第1話①
放課後。
野球部の声やバスケットボールをつく音、吹奏楽部の合奏する音が遠く聞こえる教室で、頼河良太は本を読んでいた。
本の中で、敵に囲まれた主人公が高らかに叫ぶ。
「俺は誰のものでもない!俺は俺のためにここにいる!俺のしたいようにする!俺の助けたい人間を助ける!」
傷つき、いまにも倒れそうな主人公。
しかし倒れない。
主人公の目が深紅の光を湛え、彼の全身を陽炎が包み始める。ああ、彼はあの奥義を出すつもりなのだ、と先を読む前に頼河は気づく。主人公の周囲を取り囲む敵兵たちがざわめきだし、身じろぐ。
「そのために、お前らは邪魔だ!!!消え失せろ!!!!!!」
主人公の魂の叫び。
それと同時に爆炎が、閃光が、広大な戦場を包む。
一人の少年から発せられたとは思えないほどの莫大なエネルギーが爆ぜる。
──ただそう書いてある文章が、まるでその光景を間近で見ているように、頼河の目もくらませた。
いつからか頼河は、主人公の姿を自分に置き換えていた。
この主人公はもともと、こんな強い人間ではなかった。小説の冒頭では弱い人間だった。友達も才能も、何もない人間だった。周囲の人間はみんな彼を馬鹿にした。
しかし彼は諦めなかった。それだけが彼の強さだった。そしてその心の強さが、彼の眠っていた力を呼び覚ます。彼の魂が、正義が、彼に力を与える。強きを挫き弱きを助ける最強の勇者となる。弱さを知るからこそ彼は強く、誰からも愛される。
眼前には巨悪。しかし彼は負けない。そう信じている。
自分を、信じている。
(いつか俺も……なんて、くだらない妄想だよな)
そう笑って顔を上げた瞬間。
「へぶっ」
頼河の後頭部に何かが直撃した。
ズキズキと痛む後頭部に手を当てて前を見ると、たった今、頼河の横を走り抜けた同級生が、別の同級生と何事もなかったように話をしている。男女数人のグループ。クラスのヒエラルキーで言えばトップの連中だ。
そして、頼河にカバンをぶつけた同級生が振り返り、目が合う。
なんだよ、と言わんばかりの、自分のことをまるで気にも留めていないような彼の冷たい目線に、頼河は思わず目をそらしてしまう。
(クソ、せめて謝れよ)
と思っても、言葉には出せない。
(……まあいいか。当たったことに気づいてないのかもしれない。……帰ろう)
頼河は本を自らのカバンにしまい、教室を後にする。彼の後ろ姿に追い打ちをかけるように、「へぶ、だってさ(笑)」「きもっ」「まじ教室でラノベとかよく読めるよな」と、彼らの噂話が聞こえた。
頼河は奥歯をかみしめることしかできなかった。