第5話 火の試練・開始
「遂に…遂に着いた!」
列車から飛び降りたサラはぐーっと背伸びをして眼前にそびえるオルカノ火山を、火山灰が目に入らないように手で覆い見上げる。
「ほんと漸く着いた、まさか3日も乗るとは思わなかったよ。それよりサラ、荷物を置いて降りないでよ」
サラに続いて降りてきたカナエは彼女の分のリュックを手渡す。
「わざとよ、持って降りてくると分かってから。それより早く街に行くわよ!」
「カナエ、側を離れないでくださいね。人混みに巻き込まれたらあっという間に迷子になりますから」
長旅の果てに辿り着いた国に心を躍らせ駅を出る。
オルカノ火山が噴き上げる煙と灰に覆われた空、だが真夏の様に暑く湿度は低くカラカラとしている。それでもこの国に生きる人たちの活気は凄まじく、駅を出てすぐの市場は商人と客で賑わいを見せていた。
「どこを見ても人!建物も大きい!同じ大陸内にこんな所があるなんて!」
「これは流石の私も圧倒されるわね!」
超巨大火山の麓に造られた国オルカノ、想像を超える街の規模と悠然と聳えるオルカノ火山が僕の心を打つ。
ちょっと前まではココまで来られるとは思いもせず、思わず目頭が熱くなった。
「さぁカナエ、まずは試練を受けに行くわよ!」
「いいけど場所は知ってるの?」
「俺が知ってる、案内してやるから離れずついて来い」
「カリムは前の精剣祭で来たことがあるの?」
「…そうだ」
カリムは火山の方へ向かうと言って人混みを突き進む。カナエ、サラ、アリアは周りより一回り大きく目立つ彼を目印に大通りを移動する。
鉄を叩く音が響き渡る武具屋、いくつ物歯車が噛み合って作られた精巧な時計、鼻腔をくすぐるスパイスの香り漂わせる肉料理、カナエは田舎者らしくついつい辺りをキョロキョロ見回す。
「オルカノは鍛治の国って本で読んだけど本当なんだ……あれ?」
気づくと前にいたはずの皆の姿が見えない。
「そんな…もしかして迷子?早く探さないと…あぅ」
アリアの力が及ばなくなったのか足に力が入らなくなり、段々と立っていられなくなる。
「おっと、大丈夫ですか?」
倒れそうになる所をスッと現れたメイドに支えられ、人気のない路地へ運ばれる。
「ありがとうございます、助かりました」
「いえ、お気になさらず。足が不自由なんですか?」
「はい、でも仲間が来ると思うんでどうかお構いなく」
濡羽色の艶のある髪を綺麗に切り揃えた眼鏡のメイドは懐中時計を取り出し時間を見る。少し考えた後、彼女は屈み込むとカナエをお姫様抱っこした。
「ゃ、あの、何を?」
「身動きの取れない人を一人置いては行けないので、お仲間の所までお連れいたします」
そう言うと彼女は大通りに戻り、人混みの中を華麗にスラスラと歩んでいく。
「目的地はどちらで?」
「その、火の試練場です」
「という事はもしや精剣使いなのですか?」
「一応そうです…」
この状況が不甲斐なくて声を落として答える、だが彼女は微笑んで僕を真っ直ぐと見つめた。
「障害をものともせず精剣祭に参加されるなんて感服致します。申し遅れました、私イノ・センテュールと申します、お名前を伺っても?」
「カナエ・アークライトです、イノさんはこの国の人なんですか?」
「いえ、エタンセル王国からです。オルカノには探し物があって」
「そんな遠くから…あっ」
何処からかカナエを呼ぶ声がして辺りを探す…大通りを抜けた先の大広場にカリムの姿が見え、カナエは無事に合流を果たす事ができた。
「カナエ、どこ行ってたのよ?!そっちの女の人は?」
「イノ・センテュールと申します」
「迷子になって身動きも取れなくなった僕を彼女が助けてくれたんだ。それより皆ごめん、迷惑をかけて」
カナエは深々と頭を下げる。
「それではお仲間と会えたようなので私はこれで失礼いたします」
「本当にありがとうございました、探し物見つかるよう祈ってます」
イノはペコリとお辞儀をすると細く結んだ後髪を揺らしながら、人混みに紛れてその姿を消した。
「カナエを守る精剣でありながら何という失態…申し訳ありません!」
「そんな謝らないで、悪いのは僕だから。これからははぐれない様に手を繋げば良いさ」
「…はい!」
「無事揃ったなら良い、試練場は目前だ」
カリムが指差す先、オルカノ火山を背景に造られた巨大な石造りの神殿がある。そこへ精剣を携えた者達が入っていくのが見えた。
カナエとサラは気を引き締めて神殿へと向かう。石柱の間を抜けて中へ入る、篝火に照らされた広間には既に十数人の精剣使いが集まっていた。
「結構いるじゃん、まぁ私の相手じゃないだろうけど」
「試練って精剣使い同士で闘う訳じゃないでしょ」
二人を含むこの場に集まった精剣使いは試練がいつ始まるのか、もしや既に始まっているのか、誰も声を出さずにただ周りを窺っていた。
そんな空気を破ったのは言わずもがなサラだった。
「おーい、いつになったら試練は始まるの?こっちは誰よりも早く魔王を倒したいの!」
「かっかっかっ、威勢のいい子だ。種火が如き精剣使い達よ、よく集まった!」
皆が一斉に声のした神殿の奥の通路を見る。カツカツと音が響き、そこから優に2メートルを超える、立派な赤髭を蓄えた老人が細長い剣を杖代わりにして現れた。
「遅れて済まない、火の試練場を治める龍炎の精剣使い、その九代目ヘリオス・メテオロールだ!さて早速だがこれより試練を開始する。諸君らは神殿の奥へと進み、オルカノ火山内部にある『炎の恵実』が納められた祭壇まで行ってもらう。恵実で精剣を清める事がここの試練である!さぁ行け、夢の第一歩を踏み出すのだ!」
その掛け声でそこに集った精剣使いは雄叫びを上げ、我先にと通路を突き進む。あまりの勢いにカナエは唖然とするが、集団に紛れて走るサラを見つけて慌てて追いかけるのだった。
「ほっほっほ、今回の精剣祭も面白い事になりそうじゃな、のぉヘリオス」
「毎回それ言ってるだろぉヘパス?」
「はて?ところで気になる精剣使いはいたか?」
「やはりあの赤髪の娘だな、精剣霊の方も隠しておるがアレは中々の強者だ」
「確かにな、だが私はもう一人気になるのがいた」
雅な衣装に身を包む精剣霊はその後ろ姿をまじまじと見つめる。赤髭の老人は立派な髭を弄りながら首を傾げるのだった。