第4話「工業火山都市アスカル」
ココだけの話、これの元となったプロト版では男の娘だけど恥ずかしさがあって女の子っぽくしか扱えない(?)という、私の力不足で没となりました。
今度の冒険者は見事に物語を終わりに導いてくれると思います。
…前書きで書く話ではないですね…。
日は沈み、世界が暗闇に包まれる。そのな暗黒世界の中、子供の楽しげな声が闇の中に沁み渡る。
「でねお母さんの作るマグマグラタンはね、世界でイッチバン美味しんだよ!」
「そっか、それは食べてみたいな」
額に汗を流しながらマリーを背負い精剣を片手に持ち、行く手を岩石が阻んだり、所々溶岩が川の様に流れている火山の麓をぐるりと左回りに走る皐月。マリーは元気が出てきたのかずっとお喋りをしていた。
「サツキ、お喋り中悪いけどこの状況はまずいわ」
ふとアリアが語りかけてくる。
「何が?」
「暗くなって視界も悪い、このまま明かりもなしに進めばいつどこから魔物に襲われるか分からなくなるわ」
「明かりかぁ、あったかな…」
カメラを取り出し機能を確認する、その中に『ライト』の文字を見つけオンにするとカメラから光が照射され前方を明るく照らし出す。
「あったあった、これで安全だろ」
「まぁ…少しは安全かもしれないけど、何その箱みたいなの、すごく便利よね」
「他にもたくさん機能があるからまた試してみないとな、マリーちゃんこれ持って前を照らしてくれる?」
「うんわかった、ねえサツキお兄ちゃん…誰かいるの?」
「え?」
「さっきから1人でお話ししてるけど誰と話してるの?」
マリーから告げられる恐ろしい真実、それが真実なのか確認してみる。
「アリア、お前の声って俺にしか聞こえないの?」
「そうみたいね、精剣使いなら私の声が聞こえるかも知れないけど、一般人…マリーには私の母が聞こえてないみたい」
つまりマリーには皐月が突然独り言を話す変人にしか見えないという訳である。
「マリー、実はこの剣が喋ってて俺にしか聞こえないんだ…あはは…」
「そうなんだ!じゃあお兄ちゃんは精剣使いなんだ!すごーい!」
どうやら精剣使いの事は知っているらしく理解してもらえたようだった。
「 お兄ちゃんはもう『試練』は受けたの?」
「『試練』?なにそれ」
「んとね、街にはね試練場があってね、そこで精霊王に認められると力を貰えるの!だから精剣使いは各地の試練場を目指すんだって」
「へーそうなんだ…ありがとうマリー、今度行ってみるよ!」
(この世界にはまだまだ俺の知らないことが多そうだな、精剣祭と言われても何をしたらいいのかわからないし…)
「サツキ、前…!」
考え事をしてるとアリアが潜めながらも注意を促す声でサツキに呼び掛ける。
「あれは…火?」
前方からはゆらゆらと揺らめく明かりが少しずつこちらに向かって来ていた。
「盗賊の類かもしれない、サツキ構えて…」
「向こうもきっと気づいてるよな?俺、人とは戦いたくないんだけど」
精剣を構えながら歩く。だんだん距離が縮まり相手が1人であることがわかった。
「ん?何か叫んでないか?」
「ホントね、なんだろ…『逃げろ』?」
何のことかわからず突っ立つ。
「お兄ちゃん、後ろ!」
「へ?」
物音一つしなかった。なのに振り向くと、そこには全長3メートル程のゴツゴツとした生き物が大きく腕を天高く挙げ、今まさに振り下ろそうとしていた。
「マリーしっかりしがみついて!」
瞬時に肉体に電気を流す、全身の筋肉が刺激され、一瞬だけだがとてつもないスピードを獲得し、間一髪のところで攻撃を避ける。
「大丈夫マリー!?」
「うん!少しビリビリしただけ」
魔物と距離を取れたことでマリーを置いて全力で戦うことができる、だが皐月が精剣を構えるより早く…。
