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華星に捧ぐ  作者: 潜水艦7号
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通信

グリーンの襲撃を受けて大破したジャッカル機は回収され、火星地上本部の格納庫(ハンガー)に保管されていた。


格納庫は地上本部の北端、その地下にある。大気環境の関係もあって昔はここで機重を製造していたらしいが、『格納庫』とは名ばかりの今ではただの物置だ。


「・・・ここもダメか・・・思ったより酷いな。・・・凄い・・」


技術科・機重班に所属するガゼルは再起不能に陥った機体の下に潜り込み、ひとつずつ部品の確認していた。


「よぉ!カゼル。残業かい?熱心なことだな」


時はすでに夕方、更に普段でも人気(ひとけ)が無い格納庫だ。不意に声を掛けられて驚いたガゼルは慌てて自分の足元を見やると、そこにはオレンジ色のブーツが2足、並んでいた。


「・・・やぁ、シバさん。ビックリしたよ」

ゴソゴソとガゼルが機重の下から這い出て来た。


声の主は防災対応班の班長、シバだった。シバはガゼルよりは少し先輩に当たる。


「すまんな。驚かせた」


「何かありました?」

ガゼルが問う。


「いや・・・まぁ・・・合同調査チームの解析が終わった、と聞いたからね。今なら近づいてもいいだろうと思ってさ」

シバはじっと、変わり果てた機体を見ている。


「うん、やっと終わった。明日の朝から解体に入るよ。部品を再利用しなきゃならないからね。火星(ここ)ではネジひとつだって貴重なんだし」


「・・・・酷いモンだな」

誰に聞かせる風でもなく、ボソッとシバが口を開く。


「・・・うん」

ガゼルは唇を噛んだ。


「お前に言う事でも無いだろうけどさ」

シバがぶっきら棒に言う。


「ちょっとばかし、ヤワすぎんじゃねーの?機体がさ」


「・・・ボクが代表して言う権利もないけど」

ガゼルは手に持っていた工具を地面に下ろした。


「ボク達は彼らを甘く見過ぎていたんだ。何しろ『ティラノサウルス種の噛む力は2~2.5トン』というのが通説だったからね。そういう風にDNA設計されていると聞かされていたし、ターコイズが『ここ』で飼育されていた時の実験でも、咬合力は最大推定2.5トンという測定結果だったと思う」


ターコイズはティラノサウルス種では珍しく、10mを超えるまで人間が飼育していた経緯がある。その時、ティラノサウルス種の成体における各種実験データを採取していたのだ。


「だから機重の標準フレームは安全率2.0をとって、5トンまで耐えられる設計なんだよ。しかし今回の破損状況を解析した結果、その負荷は最大で『約6トン』だったと判明したんだ」


「グリーンとターコイズでは、戦闘力が違うと?」

シバがガゼルの方を向いた。


「いや・・・多分『本気度合い』の違いなんだと思う。人間でもイザとなれば普段の3倍近い筋力が出るというし。ほら、『火事場の馬鹿力』って言うだろ?」

ガゼルは逆に、シバの顔を見れずにいた。


「・・・5年前の襲撃事件を知ってるか?グリーンと『ブルー』のファミリーが共謀して農耕採取班の農場を襲ってきやがった時の事だ」


シバの問いにガゼルは小さく頷いた。

「うん・・・ボクがここに配属される前の事件だから、直接ではないけど」


「あの時、ジャッカルはオレ達と一緒に出撃したんだ。当時は同じ防災対応班所属だったからな」

シバは跡形もなく変形したコクピット部分に、そっと手を掛けた。


「あれは正に『戦場』だったよ・・・阿鼻叫喚ってヤツ?被害も、こんなものじゃなかった」


当時、農場には20名ほどの担当者が居た。当然、彼らにもある程度の火器は付与されていたが、相手がティラノサウルス種の群れでは為す術も無かった。


「その時、ジャッカルは大怪我を負ったせいで班を変わったんだ。まさか、そいつがアダになるとはな。人生てっなぁ、分からねぇモンだぜ・・俺ぁ、コイツに『貸し』があったんだが・・・返して貰えなくなっちまったか・・・」


「・・・・」

カゼルは何も言えなかった。


その時、


"ピー・・ピー・・"

ジャッカルのヘッドセットに着信音がする。


"シバ、お邪魔でしたか?参謀本部からパーソナルな通信アクセス依頼が来てます。もしも『そういう気分』じゃないなら、私の方で断っておきますが"


「・・・ん?悪りィ、ガゼル、アカツキからだ。また今度な」

シバは踵を返した。


「え?あ、ああ・・またね」

ガゼルはその場を立ち去るシバの背中に手を振った。


「・・・パーソナルな通信?参謀本部から?誰だそりゃ、アカツキ」

訝しんでシバが尋ねる。


"アナタの甥っ子からです。新入生は今日から参謀本部詰めになりました。"


「ああ・・・アイツか・・分かった。・・・繋いでくれ」

そう言えば『フェニックスの採用試験に合格した』と聞いていたな、とシバは思い返した。


"ハロー、クラウド。火星のアカツキです。シバから通信アクセスの承認が出ましたので繋ぎます"


「あっ!、はい、お願いします!」


おお、火星の人工頭脳(ブレイン)アカツキだ!スゴい、初めて喋った!

