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華星に捧ぐ  作者: 潜水艦7号
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重力

「やぁ、見かけない顔ですね。新人さんかな?」


眼前の宇宙船に、すっかりと見とれていたクラウドの背後から急に声がした。


「えっ!いや、あの!」


クラウドは慌てて後ろを振り返る。

そこに居たのはスラッとした長身に、端正な顔立ちをした青年だった。首の喉仏が見えなければ女性と言われても不思議がないほど、柔らかな雰囲気だ。


「驚かせたかな?申し訳ない。私は『アクアマリン』だ。長いバース・ネームだけれども出来れば省略せずに呼んで貰えると嬉しいね。何しろ『アクア』おばさんは食堂で働いているし、『マリン』さんは救護室で看護師をしている別人だから」


もしも『笑顔』に得意・不得意という概念があるとしたら、彼は間違いなく得意な方だと言えるだろう。それほどまでにアクアマリンの笑顔は他人の警戒心を解くのに充分な説得力を持っているとクラウドは思う。


「僕は・・・クラウドと言います。昨日からフェニックスに来たんです。色々と事情があって、突然に資源調達部にやって来る事になって・・・あ、またすぐに今度は火星に行くんですが」

少し照れながら、クラウドが自己紹介をする。


「そうですか・・・と、言いたいところだけど。実はさっき、リッカに聞いたんだ。『彼は何者?』ってね。何しろアルバトロス部隊長と随分親しげに喋っているのを見たから。驚いたよ。部隊長は普段、凄い怖い人なのに。」


アクアマリンは呆れたように笑う。


なるほど、アルバトロス自身にしてからが『荒くれ者の吹き溜まり』と言うくらいの部署だ。その総責任者が温和で務まるハズのなかった。まぁ・・・多分に(シーガル)の『お陰』なのだろう。


「あの・・・アクアマリンさんは此処の人なんですか?」


いやぁ、とアクアマリンは首を横に振る。

「資源調達本部では、あるけれど。私は管制管理本部で通信班を担当してるんだ。今日はたまたま、休憩がてらこっちに来たんだよ」


『フェニックスは採用試験を点数で見ているわけではない』というのは、フェニックス自身が公式にアナウンスしている事だ。『部署ごとに必要な条件があって、それを満たしている人材を選択する』というのが、その言い分である。その点で行けば彼のゆったりとした喋り方は通信担当として、うってつけなのだろう。


「休憩でしたか。すいません、何か邪魔してしまったみたいで」

クラウドが軽く頭を下げる。


「いや、いいんだ。気にしないで。此処は大きな船が並んでるだろう?私もこれを見ていると何だか心が晴れる気がしてね」


二人の眼前には無重力搬送船の巨躯が微風を受けながら堂々と、そびえ立っている。


「僕、この形の無重力搬送船を見るのは初めてです。格好良いですね」

感慨深けにクラウドが言う。


「コイツか・・・確かに『この形』を見るのは今では稀だろうね。何しろコイツは『第Ⅰ世代型』だから。ホラ、見てご覧。重力を無効化させるための重粒子偏流加速器が『縦回転』になってるだろ?」


目の前にある『カタツムリ』の大きく巻いたチューブのような形状を、アクアマリンが指差した。


「私達はこのタイプを『エスカルゴ型』って呼んでるけど・・・無重力船の最も基本的な形だよ。コイツは単純で馬力もあるんだけど、何しろ問題も多くてね」


「問題?」

クラウドが問いかける。


「ああ。稼働している時の無重力船って言うのは、言ってみればプカプカ浮かぶ風船みたいなものだから横風に弱いんだ。コイツは特にこの形状だから、左右バランスが悪いし。スラスターもあるけど基本的に風に弱いのは仕方ないんだ。

だから、此処のような風が吹きにくい基地でないと運用が厳しくてね」


そう語るアクアマリンの口調は何処か嬉しげでもある。


「・・・詳しいんですね」

クラウドが尊敬を口にする。


「まぁ・・ね。私は宇宙船が好きでフェニックスに来たから。・・・で、そうした弱点を補うために開発されたのが『第Ⅱ世代型』だ。ホラ、この向こうに係留されている船体だよ」


アクアマリンが指を指す先に、ドーム球場のような大きさと形状を持った『第Ⅱ世代型』の船がある。


「私達はアレを『タートル型』と呼んでるよ。第Ⅰ世代型の課題だった重粒子偏流加速器を横置きにし、更に上下2段に分割したことで、バランスが格段に良くなったんだ。

それと、第Ⅰ世代型では構造上の理由で不可能だった『小型化』も可能になった。・・・ま、このタイプの小型機は色々と問題があったみたいで、今では中型か大型しかないけどね」


「色々と問題?」

クラウドが聞き返す。


「ははは・・いや、忘れてくれ。ただの都市伝説さ」


「そ、そうですか・・・でも、僕が修学旅行で月まで行ったのは『あの型』じゃなかったです」

話題を変えた方が良さそうだ、とクラウドは悟った。


「そうだね。今はもう『第Ⅲ世代型』が主流だから。あの、遥か向こうに見えるヤツが多分、君が乗ったヤツと同じだろう」


アクアマリンが指し示す遠い先に、確かに何処かで見た記憶がある船体が係留されている。その形状はまるで超巨大なハマキのようで、その所々にドーム状の『コブ』が出っ張っているような外観だ。