「この野郎!!俺のマリーになにしやがる!!!」
背後から大声が上がる、その声に狼狽えている間に声の主は背中から大きな筒を取り出し構える。
「耳いぃぃ塞いでろおぉぉぉ!!!」
言われるがままに両手で耳を塞ぐ、直後引き金が引かれ、大筒から轟音と共に火が噴き出し鉄球が魔物目掛けて猛スピードで飛んでいき、ぐしゃりと見事に命中。魔物は上半身が吹き飛び絶命した。
一瞬の出来事に腰を抜かしているとマリーが背中から飛び降り、筋肉質な男性に向かって走り出す。
「お父さん!!」
「マリー!!!」
どうやら男性はマリーの父親らしい、ホッと安心したがそれも束の間、父親はその大きな手で少女の頬を引っ叩いた。
「おとう…」
「どれだけ心配したと思ってるんだ!なんで一人で山の中に入った!!」
響き渡る大きな声、しかしその目には涙が浮かんでいた。
「だって…お母さんの病気わるいんでしょ!早く治してあげたいから、だから良いお薬になる『サラマンダーの爪』を探しに行ってたの!!」
「マリー…!…お母さんのことはお父さんがなんとかする、だからもう2度とこんな危ない事はやめてくれ、約束だ」
「うん、ぐす…ふうぇーーーーん!!!」
ようやく二人は抱きしめ合い、父親は少女の頭を優しく撫でた。
(ふぅ、よかった…)
その光景を見て皐月も昔の事を思い出す。
子供の頃、友達と遊ぶのに夢中で時間を忘れてしまったある日。
もう日はすっかり落ちてしまい、真っ暗な道を心細い気持ちで歩いていると、あまりにも帰ってくるのが遅いため心配して探しに来た父の姿を遠くに見つけ駆け寄る。
父もこちらに気づき走ってくる。当然、笑顔で抱き締めてくれると思っていた、しかし父はその時…。
(あれ…?父さんって…どんな顔してたっけ?)
「…サツキ…サツキ!!」
「ん?」
アリアに呼ばれて顔を上げる、気づけばマリーの父親がこちらに来て深々と頭を下げていた。
「あんたがマリーを保護してくださったんですね、本当にありがとうございます!」
「あーいえ、偶々見かけたので保護しただけですよ」
マリーが瓦礫に埋もれていた事は黙っている。
「実は俺たち今日泊まる所を探していて、どこかタダで泊まれる所ありませんか?」
「タダですか?家でよければ構いませんが、他にもお仲間がいるんですか?」
「?」
「貴方いま『俺たち』って言ったよ」
「あっ、この精剣と俺の二人だけです、ほかに人間はいません!」
慌てて説明を加える。
「あんた精剣使いだったのか!ええどうぞどうぞ、そうだ自己紹介がまだだったな、グラニだ」
「えと皐月です、よろしくグラニさん」
街はすぐそこです、早く行きましょう!」
精剣使いという事を伝えると父親の態度がガラリと変わり、マリーと手を繋いで来た道を戻って行った。
「よかったー、今夜はなんとか安心して眠れそうね」
「はぁー、異世界の生活がはじまるのか…」
「そうそう、眠る前にサツキの異世界の話聞かせてね♪」
「いいけど、つまらないと思うよ?」
「いいの!さぁ付いて行かないと迷子になるよ!」
辺りには街灯も月明かりもない、少しでも目を離すと見失うかもしれないほどの暗闇。
サツキはその暗闇の中をカメラのライトで照らしながら二人の後をついて行った。
ときおり満天の星を見上げる、それを繰り返すこと5回、ようやく街の入り口に着いた。
「ようこそ、ここが火の試練があり鉄鋼業が盛んな街、『アスカル』です!」
その街を一言で言い表すなら魔王の城であった。
街を囲うよう壁が建設され、さらにその周りを溶岩が流れていて守りは強固。
街に入る方法は一つ、溶岩の上に架けられた跳ね橋を渡るしかなかった。