新入生のクラウドは少々、興奮気味だった。


「・・・よぉ、元気か?小僧。バース・ネームは決まったか?さぞかしクソ寒いヤツなんだろーな?」


クラウドのヘッドセットに、口は悪いが懐かしい叔父の声が入って来た。


「叔父・・・シバさん!久しぶり。名前は・・・『クラウド』になったよ。今年のテーマは気象現象だったんだ」


叔父のバースネームが『シバ』だと、クラウドは自分の姉から聞いていたのだ。


「ほぅ、クラウドか。イイじゃねーか。呼びやすいしな」


「・・・でも、僕は『サンダー』とか『レインボゥ』みたいな格好いいのが良かったけどね。そういうのは、人気が集中しちゃって」

残念そうにクラウドが言う。


「俺は、いい名前だと思うがな・・・シーガルにはもう連絡したのか?」


「シーガル・・?あぁ、姉さんか。後で連絡するよ。姉さんには前もって『今日から参謀本部に入る』って連絡してあるから」


クラウドがフェニックスに入ったのは、姉というよりは叔父の影響が大きい。なので、いの一番にシバと話がしたかったのだ。『同じ仲間になったよ』と。


「全く・・・姉弟揃って『こんな処』に来やがって。ウチの家系はアホばっかりだぜ」

シバが笑いながら悪態をついた。


「・・・ねぇ、少し聞いていい?」

クラウドが声を落とす。シバは瞬間に『事故の話だな』と察知した。


「・・・いいぜ?但し、あまり『角が立つ』言い方は控えるんだな。此処では発言の自由が認められているが、何しろアカツキが『聞いて』いるんでな」


アカツキは常に『聞いている』それは事実だ。

あらゆる不確定要素を廃するためには、情報収集が不可欠だからだ。更に、アカツキや他のブレインには『都市伝説』がある。

それは彼らブレインが収集した音声データを元に、『クルーの声をトレースして』当人の知らないところで『成りすます』というものだ。まぁ、あっても不思議はないのかも知れないが。


「事故の話だけど・・・・いいかな?」


「ジャッカルの件か?事故の話そのものは、此処では明らかになった情報の全てが共有されるルールだ。そうしないとヘンな憶測が蔓延する危険があるからな・・・だから、特に隠す事はねーよ」


アカツキは単なるAIと違って個性(キャラクター)付けがなされている人工頭脳だが、それでも感情を持つた人間ではなく、冷徹な機械であることに違いはない。

まして『体制側』という立ち位置にブレは無いのだ。ヘタな体制批判をして良い事はないだろう。


「・・・ねぇ、どうして火星には『恐竜』が居るの?僕、昔から疑問だったんだ」

クラウドが率直な疑問をぶつける。


「『凶暴な野生動物』というのなら、別に恐竜でなくても熊やライオンでも良いじゃないか。何故、恐竜なの?」


ふー・・・と、シバが息をついた。

正直、もっとツラい事を聞かれると覚悟していた。『何故、助けられなかったのか?』、とか。


「色々あるがな・・・イチバンの理由は『重力』だ。地球の在来種では火星の『弱い』重力に対応出来ねーんだ・・・とさ」


「ふーん・・・」

クラウドは、まだ何か聞きたそうだった。


「あぁ・・・重力の話は、あまり詳しく訊くなよ?素粒子物理学の講座は興味がなくて、ほとんど寝てたからな」

シバは話を逸らすことにした。正直なところ、今はあまり頭を使いたい気分では無いのだ。


「細かい理論は教育研究班に訊け。担当は誰だった?」


「ダックスさんだよ」


「あぁ・・・そいつも同期だ。俺が此処に来る前に、サテライトで通信を担当してた記憶だが・・そうか、今はそっちに居るのか・・・まぁ、良い。今日は疲れたろう。早くメシを食って寝ちまいな」


「うん、そうする。これから皆で食堂に行くんだ。此処の食堂は一流のシェフが揃ってるって聞いてるから、楽しみだよ!」


クラウドは無邪気にそう言い残して、通話を切った。


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