな、」


 と言葉を選ぶ頼河らいがの頭の中に、無数の疑問符が飛び交う。

 ここはどこだ?今日は何月なんがつ何日なんにちだ?お前らは誰だ?事故はどうなった?俺の怪我は?同級生のあいつらは?トラックの運転手は?なにがどうなってここに運ばれた?なんで人のラノベ勝手に読んでんだ?


 自分でも分かる。

 これ質問多すぎる。


(ひとつずつ行こう)


 と頼河らいがひと呼吸。


「とりあえず、お前らは誰だ」


 まずは相手の答えやすいものから、と思った頼河らいがの質問に、青年のほうが答える。


「僕はクラフト。こっちは妹のレナシ」


 見た目通り兄妹だったらしい。紹介された隣の少女が変なポーズをとる。兄は落ち着いてきたが、妹はまだテンション高めのようだ。


「ここはどこだ」


 日本なのか、日本だとしたらどこなのか、病院なのかなどが聞きたかったがまずは大雑把おおざっぱにきいてみる。


「僕らの家だよ」


 大雑把おおざっぱな回答がクラフトから返ってきた。


「じゃあなんで俺はここにいる」


「家の前で倒れていらっしゃったので!わたくしが介抱すべきだと兄に進言したのです!」


 今度はレナシというらしい少女が答える。

 家の前に倒れてた?じゃあ事故現場に隣接した民家?……そんな馬鹿な。あの横断歩道はショップの並ぶ都市のど真ん中だ。民家なんてない。あったとしても木造のこんな家屋ではない。さらに、窓の外に見えるあの中世ヨーロッパのようなレンガと木組みの街並みはどう説明するのか。


 待て、そもそもクラフトとレナシなんて日本人の名前じゃない。いや、倉太くらふと慎太郎さんと麗梨れなし清子さんとかかもしれないがそうなると苗字が違うわけで兄弟ではないのでいやいや両親が離婚して別姓べっせいを……、と混乱を極める頼河らいがの脳内。


「大丈夫かい?頭を打ったんじゃないか?」


 頭を抱える頼河らいがを見かねたように、クラフトが声をかける。

 打ったかどうかで言えば全身くまなく打ったが、などとジョークを言える精神状態でもなく。


「いや、悪い。ちょっと混乱してて……」


 というのが頼河らいがの精一杯だった。


「君の名前はわかるかい?」


 そういえば名乗っていなかったか。頼河らいがは自分の名を答えた。


「ライガだね。とりあえず……君は疲れてるんだよ。まだここにいて大丈夫だ。僕らも数日中にはここを後にするけど、それまでになんとかなるといいな」


 優しく声をかけられ、頼河らいがはすこし冷静になることができた。

 状況は掴めないが、少なくともこの2人は自分を助けてくれたようだ。敵意もない。そもそもこちらとしては感謝こそすれ、木のゆかに正座させて説教するべき相手ではないのだ。

 

「そうだな。すこしここにいさせてくれ。助けてくれてありがとう」


 頼河らいがが思わず差し出した手を、クラフトとレナシの兄妹は迷わず握り返してくれた。

 家族とも疎遠で、友達のいなかった頼河らいがにとって、その握手は久々に感じた人のぬくもりであった。それまで仏頂面ぶっちょうづらだった頼河らいがも、思わず笑みが零れる。

 ああ、自分はまだ笑えたのだ、と思う。


「それにしても全然起きないから心配したよ」


 クラフトも笑顔を返す。頼河らいが以上に冴えない青年だが、そのぼさぼさの髪と眼鏡の奥の瞳は穏やかで、温かい印象がある。


「ここに運ばれてから俺はどのくらい寝てたんだ?」


 部屋を見渡しながら頼河らいがが尋ねる。


「2日くらいかな。いやぁ、何回も人工呼吸してみたんだけどダメで、もしかしてあの本はフィクションなんじゃないかと……」


「あんなのフィクションに決まってるだろ。人の本を勝手に読んで鵜呑みに……」


 ……鵜呑みに?


「……ねえ、クラフトさん?」


 なぜか猫なで声になる頼河らいが


「ん?」


「人工呼吸したんですか?何回も?」


「いやあ、ごめんごめん。もうしないよ。何か君に関する手掛かりがないかと思ってさ。持ち物はあの本だけだったし」


 相変わらず温かい笑顔を向けるクラフト。

 だがそんなことを聞きたいのではない。


「どなたが、わたしに、人工呼吸を」


 なぜかわたし口調になる頼河らいが


「わたくしもお兄さまも交代でやりました!」


 レナシが元気よく答える。


「どっちが」


 先に。


 と、頼河らいがは蚊の鳴くような声を絞り出した。


「んー?どっちでしたでしょうか」

「どうかな?なにしろ必死だったからね」


 と顔を見合わせる兄妹。


「そ、そっか。いやごめん、なんでもないわ。あはは」


 声だけ出して顔を引きつらせる頼河らいが


「あ、もしかして、わたくしとの接吻に照れているんですの?」

「ははは。そういえばそうか。ライガはレナシと僕のファーストキスをどっちも奪ったわけだ。そう考えると緊急事態だったとは言え、兄としては複雑だねえ」

「もう、お兄さまったら」


 レナシとクラフトがなんでもないことのように笑いあっている。


(俺が二人のファーストキスを奪った……?それならば、)


 俺のファーストキスを奪ったのはどっちだ。


 とは、怖くて聞けなかった。

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