第4話 針蜥蜴
「ったく、とんだ足止めを食らった!」
サラは皿に盛られたジャガイモにフォークを突き刺して豪快に頬張る。なぜこんなに機嫌が悪いのか…事は早朝に遡る。
炭鉱の町エリフゥで一夜を明かしたカナエたち四人は、最初の試練がある『中央火山都市エンドラ』に向かうべく朝一番の汽車に乗ろうと駅に向かっていた…だが。
「はぁ!?ちょっとちょっと!出発しないってどういう事よ?」
物資を積んだ汽車が止まる駅構内にサラの怒鳴り声が響き渡る。
「どうもこうも、エンドラまでの途中にある渓谷に昨日から『針蜥蜴』の群れが居座ってそこに架かる橋を塞いでるんだ」
煤汚れたもじゃもじゃ髭の運転手は「ふぅ」とため息を吐いて答えた。
「いつ頃出発できそうなの?」
「さぁな、普段この時期は脱皮をしに『オルカノ火山』にいる筈でこの辺にいないんだが…まぁ橋の上から居なくなれば直ぐにでも列車を走らせるから、気長に町でも観光して時間を潰してくれ」
煤汚れたオーバーオールを着たモジャ髭の運転士は肩を竦めた。
「…わかったわ、私たちがその“すっぱいデザート”を倒してくるから帰ってきたらすぐに列車を動かしなさいよ」
「ああ勿論、それどころかタダで列車に乗せてやるよ。2、3日も仕事ができなくなったら大損害だからな」
サラは運転士と約束を取り付け、列車を物珍しそうに見ていたカナエを引っ張って駅を出る。そして出発前に腹ごなしをしようという事で食堂へ向かい冒頭に至るのであった。
「こんな所で立ち止まっていたら他の精剣使いに魔王を討伐されちゃう!」
「そうかもしれないけどさ、もっと旅を楽しもうよ。隣町なのに見たことのない乗り物や食べ物があって、外の世界には他にどんな物があるのか楽しみでしょうがないよ!」
「呑気なことで…待てよ、魔王を倒した奴を倒せば私が一番なんじゃ?…でもやっぱり魔王は私が倒したい!」
「ははは…それにしても列車ってどんな風に動くんだろ?変形するのかな?」
香ばしく焼いた小麦パンをもぐもぐ食べながら、煙突から火を吹き上げて立ちあがる勇ましい列車の姿を想像する。すると2つ目のミートパイを吹き出しかけて慌てて飲み込んだアリアが大笑いする。
「ふふっ、面白い発想ですね!残念だけど列車は変形しないですよ。ところで貴方は食事しないの?」
アリアはカウンターの隅っこに座るデカい鎧の精剣霊に問い掛ける。
「別に必要ない、俺が食べる分を誰かが食べればいい」
相変わらず気力のない声でカリムは答えた。
「もったいない、こんなに美味しいのに」
アリアは残ったパイを口に放り込んでご馳走様する。カナエとサラも食事を終え、いざ針蜥蜴退治に向かおうとした。
すると食堂の扉が勢いよく開いて1人の炭鉱夫が慌てて中へ入り、キョロキョロと辺りを見回し必死に何かを探し始めた。
「ここにもいない…!なぁ親父さん、ウチの娘を見なかったか?」
「いや見てないが、レイアちゃんがどうしたんだ?」
「あぁ…昨日、俺の仕事道具を壊したからキツく叱ったんだ。そしたら朝、目が覚めたら家にいなくて」
男は膝から崩れ落ちて目に涙を浮かべる。そんな人を放っておけずカナエは男に声を掛ける。
「あの…その子ってどんな子なんですか?」
「まさか娘を何処かで見たのか!?」
「いやその、これから渓谷の方に行くのでもし見かけたらっと思って」
「そうか…いやそれでも助かる!娘はレイアって名前だ。年は10歳で赤いリボンを結んでいる、見かけたら連れて帰ってきてくれないか?」
「はい、見つけたら必ず」