「この街…!どうしてこんな所に造ったんですか?!」
「千年ぐらい前、ちょうど精剣祭が始まった頃ですかね、まだその頃は精剣祭もかなり危険なもので魔物も強かった。だから安心して暮らせる場所を求めていくうちにこんな所に造ったそうです」
「なるほど、歴史のある街なんですね…」
あまりの暑さに皐月は項垂れる。
「まあまあ、中はそんなに暑くないので入りましょう」
彼の言葉を半信半疑に受け取りながら、大きな門に備え付けられた潜り戸抜ける、するとさっきまでの暑さが嘘のように中は程よく涼しかった。
「すごい、色んなお店がいっぱいある!」
まず目についたのが商店街と言うべきか様々な店が並ぶ通りが目の前にあった。
「よかったら案内しましょうか?」
「いえ、今日はもう疲れたので明日見て回ります」
今日1日でたくさんの事が起きた。異世界に転生し、火山を彷徨い、マリーを助け、死にそうになり、アリアと出会った。
いくら肉体がタフとはいえ、精神面の方が限界に来ていた。
「じゃあ家に案内します、こっちです」
「マリーのお家はね、あのおっきい建物の3階だよ!」
マリーの指差す方を見ると4階20戸建ての集合住宅が壁際に建っていた。
「マリー、お母さんがお前の大好きなマグマグラタンを作って待ってるぞ」
「お母さんに謝らなきゃ…」
マリーがぼそりと呟く、その目は悲しみに満ちていた。
「マリーちゃん、お母さんはどんな病気なの?」
「熱がずっと下がらなくて、血管が赤くな…る」
「マリーちゃん!?グラニさん!」
「?、マリー!!!…まさかそんな!」
グラニの顔が蒼白になる。
「なんですか?!」
「『灼血病』、アニー…妻と同じ病気だ!!」
マリーの全身の血管が赤く染まり、触れると異常な熱を発していた。
「その病気は治るんですか?」
「薬があれば治せる…」
「あれば?」
「薬の材料にサラマンダーの爪が必要なんだ、だがとても希少な素材で見つからない、ごく稀に売られることもあるが高すぎて手が出ない!」
「…一先ず、マリーを安静にできる場所に運びましょう!」
「…はい」
グラニはマリーを抱きかかえ、今にも泣き崩れそうになりながら家に向かって走った。
「その爪ってどんな物なんですか?」
「火山に住むサラマンダーが脱皮した際に残る柔らかい爪で、白く透き通った石ころみたいな物です」
「それがあれば治せるんですね?」
「粉末にして飲み込めば…だがマリーの状態は末期だ、今すぐにでも飲ませないと…!」
階段を駆け上がり扉を開ける。
「アニー!!マリーが!!」
しかし返事はない。
「アニー?……アニー!?」
グラニが駆ける、そこにはうつ伏せで倒れている女性の姿が、彼女にもマリーと同じ症状が見れた。
「…あなた…お帰りなさい…」
今にも消え入りそうな声が聞こえる。
「そんな、今朝はまだ大丈夫だったのに!」
「えぇ、でももうダメかも…それよりマリーは?マリーは見つかったの?」
「お母さん…ただいま」
「あぁそんな、マリー…!」
その姿を見て悲観するマリーの母親、その震える手でマリーを抱きしめ頭を撫でる。
「神よ、お願いします!!どうか!妻と娘をお救いください!!」
グラニの悲痛な祈りが轟く、皐月もどうにかしてあげなくてはと考える。
(白く透き通った石…、もしアレがそうなら…いやそうであれ!)
カメラを取り出し一枚の写真を現像する、それをグラニに見せる。
「グラニさん、もしかしてこれが『サラマンダーの爪』ですか?」
「なんだこの紙切れは…!この石、これだこれをどこで見つけた!!」
そのゴツい手で胸ぐらを掴まれる。
「火山のかなり上の方です…!」
その言葉を聞き、再び崩れ落ちるグラニ。しかしこの写真はただの写真じゃない!