「あの型では重粒子偏流加速器を複数に分散させているんだ。あの『コブ』がそうだよ。そうすることで、レイアウトの自由度が増すからね。私達はアレを『キャタピラー型』と呼んでる。・・・ところで、君にひとつナゾナゾを出そうか?」


いたずらっぽくアクアマリンが片目を閉じる。

「これらのニックネームには、無重力船特有の特徴が関係しているんだ。何だか分かるかい?」


「ええっ!特徴・・・ですか?・・・えっと『エスカルゴ(かたつむり)』に『タートル(かめ)』、『キャタピラー(いもむし)』だから・・・『鈍足』・・・ですか?」

突然の質問に動揺を隠せないまま、クラウドが恐る恐る回答する。


「ピンポーン!大正解だよ。素晴らしいね」

嬉しそうな顔を満面に浮かべたまま、ウンウンとアクアマリンが頷く。


「無重力搬送船は何しろ『遅い』からね。大昔のロケットみたいに自重の8割以上を燃料に使って力技で重力を振り切るのと違って安全で確実だから、重力圏の脱出には便利だけど」


アクアマリンは博学を他人に披露するのが楽しそうだ。クラウドはついでに、もうひとつだけ質問してみることにした。


「アクアマリンさん、ひとつ聞いていいですか?以前から不思議だったんですけど、無重力船って・・何で飛行中はあんなに眩しく光るんです?何か理由があるんですか?」


フフフ・・・とアクアマリンが笑いを噛み殺す。

「いやぁ・・・良いなぁ。そういう事を聞いてくれる人が居るのは嬉しい事だ。みんな『そういうものだ』と思ってるから、疑問にも感じてくれなくて」


やはり、アクアマリンは心をくすぐられたようだ。


「いいかい?難しい話になるけれど・・・基本的に稼働中の加速器内での重粒子は光速に近い速さで運動しているんだ。すると、重粒子が加速器内の内壁を構成する原子に衝突して内壁の原子が強く励起される。その励起状態が元に戻る時、原子が高エネルギーを放出すると思ってくれ」


アクアマリンの説明をじっと、クラウドは聞いている。多分、彼の話は授業で聞くより面白い。


「そのまま放置すると、原子が放出する高エネルギーで加速器の内壁がまるで『虫食い』にでもなったみたいに侵食されるんだ。重粒子の偏流が複雑化した第Ⅱ世代以降は特にこの傾向が大きい。

でもこれでは、あっという間に加速器がダメになるだろ?ここが第Ⅱ世代型開発のネックだったんだ。が、しかし。ここで逆転の発想が生まれるんだよ」


彼の口調は、まるで自分がその開発に携わったかのように自慢げだ。


「内壁を『強くする』んじゃなくて『受け流した』んだ。加速器の内壁第二層目に『減速域』を設けて、ワザとエネルギーがぶつかるようにする。すると、原子の高エネルギーは減速域を貫通することで均一に分散され、かつ可視光レベルにまでエネルギーが減速するんだ。

後はこれを外部に放出することで、加速器を侵食から守っているのさ。これが『光化冷却』と言われる技術なんだよ!凄いと思わないか?!」


そう言って熱く語るアクアマリンの眼は、まるで子供のように輝いていた。


「えっ・・ええ、まぁ・・」

若干、気負されながらクラウドが相槌を打つ。


「・・・それにしても、本当に詳しいんですね」


「いや・・どうも、好きな事となると熱くなってしまってね・・・」

アクアマリンも「少々語り過ぎたか」というように照れ笑いを浮かべる。


「実は白状すると、好きが講じて航空機関士(エンジニア)のライセンスを取った時に色々と勉強したんだ。ホントは実際に操縦する操縦士(パイロット)のライセンスを目指したかったんだけど、アレは実務に携わらないと受験資格がなくてね・・・おっと、これはいけない!」


リッカがヘッドセットを通じてアクアマリンに何かを注意喚起したようだ。

「休憩終わりに間に合わなくなるといけないから、私はこれで戻るよ。それじゃ、"God bless you"」


彼はそう言うと両手を深く握り込み、クラウドへ向かって軽く会釈をすると、そのまま建物の方へと去って行った。


ニュートンと言えばリンゴの木ですが。

あの「万有引力の法則」を思いついたというリンゴの木は、今も現存しています。・・・その子孫の木ですが。あまり高い木ではありません。

実は、あの有名なリンゴの木のエピソードは「前半分」だと言われています。

ニュートンは「リンゴが木から落ちる」のを見た後、空に浮かぶ月を見て「何故、リンゴは落ちるのに月は落ちてこないのだ?」と疑念を感じた事がキッカケで引力の法則に繋げたのだとか。

厳密に言うと。

月は「落ちてこない」のではなく、地球に「落ちて」います。しかし、周回速度による慣性の法則(いわゆる遠心力)によって、「ほぼ」釣り合いが取れているのですね。

ですから逆に言えば、その慣性力が無ければ月は落下するワケです。実際、月はその昔に「月の元」になった小惑星が地球に激突した名残りだという話ですし。


だとすると。

私は疑問に思うんです。では何故、月は「最初は地球に激突した」のに、「2回目」は激突せずに周回軌道に落ち着いたのか?

地面にバウンドするボールみたいに、何度も衝突を繰り返しても良さそうなんですけどね。

どうも、その辺りに引力のナゾがまだ隠される気がしてなりません。

何しろニュートンの話ですから、これがホントの「木になる話」ということで・・・

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