転機
『シェルター』と言うだけあって、霊廟の中は意外に大空間だった。
不満と言えば室内が少々殺風景な点と、電力節約のために照明が暗めな点だろうか。それでも、外の脅威から守られている事を考慮すれば、充分に贅沢と言えるだろう。
「ああ・・・ちくしょぅ・・・・」
シーガルはVF-Xを降り、床に力なく座りこんでいる。
空気が重い。誰しもが、失ったものの多さと大きさに悲嘆していた。
「ベルさん。クルーの数がまとまりました」
無事に建物内へ避難出来たクルーの数を、霊廟と本部のアカツキを繋いで確認していたのだ。
「そうか・・・で、何人と連絡がとれない?」
「現状、防災対応班でシバ班長他5名、施設班でゴリラ班長他11名の生存が確認出来ないそうです・・・」
如何に火星での死亡事故が多いとは言え、1回の事故としては間違いなく最悪の記録だろう。それも班長ふたりを欠くという大惨事だ。
「分かった・・・。また何か連絡が来たら教えてくれ・・・」
酷い事態だとベルも思う。だがそれもシバの犠牲の上に、やっと成し得たものだと言える。
ベルは左右にゆっくりと首を振った。
問題は、だ。
現状は一時的に助かっているだけに過ぎない、という事だった。
発電所は固いガードで守られていて、そう簡単に破壊されることは無いだろうが、それでも絶対とは言えない。電源が落ちればシェルター内のバッテリーに頼るしか無くなるから、そうすれば数日で電源は無くなる。
食料も無限にあるワケではない。特に問題なのは、此処の人間よりもむしろ、基地建物に残っているクルー達だ。基地建物には、そこまでの食料備蓄はない。1週間もすれば枯渇してしまうだろう。
どうすれば、この状況を突破できるのか・・・
ベルは絶望しそうになる自分を何とか立て直そうとしていた。
その頃、クラウドはサンダーを探していた。
彼は施設班に配属されていたはずだ。詳しくは聞いて居なかったが、電牧の監視に出ていた可能性も少なくない。だが、此処ではその姿を確認することは出来なかった。無事だと良いのだが・・・
ふと、何かがつま先に当たって、コツン・・・と音を立てて転がった。
照明が暗いのでハッキリとは見えなかったが、何か黒い箱のようにも見える。
「ん・・・何だ、これ?」
クラウドが屈んで、これを拾う。
外装がベタベタするのは恐竜の血のようだ。
恐らく、先程シバが放ったハイパーキャノンで粉砕された恐竜の肉片がシェルター内に飛び込んだのであろう。
だが、だとすると『この箱』は何だ?
『箱』からはチューブのようなモノの切れ端や、電線のようなものが何本か繋がっている。
クラウドは背筋に冷たいものが走るのを覚えた。
恐竜達は異様なまでに『統率』されていた。すると、もしや『これ』が・・・?
「ガゼルさん!何処に居ますか?!」
だだっ広い霊廟に、クラウドの声が響き渡る。
「えっ・・・ここだけど?」
ガゼルはアカツキと連絡を取り合っていた。
「そっちに行きます!これ、これを見てください!」
クラウドがガゼルの元へと走る。
「これです・・・」
先程の『箱』をガゼルに見せると、一瞬にしてガゼルの顔が凍りついた。
「これは・・・!」
カゼルも絶句して二の句が継げない。
「おい、どうした?何かあったのか?」
クラウドの大声に驚いて、他のクルー達も集まってくる。
「そこの床に・・・これが転がってたんです。血や肉片がついてますから多分、恐竜の体内に埋め込まれていたものではないかと・・・」
自分の声が震えているのが、クラウド自身にも分かる。
「人工物、だな・・・どう見てもよ・・・。すると何か?『これ』がアイツらを操っていた『タネ』って話なのか?」
箱を見つめるベルの声も震えていた。
『この騒ぎが自然発生的なものではない』のは、最初から明らかだった。ただ、その証拠が無いだけの話であって。
だが、こうしてハッキリとした『証拠』が出た以上、これが何かしらの人為的意図によって引き起こされてた事が、決定的になったと言える。
「誰だっ!こんな真似、しやがったヤツぁぁっ!」
ベルが大声で怒鳴る。
「くっそぉ・・・絶対に許さん・・・犯人を見つけたらよ・・・ブッ殺してやるぜ・・・!」
周囲が俄に殺気立つ。
「ま、待ってください!」
クラウドがなだめる。
「それより、今は『これ』をどうするか、です!もしもこれが原因だとするなら、これを無効化する方法を考える必要があります!今はそれが先です!」
「んぐ・・・確かにな」
ベルが拳を降ろす。
「・・・カゼル。お前、それが何か分かるのか?」
ベルが問いかけるまでもなく、ガゼルは箱の分解に着手していた。
「はい・・・今、バラしてます。待ってください。・・・まず、このチューブですが、アンプルらしきものに繋がってます。中身は多分、強力な興奮剤の一種だと思います。これを使って恐竜たちを殺気立たせているんでしょう」
「いや、でもよ」
ベルが不思議そうに尋ねる。
「あれだけの数に『そんなもの』が入ってんのか?」
「いえ・・・恐らくですが」
ガゼルが前置きをして言った。
「集団ヒステリーを起こさせているんだと思います。仲間内の数頭が『興奮状態』に陥ると、その周囲に居た恐竜たちもヒステリー状態に引き摺り込まれるんです。ある程度の条件が揃う必要はありますが、動物界では知られた現象なんです」
「だが・・・それが恐竜にも起こりうるとは言えないんじゃ?」
ベルはまだ懐疑的だ。
「いえ・・・充分ありうると思います。以前、グリーンの子供を捕縛しましたよね?あの後、徹底的に調査しましたが、子供には何も『特別』な点は見当たりませんでした。
知能も恐竜としては普通でしたし。つまり、グリーンだけが『特別』で、後のファミリーはそれに『引っ張られてた』だけと言うのが環境構築科の結論だと聞きました。ですから今回も同様のパターンではないか、と」
「じゃあ・・・あの中の何頭かに、それが『ある』って事か?」
「はい、恐らくは。それと、これはモジュール設計がなされています。通信機部分とは切り離して別のモジュールを取り付け出来るようになってますから、或いは別の用途・・・例えば『行き先を制御する』とかの機能を持たせた物も、あるのかも知れません」
「ガゼルっ!」
「うわっ!」
突然、ガゼルの胸ぐらにシーガルが掴みかかる。
「何を・・・」
「・・・いいか、カゼル!今すぐにだ・・・今すぐ、そいつをどうにかして解除するんだ!早くしろ!」
「姉さんっ、落ち着いて!邪魔をしてたら、それこそ何も進まないよ!」
クラウドの声にシーガルが我に返って、パっと手を離す。
「う・・・すまん。取り乱した・・・」
「いえ、大丈夫ですよ。はは・・・『慣れて』ますから。シーガルさん、任せてください。
幸い、アカツキとは通信の確立を維持出来ています。連携をとれば、事態をひっくり返す事が出来ると思います」
そう言い切るガゼルの顔は、とても頼もしく思えた。