「グラニさん、すぐに薬を作る準備を!」
「材料もないのにどうやって…」
「材料なら…ここにある!!」
写真を勢いよく破る、写真は消え去りそこには立派なサラマンダーの爪が転がっていた。
「これは…夢なのか…!」
「夢じゃない!早く薬を作ってください!」
「あぁ、ありがとう…ありがとう!!」
そこからは早かった。爪を小さく砕き、すり鉢ですり潰す、それを二人の口の中に放り込み水で飲み込ませる。
薬の効き目は凄まじく1時間ほどで二人の症状は全て治まり、今はぐっすりと眠っている。
「二人はもう大丈夫ですよね?」
「ええ…!サツキさんのおかげです、本当にありがとうございます」
「よかった、ところで灼血病はこの街では流行ってるんですか?」
「毎年数十人が亡くなっている、薬さえあればすぐ治せるがさっきも言ったようになかなか爪が見つからないんだ」
(ふーむ…試してみるか)
「残った爪を持ってきてください」
「ああわかった」
グラニはそう言うと台所から残った爪を持ってきた。
「しかしこんなに大きな爪は初めて見た、それで…これはやっぱり売るのですか?」
「それもいいわね、旅にはお金がすんごく掛かるから
、食費に服代、薬品に宿代それと…」
「まあ売るには売るんですけどその前に…」
残った爪をカメラで何枚も撮影する。ざっと100枚ほど撮影し、試しに1枚破ってみる。
すると同じ物がまた裂け目から現れた。
「………は?」
「…ちょっと、もしこの紙全部から同じのが出てきたら価値が暴落するんだけど…」
「グラニさん…この街で必要になったらこの写真を破ってください、そしたら爪が出てくるので」
「…貴方様は神の使いの方ですか?」
グラニは皐月の両手を握り跪く。
「ちょっ、グラニさん落ち着いてください!」
それでもグラニは詰め寄ってくる、その時。
「…ん、お父さん?なにしてるの?」
「マリー…少しの間、耳を塞いで目をギュッとしていなさい」
眠っていた二人がタイミングの悪い時に目を覚ましてしまった。
「アニー…マリー、目を覚ましたんだな、本当によかった!…ところでアニー、誤解なんだ、だからその手を降ろさないか、まだ病み上がりだろ…?」
「心配してくれてありがとう、でもすこぶる調子が良いわ。ねぇあなた…嫌がる女の子に詰め寄って何か言い訳ができるの?」
「いや俺は彼女の奇跡の力を見て神の使いだと…っ!」
壁に追いやられるグラニ、もう逃げ場はない。
(やばい…このままだと一つの家庭を壊しかねないぞ!)
「あの!アニーさん落ち着いて…」
「お兄ちゃんが助けてくれたの?!ありがとうお兄ちゃん!!」
「マリー!?ぐぅえ!」
ベッドから跳ね起き、皐月目掛けてジャンプするマリーを抱きしめられず胸にダイレクトに受けてしまい転倒してしまう。
「「…お兄ちゃん?」」
険しいムードだった二人がポカンとした表情でこちらを見ている。
「そうだよ!お兄ちゃんは男の人だよ!」
「そうだったの…本当に?」
アニーは信じられないという顔をする。
「よければ見ます…?」
「ええ」
アニーはパンツを引っ張り中を確認する。
(躊躇なし!?)
「まあっ!…(こくこく)」
(お婿に行けない…///)
旦那に向かって2度頷く妻、皐月は顔に手を当て真っ赤になって小さく丸まった。
なんとか収まりそうな空気、最後の一押しがあれば完全に流れるだろう。
(あっ…)
グ、グググ、ギュルルルルルルルーゥ
「あ、あっははは、実は昨日の夜からなにも食べてなくて…」
「それは大変!急いで何か作らないと、あなたここを片付けて!」
「お、おう!」
「何か食べたいものとかあります?」
「あのー、マリーちゃんが言ってたマグマグラタンを食べてみたいです」
「いいわよ!腕によりを掛けて作るわ!」
嘘のように回復した2人に安堵する。こうして、何とか修羅場を抜けた家族であった。
「ーーーじゃあ、二人が元気になった事を祝って…カンパーイ!」
「「「乾杯!」」」
黄金色の泡立つ酒が注がれたジョッキ三つと果汁の入った小さな鉄のコップがぶつかり心地いい音が鳴る。一口飲むと乾ききった喉がその潤いに歓喜しもっと流し込めと命令されたようにグビグビと一気に飲み干す。
「ぷはぁ!くぅーー!美味しい!!ビールを飲むのは久しぶりですよ!!」
「いい飲みっぷりですね!さあ、どんどん飲んでください!」
空いたジョッキに新たに酒が注がれる。
「我が家特製のマグマグラタンも食べてくださいね!」
アニーがお皿にグラタンが取り分けてくれる。
