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華星に捧ぐ  作者: 潜水艦7号
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量子


「そもそもだ、クラウド君」


今回、月への帰還には時間が掛かるとクラウドはドーベルから聞かされたていた。


何しろ積荷の上げ下ろしで3日も要したので、その分だけ『月側のゲート』が月の軌道から遠ざかっているのだ。

そのため、火星側のゲートを潜ってから月の前線基地まで暫く航行しなくてはならない。

無論、それなりに加速(実際には減速)すれば早く到着するだろうが、宇宙空間には『ほとんど』抵抗がないので『到着』した時にその分を逆噴射してブレーキを掛けなくてはならなくなる。なので、速度の出し過ぎもまた良くないのだ。


その間を利用して、ドーベルによる『パイロットライセンス取得のための講義』が行われているのだ。


「クラウド君は『原子』の構造を理解しているかい?」


「原子ですか・・・要するに原子核の周りを電子が飛び回っているイメージですね」


「まぁそうだね。間違ってはいない。だが、2つの点で原子の構造は私達のイメージが追いつき難い点がある。それは『電子は軌道上の全ての場所に同時に存在し、全ての場所に存在しない』という事実。それから『実は原子はスカスカである』という事実だ」


クラウドが頭を撚る。

「何か、哲学みたいですね。『全ての場所に存在し、全ての場所に存在しない』って」


「そうだね。私にも何故そうなるのか良く分からないし、量子力理学は独特の世界だからさ。まぁ要するに『その瞬間、電子が何処を飛んでいるのか』は確率でしか表せないんだ。『軌道が計算できない』んだな。次の瞬間、何処に居るのかは誰にも予測は付かない」


「まあ・・・そう『理解』するしかないですね、今は」

苦笑いしながら、クラウドが返事をする。


「そうだな。だが覚えておくべき事は『原子の外殻は壁ではない』という事だ。これが非常に重要なんだ」


ん?とクラウドが妙な顔をする。

「壁?ですか」


「ああ。それが次の『実は原子はスカスカである』に繋がるんだよ」


「スカスカ?なんですか」

クラウドが不思議そうな顔をする。


「ああ。例えば原子1個を野球場くらいの広さとする。すると、中央にある原子核の大きさは『砂粒』ほどの大きさしかないんだ。野球場の中央にある砂粒を、外から目視できるかい?」


「・・・無理ですね」


「それくらい、原子はスカスカなのさ。だが、いくらスカスカとは言え・・・」

そう言って、ドーベルが机をバン!と叩いてみせた。


「こうやって机を叩いても手が机を貫通することはないだろ?だが『これ』は物理的・機械的に『ぶつかっている』のではないんだ。そうではなく机と手の『電子』同士が電気的に反発しているんだ。電気の力とはそれくらいに強いものなんだ」


じっと、クラウドが自分の手を見る。とてもスカスカには見えないが、そうなのであろう。


「と、いう事はだ。逆に言えば電気的に中性・・・つまりプラスでもマイナスでもない物質があれば、この『原子の殻』を簡単に突き抜ける事が可能だという事なのさ」


「え・・・そんなのが有るんですか?」


「あるよ。その代表格がヒッグス粒子だ。これはプラスでもマイナスでもないから、あらゆる物質を貫通してしまう。だから21世紀になるまで観測すら出来なかったんだ」


「じゃぁ、どうやって観測するんです?」


「『偶然』を待つのさ。如何にヒッグス粒子とはいえ、原子核に直撃すれば反応が出る。衝突に電気的反発は関係ないからな・・・だから、ひたすらにヒッグス粒子が原子核にぶつかるのを『待った』んだ」


「テニスコートの広さにある『砂粒』に、ですか・・・」

きっとそれは気の遠くなるような話だろう。


「偶然とはそういうものさ。ところでクラウド君」

ドーベルが話を変える。


「『この宇宙』は本当に『何も無い空間』だと思うかい?」


「え・・・」

クラウドが学校での記憶を手繰る。


「確か・・・『ヒッグス場』とかで満たされると聞いた気が・・・」


「おお!知っていたか。その通りだよ。これはニュートンの時から疑われていた事だ。ニュートンは水を張ったバケツを手に持って、それをくるっと廻したんだ。すると、中の水はワンテンポ遅れてから回り出すだろ?まるで何かに『引っかかっる』みたいにね」


そういうイタズラというか『実験』は子供時代に試した事があるだろう。一般には『慣性の法則』と呼ばれる現象だ。じっとしている物体はそのままを維持しようとして『遅れる』のだ。


「20世紀になってアインシュタインが『空間は歪む』事を予言したのは有名な事だ。後にそれは『重力レンズ効果』として確認されたがね」


重力レンズとは、巨大な質量の陰になる光が質量による『空間の歪み』で屈折し、前に出てくる現象だ。


「何も無いものが歪んだりはしない。『何か』があるからこそ『歪む』んだ。そして、それこそが・・・」


「ヒッグス場、ですか?」


「ああ、その通りさ。宇宙空間は『ヒッグス場』によって満たされている。我々は深海の海底に潜む魚のように、どっぷりと『ヒッグス場』という水に浸かっているようなモンなんだよ」


確かに、深海の住人が『自分の周りは水で満たされている』と感じる事は無いだろう。それと同様に、我々もまた『ヒッグス場が無い状態』を知らないが故に・・・。


「逆に、『それ』が無いとなると何か困るんですか?」

クラウドが質問する。


「困る、どころの騒ぎじゃないさ。何しろヒッグス場は『重力』を生み出す源なんだ。無くなれば宇宙そのものが全て量子のツブとして崩壊してしまうんだよ」




タイトルは某騎手の嫁ではありません。

量子(りょうし)ですね。

とりあえず、今回は未来の科学への導入編として『現在認識されている範囲』を文章化しています。

次回以降が『未来科学』になって参ります。

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