なろうは読者のちょっとした労力でよくなる
なろうは作者に厳しい。投稿して数ヶ月しか経っていないが、私はこのサイトにそんな感想を抱いた。
それは単純な話、書き続けるのが苦痛に感じるからである。
何故そうなるのかと言えば、単純な話フィードバックが非常にしょぼいからだ。
これではモチベーションも保てなければ、先に進むことも出来ない。なろうがオワコンなのも頷けるというものだろう。
まず始めに、物書きというのは、おおよそ二種類に分けられると私は思っている。一つは趣味。そしてもう一つはエンターテイナー。
両者は自己満足の形の違いでしか無いが、前者は自分のため、後者は他者のために書いているという部分が異なっているのだろうと考える。
勘違いしないで欲しいのだが、どちらが悪いなどと言うつもりは全くない。自分のため、他者のため。どちらも価値あるものだと思うからだ。
ここで重要なのは我々物書きは自分の納得できる、もしくは他者が納得できいる者を探しているという点。ただそれだけである。
しかしでは、どうやって我々はその納得のカタチを探しているのかと言えば、ソレは非常にシンプルだ。
数を重ねて模索。間違ったら訂正。トライアンドエラーしているだけ。
まぁ、自分で読むなり、意見をもらうなり。個人毎の違いはあるだろうが、この模索という部分では違いは無いだろうと思っている。
しかし、ところが、問題だらけな事に。なろうではこの『模索』が非常にし辛い!
何故なら、殆どの読者は感想もポイント評価もつけてくれないからだ!
ありがたいことに、読んでくれる人はいる。それはそれで重要だ。けれどそれだけでは小説はよくならないのである。
続ければ続けるほど読者は減るが、減っていく理由も分からないのでは改善もクソもあったものでは無いだろう。
そして今の小説は駄目だから没にして次へ、次へと続けていく。当然、前の小説から牛歩の進歩しかしていない。
すると結果として、延々とつまらない小説を量産するしかなくなってしまうのである。
なろうはつまらない、と文句を言う読者も多くいるだろう。その言葉には私も一定の同意を示す。
しかし考えてもみて欲しい。そういったつまらない小説しか生まれない土壌を作っているのは、読者にも責任があるのでは無かろうか?
感想も評価もしない。ただ聞こえないところで文句だけは言う。そうして摘まれていった若い芽は数多いはずだ。
こんな状況では、彼らが苦肉の策として相互評価を生み出すのも致し方ない事なのかもしれないと私は思ってしまう。
読者の皆様方。つまらないと思うなら、せめて感想を書き残して上げて欲しい。
少なくとも、私はそうしている。