そのグラタンは色と香りが違った、ホワイトソースはトマトをふんだんに使い赤く染まっていて、中にはゴロゴロと芋が入っており、表面は今もチーズがグツグツと弾けていた。
「美味しそう、いただきまーす!」
ふぅふぅと息を吹きかけ熱を冷ましそれを口に入れる。ホクホクとした芋、濃厚なソース、とろけるチーズの相性は言うまでもなく抜群だった。
「うんまい!こんなに美味しい料理を食べるのも久しぶりです!」
「それはよかった♪ねぇサツキさんって珍しい名前ですよね、やっぱり『ヤパン』出身なのですか?」
アニーが尋ねる
「えーと、ヤパン?ではないですね…?」
「じゃあ親がヤパン出身とか?」
グラニが続く
「多分違うはずです…」
「お兄ちゃんはどこから来たの?」
マリーがトドメを刺す
「どこって……あー、こほん、実は別の世界から来た異世界人です!」
冗談っぽく言って聞き流してもらおうとした。
「なんと『転界者』ですか!?それなら奇跡の力も納得できる!」
「「転界者?」」
サツキとアリアも聞き返す。
「数百年前から現れるようになった別世界の住人をそう呼んでるんです。彼等は皆、不思議な力や技術を持っていてこの世界の発展に貢献したんです」
「精剣使いになって魔王を倒した人もいるんですよ」
「なるほど…」
「何?サツキのような人は今は珍しくないって事?」
もしかしたら自分はこの世界では特別な存在なのかもと少しばかり期待していたがどうやら違うらしく、少し落ち込む皐月。
「サツキさんは意味があってこの世界に呼ばれたんですよ」
「そうだと良いんですけど」
その後はグラニさんが街一番の力持ちだとか、あのサラマンダーの爪を売れば10年は働かなくても裕福に暮らせる金が手に入るだとか、明日の昼に火の試練が開催されるだとかたわいもない会話を続けた。
「じゃあ明日、その火の試練とやらを受けてみます」
「初の試練でしょうがとても簡単なので安心してください」
さて、料理を食べ終え温かいコーヒーを飲んで一息ついていると。
「ねえお兄ちゃん、お母さんを助けてくれたお礼に私のお気に入りをあげる!」
マリーが差し出す手には星の首飾りが握られていた。
「綺麗…、ありがとうマリー、大事にするよ」
「良いのかマリー?それは一番大事にしている物だろう?」
「うん!マリーはね、いつかお兄ちゃんのお嫁さんになるからいいの!」
「えっ!?」
「マリーそんな事言ったらお父さんが…」
「サツキさんとなら俺は全然構わない!むしろどうですかサツキさん?」
「え?」
「あらまあ、あなたがこの事で賛成なんて…まあ私もサツキさんなら大賛成ですけど!」
まさかの事態に困惑。
「あーそのー、マリーが大人になってそれでもよかったら…いいのかな?」
「うんわかった!約束だよ!」
こうして未来のお嫁さんが一人誕生したのであった。
一頻り話し終え、グラニに寝床を案内してもらう。
「寝る時はこの部屋をお使いください、トイレはここを出て右手にあります」
「ありがとうございます、それと…ここってお風呂はありますか?」
火山を歩き回り、街を目指して走ったおかげで汗まみれ、体を洗い流したかった。
「確かに汗をかいて気持ち悪いでしょう、今から公衆浴場に行くので一緒に行きますか?」
「ええ是非とも!」
「では準備してきますので着替えだけ用意してください」
「あっ、服はこれしか無いのですが…」
「おっと、それは困りましたね…新しい服を買おうにも店はもう閉まってる、俺の服は大き過ぎる、合うとすれば妻の服ぐらいしか…」
普通の男であればその選択肢はない、しかし皐月は慣れている、故にその選択ができてしまった。
「そちらがよければ奥さんの服でも構いませんよ?」
「は?いやしかし…」
「サツキ、本気?似合いそうだけど、いいの?」
「いいわよ!私のお古だけどそれでいいかしら?」
部屋の入り口から顔を覗かせこちらを見ているアニー。
「ではありがたくお借りします」
「じゃあせっかくだし皆でお風呂に行きましょうか!」
「お風呂ー?!お兄ちゃんと入るー!」
そうと決まれば4人は早々に準備し、浴場に向かうため家を出ようとする。
「ちょっと!私も連れて行ってよ?!」
「え、お風呂に入るの?」
「当たり前じゃない!本当はご飯も食べたかったけど流石にそれは出来そうにないし…!」
アリアから愚痴がこぼれる。
「アリア、なんか出会った時とキャラが違うくない?もっとおねいさん風だったよね?」
「あれは…人と話すの久しぶりでどんな話し方だったか忘れてただけ!」
「そうなんだ、まあ今の方が接しやすい感じかなぁ」