「ありがとう!もし見つけたらこの店に連れて来てくれ」
父親と約束をしたカナエは先に店を出たサラと合流し、水を購入して、町を出て真っ直ぐ北の渓谷へ続く線路に沿って歩いて行く。
「周りには岩ばかり…『オルカノ』内陸って本当にこんな景色なんだ!」
前方の遥か彼方には噴煙を上げるオルカノ火山が見えている。
『火山大陸オルカノ』と呼ばれる、巨大火山を中心に形成された円形状のこの大陸には『火を司る神の力』があり、大陸の外部は水や緑に恵まれているが内部に近づくにつれて気温が上がり、草木や水源が減少していくのだ。
水や食糧などの物資の補給が滞った今の状況は経済的だけでなく、実は内部の人達の生活的にも危機的状況であった。
足早に歩くサラと辺りをキョロキョロしながら追いかけるカナエ。いくつかの炭鉱場を通り過ぎて日が真上に登り始めた頃、件の生物の姿が見えてきた。
「見て沢山いる、あれがスパルタンリザードね」
「スパインリザードだよ。凄い、背中の鱗が反り返ってまるで鋼鉄のトゲみたいだ」
岩陰から覗き込む四人、駅であった炭鉱夫が言っていた通り、橋の周囲には群れを成した針蜥蜴が線路の上に居座って列車が通過できるような状況ではなかった。
「あれだけの数だと全部倒すのは骨が折れそうですね」
「あんな足の遅そうな奴ら、私の敵じゃないわ!」
「ちょっと待って、戦うつもり?」
ヤル気に満ち溢れている女子二人をカナエが制止する。
「当然、大人しいと言えどあれは魔物ですよ?」
「そうだけど只あそこに居るだけ、魔物だからって自由に命を奪う権利はないよ」
アリアはちょっとビックリした様子を見せたがすぐにニコリと微笑む、一方サラは膨れっ面でカナエを睨んだ。
「俺もコイツの意見に賛成だ、無益な争いをする気はない」
「じゃあどうするのよ?」
「……橋の上を見ろ、老いた個体がいる」
橋の上を目を凝らして見るとカリムの言う通り、橋の中腹に一体の針蜥蜴が立ち止まっているのが見える。
「細く鋭い二本針…どうやら群れのリーダーのようだ、アレがこの事態の原因だろう」
「そっか、じゃあ助けてあげれば群れも移動して問題解決だ」
「でもどうやってあそこまで辿り着く?脱皮の時期のスパインリザードは気性が荒く、不用意に近付けば攻撃される危険性がありますよ」
「そんなの任せなさい!私とカリムが囮になって引きつけるから、その間にカナエ達はさっさとリーダートカゲを助ける、それでいくわよ!」
サラは皆の返答も待たず岩陰から飛び出し突撃する、流石のカリムも呆れた様子で溜息をついてサラを追いかけた。
「うおおぉぉーー!!」と雄叫びを上げて走ってくるサラの姿を見た針蜥蜴の群れは一斉にトゲを震わせ、『カン、カン』と金属音を鳴らして威嚇する。
しかし怯む事なく突撃する奇怪な少女に恐れをなしたのか、針蜥蜴たちはその場から逃げだしていった。
「なんか予定と違うけど…今のうち」
サラの作ったチャンスを無駄にしない為に橋の中腹へ走る。
橋の上にいた皺だらけのスパインリザードは、右前足が枕木と枕木の間に挟まり身動きが取れない状態だった。
「警戒しないで、助けたいだけだから」
刺激しないように優しく声をかけながらゆっくり近づく。こちらの顔をじっと見て敵意が無いことが伝わったらしく大人しくしている。
さっそく助けようとするが足はしっかりとハマっていて、無理やり引っ張っても抜けそうに無い。
仕方がなく枕木を切断する事にし、精剣で枕木を一枚切り落とす事で無事にスパインリザードの救出に成功する。
