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華星に捧ぐ  作者: 潜水艦7号
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火史

「月に居ると・・・『ああ、ここは地球じゃぁないんだな』と思いますね」


クラウド達は月に到着し、荷降ろしを待っていた。クラウドはその間に同乗者のチェアに連れ添ってもらい『反対側』に来ていたのだ。

月の前線基地は地球側が観光都市で、反対側が他の惑星への前線基地なのだ。


「うん、そうだな。此処は特に地球からの観光客を意識して重力調整もしていないし、施設は全てドームの中だし。別世界感はあるかもな」

目の前に大きく開いたドーム状の窓ガラスからは地球がよく見える。


「火星に居ると、普通に大気があってマスクとかしなくても呼吸が出来るじゃないですか。施設内なら重力調整もされているし、何か『火星に来てる』って感覚が薄いですね。・・・贅沢かも知れないんですが」


「贅沢か・・・なるほど、そうかもな。何しろ、火星には時間も手間も膨大に掛かってるからなぁ」

チェアも窓際に来て地球を眺めている。


「火星はな、最初はまず『温める』事が必要だったんだ。だから火星に行く前に、まずは火星を温めるための『温暖化ガス』を調達する必要があった。それも惑星規模でね。だから金星の衛星軌道上にステーションを建造して・・・大量の二酸化炭素を汲み出すところから始めたんだよ」


金星の大気はほぼ二酸化炭素で出来ている。金星が『暑い』のは太陽から近いからではなく、二酸化炭素による温室効果なのだ。


「ガスを吸い取ったんですか?」


「いや、そうじゃぁない。金星の赤道付近ってのは昼夜で温度差がとても大きいんだ。

特に宇宙に近い上空の大気はな。上空は『日の出』になった瞬間に急激に二酸化炭素が暖められて、一気に膨張する。この時、気化熱によって周囲の温度を急激に下げるから、その周辺の二酸化炭素がドライアイス化するんだよ。俺達は『これ』を掻き集めるのさ。その方が効率良いからね」


金星の赤道付近が常に極めて低温状態にある事は、21世紀の観測でも明らかになっていた。


「それを火星に?」


「ああそうだ。これを大量に持ち込んでるんだ。何しろゲート航法が確立してなかったら、とても出来ないビストン輸送だがな」


火星に最初の人類『オリジン12』が到着した時には、まだゲート航法は確立して居なかった。その後、この技術が普及した事で惑星開発は一気に進展したと言える。


「確か・・・今でも火星には金星の二酸化炭素を持ち込んでますよね?まだ要るんですか?」


「ああ『目減りする』からな。火星は地球と違って磁場が無いだろ?だから太陽風が吹くとその勢いに負けて大気が『飛ばされる』んだ。だから『補給』が要るのさ」


古代の火星にも大気はあったと想定されている。しかし、長い年月によって減少したしまったとされる。これは火星の重力が地球よりも弱かった事が原因しているという説もある。


「で・・・温まったら今度は『水』ですか」


「順序としてはそうだ。今度は『エンケラドス』だよ。此処には『地上』というか『氷上』に前線基地もある。ここから大量の水を・・・それこそ百年単位で送り込んでいる」


「火星は元々『水』は無かったんですか?」


「あったけど、少なくてな。今でも『充分』と言えるほどじゃないし。かなり区画を限定して、やっとどうにか・・・というレベルだよ」


「最初は大変だったんですね。先が見えないというか」


水は二酸化炭素のように『凝縮して持ち運ぶ』という事が出来ない。とにかく時間の割に量が運べなかったのだ。


「そうだな。で、次に最初の生物として『コケ』とか『藻』の類を持ち込んだんだ。ただ、それでも地球から大量に持ちこむと雑菌の問題が出るんでな。仕方無いから、少量だけ火星に持ち込んで、そこからプラントで大量生産したんだよ。気の遠くなる作業さ」


21世紀の段階でも、火星に酸素を充満させる方法として藻を使う方法は検討されていた。だが、その時代では大量の光合成が出来なかったのだ。これもまたDNAデザイン技術の賜物と言えよう。


「最初は藻ですか・・・で、少しづつ大きな植物を?」


「だな。何しろ火星に『雨』が降るところまで行かないと、植物の自然繁殖は難しいからね。実際には此処までで計画開始から400年も掛かっている。樹木となると、更にそこから100年後だ。途方もないよ」


「気の長い話ですね・・・」


「まったくだ。恐竜の運用開始ともなると、更にそこから200年掛かってる。凄い、気の遠くなる話さ」


クラウドは、ふと以前から感じていた疑問をチェアにぶつけてみる事にした。

「ねぇ、チェアさん。もうそこまで時間と労力を掛けるくらいなら・・・いっそ時間を遡って『過去の地球』とかに行く事は出来なかったんですか?」


「そりゃ、無理だな。過去に行く事は出来ないから」


「そうですか・・・でも『未来には行ける』んですよね?」


「うーん、未来かぁ」

ドーベルが顔をしかめる。


「微妙だけどな、それも。『未来に行ける』とは言っても、それは『数十年後の自分に出会う』的な時間旅行じゃぁない。そうではなくって亜光速で航行することで『自分の時間を相対的に遅くする』というだけの話だし」


「え?どういう意味です?」


「つまりさ、この世界はヒッグス場に『浸かっている』状態だから、とてつもない速度で移動しようとするとヒックズ場による抵抗が膨大になるんだ。

例えるなら水面を強く叩くようなモンだ。軽く触れる程度なら何の抵抗も無い水も、強く叩くと強く弾き返されるだろ?あんな感じさ。それが原子レベルで発生する。

すると原子の運動そのものが『ゆっくり』になるから化学反応も遅くなり、人間の感覚速度や代謝速度も『ゆっくり』になるから『自分だけ歳をとらない』という現象になるのよ」


こうした現象は21世紀でも『ウラシマ効果』として確認がされていた。

原子時計を積んだ航空機で高速長時間の飛行をすると、地上で同期させてあったハズの原子時計よりも僅かに『遅れていた』、つまり飛んでいた側の原子時計は『未来』に到着したのだった。

これは原子の運動がヒッグス場抵抗によってスピードダウンした事によるものだ。


「えー・・・そうなんですか。じゃぁ、過去に行く事は出来ないんですね」


「とりあえず、現代の科学では無理だな。もしかしたら今後、積層宇宙の研究が進んだら『過去の地球が継続している世界』を発見できるかも知れんがね」


「何です?『積層宇宙』って」


「うん?ああ、平行世界(パラレルワールド)って聞いた事ないか?」


「それはありますけど・・・」


『この世界は平行世界なのでは』と言われ始めたのも、21世紀になってからであった。しかし『それが何であるか』は最近になるまで良く分かって居なかったのだ。


「積層・・・とは言うが、別にミルフィーユみたいに薄く何層も重なっているワケじゃぁない。というか『境界』そのものがそれほど明確じゃないらしい。だから『隣の異世界』と現実世界の境界は『無い』んだってさ。よく分からない学問だよ」


その時、ふたりのヘッドセットにドーベルから通信が入った。


「おい。ふたりとも、そろそろ戻って来いや。荷物が降りたからエンケラドスに行くぞ」


「あっ、分かりました!すぐ戻ります!」

クラウドは、戻り際に一度だけ窓の方を振り向いた。


青い地球が、宇宙空間の暗闇の中にポツリと浮かんでいる。


地球は生命にとって『奇跡の星』なのだろうか。それとも何らかの『意思』が働いた結果なのだろうか。

クラウドは、チェアとともに輸送艦へと戻っていった。





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