「サツキお兄ちゃーん!お風呂行くよー!」
玄関からマリーが呼ぶ声が届く。
仕方ないのでアリアを連れて皆と浴場に向かった。
そこは街の中心に当たる場所、大きな広場の大きな石造りの建物、入り口が男と女で分かれていて、日本の銭湯そのものだった。
「じゃあアニー、マリーを任せるよ」
「お兄ちゃんと入りたいのーー!!」
「お嫁さんになったら一緒に入れるから今は我慢しようね」
「ハハハ…じゃあ」
二手に分かれ皐月とグラニは男湯に入る、中は様々な年齢の男性がで裸で彷徨いていた。
「いーーーやああぁぁぁーーーー!!!!」
アリアの絶叫が室内に響き渡る、なぜアリアは叫んだのか、殺人事件でも起きたのか、いや違う…もっと単純なことだった。
「なに?!」
「男!裸!わたし女!!」
「あぁなるほど、そう言われても俺は男だから女湯には入れないよ」
「ででででで、でもぉ!」
「…あるかわからないけど目を瞑ればいいんじゃない?」
「ううー、もう!早く浸かって帰りましょう!」
「はいはい…」
だがアリアは更に絶望どん底に突き落とされる事となる。
「この箱の中に脱いだ服を入れてこの取っ手を取ればいいのか」
「ちょいとお嬢ちゃん、こっちは男風呂だよ?お嬢ちゃんがいいならワシは構わんけどな!」
湯上りなのか酒で出来上がっているのか、茹でタコのように顔を赤くした小太りのおじさんが話しかけてくる。
「大丈夫ですよ、オレ男なんで」
恥ずかしがる様子を一切見せず、スルスルと服を脱いでいく。あっという間に生まれたままの姿になる。
「では!…じゃあアリア、風呂に入るよ」
「わかったから早くして…!」
いざ風呂に行かんとする…しかし!
「ちょっと待ちなお嬢ちゃん!そんな抜き身の剣持って風呂に入っちゃいかん!危険だろう!」
「ですよねー…」
「ちょっとサツキ、まさか…やめてよね?」
「ごめんアリア…」
「そんなああぁぁぁ!!!!」
結局、アリアは風呂に入れず、皐月は周りにジロジロと見られながらも全くの無視で全身の汚れを洗い落とした。
「ーーーんっ、んっ、ぷはあーー!!やっぱり風呂上がりは冷たいミルクにかぎりますなぁ!」
「ごく、ごく、ぷはぁ!かぎりますな!!」
「ふふっ、マリーったら本当にサツキさんの事が好きなのね、それと服のサイズがピッタリでよかった」
「はい、てっきりスカートみたいな物を渡されるかと思ってました」
いま皐月が着ている服は茶の長ズボンに所々焦げている白の長袖、全く飾りっ気のない服だった。
「スカートもあるにはあるけど、この街じゃよく火の粉が降ってくるからオシャレは偶にしかしないの」
「そうですか、それは仕方ないですね」
浴場の帰り道を楽しく4人並んで歩く、1人を除いては…。
「…怒ってるよね…アリア?」
「怒ってる!お風呂に入れないうえにあんな暗くて狭い鉄箱の中に押し込むなんて!」
「ごめん、でもあーしないと盗られるかもしれないし…」
「むぅー、そうかもしれないけど…!」
理解できるが納得したくない様子のアリア、困っているとマリーから救いの手が差し伸べられる。
「サツキお兄ちゃん、お家まで競走しよ!」
「!うんいいよ、負けないから…ね?」
てっきり相手は小さな女の子かと思った、だがそこには身長2メートル越えの男が女の子を肩車して構えていた。
「じゃあスタート!!」
「はっはっはっはっはぁー!行くぞマリー!!」
合図とともに猛スピードで走るお父さん、それを呆然と見てしまう皐月。
「こう見えて俺はこの街で一番足の速い男と呼ばれてるんですよ、サツキさーーん!!」
「…走らないの?」
「いや、アニーさんは?」
「私はこの立派なサラマンダーの爪を売ってから帰ります、サツキさんはあの人を追いかけてください」
そう言って彼女は背中の大きな袋を担ぎ直し、商店街の方へ向かった。
「そういう事なら…!」
いざ体内の神雷を活性化させ高速移動で追いかけようとした。
(…皐月…皐月、聞こえるか?)
世界から色が失われ周りの動きが緩やかになり、頭の中にあの声が届く。
(その声、『ゼウス』!)
声を発するも音が出ない、代わりに頭の中で響く。
(あまりサポートはできないって言ってたんじゃ?)
(そうだが、お前がその世界で一定の信仰を得たからの、さっそく新しい力を授けようと思ってな)
(信仰を?それでどんな力なんだ?)
(あぁ、説明はするがその前に…もうちと女の子らしい話し方をしてくれんか?)
(…私の新しい力はどんな物なの、パパ?)
(それはじゃの…時を操る力じゃあ!)
