降下
「ええいっ!ちくしょうめ!どうしたって言うんだ!」
ガンッ!
サンダーが、怒りに任せて通信設備の筐体を蹴り飛ばす。
「こんな大事な時にアカツキが『無反応』って、どういう事だよ!おまけに地上との交信も一切、ストップしてやがる!」
「サンダー、落ち着いて!今は荒れてる場合じゃないだろう?」
クラウドがサンダーを諌める。
「ところで・・・『あの光』がもしもプシケだったとしたら?やはり・・・」
「・・・火星とプシケでは質量差が大きすぎる・・・これだけ接近すれば、もはや『激突』は避けられんな・・・」
サテライト部隊長、デスクの顔も青ざめている。
仮にプシケと火星の質量差がもっと近ければ、接近の際に起きる空間密度の上昇によって『衛星』か『連星』化することで衝突を避けられるであろう可能性が高い。だが、プシケにはそこまでの質量が無いのだ。ある程度の接近を許してしまえば、後は破滅的な未来が待っているだけだ。
もしもプシケが火星に衝突したとするならば。
その被害は間違いなく火星全土を容赦なく飲み込むだろう。
かつて地球で6000千万年前に恐竜達が絶滅に追い込まれた時、その原因となる隕石の大きさは直径10km程度だったと推測されている。それが今回は、地球の1/3しか質量のない火星に『直径500km』とされるプシケが激突するのだ。無論、火星の地上基地なぞ、ひとたまりもあるまい。
「くっそぉぉぉ!あの、ガラクタ野郎め、何処で何の細工をしてやがったんだ!観測機も通信機も全く使えねえ!」
サンダーのイライラも頂点に達している。ついさっきまで『レインボウちゃん』と呼んでいた相手を今は『ガラクタ』呼ばわりである。
「・・・どうかね?状況は」
デスクも固唾を呑んでクルー達の作業を見守っている。
「ダメですね・・・通信機器類はおろか、アカツキや他のAIも全て、コミュニケーションを遮断しています。一応、生命維持装置や姿勢維持装置などの主要機器は正常に機能しているのでサテライト自体は良いのですが・・・問題は地上です。このままでは避難誘導すら出来ません」
セキリティ班のブラインド班長が首を振る。
この分では地上も同様に混乱しているのは明白だ。それも、サテライトとは違い、彼らはプシケの危機を察知出来ていない可能性が高い。しかも、サテライトから地上に『それ』を通信機で伝える事が出来ないのだ。
「くそっ・・・!此処からじゃぁ、怒鳴ったって聞こえやしねぇしよ・・・」
サンダーの悪態に、クラウドの耳が反応した。
「そうか・・・。通信が使えないなら『喋れば』良いんだ。如何なハッキングでも口は止められないからな・・・」
言うが早いか、クラウドは機器類を投げ出してシャトルの船着き場へ走り出した。
「おいっ、待てっ!何処へ行くんだよっ!」
サンダーが慌てて後を追う。
「・・・来なくていいよ?サンダー。此処は僕ひとりで充分だ。必ず戻るから君は皆んなと一緒にサテライトに残っててくれ!」
走りながらクラウドがサンダーを制止する。
「は?アホか、お前!地上に行くつもりなのか?無理だっ!AIは全て使えないんだろ?シャトルはAI操縦だろうがっ!」
だが、クラウドは走るのを止めない。
「・・・AIは止まってなんかいない!コミュニケーションを閉ざしているだけだって、さっき聞いたろ?だから・・・『手動操縦』なら動くはずなんだ!・・・シャトルなら、僕のパイロット・ライセンスでも認証コードが通るハズなんだよ!」
そう、ドーベルに誘われて取得した『仮免許』が、クラウドにはあるのだ。
「そうかい・・・?分かったよ、このドアホウが。だったらよ、オレも地上に行くぜ!乗せてけ、クラウド」
クラウドに続いて、サンダーがシャトルに乗り込む。
「えっ!何を言ってるんだ!生命の保証は無いんだよっ?!降りてよっ!」
「へっ・・・!騙されんぞ?クラウド。お前がよ、そんな直情だけで走り出す男じゃぁねぇって事ぐらい、オレにはよーく分かってるさ。だから・・・あンだろ?何か『勝算』ってヤツがよ!」
躊躇している時間はない。クラウドは電源の投入を開始する。
「よしっ・・!やっぱり、機能自体は生きている!認証コードが通ったっ・・・」
そして、発着場のエア・ハッチを閉じるコマンドを送った。
微かなモーター音を立てながら、エア・ハッチが閉じ掛かる。もう、サンダーを追い返す事も出来ない。
「分かった・・・時間が無いんだ!じゃぁ、行くよっ!」
エア・ハッチから急速に空気が吸い出される。
「おうよっ!こうなったらよ、行くとこまで行こうじゃねーかっ!」
ハッチの空気が抜け、サテライトのカーゴが開く。そこには、悠然と輝く火星の大地が見えている。
「係留ロック解除、シャトル発進っ!降下開始っ!」
ガコン・・・
鈍い音を立てて、シャトルを係留しているロックが外れる。
やや間があってから、ゆっくりとシャトルがサテライトの外に出る。
「・・・エンジン、噴射っ!」
シャトルが降下に向けて加速を開始する。
「うっひょ・・・怖え・・!手動のシャトルって、意外に怖ええんだな!」
宇宙空間に放りだされたシャトルで、サンダーが悲鳴を上げる。
「そう言えば聞いてなかったけどよ・・・どうなのよ、クラウド!こいつの操縦は何回くらいの経験があるんだ?!」
すかさず、クラウドが怒鳴り返す。
「無いよ!今回が初めてなんだっ!だって・・・僕が持っているのは、あくまで『仮免』なんだからさ!」
「ま、マジかよっ!それを先に言えぇぇぇ!」
サンダーの絶叫を残しながら、シャトルは地上に向かって急速に降下して行った。