ホッと安堵の息を漏らすと年老いたスパインリザードは何も言わず、ノッソノッソと橋を渡って群れの元へ戻っていった。
「ふっふっふー!追い詰めてやったわ、さてどうしてやろうかしら?」
「大馬鹿者、追い詰められてるのはこちらだ」
散々追いかけ回され激昂した針蜥蜴は突き殺すべく硬質化した針をこちらに向け、今にも突撃しようとしていた。
精剣で迎え撃たんとカリムの手を掴むサラ、そこへ戻ってきた群れのリーダーが細く鋭いトゲを硬質化させ打ち鳴らす。
キイィィーーーン…と美しく鳴り響く金属音。それを聞いた針蜥蜴の群れは一斉に大人しくなり、向きを変えて渓谷に沿ってその場を立ち去っていく。
「間に合ってよかった!」
「カナエ、どうやら上手くいったみたいね」
「うん。ほら君も仲間の所へ行かないと」
何故かその場を動かない老いた針蜥蜴。するとピシッという音がしてトゲもろとも皮が剥けていき、美しいトゲを残した見事な抜け殻ができる。
脱皮したてのトゲ無しスパインリザードはまたカナエの顔をジーッと見たあと、群れの元へいそいそと歩いていくのだった。
「これってどういう事?」
「貰ってくれって事かも、スパインリザードのトゲは硬くて丈夫、だから重宝されるんです」
「そうなんだ、じゃあ持って帰…重っ!?」
「俺が担いでやる」
少し持ち上げるのがやっとだった物をカリムは軽々と肩に担ぎ、代わりに持って帰ってくれる事に。
「色々あったけど兎に角これで列車が動く、さっさと町に戻るわよ!」
一刻も早くオルカノに向かいたいサラは足早に帰路に着く。その後ろを僕たちが追いかけようとしたその時だ、岩陰から赤いリボンの女の子が現れて僕たちの元へ駆け寄ってきたのだった。
「──── ごめんなさい、お父さん!」
「いいんだ、お前が無事でよかった!」
探し人だった少女を無事見つけ、父親の元へ連れて帰ったカナエ達。
少女は近くに現れたと聞いた針蜥蜴の抜け殻を持ち帰り、そのトゲで壊したピッケルの代わりになる物を作ろうと朝早くからあの近くで脱皮の瞬間を待っていたそうだ。
「娘を見つけてくださり本当にありがとうございます!」
「いえいえ、それとレイアちゃんがこれを貴方に」
カナエはスパインリザードの抜け殻を差し出す。
「僕たちが持ってても使い道が無いので」
「そんなタダでは貰えませんよ…そうだ!」
何処かへ立ち去る父親、しばらくして戻ってくるとその手に何やら紙が握られていた。
「これをオルカノで一番大きい鍛冶屋に持っていってください、きっとお二人の役に立つ物を造ってもらえるはずです」
手渡された紙には『愛する妻へ』と書かれて折り畳まれていた。
四人は駅へ向かい待っていた運転士に針蜥蜴が橋に居座っていた理由と問題解決したことを話し、約束通りタダで列車に乗り込むカナエ達。
駅まで見送りに来てくれたレイアとその父親に別れを告げると列車はゆっくりと走り出す。
「それじゃあお元気で!」
「精剣祭、頑張ってくださいね!」
「もちろん、魔王を倒すのは私だから!」
カナエとサラは車窓から身を乗り出して手を振る。エリフゥで出会った親子との別れ、列車は火山都市オルカノに向けてその速度を上げるのだった。
「レイアも次の精剣祭で選ばれるように頑張るから、サラおねえちゃんもカナエおねえちゃんも頑張ってねー!」
「待って!?今おねえ…!」
「仕方ないって、カナエって女の子っぽいから」
カナエの悲痛な叫びは汽笛に掻き消される。黒煙を吹いて渓谷を越える列車、遥か彼方には夕陽に照らされ、灼熱の溶岩に包まれているかの様な雄大なオルカノ火山が待ち受けていた。