(時を…!)
時を操る、夢の様な力に心が踊る。
(これを使えば1秒を…1分、1時間、1日と引き延ばせる、その引き延ばした時間の中をお前はいつも通りに動くことができるのじゃ!)
(すごい!…けどそれって私だけ早く歳をとったりしない?)
能力を使った結果、逆浦島状態になるなどまっぴら御免だ。
(安心せい、あくまで引き延ばした時間の中を自由に動けるだけ、お前の消費する時間も1秒だけだ)
(よかった、ところでそれは無条件に使えるの?)
能力をちゃんと把握しないと、いざという時に使えない様では困ってしまう。
(この力はお前に与えた神雷の力をエネルギーにして発動する、お前の体内にある神雷がなければ使えないし、また消費もそこそこ激しいから長時間は使えん…ともう時間だ)
(信仰を得ればまた新しい力をくれるの?)
(その時が来ればまたこうしてお前に語りかけるとするよ。それと今度は『お父様』と呼んでくれ、ではな〜)
声がどんどん遠ざかる。徐々に世界が彩られ、緩やかだった時間は元に戻っていった。
「はぁー、今度は『お父様』…か。さて…2人を追いかけるか!」
力を試せと言わんばかりのイベントが今しがた起きたばかり、さっそく時を操る力を使おうとする、が…
(…どうやって使うんだ?)
能力の凄さに目を奪われ肝心の使い方を教わらなかった、これでは宝の持ち腐れである。
(まてまて、イメージしよう。時間だから…『時計』?)
ひゅーーーーーーーん、コツン!
「いっっっだあ!!」
「大丈夫?!何か落ちてきたけど…」
突如、空から何かが落ちてきて皐月の頭に直撃。その衝撃と痛みでしゃがみこみ、落ちてきた物に目を向ける。
「なんだよ…!これって…父さんの懐中時計?」
痛みを堪え、涙目になりながらそれを拾い上げる。
落ちてきた物…それは父さんが昔、歯車のデザインが気に入ったからと骨董店で十万で購入した懐中時計だった。
(これ、俺の部屋にあった…、父さんはこれで母さんにめちゃくちゃ怒られ…たんだ…よな?)
その出来事は覚えている、しかしその時の両親の顔が靄が掛かったようなってちゃんと思い出せなかった。
(おかしい…家族の思い出が…)
「お嬢ちゃん、こんな所でぼーっとしてどうした…ってなんだお前さんか!」
「へ?」
そこには浴場で会った茹でタコのおじさんがこちらを心配して話しかけてくれていた。
「あー…すみません、少し考え事をしてたんです。それよりおじさんも大丈夫ですか?顔がずっと赤いですけど」
「わっはっは!大丈夫わしは生まれつき赤いのだ。それよりこのままじゃ湯冷めして風邪をひいてしまう、無事なようだしお互いに早く帰るとしよう、じゃあな」
茹でタコのおじさんは軽快な足取りで何処かへと去っていった。
「さて、俺たちも帰るけど…これを試さなくちゃな!」
さっそくこの時計を使ってみる、カメラと同じ様なものと推測し動かせそうなものを探す。
すると時計の枠になっている歯車の部分が動かせそうなので右回りに回してみると長針・短針・秒針の他にある謎の針がクルクル回り『H』の文字を指した。
「んで、電気を時計に流してみると…」
時計のチェーンを通して電気が流れる、力を受け歯車が回転し発光する、すると皐月以外の全ての動きが極緩やかになっていった。
「すごい…なんだこれ!!」
「どうなってるのよ…」
緩やかになった時間の中を皐月とアリアだけが自由に動く。振り返ってみると僅かな時間だが皐月たちを映し出していた光が残り、2人を追うように光の線ができていた。
「よし、2人を追いかけるか!」
体内の神雷を全身に巡らせ身体能力を高める、感覚は研ぎ澄まされ体が軽くなる。
「よーい…ドーン!!」
その姿はもう誰の目にも捉えることはできない。
肉体強化をするだけで常人の二倍以上は速いのにさらに自分以外の時間を引き延ばしている、おかげで他人からは一瞬、何かが駆け抜けたという事しか認識できないだろう。
「なんとなく慣れてきたぞ!」
「ちょっと!速すぎでしょ!?最近の人間はどーなってるのよー!!!」
人と人の間を縫うように走り抜け、人だかりで塞がれてる時はジャンプしてそれを飛び越える。
