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華星に捧ぐ  作者: 潜水艦7号
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黒幕

「・・・シーガル君、おい、起きとるか?」


「えっ!あっ、はいっ!」

クーロン先生に起こされて、シーガルが慌てて眼を開ける。


「何なら、自室で休んで来たらどうじゃ?それか、食堂に行けばメシが食えるぞ?今日は特別に『制限なし』じゃから、腹いっぱい食う事も出来るでの。空腹は腹に障るぞ?」


「すいません、気ィ遣ってもらって。でもいいんです。アタシ、此処に居ますから。この馬鹿が眼を覚ました時、最初に居てやりたいんです」

シーガルはそう言って頭を下げた。


「やれやれ・・・この男は幸せモンじゃのぉ・・・全く。まぁエエ。ワシはな、少々『上』で呼ばれとるでの。少し離れるでな」


クーロン先生はシーガルに断りを入れてから、助手に手招きし、小声で指示を出す。


「(あまり、大声を出すで無いぞ?エエか?『シュラフ』を1つ持って着いて来なさい。それと、ワシらが使う防護服を二人分じゃ)」


助手の顔色が変わる。

此処で言う『シュラフ』とは人間を入れるビニール・バックである。早い話、感染性の病原菌に侵された『死体』を汚染から保護するために使うのだ。


「(分かりました。少し、お待ちください)」

助手がこそこそと準備を始める。そして、ふたり揃って隠れるようにしてエレベータに乗り込んだ。


「・・・待ってましたよ、先生」

最上階の司令室で、アルタイルとドラムが待ち受けている。


「・・・で、患者さんは?」


「そこに倒れている彼です。機重班のカゼル君です。・・・さきほど、彼を呼んで慰労をしていたのですが・・・突然に苦しみだしましてね。いきなり倒れたんです」


「そうか・・・どれ?」

ゆっくり、クーロン先生が『ガゼル』に近づく。そして、眼球や肌の具合を確認して、診断結果を下す。


「・・・本部長、アンタの懸念は当たったよ。連絡の時にアンタが疑ったとおり、これはかつて火星で猛威を奮ったS-Mars感染症じゃよ。残念だが、もう事切れておる」


同行していた助手も顔が青ざめている。

「しかし先生、S-Marsは致死性こそ高いですが、感染力はさほどでもありません。一体、何処で感染したんでしょうか?」


「確かにな・・・この細菌は空気感染をせんし。何処かで感染した恐竜の血肉を素手で触ったのかも知れん。まぁ・・あの騒ぎじゃったしの・・・」


クーロン先生が助手に、遺体をシュラフに入れるよう指示をする。


「さて・・・ガゼル君が・・・何か口につけたようなものは無いかの?一応、隔離しとかんとイカンのでな」


ドラムが黙って、テーブルの上にあるワイングラスを指差した。3つあるワイングラスには、どれも少量のワインが注がれている。


「その、一番手前にあるグラスが『彼』が使ったグラスです。他にはありません」


「そうか。では、それもシュラフに入れて運ぼうか」


「・・・先生、少しだけよろしいかな?」

助手と共に階下に下がろうとするクーロン先生を、アルタイルが呼び止める。


クーロン先生は助手に「目立たないようにして、地下の特殊霊安室に運び込むように」と指示をして、司令室に残った。


「で・・・?何かワシに用事でも?」


「大した事ではありませんが。実はガゼル君が苦しみ出した時に『本部長の役に立つ事が出来なくて残念だ』みたいな事を・・・言ってましてね。もしや、先生が『何かご存知』なのかと思いましてね。いや、心当たりがなければ結構」


アルタイルは正面からクーロン先生を見据えている。


「・・・知らんな。ワシには何のことか分からんわ」

クーロン先生は顔色ひとつとて変えなかった。


「そうですか、それば残念。それはそうとして・・・如何ですがな?折角ですから、ワインなぞ一杯?お好きと伺っておりますが」


アルタイルが掲げて見せるワインのラベルを、クーロン先生はチラッとだけ見てソッポを向いた。


「いらんわ。そんな香りもロクにせんような(まが)い物なんぞ。もっと『命と引き換えにしてでも飲みたい』と思えるような逸品でないと、な」

それだけ言い残して、クーロン先生は地下へと去って行った。


ふっー・・・とため息をついて、ドラムがソファーに座る。

「・・・先生、『気づいた』ようですね?あの様子だと」


「かもな。部屋に入って来た時に、何か匂いを嗅ぐような仕草をしていたし。『香りが無い筈の安物合成ワイン』なのに、部屋に葡萄の香りが残っていれば・・・それは、オカシイと思っても不思議はないだろう」

アルタイルも、ソファーに腰を掛ける。


「本部長は、先生が今回の『黒幕』とお考えなので?」


「さぁな・・・何とも言えん。何しろあの人は火星では不可侵(アンタッチャブル)な存在だから、私らがこれ以上に踏み込むことは難しい。ただ、疑わしいのは確かだ。例えば、フェニックスは異様なほどに個人情報保護にうるさいだろう?」


ドラムが身体を乗り出してくる。

「ええ、それはそうです。『こんな事でも?』と思えるくらい個人情報は徹底保護されますな」


「さらにそれが『臓器適合情報』ともなれば、最重要機密だろう。ならば『それ』を知り得る立場のクルーは決して多くは無いはずだ・・・」

アルタイルの声も、自然と小さくなる。


「なるほど、『医師』なら・・・有り得るでしょうな」


「それに『通信モジュールへのハッキング』だが。これも不自然だ。ガゼルのスキルの程がどれほどかは知らんが、フェニックスのセキュリティもそんなに容易ではないぞ?

通信班は特別なアクセス権限を持っているから別としても、よほどハイレベルなアクセス権が無ければ難しい話だろう」


ドラムの表情が更に険しくなる。


「クーロン先生の場合、緊急時には各所との緊密な連携が必要になりますから、我々のように一旦アカツキを介しなくても地球等と量子通信が出来るはずですから・・・では、ガゼルはクーロン先生と『繋がり』があったと?」


「分からん」

アルタイルが首を振る。


「或いは、先生によって巧みに『操られていた』のかも知れんし」


「今となっては・・・ですか」

ドラムはソファーの背もたれに背中を預けた。


「ところで、ガゼルの処分は『良かった』んですか?裁判もしませんでしたが?」


「ああ。一応、プロジェクト・マーズ委員会の内諾は貰っている。ザッカーの時にサステナビリティ委員会からゴチャゴチャ言われたのが、よほど『薬』になったんだろうな。

『すぐにケリをつけろ』とさ。ま・・・『我々の側』としても『ナメた真似したらタダじゃおかんぞ?』という意思を見せつける事も出来たしな・・・」





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