入替
「ドーベルさん、それは何ですか?」
クラウドが、コクピットの端にある革製の古いバッグを見つけた。
「ああ・・・これか」
ドーベルがバッグを取って中身を見せる。
「双眼鏡だよ。宇宙を航海してるとさ・・ホラ、暇だろ?で、たまにコイツで宇宙を見るんだ。これが結構、面白くてな。何しろ電子モニターと違って補正が掛からないから『生』の光が入ってくるし。『自分の眼で見た』って気になれるんだよ」
「へー・・・。面白そうですね」
クラウドが双眼鏡を手にする。いつ頃に作られたかもわからないような古いもので、ズッシリとした重みがあった。
「ところで・・・なぁ、クラウド君。君は『勉強』は得意な方か?」
突然、ドーベルが尋ねてくる。
惑星間輸送船の方は専属AIのウスイ曰く『今日いっぱいは積み込みに時間が掛かる』ので、その間は待機するしか無いのだ。
「勉強ですか?得意という程でもありませんが。まぁ・・・それなりには」
「そうか。折角、ウチに来るんだ。何か目標があった方が良いだろう。どうだろうか?パイロットか航空機関士のライセンスを目指してみないか?」
「ええっ!」
突然のドーベルの申し出に、クラウドが驚いた顔を見せる。
「ライセンスって・・・そんな簡単に取れるんですか?」
「いやぁ・・・流石に『簡単』ではないけど。ただ、知識がそれなりにあれば基本的に受験資格は誰にでもあるんだよ。体力も問われるけど、多分それは問題無いだろうし。
まぁ、パイロットは実務経験が要るけどな。けどもしも『パイロットを』と希望するなら此処で俺がコーチしてやれるから、それはイケると思う」
そう言えば、とクラウドは思い返した。
ザッカーは『本当はパイロットになりたかった』と言っていた。もしもそれが本当の気持ちだったとしても、それはもはや彼が生きている内に叶う夢では無くなったと言える。
「そうですか・・・有難うございます。では、もしも可能でしたらパイロット資格の方を目指してみたいと思います」
別にザッカーに義理立てする理由とて無い。別に頼まれた訳でもない。だが、何となく運命的な何かを感じないでもなかったのだ。
「そうか。そう言ってくれて嬉しいよ。君には世話になったからな、少しでも力に成れればと思っていたんでね」
ドーベルが少し恥ずかしそうに笑った。
「いえいえ!こちらこそ、よろしくお願いします」
ペコリ、クラウドが頭を下げる。
その時、コクピットのハッチがプシュ・・・と音を立てて開いた。
チェアさんかストールさんか?とクラウドが振り向くと、そこには見たことの無い若い女性が居た。
「・・・久しぶり、ドーベル。会えて嬉しいわ・・・と言いたいところだけど。正直、言葉が無いわ」
女性は少し沈んだ表情をしている。
「いやぁ、再会は喜ぶべきことさ。お疲れ様だ。・・・おっと、紹介してなかったな。こちらはクラウド君だ。冬の間、ウチの艦に配属になってな」
「ああ!アナタがあの、シバの甥っ子の?初めまして、私はポニーよ。よろしくね」
ポニーと名乗る女性が手を差し伸べる。
「は、初めまして。クラウドです。あの、シバさんとはお知り合いで?」
クラウドはポニーと握手をする。
「多少ね・・・地上勤務が長かったから。ここ最近はサテライトに居たから、アナタとは初対面ね」
「彼女は・・・この便で月を経由して地球に戻るんだ。君と同じく異動でね。それまで一緒だよ。仲良く頼むぜ?」
ドーベルが目配せをくれる。『これ以上、突っ込むな』という意味だと、クラウドは理解した。
「そうですか。こちらこそ、よろしくお願いします」
クラウドが軽く会釈すると、その女性は「部屋に居るから」と去っていった。
「・・・・今の人って」
クラウドは、女性が去ったのを確認してからドーベルに尋ねた。
「もしかして『ザッカー』が入れ替わる予定だったって言う・・・」
「ああ・・・そうだ。精神的にキツい思いをしているからな。今はそっとしておいてやれ」
ポニーは、眼の前でジャッカルをグリーンに食い殺されるのを目撃してしまった。それが精神的な負担になって『就業続行不可能』ということで、地球勤務に戻る予定だったのだ。
