帰任
"ハロー、クラウド。火星のアカツキです"
その日、何の前触れもなくクラウドのヘッドセットにアカツキから量子通信が入った。
「あっ!はい。あの・・・久しぶりで・・」
人工頭脳に『気を遣う』のもおかしいかも知れないが、9ヶ月近く聞いていなかった声だ。何だか懐かしい気がする。
"シバから通信の許可申請が来ています。繋ぎますか?"
シバさんだ!クラウドは驚きを隠せなかった。
「はいっ!お願いします」
すぐに、シバから通信が入る。
「おう!元気にしてるか?」
「お久ぶりです!お陰様でドーベルさん達と楽しくやらせて貰ってますから」
「そうか。充実してそうでなりよりだな・・・と言いたいところだが」
シバのトーンが暗い。
「急ですまんが、次の便で戻って来い。ちょっと・・・気になる事がある」
当初、クラウドの出向期間は『1年間』という予定だった。順調に行くなら月に帰任するのは『次の次の便』であった。
「・・・分かりました。ドーベルさんには僕の方から?」
「いや。アカツキから資源調達本部に連絡が行くと思う。ドーベルとは所属本部が違うから、メンバー調整とかはそっちでして貰わんとな」
それ以上、シバは詳しく語らなかった。しかしその声色を聞く限り、事態は深刻なようだった。
『火星に帰任する』となると、面倒な事がある。
そう、例の『防護スーツ』と、消毒だ。
ルートで物資の運搬をするだけなら、そんな面倒をする必要はないが『帰任』となると雑菌対策は必須なのだ。
一旦、月に入ったクラウドは以前にも入ったことのある消毒室に入った。ここで、3日間を過ごして身体についている菌を取り除くのである。
部屋に入ると、すでに10人ほどの先客が待機していた。
彼らの表情に余裕が見えないところを見ると、やはりこれは『緊急招集』なのだと、クラウドは悟った。
「よぉ!クラウド。久しぶりだな」
同じ防災対策班のベルがクラウドに声を掛けてきた。
「久しぶりです、ベルさん。やはり次の便で?」
「ああ。ここ暫くは地球で船の組立応援に駆り出されてたんだが・・・火星で何かあったみたいだな。話は聞いてるかい?」
ベルもまた、深い事情は聞いて無い様子だ。
「いえ・・・僕も詳しくは聞いて無い・・・」
そこまで言いかけた時だ。
「おーう!クラウドじゃねーかー!!はははっ!生きてたかテメー!」
突然に馬鹿でかい声が聞こえてきた。
「その声は・・・」
振り向きざまに、声の主がバン!とクラウドの背中を強く叩く。
「痛いって!・・・サンダー!」
声の主は同期のサンダーだった。
「ははははっ!すまん、すまん!聞いたぞー、大活躍らしーじゃねーか。『流石は特例で火星行きになっただけはある』って、仲間内でも大騒ぎだったんだぞ!」
「いやまぁ・・・・ははは」
クラウドはエンケラドスで懲役についているザッカーの事を忘れてはいない。彼の処遇を思えば、あまり素直に喜ぼうとも思えなかった。
「ところで、サンダーも火星に?その・・・インターンとかでなく?」
「ああ、そうさ。正式配属よ!スゲーだろ?やっとオメーに追いついたってところだぜ」
サンダーが胸を張る。
「そうなのか・・・で、配属先は決まってるの?」
「おう!施設班だってよ。何でも1名が次の便で地球に戻るってんで、交代になったんだ。何か知らんが『怪我人』なんだとさ、帰還するのは」
チャイムさんのことだ。
声には出さなかったがクラウドには直ぐ理解出来た。
宇宙船に乗せられる程度に回復したと喜ぶべきなのか、それとも復職不能という判断を悲しむべきなのか。微妙なところだとクラウドは思う。
「そうか・・・でも、正直なところ同期が居てくれるのは頼もしいよ。皆、同期の仲間とかと喋ってるだろ?そういうのを見ると羨ましいもの」
「はははっ!オレも『先輩』が居るのは有り難てーさ。色々と分からん事も多いだろーしよ!」
暫く振りにみるサンダーは、また一段と体格が良くなったようだ。或いはそれは自信のオーラなのかも知れないが。
「しっかし、アレだぜ?やっとこさ、フェニックスもオレの能力を認めてくれたみてーでよ。ショックだったぜー?何しろオメーに先を越されただけでなく『あの』レインボゥにまで『先』に行かれたからなぁ」
体力という観点から見ればレインボゥはクラウドは疎かサンダーにも大きく劣るのは間違いない。
だが火星にはカゼルのように小柄なクルーも決して少なくない。体力だけが選考基準ではないのだ。
「まぁ、レインボゥはサテライト所属だからね。体力はあんま、関係ないし。とにかく、知り合いが多いのに越したことは無いよ」
「へ!?レインボゥはサテライトなのか!」
サンダーが素っ頓狂な声を上げる。
「マジで!?」
「え・・・ああ、そうだけど?」
呆気に取られてサンダーを見ると、明らかに彼が気落ちしているのが分かる。
「なんだよ、チクショー・・・」
「え?サンダー・・・もしかして、会えるのを楽しみにしてた?」
「・・・ったりめーじゃん!スっゲー期待してたのにさぁ・・」
サンダーは大きなため息をついた。
ああ、なるほど。とクラウドその様子を見て思った。
サンダーはレインボゥに『恋をしている』のだ。或いは身体をビルドアップしたのも『少しでも格好いいところを』という意思の現れだったのかも知れない。
「大丈夫だよ、とりあえず火星に着いたらサテライトに入って、それから地上に向かうしさ。対面となれば、その時に会えるよ」
「おっ!そうなのかっ!それは良いことを聞いた!さっ・・すがは『先輩』だぜっ!」
クラウドの言葉で、サンダー節が復活する。
「よっしゃぁぁぁ!火星に行くぞぉぉぉぉ!!」