あっという間にマリーのマンションに着くとちょうど2人が階段を駆け上ろうとしていた。
「グラニさんお先にー♪」
2人を追い越し先に三階のマリーの家にたどり着き、玄関の前で2人を待つ。
「さてと、この時計を解除してと…」
時計に流れ続けている電気を止める、すると歯車も回転を止め、時間の流れが元に戻っていった。
「ねぇ、今度走る時はもっとゆっくりしてよね…」
「んーできればね、それよりそろそろ…」
下から一段、また一段と登ってくる音が近づいてくる。
「マリー!今日もお父さんは速いだろ?」
「うん!お兄ちゃん全然追いつかなかった…」
「よーしゴールだ!」
グラニは家のドアをどんっと叩き勝利宣言をする、そのタイミングで皐月は上の階から優雅に降りていく。
「おかえりー、競走は俺の勝ちかな?」
「お兄ちゃん!!」
父親の肩から飛び降り皐月の勝利を喜んでる様子で駆け寄ってくる。
「ば、バカな…!いったい、いつ?」
狼狽えて後退りするグラニ。
「ついさっきですよ、それより中に入りましょう。マリーちゃんが湯冷めして風邪を引いたらダメですしグラニさんも汗だくですよ」
「あはは…そーですね…」
「…腕力なら…腕力なら…!」と呟きながら虚ろな目で家の鍵を開け中に入る。意気消沈のグラニに寝ることを告げ、貸してもらった部屋に向かった。
「サツキ、明日は昼の試練まで何もないんだから夜遅くまで貴方の話を聞かせてもらうね、本当はお風呂に入りながらゆっっっくり聞かせて欲しかったけど…」
アリアはお風呂に入れなかった事をまだ根に持っている様子、少し拗ねた感じで元気もなかった。
「はぁ、しょうがない…アリアちょっと」
そんなアリアの機嫌をとるためにアリアを台所へ持って行き、そこであれを作る事にした。
「台所に来てなに料理でも作るの?」
「そうじゃなくて、シンクの中でこのお湯の写真を破けば…」
4〜5重ねた写真を破くとお湯がシンクをたっぷり満たすほどでてきて台所に湯気が立ち込めた。
「これって…もしかしてお風呂?」
「こんな物しか用意できないけど、それでも良かったら浸かってよ」
「…わかった、そのお風呂に入れて」
アリアに命じられ精剣を小さなお風呂に浸ける。
これでアリアの機嫌も少しはよくなるはずだった。
「どう、気持ちいい?」
「温かくない…」
まさかの不満の声…かと思われたが。
「温かくないってそんなはず…熱っ!」
お湯の中に手を入れて確かめるが熱めのお風呂ぐらいの温度はあった。
「はーあ、火山で貴方が出した水を浴びた時になんとなく思ったけどこれで確信した、私…感じる事が出来ないんだ…」
「感じる事って…」
彼女は人の言葉で話すがしょせんは剣である、何かを感じるなどあり得ないはず、そんな当たり前の事なのに彼女はすごく悲しげな雰囲気を醸し、さらに言葉を続ける。
「何かが触れる感覚はある、水に浸かる感覚、走った時に過ぎ去って行く風の感覚、貴方が…私を握った時の感覚。でもどれもこれも感覚だけ、それ以外なにも感じられない…」
「アリア…」
かける言葉が見つからない。
「ごめん、それとありがとう。気持ちだけ受け取るわ」
「アリアって不思議だよ、俺はこの世界のことも精剣のことも何も知らないけど、こんなに人らしい精剣霊はアリアだけだと思うよ」
慰めになるかわからないが何か言わずにはいれなかった。
「そっかぁ…ふふっ、ありがとうサツキ、私も私が精剣だという事を受け入れるよ」
「なにそれ、どういうこと?」
「あはは、それは寝ながら話そうよ。私はサツキの事が知りたいし、サツキは私とこの世界の事が知りたい
、今夜はたっぷり夜更かししましょ!」
その後、筋トレをしているグラニ、行きよりも大きくなっている袋を背負って帰ってきたアニー、疲れてスヤスヤと眠るマリーにおやすみを告げて、ベットに横になる。
明かりを消し真っ暗な部屋に寝そべる2人はお互いの事を話し始めるのだった。
この物語は…わたくし睦月 煉花の趣味全開で製作しています。
ちなみに、男の娘も好きというだけで決してホモではありません、これだけは真実を伝えたかった。