ところが、入れ替わるハズのザッカーが叛乱を起こしたために、異動が伸びてしまったのだ。
彼女はドーベルに「言葉がない」と言っていた。
それは「もしも自分が異動を願わなければ、ザッカーを艦に乗せることもなく、ドーベル達もあんな目に遭わずに済んだだろうに」という自責の念があるのだろう。
ジャッカルもポニーを『庇った』と聞いた。
無論、当人には何の責任もない。悪いのはザッカーとグリーンだ。だが、間接的とは言え二人もの死に自分が関与したことのプレッシャーは相当なものだろう。
「ところで、ドーベルさん。『部屋』って何です?何処かに個室があるんですか?」
「部屋?うー・・ん、まぁ・・・部屋だな。部屋と言えば」
ドーベルの返事が煮え切らない。
それを聞いて、クラウドは思い出した事がある。そう、火星で見た受刑者達だ。
なるほど、あれだけの人数をコクピットに入れる事は出来ないから、何処かに収容のスペースがあるハズなのだ。「そこを利用しているんだな」と、クラウドは理解した。なるほど、それはあまり喋りたくないだろう。
そして、クラウドは同時に別の事に思い至った。
「そう言えば・・・『ポニーさんが地球に戻る』という事は、誰か代わりに来るんですか?」
火星の勤務は基本的に入れ替え制のハズだ。クラウドはジャッカルの『交代要員』であったし。
「うん?ああ、そうだよ。そう言えば教えて無かったな。今回の便で送り届けてたんだ。今年の新人で、君と同じく『特例処置』での勤務らしい。知ってる人かい?『レインボゥ』と言う女性なんだが・・・」
「はいっ?!」
クラウドが素っ頓狂な声を上げる。
「いやま・・・そりゃ、知ってますけど・・・・」
面食らうとは、この事だとクラウドは思う。
「えっと・・・小柄で折れそうな位、細身の人ですよね?」
うーん、とドーベルが困った顔をする。
「体格は分からんなぁ。何しろ防護スーツがゴツいだろ?『若い女性』くらいしか分からなかったな。後は・・・話をしてて少々天然気味かなぁ?とは思ったが」
なるほど、クラウドは『事情』があって途中から防護スーツを脱いでしまったから、ドーベルもクラウドの姿は良く見ている。だが、本来ならば全身を見る事は無いのだ。
それにしても、とクラウドは思う。
クラウドの場合は『素養充分』として特例的に先行して火星勤務になったが、レインボゥの場合はお世辞にもフィジカルが強いとは言えない。
暫くの間は体力強化があって然るべきだと思わなくも無いが・・・。というか、そもそも『体力』の観点から見ればとても宇宙のミッションに向いているとは思えない人間を何故、フェニックスは採用したのだろう。
なるほど、フェニックスは『計画されるミッションに必要な力量を持っている人間』を採用するのだから、何かしらの素養はあるのかも知れないが。
・・・いや待て。
クラウドの脳裏に何かしらピンと来るものがあった。
「ドーベルさん。もしかして、レインボゥは『サダの信徒』とかはないですか?」
だが、ドーベルの返答は素っ気なかった。
「ノーコメントだ」
ははぁ・・・とクラウドは飲み込んだ。ドーベルも『それ』を疑っているのだ。
理由は知らないが、サダはどうにかして火星の通信班に『信徒』を送り込みたいのだと仮定する。
その場合、『すでにサダの信徒と知れている、又は疑われている』クルーを火星に送り込む事は困難を極めるだろう。ザッカーという悪しき前例があるからだ。
そこで、信徒ではあるが『知られていない』新人を送り込む・・・と。
何が起きようとしているんだ・・・
クラウドは、窓の向こうに見えるサテライトをじっと見つめた。
『華星に捧ぐ』は、全70話と定まりました。
さきほど、全て書き終えたからです。
もしかして少しくらいは訂正するかも・・・ですが、大きくは変わらないでしょう。
なので今日(2017/12/23)からは1日1話ペースで開示するとにします。
(間違い直しを考えると、一度に全部上げるだけの勇気はないデス)
毎度、ご愛顧を頂き、有難うございます。




